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作品ID:1579
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神話

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中

前書き・紹介


鈴音

目次

 鈴音(すずのね)様の護衛になってから三回日が昇り、四回夜が来た。私が初めて彼女がお部屋の外に出られるのを見たのは、この日の夜中の事だ。
 月がきれいな晩。陰の物も出てこない。穏やかな闇の中に、鈴音様はやってきた。お部屋の前には当然護衛役、つまり私がいたわけだが、鈴音様は私を見て驚きもせず、か細い声でおっしゃった。
「出ても、いい?」
 禁止されていたわけではないので、私は一つ頷くと、表に出た彼女の後ろに付き従った。
 鈴音様はあまり動かなかった。少し歩くと庭の石に腰かけて、月に照らされる草を眺める。ただそれだけなのに、その行為をとても愛でていらっしゃるようだった。私は後ろからそれを眺めて、この人が本当に鈴音様なのか、不安になってきた。
 普段の鈴音様は、私にはよく価値のわからない上品な御着物を着て、たくさんの装身具を身につけている。上座にいるその姿は置物のようだった。
 実際、鈴音様は全く動かない。部屋の中でじっとして、外にいるこちらからは、何をやっているのか悟ることはできない。
 今の鈴音様は、簡素な寝間着姿。長い髪は垂れるに任せ、身を飾るものは何もない。それなのに、私にはその姿が一番輝いて見えた。
 月のせいではないだろう。
「おまえ、喑(いん)と呼ばれていましたね。」
 いつの間にか、鈴音様がこちらを見ていた。
 私は黙ってうなずいた。
「喑。おまえ、わたしがなぜここにいるのか、知っているのですか。」
 私は首を横に振った。その様子に鈴音様が首を傾げられたので、私は喉元を指さして、また首を横に振った。
「声が出ないのですか。」
 私は否定する。声は出る。出すことを禁じられているだけで。
「お前も厄介な境遇なのですね。」
 鈴音様が微笑まれた。人に温かみを与える笑みだった。月の光と比べ物にならないくらい、柔らかい。
「私は長くここにいるけれど、あなたのような護衛がついたのは初めてです。きっともうすぐ、ここにいることもできなくなるのでしょうね。」
 そういって、鈴音様はため息をつかれた。その様子は老人のようであったが、私が見た限り、鈴音様は、今年で十二になる私と変わらぬ年齢にみえる。その体からは、生気が抜け出ているようだった。
 それからいくぶんか、私が鈴音様を見かける日はなかった。やがて大雨が降って、村人たちが大騒ぎをしているのを見た。鈴音様にかまう人は、しばらく誰もいなかった。その数日間を思い出すたびに、私は思ってしまう。どうしてあの時逃げ出してしまわなかったのだろうかと。

 鈴音様の護衛になって、七日。豪雨が降り続き、村は湖になってしまいそうだった。周りの田畑は水につかり、池を形成している。私は村長に呼びだされ、育ての親と共に丘を降りた。鈴音様は村から少し離れた家に住まわれている。
 村長の家には、村民が避難してきていた。嫌な目つきでこちらを見る子供をちらりと見ると、母親らしき女が私をにらんできた。
 村の者と私は、体の色素が若干違った。私は周りより色素が薄いくせに、髪だけは人一倍黒々としている。育ての親は、一体私をどこで拾ってきたのだろう?
「鈴音を捧げることにした。水神様の気が晴れぬようなのでな。」
 村長たる老人は厳かに告げた。
 村人たちは義務的にうなずいている。その場に子供はいなかった。私だけ何も知らないようで、育ての親を見上げたが、何も答えてはくれそうになかった。
 しかし、たとえ教えられなくても、これだけはわかっていた。
 捧げるとは、つまり死ぬことだと。

 次の日、鈴音様は輿に乗せられ、大人四人に担がれて山を登った。目的地は山向こうの湖。私も、育ての親と共に同行した。子供の私の足にはつらい道だったが、誰かが助けてくれる気配はなかった。雨の降る山道を、置いて行かれないように歩くことだけに必死で、途中、私は鈴音様の事を忘れかけた。
 村人は誰もが暗い顔をしていた。無理もない。村はいつ水の中に沈んでもおかしくないのに、逃げる場所もないのだから。
 やがて峠にさしかかると、育ての親が私の肩をたたいた。見上げると、後ろを見るように促された。振り向けば辺りの風景がぼんやりと見えている。霧にけぶる山々は白く沈み、遠くまで雨が降っているのがわかった。下界は大きな水たまりだ。
 そのとき、私は見てしまった。濁流が村を襲うのを。
 音はなかった。強い雨音だけがしていた。流された家も、白い霧の中に埋もれてしまう。あとはもう、ただの景色が広がるばかり。
「喑。儀式が終わったら逃げるぞ。」
 育ての親の低い声に、どきりとした。もうあの村に帰ることはないのだ。
「どうせ俺らは流れの者だ。消えたくらいじゃ、どっかで死んだと思われるだけさ。」
 育ての親につつかれて、私は再び歩き出した。鈴音様は少し先に進んでいた。
 鈴音様は、何を思っているのだろう。狭い箱に押し込められて、揺らされて。聞こえるのは雨音ばかりだろう。

 湖は、静まり返っていた。
 峠を越えてしばらく行くと、不意に雨が止んだ。思わず誰もが空を見上げたが、晴れ間が見えるということはなかった。湖の周りだけ時が止まり、我々を待ち受けているようだった。
 鈴音様は高い崖の上で下ろされた。崖の先端には鳥居が立っていたが、その間は深くえぐれていた。鳥居の手前で地面が終わっていて、両端の地面だけが鳥居が立つためだけに残っている。
 鳥居には、紐がかけられていた。紐の先で吊るされた板がふらふらと揺れている。男が二人がかりで板を引き寄せ、鈴音様をそこにしばりつけた。ちょうど人をうまく括り付けられるように、板にくぼみがついている。鈴音様の足元が赤く染まっていた。
 祝詞を唱えた男の合図で、どこからか取り出した斧(おそらく輿にでも乗せてあったのだろう)を育ての親が振り上げた。
 獣の首を手折るような音がした。月のように鋭い声が白い闇にこだまする。私は耳をふさぐこともできず、ただ茫然と鈴音様を見ていた。
 彼女はさっと吊るされた。板の下からぼたぼたと赤い汁が垂れ、湖へと消えていく。苦しそうに揺れる板がくるくると回って、そのたびに鈴音様は青い顔を見せる。
 大人たちは輿を担ぎ、私を見ていた。育ての親が「すぐに追いつくから」と言うと、村人はさっさと逃げるように立ち去る。私はおぼつかない足取りで、鈴音様に近寄った。か細い声が私を呼んだ。鈴音様がふっと微笑んだ。見えない月が、今ここにあるようだった。
「いん、いん」
 それがあえぎだったのか、私の名だったのかはわからない。でも名であればいい。私は赤く染まった着物を見て、ついに叫んでいた。
 静まり返った湖が波打つ。育ての親が私の肩を掴んだ。それでも私の声は止まらない。体の中で何かが暴れ、熱を持って出てきてしまいそうだった。ただ、目だけはしっかりと鈴音様を見ていた。その最後の言葉を聞いていた。
「はじめて、いんのこえ、……いん、いん」
 木々が揺れる。風が吹き、霧が遠くへと飛ばされていく。太陽がさっと、鈴音様を飲み込んだ。
「また、あえるよね」
 かくり、と音はしなかった。鈴音様は静かに顔を下げ、その目を閉じた。猛烈な風に揺られようとも、湖に赤い滴りが落ちるのを止めることはなかったのだ。

 長雨は湖を中心に終わりを迎えたようだった。私たち二人が旅路を急ぐ間、周りの村々は復旧を進めていたようだったが、その地域を抜けてみれば、長雨の事をつゆほども知らない人々であふれかえっていた。
 私はその首を化け物として門の前にさらすまで、五年ほど鈴音様の青い顔を夢に見た。

後書き


作者:水沢妃
投稿日:2015/10/17 11:33
更新日:2015/10/17 11:33
『神話』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。

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