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作品ID:147
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アルバイト軍師!

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中

前書き・紹介


第三話 歴史好きの興奮は半端ない……と思います!

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   第三話 歴史好きの興奮は半端ない……と思います!



 バルバロッサとの会談から一週間が経過した。

 リューネとヒエンとの関係は相も変わらず。悠斗は徐々に……ではあるが、シンヴェリル、もといこの世界での生活に慣れようとしていた。

 最初に習慣の違いに気付いた事は、ここでは『一日二食』が普通で、朝食を摂る習慣がない事だ。全員が全員まったく食べない訳では無い。しかし、それでも本当に軽食。ほんの少し食べるだけだ。この状況に悠斗はさっそくバルバロッサに提案した。

「朝ごはんはしっかり食べましょう」

 最初はリューネやヒエンからは『何を言っているんだ? コイツ』程度の扱いを受けたが、悠斗はゆっくり説明を始めた。

 何故、朝食が重要なのか?

朝食には目を覚ますという効果がある。体温を上げ、脳の働きを活発にする。活動するためのエネルギー源になる。食欲が無いという人も多いが、それは寝る前に飲食をしているからだ。それは寝ている間も胃腸を働かせるという事になり、身体の負担を増やしているような物だ。時間が無くてどうしても遅くなるという時は、夕食を軽めに減らして、朝しっかり食事をするのが好ましい。

 バルバロッサは悠斗の提案を受け入れた。しかし、いきなり生活習慣を変えるというのは無理があるし、命令で変えろというのも気が引ける。今後、悠斗の朝食は多めにする。という事でその場は決着と相成った。

 食事に関する事でもう一つ、食事作法の違い。

 日本人である悠斗と信繁は箸を使う。と、言っても、屋敷の邸内にあった木の枝を切り落とし、それを削っての自作であったが。悠斗が当初、魚を箸で、肉をナイフとこれまた自作のフォークで、ゆっくり食事をする風景はリューネやヒエンを驚かせた。正直、悠斗にとってはこれが当たり前であるが、リューネ達はそうでは無い。悠斗の考察通り、ここの人々は文化レベル的には中世ヨーロッパの十二世紀頃のようで、原則手づかみで食べる。これが普通だ。肉はナイフで小さく切り裂き、やはり手で食べる。汚れた手は口で舐め取るか、テーブルクロスで拭く。フォークが無いのは、まだフォークそのものが生まれていない為である。フォークが生まれるのは十五世紀頃である。つまり、三百年経過しないと生まれない。無論、そんなに待つ理由は悠斗には無い。故に、フォークも自作で作製した。ちなみに、幸いにもスプーンはあった。

 箸を使った食事を、リューネやヒエンは笑っていたが、信繁も同様に食べる風景を見ると笑う事は無くなった。悠斗の食事方法が、愚かな方法ではなく、文化の違いであるという事をようやく理解したからだった。

 バルバロッサもその食べ方には感心したようで、特に手を汚さずに食べるという点は大いに興味を惹かれたらしく、悠斗に使い方を師事した程だった。

 話を戻す。

 しっかり朝食を食べられるようになった悠斗の仕事は、ヒエンの手伝いであった。が、しかし。

「……さっさと文字ぐらい覚えろ」

 ヒエンの鋭い視線のナイフで、串刺しにされた悠斗の姿がそこにはあった。

 悠斗は執務室でヒエンと共に、山のように詰まれた書類整理の手伝いをしていたが、文字が読めない為に仕事能率はかなり芳しくなかった。

「ごめんなさい」

 ただ平謝りするしかなかった。

「まったく。お前が此処に来てからもう一週間だぞ。貴様は何時になったら役に立つ?」

 ヒエンのクドクド続く説教を正座して聴くしかない悠斗は、かなりしょんぼり小さくなっていた。

「……一応、努力は重ねているのですが……」

「言い訳はいい。結果を出せ。無能者はリューネ様に御仕えするに値せん」

「……はい。その通りです。おっしゃる通りです」

 ヒエンは溜息を一つ吐いて自分の仕事に集中し始めた。悠斗も正座から解放され、痺れる足を引きずりながら仕事に取り掛かる。

 会談翌日、リューネから命令されたのはヒエンの手伝いだった。無論、これは会談の際に言われた試しでは無い。

給金欲しいなら働け。という事である。

文字も習慣も違うのにいきなり……とは思うものの、確かにこのままではニート状態となる。別に働くのが嫌いという訳でも無い。自ら率先して手伝うが、要領が分からない手探りなだけに空回りが続いていた。

 ふと、ヒエンの横顔を見る。

 テキパキと仕事をこなす彼女の姿はとてもカッコイイ。普通にそう思う。一週間、ヒエンとリューネを見てきたが、原則ヒエンはリューネの傍を離れない。離れるのは書類関係や軍事訓練などの仕事を片付ける時だけだ。

 なぜ、リューネに仕えているのだろうか? そんな疑問がふと沸いた。

「なぁ、ヒエン。リューネ様に仕えるようになったきっかけって何だ?」

 悠斗が思わず尋ねると、ヒエンは手を止めた。

「ん? 私はリューネ様とは幼い頃から一緒に育ったのだ。私が四つ上だったので、リューネ様は姉のように慕ってくれた」

 昔が懐かしいのか、ふとヒエンの顔が柔らかく微笑んでいた。

「へぇ……。ん?」

 感心したように頷いた悠斗だったが、ふと大きな疑問にぶつかる。

「そういえば、ヒエンって何歳? 女性に年齢を尋ねるのは余り良くないと思うが……」

「別に構わん。今年二十一になった」

「え? あれ? ヒエンは俺の一つ上!?」

「む……。そうなのか? それがどうした?」

「いや、同じ年か年下だとおもっ……」

 悠斗が言い終わるその前、ヒエンの剣が悠斗の首筋に添えられていた。

「何で怒るんだよ! 良いじゃないか! 実年齢より若く見えるんだから!」

「……それは構わんが、貴様に年下に見られたことが許せん」

「んじゃ、年上に見られた方がいいのか?」

「それも許せん」

「理不尽だ!」

 コンコン。と、ドアがノックする音が部屋に響く。

「入れ!」

 ヒエンが返事をすると、失礼します! という言葉と共に一人の兵士が入室した。兵士は悠斗に刃を突きつけるヒエンに敬礼する。

 普通の反応ならばこの状況に驚くだろうが、ヒエンは事あるごとに悠斗に刃を突きつけるので、兵士達の間ではもはや日常の光景となっていた。

「ご報告申し上げます。十日前に通報があったネレル村襲撃事件でありますが、立った今住民代表と申す者が、賊は自分達で討伐したと申し出て参りました」

「何?」

 驚き表情と、戸惑いの表情が入り混じった顔をヒエンは浮かべた。

「……まて、その報告は確実なのか? ネレル村を襲撃した山賊は確か百は居たはず。それを村の者達が討伐したというのか?」

「いえ、確認は取れていません。しかし、住民代表と申す者が言うには、罠で足止めして包囲殲滅したとのこと」

「山賊の一味……ではないだろうな?」

 ヒエンは、その住民代表が山賊の一味であると疑っているようだ。確かに、大胆不敵な策ではあるが、領主の討伐軍から逃げる時間を稼ぐにはいい手段ではある。

「それが、山賊の頭を縄で縛って連れて来ております。先程確認した所、確かに指名手配となっていた山賊の長です」

「……何だと? ……信じられん」

 ヒエンはどうも現実味が沸かないようだ。まぁ、非力な村民が武装集団に勝利するなど普通は考えられない。

「彼等はバルバロッサ様への面会を求めています。いかが致しましょうか? ネレル村の件はヒエン様が担当でございますので……」

「……そうだな。いや、まず私が会おう」

 ヒエンが悠斗を見つめる。

「お前も付いて来い。どうせこの場をお前に任せても遅々と進まん」

「了解」

 悠斗が返答すると、剣を鞘に収めたヒエンは悠斗を連れ立ってその代表者との面会に向かった。







 部屋に向かうと、老人が一人、若い農夫が二人、その背後にローブで包まれた顔の見えない人物が一人居た。

「お待たせした。領主バルバロッサは多忙に付き、私が話を聴こう」

 多忙かどうかも確認して無いじゃないか……。と、心の中で悠斗は毒づく。まぁ、簡単に会わせる事はできないという事なんだろうけど……。

 それよりも、だ。

 気になるのは代表と名乗る老人の背後にいるローブの人物だ。

 ヒエンも気にしているのか、老人から事情説明を受けている間も、チラチラとその人物に視線を向けている。老人もその視線に気付いたのか、ローブの人物の説明に入った。

 老人の説明によると、賊に襲撃された翌日に、この人物が村の近くで怪我を負って倒れていて、介抱したとの事。そして、動けない身でありながら、指揮官となって村人を武装させ、見事再度襲撃してきた賊を罠で一網打尽に取り押さえた……。という事らしい。

「……ふむ。事情は分かった。そこのローブの奴。前に来て顔を見せろ」

 ヒエンが言うと、村人に支えられながらヒエンの前に出た。そして、ゆっくりと顔を見せる。

「今だ手傷が治っておらず、このような姿で居る事を陳謝する」

 ローブの人物は男性だった。しかも、どうみても悠斗と同じ日本人だ。年齢は三十台後半か。だが、それよりもまず。ヒエンと悠斗の視線の先にあったのは、その男性の頭にあるものだ。

「……奇妙な髪型だな」

 ヒエンは率直な感想を述べ、悠斗は呆然としていた。

「ちょ、ちょんまげ!?」

 悠斗の言葉にその場にいた一同が視線を向けた。

「知っているのか? 悠斗」

 ヒエンが尋ねると同時に、悠斗はヒエンの質問に答える事無く、その男の前に移動して座った。

「貴方の名前をお聞かせ下さい。私は日本の生まれで、如月悠斗と申します」

「……なんと。私と同じ国の生まれの者がいるとは……。ここはどこなのですか? あ、いや、失礼。私は武田信繁と申します」

「………………は?」

 悠斗は耳を疑った。いま、この男は何と名乗った!?

「……武田典厩信繁……」

「私を……ご存知で?」

 悠斗の呟きを信繁と名乗る男は聞き逃さなかった。そして、その一言で悠斗は確信を得た。この男は武田信繁本人だ。

 かの有名な武田信玄の実弟にして、武田軍団副大将。勇猛で鳴り響く武田家臣団筆頭。親兄弟、親類縁者の争いも普通の出来事であった戦国時代で、常に兄信玄より一歩手前に下がって前面に出る事無く、戦略、謀略の献策を奏上し、戦場では勇猛をもって武田軍団の副将として、信玄の代理人として最前線で兵士を鼓舞し、存分のその武勇を振るった。生存中からも、その武勇と誠実にして温和な態度は敵味方問わず賞賛されている。官職である左馬助の唐名から『典厩(てんきゅう)』と呼ばれ、信繁の嫡子である武田信豊も典厩を名乗ったため、後世『古典厩』と呼ばれる。また、彼が武田信豊に書き残した九十九カ条に及ぶ『武田信繁家訓』という書物がある。この書物は中国古文や論語から引用したものが多数あり、『甲州法度次第』という分国法の原型にもなっている。それだけでも信繁の教養の深さが窺い知れる。また、この『武田信繁家訓』は、江戸時代の武士の心得として広く読み継がれており、後世のとある儒学者は、『天文、永禄の間に至って賢と称すべき人あり。甲州武田信玄公の弟、古典厩信繁公なり』と賞賛している。

 だが。

 だが、と続く。いや、続いてしまう。

 そもそも、悠斗と信繁の生まれた時代はまったく異なる。悠斗は現代であり、信繁は戦国時代と呼ばれた戦乱の時代の人物。その差は四百年以上だ。それに、史書ではこの武田信繁は長尾政虎……後に上杉謙信と名乗る男と武田信玄との戦い。戦国史上最大の激戦と讃えられた『第四次川中島の戦い』にて戦死したはずなのだが……。

 異なる時代の人物が、別世界で出会う。このような事があるのだろうか? しかし、実際にこのような事が起きてしまっているのだからどうしようもない。

「おい、悠斗。知り合いか?」

 ヒエンの言葉で悠斗はハッとなる。

「……面識は無い。だが、良く知っている」

「ん? 面識が無いのに知っているのか?」

「……ああ。ちょっと場所を変えよう。信繁様をこのような場所に座らせるのは忍びないし、せめて信繁様を椅子に座らせてくれ。それと医者を呼んで欲しい」

 悠斗の余りにも慌てた態度にヒエンは首を傾げた。

「お前がそこまで言う理由は何だ?」

「ちょっと説明が難しい。俺にも説明できない部分もある。ただ、この人は信用していい。そしてバルバロッサ様に絶対会わせるべきだ」

「…………いいだろう。お前がそこまで言うならこの者だけバルバロッサ様に謁見させよう」

 ヒエンは悠斗の言葉に不審な感覚を感じたが、悠斗の必死な表情に動かされたというのもあった。ともかく、武田信繁と名乗る男は、医者に状態を見せた後にバルバロッサとの謁見した。

 場所は悠斗が尋問を受けたあの大広間。部屋にはバルバロッサ、リューネ、ヒエン、悠斗、護衛兵が付いた。武田信繁は用意された椅子に座っている。それは、まだ傷が癒えていない信繁の状態を判断した医者と、悠斗の要望であった。

「……さて、私を呼び出したという事は、その人物が何か大きな問題であるという事かな?」

 バルバロッサが悠斗に尋ねる。悠斗は黙って頭を下げて肯定した。それを見てバルバロッサは信繁を見つめた。

「ワシはシンヴェリル領主、バルバロッサ=アートルと言う。貴殿は?」

「武田信繁と申します。かように無様な姿を晒す事、お許し願いたい」

 悠斗はそこで信繁に向かって一歩前にでた。

「信繁様。この地では名前の後に姓を名乗るのです。あと、貴方の傷は医者から聞きますとかなり深い」

 悠斗が言うと、信繁は悠斗にゆっくりと頭を下げた。

「では、ノブシゲ殿。貴殿が領民達を指揮して賊を返り討ちにした……というのは真か?」

「はい。真でございます。村人達を守る為だったとは言え、勝手な振る舞い、ご容赦願い奉ります」

「……それは構わぬ。領民を救ってくれた事、領主として感謝こそすれ、咎める事はせぬ」

「そう言って頂けますと、私の肩の荷も軽くなる気持ちです」

 バルバロッサは信繁の言葉に満足すると、再び悠斗に視線を向けた。

「キサラギ殿。貴殿はかの者を良く存じているようだが……。その説明を聞こうか」

 悠斗はバルバロッサに一度頭を下げてから口を開いた。

「……どこから説明したものか些か困っています。えと……まず、信繁様は確かに、私と同じ日本の生まれ。つまり、異界の者です。ただ……生まれた時代がまったく異なります」

「生まれた時代が異なる……だと?」

 リューネが思わず尋ねた。

「……どう説明すればいいか……。私が信繁様の事を良く知っている理由は、史書にて信繁様を調べた事があるからです。要約すると、私が生まれる四百年以上前に、信繁様は死んでいるはずなのです」

「なんだと?」

 バルバロッサが身を乗り出した。

「正直驚いています。歴史書に書かれている武将が、生きて私の目の前に居る」

「……史書に記載される……という事は、かなりの功績を残した人物か?」

「信繁様の兄。当主である……。面倒なので、日本風に言いますね。武田信玄公はその優秀な配下を自分の手足のように動かして、生涯に渡り七十二回戦いに赴き、四十九回勝利、三回敗北、二十回の引き分けという桁外れな勝利を重ねています。それも、全て自国を守る戦いではなく、他国を攻める戦いです。信繁様は、その武田軍団の副大将としてご活躍された方です」

 そこで悠斗は言葉を区切り、信繁を見つめた。

「……信繁様はその途上で死んだ。と、私が見た歴史書に記載されています。長尾政虎という人物と、武田信玄公との戦いの最中で。ああ、ちなみに、この長尾政虎。後に上杉謙信と名前を変えるのですが、生涯六十九回戦いに赴き、四十三回勝利、一回敗北、二十五回の引き分けです。ちなみに、この一度の敗北は城攻めで、野戦では無敗です。歴史上、この武田信玄公と上杉謙信公は同時代から最強と讃えられた二人です。……っと、失礼。少し話が逸れましたね。信繁様はそのような場所、そのような人物の間で活躍された逸材です。できればこの信繁様を保護して頂きたい。この人物を失う事はこの国にとって大きすぎる損失です」

「……貴殿は、我が武田家の命運を知っておられるのか!?」

 信繁が叫ぶように悠斗に尋ねた。

「……………………」

 悠斗は答えなかった。いや、答える事が出来なかった。

 信繁が死んだ後も確かに武田軍団は勝利を重ねた。

 但し、徐々に歪な形で。

 南方攻略の為、今川家との同盟破棄。今川家の姫を妻に持ち、その同盟破棄に反対した信玄の長男である、嫡子武田義信の廃嫡と切腹。同じく反対した家中随一の猛将と讃えられた傅役である飯富虎昌の切腹。南方攻略完了後、京の都へ上洛する事を最終目標にした西上作戦途上の信玄の死。後を継いだ武田勝頼の強引な領土拡大政策と敗北。その敗北の中で次々と死んでいった武田家臣団の名将達。最後は織田信長、徳川家康連合軍に攻め立てられての武田軍団の壊滅と滅亡。

 歴史に『もし』は存在しない。しかし、この戯言が許されるならば。

 もし、信繁が生きていたならば、生き続けていたならば、武田義信、飯富虎昌の切腹も無く、勝頼の暴走も無かったはずである。あの戦国最強と讃えられた武田軍団が無残な敗北と滅亡の憂き目に合う事は無かったはずだ。

「……申し訳ありません。万が一、このまま貴方が元の時代に戻った時、歴史を覆す事になりかねない。だから……言えません」

 これが悠斗に言える精一杯だった。

「いえ、申し訳ない。……今の言葉、どうか忘れてくだされ」

 信繁は謝罪の言葉と一緒に悠斗の言葉を受け入れた。

「……信繁様。どの時点でここに来られたか、状況を話して頂けませんか?」

 悠斗が尋ねると、信繁はゆっくりと首を縦に振った。

「長尾政虎との四度目の川中島を挟んでの戦い。長尾勢一万三千に対して二万の軍勢で攻め込んだ我々は、夜陰と霧に紛れて戦力を分散。本隊八千。別働隊一万二千。別働隊が背後から奇襲し、敵軍が前面に押し出された所を本隊八千と共に挟撃する……という作戦でした。しかし……長尾勢は我等の動きを見透かして同じく夜陰と霧に紛れて本隊目前にまで軍勢を移動。本隊八千に強襲を仕掛けて参りました。予想すらしていなかった早すぎる敵との交戦開始に味方は大混乱に陥り、陣形の維持と、本陣の守備で手一杯となりました。しかし、長尾勢の勢い凄まじく、前衛の部隊が壊滅寸前に陥りまして、私は直属を率いて救援に向かい、味方を鼓舞していたのですが、そこで敵将に手傷を負わされました。後退することは前線の崩壊に繋がりましたのでその場に留まりました。しかし、雑兵の槍で更に手傷を負い、馬から落ちて気を失いました。私はそこで死を覚悟したのですが、気が付くと村の近くで倒れていました」

「……それがネレル村か」

 バルバロッサが尋ねると、信繁はゆっくりと首を縦に振った。

「話は分かった。聞けば聞くほど、貴殿が逸材である事は良く理解できた。どうかな? このままワシに仕えぬか?」

「……真にありがたき仰せなれど、我が忠義は一身に兄信玄と武田家にございます。他家に忠を捧げる訳には参りません。どうかご容赦願います」

 信繁ははっきりとバルバロッサの勧誘を断った。しかし、それが逆にバルバロッサを感心させた。

「その忠義、見事である! しかし、このままでは生きてゆく事も儘ならぬ。このキサラギ殿と同様に客将としてここに滞在されては如何か? また傷も癒えておらぬ身。身の振り方をゆっくりと考えられては?」

「バルバロッサ様のご好意。真にありがたく。その御言葉に甘えさせて頂きます」

 信繁がゆっくりと頭を下げたと同時に、悠斗が口を開いた。

「信繁様。……ただ、一つだけ。私は貴方に教えましょう」

 悠斗は目を閉じて、独り言のように語り始めた。

「四度目の長尾政虎との戦いの行方。……別働隊が長尾軍の背後を強襲し、あの戦いは双方痛み分けに終結しています。但し、両軍合わせて八千近くの戦死者を出して。長尾政虎の一度の敗北も、その戦いで戦力が激減したが為です」

「……そうか、あの戦は引き分けたか。兄上は助かったか」

 信繁はとても安心した表情を見せた。それは悠斗の考えた末の言葉だった。信繁の言葉が事実だとするならば、この世界に来たのは別働隊到着前という事になる。自分が命を張って守ろうとした味方の行く末がどうなったか。とても気になる筈であろうから……。







 信繁はバルバロッサの面会後、悠斗の隣の部屋を宛がわれて静養を続けた。信繁の世話はエルキアが悠斗と兼任する事になった。最初、エルキアの姿に目を白黒させた信繁だったが、文化の違いだろうという事で一応の納得をしていた。

 静養を続けている間、悠斗と信繁は何度も話をした。悠斗にとっては歴史上の人物に直接話を聴けるのだ。武田信玄とはどんな人物だったのか、武田家臣団はどのような人物達だったのか、どんな考えをしていたのか。そして、様々な合戦模様。

 歴史的資料の信憑性をまず調べ、その資料を賢明に解読しなければならない歴史家、歴史好きにとってこの状況は天にも昇る嬉しい状況だ。

 信繁も悠斗に何度も質問を繰り返した。無論、武田家や戦国の行方に関わる事では無い。悠斗が生きる現代。未来の日本はどのような姿をしているのか。

悠斗は色々な話をした。

 飛行機の事、自動車の事、電車の事、デパートの事、自分がアルバイトしていた店の事、学校の事、友人の事、自分の家族の事。

「……そうか、戦乱の無い平和な日本なのですね。しかし、海外との交易ですか。海の無い甲斐の山奥に住んでいた私には、それがどれほどの富を生むのか想像できません」

「たぶん、信繁殿が私の時代に来たら驚きの連続だと思いますよ」

「……ここ以上に……ですか?」

「同じぐらい」

 互いに笑った。笑いあった。

 何時しか悠斗は『様』を付けずに信繁と話していた。同じような境遇である信繁が、わざわざ『様』を付けずに呼び捨てで良い。と言ってくれたからだ。それでも流石に遠慮があった為、悠斗は信繁殿と呼んでいる。信繁も悠斗殿と名前で呼んでくれる様になった。

「……所で悠斗殿。話が変わるのですが」

「はい、何でしょう」

「悠斗殿は歴史を学んでおられると聞きました」

「はい、その通りですが?」

「貴方を見ていると……山本殿や真田殿が頭に浮かびます」

 信繁が言う山本と真田。恐らく山本勘介と真田幸隆の二人だろう。

 山本勘介。伝説の武田の軍師。一時その存在自体が疑われたが、足軽大将の身分で、取り次ぎ役という重要な役目を任せられていた資料があり、武田家でそれなりの地位に就任している。作戦立案を任せられている時点で、軍師としての働きがあったと見るべきであろう。今川家、北条家、武田家の三国同盟。武田家の信濃侵攻、今の長野県攻略に関しては、この勘介の謀略が大きく関わっていたと悠斗は考えている。

 真田幸隆。信玄を超える智略の策士として名高い。名将信玄がその生涯で三回敗北した内、完全なる大敗を喫した砥石城攻略。その堅城を謀略によって僅か一日で攻略せしめた。彼の智略は三男である真田昌幸に受け継がれ、寡兵にて徳川の大軍を二度も撃破している。さらに孫は、大阪の陣にて徳川を散々に打ち負かし、真田の名を後世に轟かせた真田信繁である。真田幸村と一般的には知られているが、本来の名前は信繁である。ちなみに、この信繁の名前は武田信繁にあやかって父である昌幸が名付けている。

「悠斗殿は軍略に優れていると私は見ています。貴方は私が時々に口にした言葉を理解していた。孫子の兵法に通じているのではありませんか?」

「いえいえ、とんでもない! 確かに知識として孫子の兵法を自分で調べて学んだ事はありますが、とても軍略に通じているなどとは……」

「確かに……知識と実践は違います。しかし、貴方は実践を積めば良い軍師になれると思っていますよ」

「でも、大きな問題があります」

 悠斗が言うと、信繁は笑いながら頷いた。

「貴方は、戦をする事。いや、もっと単純に、人を殺すという行為そのものを嫌悪している」

 答えるより先に、信繁が答えた。

「貴方と話していて気付きました。貴方はとても平穏な生活をしていた。争いなどまったく無い。そのような人物がいきなり人を殺す策謀を練る……とは正直私にも考え難い。しかし、ここはそれが通じる所ではありません」

「……………………」

 悠斗は反論できなかった。

悠斗自身が一番恐れていた事。それは自分が人殺しになる事だ。

自分の手を血で汚す事が出来るのだろうか?

「厳しい事を言うようですが、そのような心構えであれば、貴方自身だけで無く、貴方の親しい人も死にますよ?」

「……おっしゃるとおりです。もし、私がここで生きていく、試される事を考えると、私は剣を振れません、槍も扱えません、馬にも乗れません。ただ、この知識だけが武器になると……」

「貴方は理解している。自覚している。ただ、覚悟が足りない。私も助けられる所は助ける所存です。しかし、覚悟だけは貴方の心次第です。それだけは他の誰も助ける事はできません」

「……少し、考えて見ます。自分なりの答えを」

「はい。それで宜しい。考えなさい。悩みなさい。それは決して恥では無い。考えもせず、悩みもしない事が恥なのです。一つの自分なりの道を見つけなさい。貴方だけの道を。自分が信ずる道、自分が胸を張って進む道。道を見つけた人はとても心が強い。どのような苦境であっても、決して屈する事は無く、また絶望する事を知らない。私の場合は、兄を支え、兄の覇業を助け、兄と家臣の間を取り持つ事。そして、時には家臣達や仲間達に厳しく接し、兄への不満を逸らす事。憎まれ役ではありますが、誰かが成さねば成らぬ役であると私は考えています。是非、私に見せてください。貴方の歩む道を」

「……はい。私自身の道。私が進むべき道を」

 悠斗が答えた後。コンコン。と、ドアをノックする音が部屋に響いた。信繁が応じると、リューネとヒエンが部屋に入ってきた。しかし、リューネは悠斗の存在を確認すると、少し顔を歪めた。

 今だ、リューネは悠斗に対してほとんど口も聞かず、意図して会う事も避けている。

 ……徹底的に嫌われているな。俺。

「……傷の具合は如何か? ノブシゲ殿」

 ヒエンが尋ねると、信繁はゆっくりと首を縦に振った。

「おかげさまで順調に治ってきております。医師や部屋までご用意して頂き、感謝の念が絶えませぬ」

「貴方は客人だ。どうか、お気になさらずに」

 ヒエンは悠斗の時と態度を変えて応じていた。ヒエンにそうさせるだけの威厳が信繁にはある。無論、悠斗には欠片も無いのは言うまでも無い。

「今日は少し話を聞きたくて来た」

 リューネが話すと、信繁は微笑みで応じた。

「どのような事でしょうか? 私如きに答えられる事ならば良いのですが」

「……うむ。実は一軍を率いる将として、必要不可欠な事とは何であろうか? 歴戦の勇士たる貴殿の考えを聞きたくてな」

 実にリューネらしい質問だった。信繁は穏やかに答えた。

「そうですか。……ふむ。心構えであれば、それは私より悠斗殿が詳しく知っていると思いますよ」

「え? 俺ですか!?」

 悠斗は敬語も忘れて驚きの声を挙げた。一方でリューネとヒエンは複雑な表情を浮かべた。

「ええ、悠斗殿は軍略に通じている。将として必要な心構えは何でしょう?」

「……そうですね……」

 悠斗は暫し黙考すると、ある一つの言葉にたどり着いた。

「……将に五危あり」

 悠斗が呟くように言うと、リューネとヒエンは悠斗に注目した。

「必死は殺され、必生は虜にされ、忿速は侮られ、廉白は辱められ、愛民は煩さる。凡そ此の五つの者は将の過ちなり、用兵の災いなり。軍を覆し、将を殺すは必ず五危を以てす。察せざるべからざるなり。……将軍には五つの危険が付き纏う。一つ、決死の勇気だけで思慮に欠ける者は、殺される。二つ、生き延びる事しか頭になく勇気に欠ける者は、捕虜にされる。三つ、短気で怒りっぽい者は、侮辱されて計略に引っかかる。四つ、清廉潔白で名誉を重んじる者は、侮辱されて罠に陥る。五つ、兵士を労わる人情の深い者は、兵士の世話に苦労が絶えない。およそこれら五つは、将軍としての過失であり、軍隊を運用する上で災害をもたらす事柄である。軍隊を滅亡させ、将軍を敗死させる原因は、必ずこれら五つの危険のどれかにある。十分に明察しなければならない」

「……然り」

 悠斗の回答に信繁は満足した。しかし、一方のリューネは苦虫を噛み潰した表情に変わった。

「リューネ殿」

 リューネの表情を見た信繁は、真剣な表情で睨みつけた。その気迫と威厳に満ちた信繁の表情にリューネは背筋が寒くなった。

「これらの内、貴方は一、三、四、三つが該当する。私はそう見ています」

「な、何を言う! 私はそこまで浅はかでは……」

「黙りなさい!」

 リューネの反論を信繁が一喝した。

「言い訳は結構。大切なのは私から見てそうならば、他の人から見てもそうなのです。もし、私が一軍を率いる立場で貴方と一戦を交える……という事になれば、その三つを突き、例え貴方が万の軍勢を率いていたとしても、……そうですね、千の軍勢もあれば私が勝ちます」

「……くっ……」

 リューネは反論を封じられて成す術が無かった。

「……ですが、そうならない様にするのが、客将である私や、悠斗殿。そして、ヒエン殿の役目です」

 信繁がゆっくり穏やかに言いながらヒエンを見つめた。

「ヒエン殿。貴方は常にリューネ殿の傍に居られる。つまり、何かあったら真っ先に貴方が支えなければならない。ヒエン殿は副将として大切な事は何か、分かりますか?」

「……い、いえ……」

 ヒエンが答えると、信繁はゆっくりと頷いた。

「そう難しく考える事ではありません。これは私が実践してきた事なのですが。大将たる者は常に先を見るべきである。副将は大将が歩むべき道を見るべきである。そうすれば大将は道を踏み外す事は無く先に進める。お分かりか?」

「副将は大将が歩むべき道を見る……ですか」

 ヒエンが反芻するかのように呟くと、信繁は大きく頷いた。

「もし、リューネ殿が道を誤った時、貴方が諭すのです。無論、貴方一人に押し付けはしません。私も、悠斗殿も共に」

「……はい」

「人は誰しも欠点があります。しかし、仲間達と共にお互いの欠点を補い合えば宜しいのです。私などは、お節介が過ぎる所が欠点でしょうか? 他にも無数に欠点はあるはずなのでしょうが……。性分にてお許し頂けるとありがたい」

 教師だ。

 悠斗が抱いた信繁に対する感想である。太陽の光のように優しく、穏やかで温和なだけに、大雷の様な一喝の言葉がとても重い。

 これが毎事相整う真の副将、賢と称すべき人と評された古典厩信繁公か。

 悠斗は改めて自分の目の前にいる人物がどのような人物であるか、再認識する事になった。

「余り長居するのも良くない。我々はそろそろ仕事に戻ろう。キサラギ、お前もだ」

 リューネが言うと、ヒエン、悠斗が続いた。

「……悠斗殿」

 部屋を出ようとしたその手前、信繁が声を掛ける。

「はい? 何ですか?」

「至誠なれば則ち金石、為に開く」

 古代中国、前漢時代に『漢の飛将軍』の渾名を持つ李広将軍にまつわる言葉である。飛将軍といえば、三国志の呂布が真っ先に思い浮かぶであろうが、この李広に因んで呼ばれた渾名である。

 誠心誠意で物事を行えば金石をも貫き通すことができる。

悠斗にとってこれほど良い励ましの言葉は無かった。

「ありがとうございます」

 悠斗は微笑みながら感謝の言葉を述べて部屋を後にした。

 リューネ達と共に廊下を歩く悠斗は、自分が何をすべきなのか考えていた。

まず、最初にするべき事は何か?

「……俺以外にも異界の人がいる可能性」

 ポツリ。と、悠斗は呟いた。

 武田信繁という自分以外の異界の人物が存在した。ならば、他にも居るのではないだろうか?

 調べる価値はある……か。

 誠心誠意で物事を行えば金石をも貫き通すことができる。

「リューネ、ヒエン。少し頼みたい事がある」

 悠斗が言うと、リューネは一瞬だけ悠斗は睨んですぐさま視線を戻し、ヒエンは悠斗に視線を向け続けた。

「俺以外に信繁殿がここに来た。……という事は他にも異界の人間が居るかも知れない」

 リューネも流石に興味を引いたのか、悠斗に視線を戻す。

「……二人来た。だから他に居る……か」

 リューネが呟く様に言うと、悠斗は大きく頷いた。

「そうだ。バルバロッサ様にお願いして、異界から来た人物を探して保護して貰おうと思う。もし、万が一、信繁殿のような名将が来ていた場合、俺達は大魚を逃す事になるぞ」

「……良いだろう。私は今から父上に報告がある。父上に奏上しよう。だが、勘違いするなよ。お前の意見を取り入れた訳じゃない。我がシンヴェリルの利益になるかも知れないと考えたからだ。いいな!」

「……あ、ああ……それで構わない」

 あっさり受け入れたリューネに、少々悠斗は驚きながらも微笑を浮かべながら返答した。

 それにしても、だ。

 う?ん。ツンデレだなぁ。ツンしか未だに見て無いけど。

 言えば拳では無く、刃が降りかかってきそうなので口にはしない事にする。

 なにはともあれ。如月悠斗は『至誠なれば則ち金石、為に開く』という言葉を胸に、本格的に活動を開始した。

後書き


作者:そえ
投稿日:2010/02/07 12:30
更新日:2010/03/27 17:36
『アルバイト軍師!』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。

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作品ID:147
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