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作品ID:1615
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人魚姫のお伽話

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


「オズ」  ――答えは既に……。

前の話 目次 次の話

 ……ターゲット確認!! 相手に気付かれない程度の距離を意識しながら、そっと目的人物の背後に回りこむ。総合病院の待合椅子のその一つ、目的の人物は腰掛けている。

 幾つも連なる診察室。ありがとうございましたと挨拶をして出てきた姿を見つけて。ターゲットは、椅子から動いた。


「どう? 順調? 先生は問題ないって?」

 オイオイ……。何か誤解を生じさせかねない問い掛けだと思うのは、オレだけかっ!!? 内心突っ込まずにはいられない。それは、相手の子の方も同じだったらしい。


「……あのですね、その言い方ですと、なんか……」
「……? !! 何か問題あったの!? 宮尾先生、何か言ってた!? 僕、訊いた方がいい?」

「いえ、そうじゃなくてですね……。いえ、あの、いいです。……うん、いいんです。それよりホントに良かったんですか? 昨晩っていうか、今朝方までお仕事されてたんですよね? 
 仮眠は取ったって仰ってましたけど……。車なんて出して頂く必要なかったんですよ? ホント、今日ぐらいはお休みされた方が良かったんじゃないかなって思うんです。
 止めて下さいね? 医者の不養生とかいう言葉を実践して、目の前で倒れられたところで、私には何も出来ないですよ?」

「あぁ、大丈夫だよ。そんなにやわな身体もしてないし、仮眠もちゃんと取ったって。心配しなくていいよ、ね?」


 僕の目の届かない場所で倒れるんじゃないかなって思ったら、そっちの方が気になるよ。最近はだいぶ戻ってきてるみたいだけど、暑さなんかでもかなり落ちてるみたいだし……。

 にこやかに続けられた言葉は、先程と同じく突っ込みどころ満載である。彼女の方も額を押さえているようだ……。ちなみに、今はこの時期特有の蒸し返すような熱気を漂わせて、夏に向け、一気に暑さを増し出した、六月中盤。



「…………貴悠せんせには、仕事と私事を分けるのが難しいんだなってことを、端的に表す言葉ですよね……。いいです、いいです。うん、もう大体解ってきた気もしますので……」

 どこか諦めた表情で呟く彼女に。彼氏の方は不思議そうだ。全く解っていない様子を見て、彼女は再び溜め息を吐いた。


「……『暑さで落ちてるみたいだし』って…………。診察室でも病棟でもないんですってば!! 日常生活で医者をやらないで下さいっ!! 医者を!! それも私を相手にトドメの如く小児科医するのはよして下さいっ!!   
 何が悲しくて体重チェックされてなきゃいけないんですっ!! 何処の世界に彼氏に体重把握して体調管理されてる彼女がいますかっ!? 私は貴悠センセ受け持ちの子どもじゃないんですって!!」


 ……わぁ~お、これ以上、アホな漫才に付き合わされるなんて、真っ平ご免被りたい。だけど、確かに。こないだ聞いた通り、『わざわざ足を運んで指差して笑ってやる価値』が認めれるくらいには、面白かったかな。


――――ま、安心しろよ。見物料はきっちり払ってやるからさ?





「……仁科君っ!! 会いたかった……っ!!!!」

 突然の声に漫才を繰り広げていた二人が固まった。深く被るはリボンのデザインが印象的なピンクのニットキャップ、線の細い身体をすっぽり覆い隠す丈と大きさのグレーのTシャツ。

 片側がオフショルダーになった形のシャツの左肩から紫のタンクトップを見せ、ボトムはデニムのショートパンツ。勿論、レギンスだってこだわってたり?


 そのまんま、勢いに任せて固まっている男の方に縋りつくようにして抱き付いてみて……。感極まったと見えんばかり、身体も少し震わせてみたりして。

 いきなり現れ、いきなり叫ばれ、いきなり飛び付かれ……。飛び付かれた方は思考回路を停止させ、女の子の方は目を白黒させている。


「……仁科君、判んないの……? もう忘れちゃった? あんなに長く付き合ったのにっ!!」

――――酷い……酷いよ、仁科君!! 



 突然のことに、辺りが次第にざわつきだした。外来フロアの一角、相手の首元に抱きついたまま、巡らせた視界の片隅。頭を押さえている人影を見つけて、首元にしがみつけている手をひらひらと振ってやった。


「……ねぇ、ホントにぼくが判んないの? ぼくだよ、タカ君……」

 ――――ばぁか、いっつまで間抜け面してんだよ?


 キャップをずらしてみせたその言葉で、ようやくこちらの正体に気付いたらしい。相手が身体を戦慄かせ始めたのを確認して、サッと距離を取る。


「……丹実!!? こっの、性悪やろっ…………。ふ、ふざけんな~っ!! 人の職場で洒落にならない誤解を生むような言動を取るなっ!!! っつか、なんでおまえがここにいるんだよっ!!?」

 大声と共に掴みかかって来た友人に、丹実はにっこりと微笑みを浮かべる。視界の片隅、もう一人の友人がそそくさと去ろうとしていたので、ついでに声を掛けて仕留めてやる。


「や~ん、タカ君こわぁい!! ……まーさーと! なに、てめぇ一人知らん顔しようとしてんだよ? せぇっかく、わざわざ足を運んで遊びに来てやったのによ~。あぁ、友人に恵まれない人生って辛いよなぁ?」
「……丹実、わかっててやっといて俺まで巻き込んでくれるな!! 来るなと俺は言ったよな?」
「武原! おまえ、コイツの行動知ってたのか!!??  丹実、おまえも!! 人の職場で遊ぶな~っ!!」



 ……ぎゃいのぎゃいのと騒ぎ出した三人の人影に。周囲のギャラリーは、先ほどよりも呆気に取られている。
 そりゃそうだろう。騒ぎの中心の人物の内、二人はこの病院ではメンツが割れている。片や私服の出で立ちとはいえ常勤医師、片方に至っては看護師の白衣姿である。

 騒ぐ声を聞き付けたのか……。一人の子どもが泣き出して、この病院の小児科ドクターは我に返ったらしい。が、しかし、もう遅い。子どもは既に涙を目一杯に溜めている。五才ほどの男の子が。


「……はるちゃんせんせが怒鳴った~っ!! せんせがせんせじゃない!! はるちゃんせんせが、はるちゃんせんせが……」

 泣き出した子どもに、慌てて周囲の看護師達が宥めにかかる。その目は少々友人二人を咎めるように睨んでいて……。数人がかりで宥めにかかって。が、しかし、子どもはよっぽどショックを受けているようで中々泣き止まない。


 ――――あ~あ、オレの所為じゃないかんな? で、どーするよ、小児科の仁科センセと看護師さんの武原君? 


 ちっとも悪びれず、寧ろ内心面白いことになったと笑んでいる丹実の心など、友人二人はお見通しらしい。
 鬼の形相でこちらを睨みつけてきているが、生憎それくらいのことで堪える丹実ではない。


 ――――と、更に別の子どもの声が高らかに響く。


「……バカっ!! 杏、もう、センセなんか大っきらいっ!! 見損なった!! サイッテー!!」


 ……お? 唐突な宣言に振り返れば。

 泣き出した子どもと変わらないほどの年頃の女の子が、眦釣り上げて、小児科の友人を睨みつけている。突然のことで度肝を抜かれたらしい友人は、困惑を露わにしているが……。

 杏というらしき子どもの次なる言葉と行動を受けて、ヤツらもオレも納得した。あぁ、そういやそうだった。変装と、ちょっとした『遊び心』を生かしたオレの今日の服装。


「……先生、大丈夫? 杏、先生が言うならセンセをやっつけたげる!! 杏、先生の味方だからねっ!?  先生がいるのに女の人はべらしてるセンセなんかやっつけたげるからねっ!!」

 子どもが駆け寄ったのは、友人の彼女。彼女の方は目を白黒させた状態のまま。……に、しても。へ~え? 最近のガキってすげぇ言葉使いやがんの……。はべらせてるとか来たか~。


 周囲がオレらをどう見たかに気付いたらしい友人は、慌てているが……。女性看護師達の視線がどこか冷たいのは……、うん、愉しいな、これは。膠着状態の現状を打破したのは、意外な人物だった。




「……ありがとね? うん、じゃあ、いざというときはお願いしようかな。でもね、杏ちゃん、今はその必要はないと思うわよ? 貴悠せんせに、彼に飛び付いてた人、男の人だと思うから……」

 ……おぉ?  彼女の言葉に、杏という子どもと周囲の看護師達が驚いている様子がはっきし窺える。他でもないオレら当事者も呆気に取られたぐらいだ。

 そんなオレらと周囲を他所に、彼女は泣いてる子どもに話しかけた。



「はるちゃんせんせが大声出してびっくりしちゃったね。ほら、そんなに泣かなくても大丈夫よ? はるちゃんせんせ、ボクに怒ってるわけじゃないから、ね?」
「…っ!! ……うぇ…っ……。……でも……」

「せんせはね、お友達が急に来てくれたものだから、驚いちゃって、はしゃいじゃったんだと思うわ。ボクもお友達と遊んでるときについ大きな声出しちゃうことあるでしょ? それとおんなじなの」
「……? お友達?」

「そうよ、お友達。でも、病院で大きな声出したら駄目だよね? ボクも普段は注意されちゃう方かな?」
「……うん。あんまり大きな声出したら看護師さん達がびっくりしちゃう!! って……」

「そっか。じゃあ、今日は逆にボクがはるちゃんせんせに注意してしまお? 滅多にない機会よ? 病院で大きな声出したら駄目だよ~って。……ほら、言えるかな? いつものセンセが好きだなって言っちゃお?」
「……っす。う……」

「……ボク、いつものせんせの方がいい…………」


「うん、よく言えたね。……と、いうことですけど? 小児科の仁科センセ? 慕って下さっている子どもさんの心を踏みにじるようなこと、まさかなさいませんわよね?」




 ――――おぉ、中々やるじゃん?

 長い黒髪をパステルカラーのリボンで低めの位置のサイドテールにして結んだ彼女は、泣いていた子どもを後ろから抱きしめるような形で、友人をにっこりと見上げている。

 子どもの肩に軽く手を添えながら殊更丁寧に紡がれた台詞が、やけに威圧感を漂わせていたように聞こえたのはオレだけじゃなかったらしい。友人は、引き攣り気味にではあるものの、笑顔を浮かべた。


「ごめんな~。そうだな、いつもはセンセが注意するのに、センセが騒いでちゃ駄目だよな? ほら、怒ってないから、な? センセ、暫く会ってないお友達が急に来たもんで、驚いたんだ」


 しゃがみ込んで頭を撫でた友人に、子どもはようやく笑顔を浮かべた。その様子に周囲も一安心したらしい。そのまま看護師に連れられて子どもは立ち去り、ギャラリーもチラチラとこちらを窺いながらではあるが落ち着き始める。





「……へぇ? 意外っちゃ意外な展開じゃん。王子さまじゃなくてお姫さまが現状打破するとは思わなかったなぁ~?」
「やかましい!! 人の職場で悪趣味極まりない遊び方すんなっ!! ……ってか、なんだよ?」

 子どもがいなくなったからなのか、友人は既に不愉快さを隠そうともしない。今にも唸り声を上げて噛みついてきそうな勢いだ。




「……べぇっつにぃ? んで、そのリボンの彼女がお姫さまなわけね…………。そんじゃ、改めまして? 初めまして!! タカ君の大学時代の同級生で、村蕗(むらふき)丹実(たみ)ですっ!! 
 そこで往生際悪くこそこそ逃げようと企んでるらしい、マサ君の幼馴染みたいなものでもあります!! ね、マサ君?」

 今の内にと言わんばかりに逃げ出す勢いだった白衣の看護師も、殊更ニッコリ微笑んで、トドメを刺しておく。


「悪寒が走るような呼び方すんなっ!! 『マサ君』なんて、お前呼ばないだろうがっ!!」
「……その『タカ君』ってのも止めろ!!」

「そ? んじゃ、遠慮なしの無礼講の方向で? 正登から、タカが年下を手懐けたはいいけど、病棟巻き込んで面白れぇ事態引き起こしてるっつうから見物に来たんだけどさぁ? いちお確認しとくけど、真面目にあの漫才をここで日常的にやらかしてんの? 
 まぁ、それはそれで面白れぇかも。あ、今度、大学時代の他の同期と先輩達にも吹聴しといていい? なんなら、『鈍感王子、仁科貴悠くんの天然おとぼけ生活見学ツアー』とか銘打って企画して……」

「するなっ!! 人をなんだと思ってやがるっ!! ……頼むから真面目に止めてくれ。あの人らの相手すんのどれだけ疲れると思ってんだ!! それから何なんだよ、その『鈍感王子』とかいうすっとぼけた呼称はっ!!?」


 オレの言葉に凄ぇ勢いで抗議を入れてきたのは、勿論友人の小児科医。まぁ、まずいと思ったんだろうな、この段に来てまで正登がこそこそ距離を取っている。が、それを見逃すオレでもない.。



「えぇ~? そのまんまぁ? だぁって、オレ聞いてんもんね。こっちが見てるに、目に入れても痛くない可愛がり方してる様子のお姫さんを、危うく海の泡にするとこだったっつうやつ? 
 なんでも親戚の騙し打ちにまんまと嵌められた挙句、おとぼけ天然病を発揮して、それこそ子どもが乗り込んで来るようなえれぇ騒動起こしたらしいじゃん?
 正登はともかくお前んとこの看護師長まで動かして計画練らしてさぁ? んで、見事に引っ掛かったのはいいけど、傑作な現れ方したらしいじゃん。
 テーブルに紙幣叩きつけて、『この子、予約済みなんで!!』だっけ?  もう、漫画の世界の爽やか王子さまとしか言えねぇじゃん!! この目で直接見れなかったのが、すっげぇ残念~」


「……武原?」
「あ、あの、仁科センセ? 僕、そろそろ戻らなきゃまずいかなぁ……なんて」

 タカが捻り出した低い声に。正登は顔にはっきりヤバいと書いている。


「え~? 正登、お前交代時間だろ? 昨日メールで確認したじゃん? オレに抜かりはないもんね」
「うわ、丹実、余計なこと!!……」

「……取り合えず、私服に着替えてくる時間はやるよ。で? なにをどうペラペラ喋ってくれたのか凄く興味あるし、十五分後に正面玄関前で? まさかと思うが、裏口から逃げるなんて真似はしないよな?」

 はっきし怒りの伝わってくるようなタカの声音に、正登は思いっきり青ざめている。わお? おっもしれぇ~!! コイツ、オレらの他にもう一人いるの忘れてやがるだろ。


「に、仁科センセ? 僕、もうちょっと仕事して帰りたいなぁって」
「へぇ? おまえんとこの病棟と事務に、武原さんが仕事したくてしょうがない時期みたいなんで、休日のシフトは二・三カ月は要らないそうですって話を通しておいてやろうか? 
 宮尾先生辺りは面白がって喜ぶだろうし、小児病棟の子どもらも、ボランティアのお兄ちゃんが毎日遊んでくれるとなったら喜ぶだろうけど?」


「「そりゃ、普通に過労死するっつの!!」」

 コイツ、キレさせると、こういうとこあんだよなぁ~。仮にも医療従事職とは思えない暴論に走った小児科ドクターの無茶ぶりには流石にオレも突っ込んだが。
 重なった正登の声は中々に悲壮感が漂っている。春先の一件といい、この様子じゃ、正登、結構苦労させられてんじゃねぇの? 


「過労死コースが嫌なら今直ぐ着替えて来い!! 昼飯にデザート付きで手を打ってやる」
「頼むから安価なもんで勘弁してくれよ? 俺よかお前の方が給料いいのに……」

 正登はがっくりと項垂れてるし、タカは未だにコーワイ笑顔を浮かべているが、取り合えず話はまとまったらしい。なので、割って入ってみる。


「ふぅん? ま、いいや。んじゃ、噂の王子さま登場の店にしよ。で、それは勿論、海に還り損ねた人魚姫さんと一緒にってことでいいんだよな?」
「やっかましいっ!! 悪趣味な呼び方すん…………う、うわぁ!!!」

 今頃になって小児科ドクターは気付いたようだ。病院内で出すには相応しくない叫び声を上げたかと思えば、一気にさっきの正登と同じ程度には青ざめた。


「タ~カ君てば、今んなって気付いたの? そ、お前の後ろ、お前のお姫さんがいるんだっつうにねぇ~。じゃなきゃ、オレがわざわざ自己紹介なんかする意味ねぇじゃん」

 オレの指摘に、何故か正登も若干口元を引き攣らせた。まぁ、猫剥いだ一端として、なんかありゃ確実に正登もとばっちり受けるんだろうとは思う。




「ええと、私のことを言っておられますよね? というか、そこまで青ざめられたりしても、ちょっと複雑かなぁと。武原さんにも驚きましたけど……。貴悠せんせ、御友人には結構容赦無いんですね」

 困ったように微笑むリボンのお姫さまに、タカは口元を引き攣らせて固まって、正登も少々バツが悪そうに首元を後ろ手で押さえている。彼女の方は友人二人の様子に困りきった感じで視線を彷徨わせている。


「確か、お姫さま、長谷川さんだっけ? コイツら、どんだけ猫被ってんだって話だから。お姫さまの前でのコイツらのこと、聞かせてよ」

「でも、皆さん揃ってお話されるの久しぶりなんじゃないんですか? お友達同士で水入らずの話とかもされたいでしょうし、私に構わず頂いて大丈夫ですよ?」

 私、今日は失礼させて頂きますね!! ぺこりと頭を下げて来るお姫さんに、我に返ったように慌てたのは、正登。タカを揺さぶりながら、器用にもう一方の手でお姫さんを引き止めている。


「待った待った!! ちょっ、長谷川さん、ストップストップ!! 寧ろ、この状況で置いてかれたら、俺らの被害倍増だから!! 貴悠、いい加減戻って来てくれ。この流れだと、お前、暴れ出すだろうが!!」
「まーさーと? オレに言えたことじゃねぇけどさぁ、けっこ、その発言もタカの地雷踏んでる気がするぜ?」

「いいから、お前も貴悠呼び戻してくれ!! コイツ、落ち込むと病棟巻き込むから洒落になんないんだよっ! コイツが相手にしてんの、誤魔化し利かない子どもだぞ? 
 コイツの病棟から、子どもらが異変に気付いて怖がってるって苦情受けんの、誰だと思ってんだ!! 話が病棟に広まってる分、俺は確実に巻き込まれんだよっ!!」


 揺さぶられていたタカは、ようやく正気を取り戻してきたらしい。要らない言葉と実態を暴露してることに気付いてない様子の正登の頭を、無言で思いっきり殴りつけやがった。

 で、そのまま彼女の方に手を伸ばして、彼女の頭の上で手を弾ませている。彼女に向ける瞳はホントにやっさし~ぃものだったりするから、見てるこっちは笑いを堪えるのに一苦労だ。


「要らない話を暴露すんなっ!! 気にすることないよ? いきなり押し掛けてきたのはコイツだし、ホントは連絡もいつでも取れるヤツだから。全然問題ないから一緒に行こう。店で一番高いメニュー奢らせたらいいから、ね?」
「ええと、結構混乱されてますよね。表情と言動と諸々が噛み合ってませんけど……。うん、貴悠せんせ、普通に人に手を上げられてましたよね。……でも、ご迷惑にならないのでしたら」

 何処か微妙な表情でタカを見上げるタカのお姫さまだが…………。



「んじゃ、決定!! 場所変えようぜぇ? まぁさと! てめぇもグダグダ落ち込んでんじゃねぇよ」
「この流れで落ち込む以外にどうしろっつうんだよっ!?」
「いいからおまえら黙ってろ!! おまえらと違って繊細な子がいるんだよっ!」
「……あのですね、もう突っ込みどころが有り過ぎで突っ込むに突っ込めません」






 煉瓦造りの洒落たカフェの一角、明らか浮いてる四人連れ。それが今のオレらだったり? まぁ、そうだろなと丹実も思う。丹実は既にお遊びの変装姿からは着替えているから、きっちり男性ルックの出で立ちで、当然、正登も私服だし、貴悠とて最初から私服。

 長い付き合いの幼馴染も、大学からの同期の天然も、丹実から言わせりゃ、そこそこルックスは整っているし、それなりの服装センスも持ち合わせている。女同士の顔ぶれが圧倒的に多いようなこの店で、衆目集めない方がおかしいだろという程度には。

 でもって、連れの一人はそんな周囲の視線は全く気にせず。というより、気付かずにいるから、これまた凄い。もう一方は一応、周囲の視線にゃ気付いてるみたいなのだが……。

 つか、連れの連れの方は周囲の視線に気付いてるだろ、これ。先程から童顔の小児科医に構い倒されている彼女は、瞳ではっきりと『周囲の視線が痛いのでやめて下さい』と訴えてたりするのに、そーいうとこには気付けないのが、仁科貴悠というやつである。


「なぁんか、日常の風景が簡単に思い浮かぶの、オレだけかぁ?」
「コイツ、これを通常営業でやらかすんだよ。俺の前だろうが何処だろうがお構いなしに」

「ほら、好き嫌いしないで。ちゃんと食べないとまた倒れるよ?」
「……ケーキ前にして、『好き嫌いしないで』じゃないですよね。御友人に払わせるの前提で、三つも四つも並べられても、私が困るんですが…………」


 全くもって彼女の言葉が正しいだろう。既に好きな種類を知り尽くしてるらしい。席に着いて、オレらの頼むもんが決まった時点。メニューに悩んでたお姫さんを他所に置いて、とっとと頼んでる辺りが恐ろしい。

 お姫さんの前、色取り取りのケーキが並べられている。前途の通り、三つも四つも。それも、正登の瞳から酌むに、きちんとお姫さんの嗜好を把握した上で……。


「タ~カさぁ、お前の仕事、何だっけよ? それと、ものの見事に友人二人を無視すんなよなぁ……。それも、オレらも一応医療従事者だぜぇ? オレの肩書も、いちお、医師なんだけどさぁ~」

 かけた言葉に、童顔小児科医は?マークを浮かべている。


「押し掛けたのはおまえだろっ!! わけのわかんないこと言い出すな。武原も周囲も勘違いしてくれやがるけど、僕は小児科医であって保育士じゃない!!」
 


 ――――成程。コイツは普段、小児科医ですらなくて保育士の扱いを受けてやがる、と……。けど、オレから言わせりゃ、てめぇの行動を見てるに仕方ない部分あるだろうによ。

 訊いてもいない内情暴露に走ってやがる自分とこのドクター(もとい馬鹿)、どうにかしろ。同期としてオレが情けなさすぎるわ。にぃっこりと圧力かけて微笑んでやると、正登が呻いた。



「……貴悠、頼むから、医療関係者の常識を疑われそうな行動、控えてくれ。深夜の迷惑電話もびっくりするけど、10㎝サイズのケーキを幾つも並べて、『好き嫌いなしで食べなきゃ倒れる』は有り得ないだろ。
 寧ろ、それ全部食わせてたら、長谷川さん、内科行きだからなっっ!? それと、確実に言われるからな? 『誰かね、【糖尿病の正しいススメ】みたいな食生活を教えてる馬鹿は』ってな類の嫌味は」
「正登に一票。一緒にいるオレらの常識まで疑われそうな無茶ぶりしてんじゃねぇ!! 過労死発言といい、糖尿誘発発言といい、医療従事職の良識を知りやがれ」

「…………とってもとっても言い辛いんですけど、流石にお二人に賛成します。というよりは、貴悠せんせ、まだ混乱されてません? 
 ケーキ並べて宥められるのは、子どもさんですよね。ウチのお教室の子ども達なら誤魔化されるでしょうけど……」


 お姫さんの指摘はいいとこ突いてたらしい。が!! ヤツの返した言葉が問題だ!! 



「そっか、じゃあ、今日は特別な? アイスクリームとチョコレートソースも追加しちゃおう!!」
「「言動が完全に『小児科のはるちゃんセンセ』だぞっ!?」」

「ですから私は子どもさんじゃないんですってば!!」





 昼のランチタイムから終始そんな調子を披露してくれやがった同期は、彼女の方がこれから臨時の仕事が入ったとかで、オレらにポイと部屋の鍵を投げ捨てて、お姫さんを送り届けるべく一度解散した。


「なぁ~、タカさぁ……? 目に入れても痛くない溺愛ぶりは、イヤんなるくらい解ったけど……」

 お姫さんを送り届けたタカが戻ってきたので、丹実が冷蔵庫から勝手に拝借していた缶ビール片手に、ジト目で睨み付けると、相手は何かを酌み取ったらしい。ひらひらと片手を振ってみせた。


「ああ、いいんだよ、あれで。丹実、どうせ、武原から聴いてんだろ? 僕らの馴れ初め、さ」
「一応な。でも、あれでいいってどういうこったよ?」

 丹実の尤もなはずの疑問に、貴悠は自分もグラスにビールを注ぎながら、丹実の幼馴染である正登を振り向く。


「武原は解ってるよな? 僕が一応、ある程度は知っててやってること」
「ま、な……。そんな気はしてきてたけど……」

 途中のコンビニから持参してきた缶チューハイ片手に肯いた正登に、丹実は益々目を細めた。


「はぁっ!? お前ら、解っててやってるわけ? タカさぁ、言いたかねぇけどさ、キレられても文句言えないレベルだぞ? あの過保護っぷり、世話焼きっぷり!!」

 丹実の言葉に、貴悠は特に動じるでもなく、一言だけ言ってのけた。


「……必要な子なんだよ、あの子はさ」
「は?」

 グラスのビールを飲み干すと、貴悠は真面目な顔付きで口調を切った。


「僕は小児科医だ。いろんなものを諦めなきゃいけなかった子どもたちなら、大学時代からごまんと見てきてる。あの子も同じなんだよ、今のところはね。
 周囲の期待に応えることを義務付けられて、彼女は一年前まで生きてきたんだ。自分自身の声には応えてもらうことも、振り向いてもらえることもなくな。
 だから、彼女の傷が完全に癒えるまでは、僕は全部ひっくるめてやろうと思ってさ……。『過保護なお兄ちゃん代わり』にも、『過保護な恋人』にも、対応してやるさ」

 貴悠の言葉の思いがけなさに、丹実が瞳を見開くと、貴悠は愉しそうに笑った。


「それに、見てたら解るだろ? 彼女、結構子どもっぽいよ? 何のかんのと言いながら、僕に世話焼かせてくれる隙を見せてるほどにはね」
「……随分なお人好し設計だな?」

「るさい!! だって、腹立つだろ!? いつまでも自分の後輩になんか囚われられてちゃ、流石に腹立つ!!」


 不貞腐れたような貴悠の声に。笑い出したのは、奇しくも丹実と正登同時だった。


「「物分かりいいのか面白くないのかどっちかにしろよ!!」」

 正登と重ねた丹実の言葉に、貴悠はフンと鼻を鳴らした。こんなところ、お姫さんに見られたら卒倒するだろうという剣呑な目付きで、行儀悪く丹実を指差して、貴悠が再び口を開く。その内容に、丹実は再び瞳を見開いた。


「……で? 丹実、おまえは何をウダウダと悩んでんだ? 何が有ったんだよ、自分の職場で」
「は?」

 こちらの言葉には構わず、貴悠は畳みかけるように喋り出した。


「いつものおまえなら、僕の意図ぐらいとっくに酌んでるさ。だけど、おまえは今日、僕の彼女に対する行動の意図に気付きもしなかったし、『あんまりやり過ぎればそりゃ嫌われるんじゃないか』なんて言い出してきた。
 てことは、おまえ自身が何か悩んでるんだろ。それも、おまえの言葉の内容から鑑みるに、おまえの職場でのことをおまえは悩んでるんだろうが。今のおまえの職場、……救命救急センター、辛いのか?」



 隠していたはずの言葉を見事に言い当てられて、丹実は内心で舌打ちする。昔からそうだ。この同期は、おかしなところはトンデモなく不器用で鈍感も過ぎるくせに、妙なところだけ鋭い。

 見やれば缶チューハイを煽っている幼馴染も、瞳にどこか心配そうな色を含ませていて……。なんだ、コイツもかとしか思えない。幼馴染もとっくに気付いていたのだ。

 丹実がやり場のない想いを抱えて行き詰ってしまっていること。けれど、付き合いの長い幼馴染相手に、丹実が正直にそれを見せるはずもないことも……。


 だからこそ、正登は貴悠が口火を切るのに任せていたのだろう。貴悠は口調こそぶっきらぼうにさせてはいたが、ありありと心配の色を瞳に潜ませている。



「…………別に辛かねぇよ? けどさぁ、なんか……オレの勤務先って『救命センター』ってのが特徴じゃん? いわば、一日二十四時間体制で、三百六十五日、ICU勤務してるみてぇなもんじゃんか…………。
 時々さぁ、相手にしてるのが人間だって忘れてねぇか?って光景にも出くわすんだよ。つか、先輩ドクターやらの話聞いてると、オレまで麻痺しそうになってくる……」

 ポロリと零した丹実の弱音に、貴悠も正登も黙って耳を傾けている。


「けどさ、オレ、そういうの苦手なんだよ。オレがずっと見てきたジジィとはあんまり違い過ぎて、苦手なんだ。だから、普通に喋りかけるのを心掛けてんだよな。
 あ、勿論、救命で搬送されてきてる当初じゃねぇぜ? 容体が落ち着いて、センターで経過観察してる患者に限るのは当然だかんな? 
 ……けどさ、意識どころか脈や息も危ういような相手、それも、あれやこれやと管に繋がれてる相手にさぁ、オレのやってることって、何か意味あんのかなって思えてきてさ……。
 ジジィに追い出し喰らったときに、『救命救急の現場を五年は見て来い』って言われたけど、ジジィは何のつもりで言いやがったんだろうって…………」


 自分でもかなり弱気になっていると丹実も想う。けれど、毎日毎日、ベッドの上で交わされる医療用語。専門的な医療用語だけで構成されるその会話は相手の承諾を必要としないからこそ成り立つもの。

 ベッドの上の相手がもしも、きちんと自分の意思表示を出来る相手ならば、丹実が先輩ドクター達と繰り広げる会話は何のことかさっぱりなもので、当然に説明を求められるだろうと思うのに……。


 丹実が背中を見て育ったのは、村蕗診療所の村蕗一彦だ。ちょっとした風邪や腹痛であっても、躊躇なく患者が扉を叩ける町の小さな診療所。丹実が目指したのも、そんな小さな診療所の医師。

 それを、一彦は知っているはずで、なのに何故。丹実に、自分に、『救命救急の現場を……』などと言い出したのか、それが今の丹実には解らない。



 ――――口を開いたのは、貴悠だった。

「……僕とおまえが医学部を卒業して、三年と少し、もうちょっとで四年。法定研修を終えて、いきなり救命救急に放り込まれたおまえがさ、今の時点でその疑問を持てる奴だって、それを見抜いてたんじゃないのか?
 それを、村蕗先生は見抜いてたから、おまえに言ったんだと思うけど? 村蕗先生は信じたんだと思うよ、おまえがその悩みを失わないままで、医師として育ってくれるってさ」
「はぁ?」

 丹実にはさっぱり解らない言葉に、貴悠は続けた。


「丹実、おまえ、診療所継ぐつもりなんだろ?」
「でなきゃ医者なんてやってねぇよ」

 悪態めいた丹実の言葉に、貴悠は憤るでもなく、言葉を繋げる。


「将来、おまえが継ぐつもりの小さな町の診療所は、おまえ一人しかドクターのいない場所だ。村蕗先生だって、いつまでもおられるわけじゃない。
 おまえが継いだ診療所に、身体の異変を訴えてやってくる患者さんを診れるのは、ドクターとしてはおまえ一人。だから、逆に言えばどんな小さな見逃しも許されないって解るか?
 僕は反南総合病院っていう大きな病院の大勢いるドクター、もっと言えば、何人もいる小児科医の中の一人だ。僕の判断をみて何かおかしいと気付いたら、僕は他の科のドクターにも、先輩ドクター達にも意見を求めることが出来るし、客観的な視点でのアドバイスだって、おかしいと気付いた誰かから入るだろ。
 だけど、おまえは? おまえの診療所にやってくる患者が頼れるのは、おまえ一人だ。おまえの診療所には、おまえ以外のドクターはいないんだよ。
 だから、村蕗先生はおまえに育ってほしいと思ったんじゃないのか? 救命救急の現場に五年も放りだされりゃ、大概は相手が患者という人間だってことを忘れがちになるだろうよ。だけど、そうじゃなくてさ」


 今一つ要領の得ない貴悠の台詞に丹実が戸惑っていると、そこまで黙っていた幼馴染が口を挟んだ。


「俺だって、殆んど新人の頃に、ICU勤務に配置された時期は、心が麻痺しかけたよ。けど、先輩ナースから、『その為にわざとICUの経験を積ませたんだ』って言われた。
 『人間としての感情、情に引き摺られて勤務に支障をきたすな。だけど、相手にしてるのは人間だってことも忘れるな』って、そう教えるためだってな」

 丹実は友人の思いがけない言葉に瞳を瞬かせた。そこに、貴悠が続ける。


「要は、今、武原が言ったそういうことだろ。医師としての責務に追われて、相手が患者である前に人間だということを忘れるな。だけど、人間としての情に流されて、医師としての判断を誤るな。それを学んで来い。
 村蕗先生がおまえに望んだのは、そういうことじゃないのか? それも、村蕗先生は、おまえならそれが出来ると踏んでるからこそ、それを望んだんじゃないのか?」



 ――――医師としての責務に追われて、相手が人間だということを忘れるな。けれど、人間としての情に流されて、医師としての判断を誤るな。

 貴悠の言葉と幼馴染の言葉が丹実の心の中に沁み込んでいく……。そうだ、丹実が将来一彦から譲り受ける予定の診療所。村蕗診療所にいるドクターは、院長名が村蕗一彦から村蕗丹実に変化した時点で、丹実一人。

 丹実は頼れる人間のいない小さな場所で、一人でドクターとして診療所を回して行くのだ。最先端の知識に遅れたまま取り残されていることも、患者の訴えからの一つの小さな見逃しも許されない。

 それは、村蕗診療所を訪れた患者にとって、村蕗丹実というドクターを信じて扉を叩いてくれる患者にとって、取り返しのつかないことを引き起こす。だから、一彦は言ったのだ。


 ――――『救命救急の現場を見て来い。いろんな場所の色々な医師を見て、経験を積んで来い。村蕗診療所の門を叩かせるのはそれからじゃ』





「…………けっ! いい度胸してるじゃねぇか、あのジジィ!! お孫さまを見縊るなってんだ!!」

 ちびちびと缶チューハイを煽っている幼馴染の手からその缶をひったくり、一気に飲み干して息巻けば、正登と貴悠が苦笑いしている。けれど、丹実の心は既に晴れやかで……。


「喧嘩上等だっての! 受けて立ってやらぁ、くそジジィ!!」
「お前なぁ……」
「…………もうちょっと、素直になればいいもんだろうに……」

 そうか、と丹実は想う。答えは既に自分の中にあるものだったのか、と。丹実の中に既にあるはずの答えに気付かせてくれた友人達。照れくさいから、自分のキャラではないから、言ってなどやらない。けれど……。




 ――――ああ、そうか。お前らがいてくれて、オレはホントに助けられてるんだ。

後書き


作者:未彩
投稿日:2015/12/22 19:39
更新日:2016/01/19 21:07
『人魚姫のお伽話』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。

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作品ID:1615
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