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作品ID:152
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アルバイト軍師!

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前書き・紹介


第四話 目的がある人は強い……と思います!

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   第四話 目的がある人は強い……と思います!

 

 信繁の励ましを受けた悠斗は、精力的にリューネの側近として活動を開始した。

 まず、最初に悠斗が行ったのは、シンヴェリルの把握である。

 資金量、糧食量、兵力、練度、馬数、各武器の数と製造数、軍律、軍編成、税収、税率、法律、風土、慣習、気候、領地の特産物、交易ルート、治安状況、道の広狭、橋の位置とその材質、代表的な病と薬物と毒物等である。

 代表的な物ばかりで、細かい物までは把握しきれないが、最低限これぐらいは認知しておく必要性があるだろう。

「……眠い」

 代表的であっても、その種類と情報量は膨大である。睡眠時間を削って行う為、睡魔との闘いがメインになりつつある。部屋も大量の書物や、書類で埋もれつつあり、部屋を見た兵士に火事の注意を受けた程だ。

 悠斗のこの行動は、夜食を持って来てくれるエルキアを通じて、リューネ、ヒエン、バルバロッサにまで伝わり、ヒエンの手伝いは頼まれなくなった。逆に、どのような情報を収集しているのか、ヒエンに監視される事が多くなった。

 無論、言うまでも無く。悠斗は密偵では無いか、という疑惑が残っている為だ。信繁の出現で多少は和らぐかと考えたが、積極的過ぎる行動が目立ちすぎた様だった。しかし、今更中断する気は微塵も悠斗には無い。

 知識が武器。

 悠斗の唯一にして無二の武器である。

 知識とはあらゆる情報の集合体であり、その活用と応用が智者と呼ばれる。覚えるだけならば、それは只の識者であって、智者ではない。

 現在の悠斗の武器となる知識。それは悠斗の世界での歴史と、孫子兵法だけである。

「……武経七書。全部勉強すべきだったかなぁ」

 思い返して溜息を吐く悠斗ではあるが、肝心の書物が無いので覚えようが無い。無い物ねだりしても虚しいだけなので、ここは我慢。

 中国の兵法書には、武経七書と呼ばれる七つの書物が存在する。その七書とは、『孫子(そんし)』『呉子(ごし)』『尉繚子(うつりょうし)』『六韜(りくとう)』『三略(さんりゃく)』『司馬法(しばほう)』『李衛公問対(りえいこうもんたい)』である。

 孫子。古今東西最高の兵法書と呼び声高い。春秋時代に活躍した思想家にして兵家、呉国軍師である孫武の著作とされる。原文は残っておらず、様々な解説書が派生したが、三国志で有名な魏の曹操の手によって、本編十三篇に整理され、その写本が今現在に残っている孫子兵法である。

 呉子。春秋時代の作成されたとされる書物であるが、著作者は不明である。現存は六篇であるが、漢書、芸文志には呉子四十八篇と書かれている。

 尉繚子。戦国時代から秦代にかけて作成されたと推測されているが、伝本の経緯がさっぱり分からない。著作者については尉繚、もしくは、その関係者ではないかと推定されているが、尉繚がどのような人物であったのか、まったくの不明である。

 六韜。殷周時代に周の軍師として活躍した、太公望呂尚が著作したとされるが、現存しているのは後世の偽作である。三略と併称される。文、武、龍、虎、豹、犬の六巻、六十編から成る。中でも『虎の巻』は、兵法の極意として慣用句にもなっている。

 三略。太公望が書いたと伝わるが、太公望が活躍した時代は戦車戦であるのに、存在していない騎馬戦について言及があり、当時使われなかった『将軍』という言葉が使われている為、誰かが太公望の名を借りて後世に著したと考えられる。著作者は不明。上略、中略、下略の三つで構成されており、故に三略と言う。

 司馬法。秦代に司馬穰苴によって書かれたとされる。現存は五編。しかし、元々は百五十五編からなる。

 李衛公問対。問対とは受け答えという意味である。唐代に阮逸によって書かれたとされるが、異説もあり、これも分かっていない。巻之上、巻之中、巻之下、全三篇で構成されている。

 悠斗が情報収集を始めて一週間経過した時、信繁は無事完治を遂げた。信繁はリューネとヒエン、双方の信頼を見事勝ち取ったのか、軍事訓練を中心に、ヒエンと共にリューネの補佐を行っていた。

 それぞれが、それぞれの役目を行っているそんな折、突然バルバロッサから緊急招集の命令が下った。

 大広間に集まったのは、リューネ、ヒエン、悠斗と信繁である。

「父上、この度の招集は一体何事ですか?」

 最初に声を上げたのはリューネである。バルバロッサはゆっくり溜息を吐くと、一枚の羊皮をリューネに手渡した。

「……これは……本国からの命令書ですか……」

 命令書を受け取ったリューネは、命令書とバルバロッサを交互に見た。

「本国からの命令は以下の通りである。シンヴェリル領主は、速やかに軍勢を率いてルットリアへ出立せよ。進撃先はノートリアム王国東部、デヴォン地方である」

「……戦争する理由は何ですか?」

 悠斗が一歩前に出て尋ねた。

「……そうか、キサラギ殿とタケダ殿は知らぬか。デヴォン地方は鉱山がある。とは言うが、鉱山があると分かったのは一年前だ。元々我が国のバッカス大公爵が所有していたのだが、五年前にノートリアムに売り払っていてな。当然、ノートリアムとしてはすでに買い取ったので、鉱山の所有権は自分達にあると主張している。だが、バッカス大公爵は自分が売り払わなければ、ノートリアムが鉱山の利益を得る事はなかった、だから鉱山の利益の三割をよこせ。と、主張して……な」

 苦虫を噛み潰したような表情のバルバロッサの説明を聞いて、悠斗は眩暈を感じた。

「ノートリアム側の言い分が正し過ぎる。そもそも、たられば話で良くそんな要求しましたね」

 顔を引きつらせながら悠斗は呆れて言う。

「キサラギ殿の言う事はもっとも過ぎる。だが、バッカス大公爵の母は王家の方で現国王の叔母にあたる。バッカス大公爵の頼みは断れん。下手をすれば王家への反逆と謂われもない事を言い出されかねぬ。それに、確かに鉱山の利益は莫大で、三割でもエーベルンの国益になるならば、悪い話でもない。で、交渉を続けていたのだが、やはり決裂したようだ」

 そりゃ、交渉にも成らない要求なんだから決裂するよ! しかも、決裂と同時に戦争か。迷惑過ぎる。

 悠斗は余りにも馬鹿な話過ぎて口にも出さなかった。

 優秀な敵より、無能な味方の方が恐ろしい。そんな言葉をどこかで見たような気がする。

 無能な味方でも、必要最低限の事をしてくれれば良いのだが、本国の上役となれば、目の上のたんこぶだ。

 この時、悠斗はそのバッカス大公爵を始末しようか、正直本気で考えそうになった。

 いや……。もしかしたら最初から武力で奪還するつもりだったのかもしれない。交渉はその口実を作る為なのかもしれない……。だとしたら余計に迷惑な話だ。

「交渉の問題についての言及はいずれするとして……だ。私としては、出兵は回避したいがそうもいかん。よって、出陣する。各自準備を始めるように」

「バルバロッサ様が出るのですか?」

 悠斗が尋ねると、バルバロッサは眉を吊り上げた。

「……私が兵を率いては何か問題があるかね?」

「はい。問題があります」

 悠斗が断言するように言うと、バルバロッサは鋭い視線を悠斗に向けた。

「キサラギ! 貴様、領主に出陣するなと言うか!」

 叫んだのはリューネだ。だが、悠斗はあえて無視した。

「理由を聞こう」

 バルバロッサが尋ねると、悠斗は大きく頷いた。

「はい。まず一つ、現在北方の治安が著しく悪化しているようです。北の遊牧の民が関与している可能性があり、警戒する必要性があるこの時期に、領主が不在では領民達に無用な不安が広がります。よって、この場を動かず北を睨んで頂きたい。二つ目としましては、万が一、北の遊牧の民が軍を向けた場合、バルバロッサ様に迎撃して頂きたい。三つ目ですが、領主が出陣ともなれば、それなりの兵力を動かす必要性が迫られます。しかし、リューネ様が指揮官であれば、大軍でなくても話は通ります」

「……北……か」

 バルバロッサが呟くように言う。

「よかろう。総大将をリューネ任せる。副官はヒエン。キサラギ殿、タケダ殿も随行せよ。兵力は……そうだな、四千であれば特に難癖を付けられまい」

「しかし、父上! キサラギは密偵の可能性があります! このシンヴェリルの情報を集めているようですし……」

「……と、我が娘が言っているが……?」

 バルバロッサが悠斗に問う。しかし、その顔は笑っていた。

「疑いならば、私は随行しません。それはともかく、随行する兵力は四千であるならば……。騎兵一千、歩兵二千、弓兵五百、輜重五百で宜しいかと」

「輜重に五百も護衛を付けるのか?」

 そう尋ねたのはヒエンだった。

「そうだ。絶対に五百だ。随行四千であるならば、これだけは譲れない」

「輜重如きに五百は多すぎる。二百でいい。もっと前衛に割り振るべきだろう」

「……五百で宜しいと私も賛同します。皆が請け負いたくなければ、私がその最重要任務を承りますが?」

 ヒエンの反論を言葉で制したのは信繁であった。

「信繁殿は兵站の重要性を理解していらっしゃる。補給物資の重要性は十二分に理解しなければならない。特に、国外へ遠征ともなれば、その重要性は極大だ」

「敵を撃破しなければ、補給の意味など無いではないか!」

 リューネがすぐさま反論する。確かにリューネの発言は一理ある。あるのだが……。

「……かつて……。信繁殿にとっては未来の出来事なのだが……。インパール作戦という遠征を俺の祖国が実行した。俺の曾爺さんが若い頃の話だ」

 悠斗は一つ大きな溜息を吐いた。

「今から言うのは全て事実だ」

 一言、前置きして悠斗は語り始めた。

「インパール作戦は補給計画が杜撰で、作戦そのものが無謀の極みだった。俺の時代では、無謀な作戦の代名詞となっている。作戦の目的は、敵の後方戦略の攪乱を狙った強襲。遠征軍は八万六千……。長大な川を渡り、防寒装備が必要な山々を超え、灼熱と雨が大量に降る森を抜けて、攻撃という作戦内容だった。多数の反対を押し切り、地図しか見ず、机上の作戦を強行する指揮官。そんな戦場にたどり着くまで、悪戦苦闘する兵士達に送られる糧食や薬は極僅か……。その結果は凄惨を極めた。戦死者三万二千以上。戦病者四万人以上。死者の大半は餓死だ。完全に遠征軍は文字通り壊滅したと言える。作戦中止が決定する前の時点、補給を万全の状態とし、輜重隊の攻撃および、妨害工作を立案し、攻勢限界地点で一斉反攻するつもりだった敵軍に一気に突き破られた。しかし、逃げようにも空腹と病で動けない、もしくは既に餓死していた。しかし、肝心の指揮官は絶対死守を命令し続けた。前線で必死に戦っていた兵士達は進む事も、退く事もできず、次々と死んでいった。ようやく退却命令が出た時、生き残った者達は死んだ味方の白骨死体を目印に退却を続けた。その退却路は白骨街道と呼ばれたそうだ。その時点で、ようやく作戦の中止が決定された」

 悠斗はそこまで言うと、今一度溜息を吐いた。

「確かに。戦うからには、あらゆる手段を考案し、実行し、そして敵に打ち勝たねばなりません。しかし、補給に失敗すれば戦う前に敗北する。俺はシンヴェリルの兵士達に、白骨死体が転がっている街道を歩かせるつもりは無い。もし、どうしてもと言うならば、この場で俺を殺し、全滅の覚悟を決めて出陣することだ」

 大広間は粛然とした。余りに悠斗が語った事例が、想像を絶するほど凄惨を極めたからだ。

 悠斗としては絶対に譲れない一線である。兵站の重要性については現代になっても、一部の権力者は理解していない。軍事の専門家はその重要性を唱えているが、政治の都合で無視される事が多い。

しかし、戦いの素人は戦略を語り、戦いの達人は兵站を語る。この言葉が示す通り、歴史において、覇者、戦略家、戦術家、天才など様々な呼称で呼ばれた人物は、兵站をとても重要視していた。確かに、補給物資を運ぶだけであり、地味で、華々しい武勲とは言い難いかもしれない。だが、兵站が杜撰であれば、例え百万の大軍で攻めても、寡兵の敵に簡単に敗れ去る。これは歴史的事実である。

「……キサラギ殿が輜重隊の護衛を堅固にする理由はわかった。悠斗殿の進言通り、輜重は五百としよう」

 バルバロッサが言うと、悠斗は大きく頭を下げた。

「では、私はこれから準備に取り掛かります」

「準備だと? お前は何もするな、手間が増える」

 そう言ったのはヒエンである。

「ああ、出陣の準備は任せるよ。俺は北が軍を動かした際、迎撃戦実行案を出発までに纏めよう。すでに幾つか試案が出来上がっている。ノートリアムの方はあくまで一部隊に甘んじるだろうからな、現地を見て対策は考える事にするよ」

 ……最悪の場合、独立した行動をする。

 この言葉を悠斗は呑み込んだ。指揮権を逸脱する軍律違反行為だからだ。だが、こんな馬鹿げた戦を仕掛ける本国の連中が、戦略、戦術に優れているとは、どうしても思えない。巻き込まれるのが回避できないとしても、一緒に死ぬ義理は一片たりとも無い。

「そ、そうか……」

「あ、そうだ。ノートリアムのデヴォン地方の地図を入手してくれ。それもでき得る限り詳しい物。交通路、道の広狭、地形、傾斜角度、人口、村の配置に至るまで全部」

「え。そ、そこまで調べるのか!?」

 ヒエンは悠斗の要求に驚きの声を挙げた。

「ああ、交通路は言うまでも無く、道の広狭は軍の展開上知っておく必要性があるし、傾斜角度は矢の飛距離に影響する。無論、上り坂であれば、騎馬部隊の進軍速度にも影響する。人口や村の配置は、勝利した場合の戦後処理における軍政を決定するし、逆に敗北した場合、退却する道の決定項目に必要な情報だ。特に、地形は生死を左右する重要項目だ。絶対に調べてくれ」

 悠斗が当たり前のように言うと、信繁は軽く笑った。それは、悠斗が自分の助言を実行しようと、懸命に献策していると感じたからに他ならない。

ならば、助言をした当人としては、その手助けとして力を尽くすべきだ。

「出陣の準備が完了したら知らせてくれ。それまでまた部屋に篭もる」

 悠斗はバルバロッサに頭を下げ、大広間を退室した。

「リューネ殿。また、一つ学びましたね」

 信繁はゆっくりと微笑みながらリューネに言った。

「………………」

 リューネは一言も発する事無く、ただ黙って悠斗が出て行った扉を見つめた。







 命令書がシンヴェリルに到着してから十二日目、シンヴェリル軍四千はルットリアの中央部に駐屯した。現地には一足早く、南西のホーチス軍そして、北西のギリアス軍がすでに駐屯していた。

 他の領地の軍や、本国の軍が到着までいま少し時間がかかりそうだった。

「……さて、と。どうすっかなぁ」

 宿営地建設を眺めるだけの悠斗は、のんびり草むらで横になっていた。

 サボリでは無い。

 邪魔になるから退避しているけだ。……あれ? もっと悪い気がする。

 一応、悠斗はヒエンから渡されたデヴォン地方の地図を頭に描きながら、自分ならどのように動くか? 敵の立場ならばどのように動くか、考えていた。

 繰り返して言うがサボリでは決して無い。

「……今日はいい天気ですね。このような陽だまりで昼寝すれば、さぞ気持ちいいでしょうね」

 ふいに頭上から若い男の声した。悠斗が声の方に顔を向けると、白馬に騎乗し、均整のとれた顔立ちで、微笑みを浮かべる金髪碧眼の若い男がいた。ただ、鎧はそこらの兵士と違い、真っ白に塗装されて豪華なものだった。見る限りそれなりの立場の人間である事は明白だった。さらにその後ろには護衛であろうか、六名ほど騎士が連なっていた。

「そうですね。本当は昼寝をしたいのですが、考える事が多すぎておちおち寝てもいられないのです」

 悠斗はそう言いながらゆっくりと立ち上がった。

「で、どちら様でしょうか? ここはシンヴェリルの一軍ですが?」

「貴様! 口を慎め!」

 護衛の騎士がいきなり悠斗に怒鳴る。だが、それを金髪の青年が手を上げて制した。

「私はギリアス領主アルト=エルローン。シンヴェリル領主、バルバロッサ=アートル殿と面会したい。取次ぎ願えますか?」

「……失礼しました。私はアートル家客将、ユウト=キサラギと申します。領主バルバロッサは領地に滞在中です。シンヴェリル軍を率いているのは、ご息女、リューネ=アートル様ですが……」

「リューネ殿が? バルバロッサ様は……そうか、北への抑えになられたか」

 バルバロッサ不在と聞いて、即座に見抜いたこのアルトと名乗る青年に悠斗は少し驚きを感じた。

「では、リューネ殿に面会したい」

「分かりました。リューネ様は現在本営にて休息中です。ご案内致します」

 悠斗はそう言うと、先頭になって歩き始めた。

「……ところで、一つお尋ねしますが。失礼ではあるが、貴殿は何処から来られたか? 聞いた事もない名前であったので。しかも、客将とは……」

「東の果て……。そこから来ました」

 悠斗は異界の事を伏せた。まだ、話す時期では無いという判断からだった。

「東の果て……ですか」

「私もお尋ねして宜しいでしょうか?」

 今度は悠斗が尋ねる。

「何でしょう?」

「……この戦、どうお考えですか?」

 悠斗は立ち止まって、睨むような目線でアルトを見つめた。

「……………………」

 アルトはすぐには答えなかった。少し考えた後、口を開く。

「国益を増やす為の戦です。民の暮らしが少しでも豊かになるならば、尽力を尽くすべきでしょう。貴殿はどのようにお考えで?」

「…………尋ねるのは一つであった……と、記憶していますが?」

 悠斗が答えると、アルトは一瞬だけ鋭い目つきで悠斗を睨んだ。だが、すぐに元の表情に戻る。

「確かに。これは一本取られましたな」

 そこからは双方一言もいう事無く、リューネが居る本営まで辿り着いた。

「此方です」

 悠斗が先導して本営に入る。すると、本営入り口に大柄な体格の男が一人、細身の男が一人、リューネと話をしていた。

「お、アルト、ようやく来たか」

 一人は気軽に声をかけ、

「…………」

 もう一人は沈黙したままゆっくりと頭を下げた。

「これはエドガー殿、フェニル殿。ご無沙汰しています」

 アルトはエドガーとフェニルという男と握手をして挨拶をした。

「エドガー殿のルットリア勢がまだ到着していないようですが?」

「ああ、面倒だから俺だけ先に来た。その内来るだろう」

 エドガーは大笑いしながら言う。

 おいおい、指揮官が軍勢を置いてきぼりにするなよ。

 心の中でツッコミをいれる悠斗であったが、豪快に笑うエドガーを見ると、まぁ、それもアリといえばアリ……なのか? と、思ってしまう。

「少し、四人で話をする。ヒエンとキサラギは席を外してくれ」

 リューネが言い、ヒエンと悠斗は頭を下げて本営の天幕から出た。

「……で、ヒエン。あの三人は誰だ? まぁ、一人はギリアス領主だと名乗ったが」

 ヒエンは悠斗を見つめて、一つ溜息を吐く。

「大男の方がルットリア領主、エドガー=バルバロイ様。武勇に優れた御方で、エーベルン最強と名高い。細身の方がホーチス領主、フェニル=アルギン様。此方も武勇に優れた方だが、特に守りの戦いに強い。お前が案内したのがギリアス領主、アルト=エルローン様。お若いがいわゆる天才だ。優れた統治能力でギリアス領を復興し、戦でも縦横無尽の戦をなさる。エーベルン随一の知恵者とも呼ばれている」

「ほう……」

 一言だけ感想をいい、悠斗は目を細めた。

 アルトと話していた際に感じた違和感。僅かな時間ではあったが、背中がムズムズするような感覚。あれは、互いに腹を探り合った感覚なのだろうか? それとも、互いに知識で勝負を挑む者同士の……。

「お二人で何を話しておられるのかな?」

 そう言ったのは信繁である。この時、信繁は単身宿営地を見回っていた。

「……中々違和感ありますね」

 悠斗は出陣前に言った感想と同じ感想を漏らした。

「……実は、私も。鎧に少し工夫を凝らした程度だが」

 信繁は一人武者鎧を身に付けている。ヒエンが用意した鎧があったのだが、どうも身体に合わないらしく、胴体や、腕などを鋼鉄の材料で作製したようだ。武者鎧風甲冑とでも言えばいいのか? 南蛮胴鎧に少し似ている。

「リューネ殿に報告があるのだが……。客人ですか?」

 信繁が尋ねると、ヒエンと悠斗が同時に頷いた。

「分かりました。急ぎの報告ではないので、此処で待つと致しましょう」

 それからしばらくした後、三人の領主はそれぞれ帰途についた。そして、リューネは三人を天幕に招いた。

「………………」

 眉間に皺を寄せて考え込むリューネが、そこには居た。

「リューネ様、何か有りましたか?」

「……三領主から頼まれた。シンヴェリル、ギリアス、ルットリア、ホーチスは共同で後衛になろう……とな」

「後衛ですか!? 我等は後ろで黙って戦場を眺めているのですか?」

 ヒエンが尋ねると、リューネは頷いた。

「……それぞれの戦力数は?」

 信繁が尋ねる。

「シンヴェリル四千、ギリアス二千二百、ルットリア三千八百、ホーチス三千」

 一万三千……。しかし、輜重部隊がいるので、戦闘部隊のみで考えれば一万と言った所か。

「……エーベルン本国と他の領主の軍勢は?」

「南部、南東部のムダラ、カラカスは来ない。南の防衛の為だ。東部、北東部のアッチラ、ワノンは距離があるのでこれも動かない。動くのは本国軍とバッカス大公爵の私兵。合わせて六万八千だ」

 悠斗は疑問を感じた。

「……少なすぎる」

 その疑問を悠斗はポツリと口にした。

 シンヴェリルの四千という数字は、北の脅威に備えての数。ギリアス、ルットリア、ホーチスはもっと兵数があってしかるべきだ。

「……キサラギとタケダ殿の二名には事情を話そう。これは、父上から命令された事だ。ヒエン、人払いを頼む。誰も天幕に近づけるな」

 リューネが前置きすると、悠斗と信繁はリューネを見つめ、ヒエンは外に出た。

「実は、王位継承問題がエーベルンにはある。ワーナード国王陛下には三人の御子が居られる。王位継承権から順にエルドワーズ様、ミレイヤ様、ミリヤ様だ。この内、第一王妃である、ユリー王妃様が、ご出産なされたのがミレイヤ様、ミリヤ様の御二人。第二王妃であえるマリー王妃様が、ご出産なされたのがエルドワーズ王子だ。エルドワーズ王子がミレイヤ様の一つ年上になる。年齢としては、二十歳、十九歳、十六歳だ」

「おい、ちょいと待て。出産の順番が逆になったのか?」

 悠斗が問う。リューネはさらに説明を続ける。

「それだけならば尚良い。ユリー王妃は既に十五年前に亡くなられて、第二王妃であったマリー王妃が正式に第一王妃となっている。そして、最大の問題であり懸案となっているのが、マリー王妃はドゴール王国から同盟の証として嫁がれたという事だ。それも、ドゴール王であるアウグスタット=ドゴールの妹だ」

「……もしエルドワーズ王子が国王となれば、王母であるマリー王妃によって、ドゴールの傀儡になりかねない。そう危惧している訳ですね?」

 信繁が尋ねると、リューネは頷いて肯定した。

「我が父バルバロッサ、そして、ここに来た三領主は連名してミレイヤ様を次の王へ。と、国王陛下に伝えている」

「王位継承権とそれに伴う権力争い……か」

 悠斗が納得したように頷いた。

 ドゴール王国についての資料を頭からひっぱり出す。確か……同盟は二十一年前。そして、同盟直後からドゴール王国は後顧の憂い無く東へ、北へ、南へ。遠征を繰り返して、今ではドゴールはエーベルンを遥かに凌駕する一大軍事国家である。

 という事は……だ。後顧の憂いを無くし、上手くいけば西へ勢力を伸ばす為の布石。という可能性もある。そして、見事にその布石が生きている。例え、布石が失敗したとしても、後顧の憂いを失くす。という第一目的は果たしているのだから問題無い。

 ……いや、待て。第一王妃であったユリー王妃が死んだのも……。これは考えすぎ……か?

「父上は別に権力など欲していない。ただ、ドゴール王国に、このエーベルンが傀儡として、属国として、飲み込まれる事を心配なさっているのだ」

 これはまた、面倒な話だ。しかも、王位継承問題ともなると、内部分裂……最悪、内乱の可能性がある。

 しかし、視点を変更すればどうだろうか? 

 現在のエーベルン王国とドゴール王国。戦力、国力共に四倍以上。下手に内乱をするよりは、属国となって庇護を受ける。もしくは、国力を充実さえ、雌伏するという手段もあるにはある。

 いや、問題点は違う。本国の連中がこの危機的状況に気付いているかどうか? 答えは限りなく否。

 下手をすれば、国を売り渡して自らの地位を保全するかもしれない。生き残るという手段であれば、それも確かに有効な手段の一つでは有る。

「エルドワーズ王子を支持しているのは?」

「父上を筆頭とした四領主。それ以外ほぼ全てだ」

「……うん、了解だ」

 これは、また……。形勢不利か。

「この話を聞いたからには、裏切りは許さぬ」

 リューネは目を細めて、悠斗と信繁を睨み付けた。

「裏切っても他に行くとこねぇし」

 と、悠斗。

「我が刀に誓います」

 と、信繁。

「さて、では……というか、そういう事情ならば、大幅に考え直す必要性があるな」

 悠斗は腕組みをして唸った。

「考え直す?」

 リューネが尋ねると、悠斗はにっこり微笑んだ。

「先陣を任された場合、被害をいかに少なくするか。そもそも、どうやって先陣を任される事を回避するか……とか。敗れた場合、どうやって他の領主に敵軍を押し付けて逃げ出すか……とか……ね」

 リューネは目を丸くした。まさかそんな事を考えていたとは思っていなかったからだ。

「修正事項、ギリアス、ルットリア、ホーチスには被害を与えない、又は、最小限にしなくてはならない。敗北した場合、殿を押し付けられる可能性がある」

 大きく溜息を吐いて悠斗は呟く。

「撤退戦になった場合の作戦を、根本から練り直さないとなぁ……。さてさて、どうしたものかなぁ……」

「おい、キサラギ。お前は我が軍が敗北すると思っているのか?」

 リューネが尋ねると、悠斗は微笑みながら首を横に振った。

「敗北する。ではなく敗北した場合を考えているのさ。状況に左右されてしまうが、ある程度の危険性を考えて、それに備えておきたい。そうすれば、いざ事が起きた場合、対応が早い。それに、俺は最初から、本国で反乱が発生した場合、北は本気で攻めてきた場合、東のドゴールが同盟を破棄して攻め込んできた場合、……も考えている。可能性としてはとても低いが、万が一というのは、起きないじゃない、起きる可能性がある。と、いう事だからね」

「そこまで考えておいでか」

 信繁も驚いたのか、悠斗を見つめる。

「俺は何かあったら考えるというのは、好きじゃない。何があっても既に対策を考えている……というのが理想だと思っている。まぁ、アレだ。備えあれば憂いなし」

「……孫子兵法ですね。それも」

「ええ。用兵の法は、其の来たらざらるを恃(たの)むこと無く、吾れの以て待つ有ることを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻むべからざる所あるを恃むなり。……戦争の原則としては、敵がやって来ない事を当てにするのではなく、何時やって来ても良い様な備えが此方に有る事を当てにする。敵が攻撃して来ない事を当てにするのではなく、攻撃できないような態勢が此方に有る事を当てにするのである」

 言い終えた所で、悠斗は頭を掻く。

「……と、言いたいが。残念ながら、シンヴェリルだけでは対応できる事は限られる。現有兵力は少ないし、対応を間違えたらそこで終了だ。まるで綱渡りで難しいんだよなぁ」

 自分で備えの重要性を説きながら、備えに限界がある事を思い悩む悠斗の姿を見て、信繁は自分の目が間違っていないと改めて確信した。

悠斗は常に考えている。それも、何百手先も。予想外という言葉がこの男には存在しないかのように。実際は悠斗も人間である以上、限界はあるだろうが。

「まぁ、とりあえず。この戦で無事に過す事だな」

 一人納得した様に、悠斗は笑う。

 エーベルンの王位継承問題については、可能性を悠斗は考えていた。考えていたが、本当の話となると少し驚く。

 しかし、問題は増えたが、味方も増えた。

 アルト、エドガー、フェルトの三人は信用できる可能性がある。まだ、彼等の能力を見ていないので評価は出来ないが、ヒエンの話を聞くかぎり無能ではなさそうだ。それ以前に、無能という言葉に一番近いのは悠斗自身であるのだが、それについては…………なるべく考えない方向で…………。

 何はともあれ、一万三千という形で味方が増えるのは歓迎すべき事だ。

 本国の六万八千は味方とは別で、限定的友軍として考えるべきだろう。おおよそ味方と思われる奴等にいい様に扱われるなど、論外も論外でこの上無い。此方がいい様に利用するだけ利用すべきだ。

ふと、悠斗は自分がシンヴェリルの為だけに考えている事に気付く。

エーベルンなど、どうなろうと知った事か! とでも言う様に。

一応、シンヴェリルはエーベルンの一部なのだから、エーベルンの為も考える必要性がある。

手間が増える、面倒が増える。

厄介な事だ。

だが、例えそれが茨の道であったとしても、考えて渡ればいい。迂回するも良し、誰かを先に行かせてその後に続くも良し、なんとかして丈夫な長靴を作製して渡る。方法はいくつも存在する。ただ、考えるのはとてつもなく面倒なだけである。

 その日の夜、悠斗はリューネを尋ねた。

「……どうした?」

 突然の訪問にリューネは驚いたようだ。髪を洗ったのか、髪を結っておらず、背中に流したままだ。

 うん、これはこれでとても似合う。

「あ、いや、すまん。ちょっと話をしたくてな」

「話? 何か、問題で起きたか?」

「問題は起きているが、大したことじゃない。ちょっと聞きたい事があって……」

「何だ? 珍しいな、お前が私に尋ねるなど」

「リューネは……。その……、どうして戦う?」

「……どうして? ……答え難い事をお前は尋ねる。そうだな、私は父の手助けをしたい。父が守ろうとしている物を守りたい。私は父のように賢くない。それは自分でも分かる。だから、父の剣として手助けしたい。だから、戦っている」

「……バルバロッサ様の手助けか……」

「お前はどうなんだ?」

「え?」

「お前は何故、このシンヴェリルの為に戦う?」

「……そう……だな。生きる為……自分の為……。たぶん、生きる為、自分の為、そして、俺を助けてくれたバルバロッサ様、リューネ、ヒエン、そして信繁殿。そんな親しい人の為に戦おうとしているんだと思う。正直、この国がどうなろうと、知った事じゃない。だが……リューネが、望むのなら、助ける」

「私が望めば?」

「ああ、俺は一応ではあるが、君の側近だぞ?」

「確かにお前は側近だが」

 悠斗は大きく背伸びをして、リューネに頭を下げる。

「すまん! 戦に出るなんて、初めて何でな。色々と不安なのかもしれない。変な愚痴を言った」

「……誰にでも初めてはある。それは別に構わん。……その……先程、お前は言った」

「ん?」

「私が望むなら、助ける……と」

「ああ……」

「……信じて……いいのか?」

「信じて貰える様、努力します」

 悠斗が言うと、リューネは笑顔で微笑んだ。こうしてリューネの笑顔を見るのは初めてかもしれない。

 たぶん、一度も衝突なしの会話は初めてじゃないか?

「努力しろ、お前は私の側近なのだから! 側近が無能では私が困る」

「はいはい。んじゃ、話聴いてくれてありがと。おやすみ」

「……ああ、おやすみ」

 悠斗が天幕を後にした後、リューネは大きく溜息を吐いた。

「……不審者から、一応……側近に昇格……かな」

 その日の夜、リューネは陣幕のベッドではあったが、とても安らかな気分で眠れた。







 五日後、エーベルン本隊が到着。陣容を整えた遠征軍は西へ進撃を開始した。

 エーベルン軍八万余は五つの軍団に分かれてデヴォンへ進撃。

 第一軍、一万。指揮官。アルフレッド=カーランデル伯爵。

第二軍、一万二千。指揮官、グリーズ=ホッテンハイム伯爵。

第三軍 八千。指揮官、ノードン=カルトロー男爵。

 第四軍 本隊四万。総指揮官バッカス=カルトロー大公爵。

 第五軍、四領主連合部隊一万三千。指揮官、エドガー、フェニル、アルト、リューネ。

 この軍編成と、進軍経路の決定は、総司令官であるバッカスが行った。軍編成については、リューネ達が言うまでも無く、小勢である領主軍は輜重隊の守備で良い。と、いう事で、最初から後衛にされた。

 それは此方としては希望通りだが、進軍経路が問題だった。進軍経路は只ひたすらにまっすぐ直進。デヴォン地方に侵入した後、一挙に制圧するという内容だった。

 この話をリューネから聞いた悠斗は、なんとも言い難い表情を浮かべた。

 計算も、策略も一切無い。ただ、数を頼りに力押し。悠斗は激しい危機感を覚え……いや、絶望的な危機だ。

 悠斗がこの世界に来て二ヵ月後。時に、神耀歴七五八年六月上旬の事である。

後書き


作者:そえ
投稿日:2010/02/22 21:44
更新日:2010/03/27 17:36
『アルバイト軍師!』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。

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作品ID:152
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