作品ID:17
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「ローバス戦記」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(52)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(153)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第二話 真紅の騎士と漆黒の騎士
前の話 | 目次 | 次の話 |
真夜中、イッソス砦より出撃した五千のローバス騎士は疾風の速さで行軍した。どの道を通ればよいか、どこから攻めるか、ホルスは用意周到に準備していた。
その甲斐もあってか、ローバス軍は夜陰に紛れてシール軍本隊の背後、東側へ気付かれる事無く集結する事に成功した。
「日の出前に間に合いましたな」
セルゲイが言うと、ホルスは頷いた。
「夜明けと共に襲撃する。クリス、五百騎を率いて、敵陣を突破。敵軍を混乱させろ」
「任せてください!」
クリスは先陣を任せられた事に対して嬉しそうに笑みを浮かべた。
「セト、ウェイン。お前達二人はそれぞれ千騎を率いて側面より攻撃。俺とセルゲイは残りを率いて背後より襲撃する」
「任せろ」
「暴れまくってやるさ」
「了解いたしました」
セト、ウェイン、セルゲイの三人がそれぞれ頷いたのを確認すると、ホルスは長剣を構えた。
「五千の馬鹿が揃ったんだ。この戦、勝つぞ!」
ホルスは笑った。いつもの微笑でも苦笑なく、子供達に笑いかける優しい笑みでもない。
猛獣の笑み。
目の前に見える二万の獲物を殺しつくす喜び。戦いを喜びとする狂気の笑みである。
「全軍突撃!」
ホルスの号令の下、五千騎のローバスの勇士は朝日を背に浴び、攻撃を開始した。
真っ先に敵陣に飛び込んだのはクリスである。敵の襲来にシール軍は馬蹄で気付いたが、朝日の逆光で敵を発見し損ねたのがまず敗因だった。クリス率いる五百騎は無傷でシール軍に突入を果たした。
クリスは、ホルスの指示通りただひたすら敵陣を縦断した。陣の各所で悲鳴と怒号、そして混乱が発生した。
確かにクリスは『天才』とホルスに呼ばれるだけあった。右に左に剣を振るってシール兵を打ち倒しながら、先頭に立って敵陣を次々と突破していった。
「敵は少数だ! 囲んで叩け!」
敵兵から叫びが聞こえ、クリス率いる五百騎が包囲が作り上げられていた時、それもすぐに悲鳴に変わった。
両側面より、絶妙なタイミングでセト、ウェインがそれぞれ突撃したのである。
セトは自慢の戦斧を振り回し、自慢の怪力を存分に発揮した。あまりの威力に、シール兵は吹き飛び、逃げだすほどであった。
ウェインは得意とする素早い行軍で敵を翻弄しつつ、剣を振るって次々とシール兵を打ち倒していった。
そこにさらにクリスに少し遅れてホルス、セルゲイ率いる本隊が襲撃を掛けた。
「ローバスの大軍が攻撃してきたぞ!」
「敵が大攻勢をかけて来たぞ!」
敵もまさか五千で攻撃を仕掛けているとは思わなかったのだろう。四度に重なる襲来で大軍が攻撃してきたと勘違いしたのである。右往左往するシール軍にローバス軍はさらに攻勢をかけた。陣の各所で火の手が上がり、シール軍二万は統率を完全に失った。シール軍は騎馬民族だけあって、馬上では大陸最強と呼ばれているが、地上戦では少し勝手が違った。しかも、このローバス軍はホルスに徹底的に鍛え上げられた精鋭軍である。次々のローバス騎士の刃がシール人の血を付着していった。
「馬鹿どもが! 敵は少数だ! 王都からこんなに早く本隊が来るはずが無い!」
混乱する味方に烈火の如き怒りの声を上げたのはデルドである。
シール王国最強の戦士にして、周辺各国に猛将として恐れられる男である。デルドの一喝は確かにシール軍の統率を取り戻すのに効果があった。立ち直ったシール軍は、甲冑も身に付けずに武器だけを手にして反撃を開始した。
デルドも自ら剣を振るい、猛将として呼ばれるに相応しい実力を発揮した。自ら剣を振るい、十人以上のローバス騎士を一撃で屠った。だが、それに陰りが見えたのはローバス騎兵で唯一真紅の鎧を着た一人の騎士が迫った時だった。
真紅の騎士の一撃はデルドの人生の中でもっとも脅威の一撃だった。防ぐ事はできたが、激烈な一撃にデルドは危うく剣を落とす所だった。
「シール軍王国随一の戦士、デルド=ハーン殿とお見受けする!」
「……貴様がこの襲撃部隊の指揮官か? 」
デルドの声に真紅の騎士はあの猛獣の笑みを浮かべた。
「このデルド=ハーンを討ち取れるか! 小僧!」
デルドは今年三十二歳。剣も技術も円熟した歳である。デルド自身、自分の実力に自信があった。だが、十合、二十合と打ち合い、敵の恐ろしさが理解できた。
「小僧! やるな!」
デルドも驚嘆する一撃必殺の剛剣が、信じられない速さで打ち込まれる。ただ強く、ただ速いだけではない。類稀なる技量を備えた実力だ。馬術も騎馬民族である自分にひけをとっていなかった。
変化が起きたのは五十合目に達する時だった。デルドの剣が折れたのだ。真紅の騎士は一瞬の隙を見逃さなかった。真紅の騎士の剣は深々とデルドの肩口に食い込み、そのまま胸まで到達した。
「……小僧、名を……教えろ……」
口から血を吐き出しながらデルドは尋ねた。
「イッソス砦守備隊長、ホルス=レグナール百騎長」
シールが誇る戦士が聞いた最後の言葉がそれだった。デルドは笑って絶命した。それは自分より強い者と戦えた戦士としての喜びを表したものであろうか……。
「デルドを討ち取ったぞ!」
ホルスが叫び、すぐさまそれはシール軍、ローバス軍両軍に伝わった。
「デルド様が討たれた! 退却だ! 逃げろ!」
総司令官が討ち取られたのである、シール軍が完全に統率を失い、瓦解した。
「敵残党軍に追撃する! 一人も逃がすな!」
ローバス軍は追撃を開始し、シール軍は散々に追い散らされた。戦いが終わった頃、既に戦場は夕闇に覆われつつあった。イッソス平原にはシール軍の兵士達の死体が積み重なるように一面に広がっていた……。
ローバス軍大勝利とデルドの討伐、シール軍の全面撤退を伝えられたイッソス周辺の民は歓喜してそれぞれの家路についた。一部はイッソス砦に向かい、勝利者を讃えようとしたが、イッソス砦は暗く沈んでいた。
シール軍本隊二万をほぼ壊滅させ、総大将たるデルドを討ち取った。稀に見る大戦果である。しかし、大勝利に終わったにも関わらず、勝った兵士達に歓喜の声は無かった。声を上げる事もできないほど、消耗しきっていた。
五千の勇士は千五百弱にまで減っており、ほぼ全員が負傷していた。どれほどの激戦だったか、民にもすぐに理解できた。
ホルスは無傷だったが、戻るなり城門の柱に背を預け、剣を握り締めたまま極度の疲労で眠ってしまった。
セルゲイは左肩と背中に矢を受けて負傷し、血に塗れた包帯を身体に巻きつけた姿で負傷者の手当てを指示を与えていた。
クリスもホルス同様眠っていたが、すぐに起き上がって負傷者の手当てを手伝っていた。
セトは黙々と死者を埋葬する穴を掘り続けていた。
ウェインは生き残った兵士達を編成し、シール軍の再襲来に備えていた。
民の力はこういう時、思わぬ力を発揮する。すぐにイッソス砦の現状は民から民に伝えられ、水、食料、包帯、薬などが民からかき集められ、それをイッソス砦に届けた。特に、女性達は熱心に負傷者の看護をしてくれた。
今や、イッソス砦には兵の数より、民の数の方が多くなっていた。
イッソス平原の戦いから四日後、イッソス砦の状況はすでに目前まで行軍していた王都よりの救援軍にも伝えられた。
「ホルスの奴。なかなかやるではないか」
大笑いして大きな肩を揺らしたのはローバス王国大将軍たるレン=リューカスである。巨漢の持ち主で、今年四十五になるが、いまなお、顔は精悍さを増していた。三十歳で大将軍に就任して以来十五年、数々の国難を打ち払ったローバスが誇る守護神である。
「閣下、これは命令違反。抜け駆けですぞ!」
厳しく言ったのはレンの横に控える副将軍のノース=ファームである。気難しい中年に見えるこの男は、裁判長の異名を持つ。それは彼がローバス全軍の運用権限を持ち合わせおり、ノースの目に止まった者は即座に辺境に左遷か、栄転のどちらかであるからだ。
「これは抜け駆けではありません。ホルスの任務はイッソス平原の守備。彼は任を果たしただけです」
ホルスを弁護するように言ったのは、グリュード=カルベラスである。馬から兜の房から鉄靴、マントに至るまで全身黒で統一されていた。王都で貴族の子女の心を無意識に射止める美形を持った若き将軍である。
「既に命令は伝わっているはすだ。王都より援軍が来るまで動くなと。命令が伝わっている以上、これは抜け駆けだ」
ノースは鋭く叱責するようにグリュードに言った。正論にグリュードは黙って頷く事しかできなかった。
「だが、正しい判断とも言える」
レンは重く、威厳に満ちた声で言った。
「ホルス百騎長の判断は正しい。あの時点ならば確かにシール軍を打ち破る事ができよう。我らの任務はシール軍を撃退する事。その任をホルスが五千の騎兵でやってのけただけだ。最小限の被害で掠奪も食い止めた」
レンの言葉にノースはなにやら言いたげだったが、一つ大きな溜息を吐いて口を開いた。
「……そこまで仰るのでしたらもはや何も言いません。しかし、抜け駆けの罪は消えませんぞ」
「分かっている。またどこか辺境に飛ばせばよかろう。昇進と何かを付け加えてな」
「その件、私に一任して頂けますかな? 無論、納得する形にしてみせます」
「よかろう。ノース、お前に任せる。我らは引き上げる。グリュード、お前は二千騎を率いて医療品と食料を持ってイッソス砦へ向かえ。この戦いに参加した全ての将兵全員を王都へ引きずってでも連れて来い。イッソス砦の守備はまた別の者へ委ねる」
レンは鋭い視線でグリュードに命令すると、全軍に撤退命令を出した。
レンの命令通り、グリュードは二千騎を率いてイッソス砦に到着した。
先頭のグリュードを見つけたホルスは、砦正門前で手を振った。
「おい、グリュードじゃないか。本隊は到着したのか?」
「久しいな、ホルス。本隊は引き上げた。我らだけだ、ここに来たのは」
三ヶ月振りの親友との再会にホルスは笑みを浮かべた。
事情を知らぬ人間ならば、ホルスの態度を叱責しただろう。ホルスは百騎長であり、グリュードは将軍である。しかし、ホルスとグリュードは共に初陣を果たして以来、八年間共に戦場を駆け巡った戦友であり、親友でもあった。もっとも、かなり珍しいケースでもある。ホルスは平民出身で、グリュードは貴族出身。平民に対してかなり差別が酷いローバスにおいて、親友であるというだけで目を引く。
グリュードは部下達に指示を与えると、馬を下りてホルスと共に砦の作戦室で談話する事にした。
「とりあえずレン大将軍からの伝達だ。お前達全員を引きずってでも王都に連れて来いだそうだ」
ホルスに渡された水を一口飲み、鋭い目付きでグリュードは言った。
「相変わらず人使い荒いな」
ホルスは苦笑を浮かべたが、すぐに移動となると大きな問題がある。
「馬が足りん。負傷者で重傷の者は馬車で、軽い者は馬で移動させないと。徒歩で王都への移動は無理だ」
「医療品と食料を運んだ馬車で足りる、ノース副将軍が激怒していたぞ」
「げ、ノース副将軍が!? 俺、あの人苦手なんだよな?」
絶望的な声を上げてホルスは髪を掻き毟った。
「まあ、王都へ帰れると思えばいい。リレイ殿に何か土産が必要だな」
グリュードの言葉にホルスはしばし黙考した。
「……リレイに土産か」
ホルスは本当に困ったように思案に暮れていた。
リレイとはホルスの八歳離れたまだ十六歳の年頃の妹であり、ホルスにとって唯一の肉親だ。ホルスが戦場で剣を振るうのも、全ては妹を養う為だ。現在、妹であるリレイは王都でホルスの帰宅を心待ちにしている。
「なあ、土産といっても……シール軍の軍装しかないぞ」
「……お前、本気で言っているのか? 」
ホルスの言葉にグリュードは静かに叱責した。
「もう、十六だろう?何かそれなりの物でないと……」
「まあ、昔のように花では気まずいだろうな」
グリュードは苦笑を零した。遠征や辺境から帰ってきた時、ホルスはグリュードにも持たせるほどの大量の花をリレイに土産として与えていた。流石にそれも数年続くと嫌味のように思えるが、ホルスは他に手段が思い浮かばず、結局花を贈っていた。
「……まあ、王都に向かいながら考えるとしよう」
ホルスは結論を先延ばしにしてじっくり考える事を決めて、席を立った。
グリュード率いる二千騎と負傷兵だらけのホルス率いる千五百騎はゆっくりとした足取りで王都セレウキアへ向かった。
後世、ローバス十二名将の一人として数えられるホルス、グリュードは共にこの時二四歳。
ローバス歴二四五年、十月の事である。
その甲斐もあってか、ローバス軍は夜陰に紛れてシール軍本隊の背後、東側へ気付かれる事無く集結する事に成功した。
「日の出前に間に合いましたな」
セルゲイが言うと、ホルスは頷いた。
「夜明けと共に襲撃する。クリス、五百騎を率いて、敵陣を突破。敵軍を混乱させろ」
「任せてください!」
クリスは先陣を任せられた事に対して嬉しそうに笑みを浮かべた。
「セト、ウェイン。お前達二人はそれぞれ千騎を率いて側面より攻撃。俺とセルゲイは残りを率いて背後より襲撃する」
「任せろ」
「暴れまくってやるさ」
「了解いたしました」
セト、ウェイン、セルゲイの三人がそれぞれ頷いたのを確認すると、ホルスは長剣を構えた。
「五千の馬鹿が揃ったんだ。この戦、勝つぞ!」
ホルスは笑った。いつもの微笑でも苦笑なく、子供達に笑いかける優しい笑みでもない。
猛獣の笑み。
目の前に見える二万の獲物を殺しつくす喜び。戦いを喜びとする狂気の笑みである。
「全軍突撃!」
ホルスの号令の下、五千騎のローバスの勇士は朝日を背に浴び、攻撃を開始した。
真っ先に敵陣に飛び込んだのはクリスである。敵の襲来にシール軍は馬蹄で気付いたが、朝日の逆光で敵を発見し損ねたのがまず敗因だった。クリス率いる五百騎は無傷でシール軍に突入を果たした。
クリスは、ホルスの指示通りただひたすら敵陣を縦断した。陣の各所で悲鳴と怒号、そして混乱が発生した。
確かにクリスは『天才』とホルスに呼ばれるだけあった。右に左に剣を振るってシール兵を打ち倒しながら、先頭に立って敵陣を次々と突破していった。
「敵は少数だ! 囲んで叩け!」
敵兵から叫びが聞こえ、クリス率いる五百騎が包囲が作り上げられていた時、それもすぐに悲鳴に変わった。
両側面より、絶妙なタイミングでセト、ウェインがそれぞれ突撃したのである。
セトは自慢の戦斧を振り回し、自慢の怪力を存分に発揮した。あまりの威力に、シール兵は吹き飛び、逃げだすほどであった。
ウェインは得意とする素早い行軍で敵を翻弄しつつ、剣を振るって次々とシール兵を打ち倒していった。
そこにさらにクリスに少し遅れてホルス、セルゲイ率いる本隊が襲撃を掛けた。
「ローバスの大軍が攻撃してきたぞ!」
「敵が大攻勢をかけて来たぞ!」
敵もまさか五千で攻撃を仕掛けているとは思わなかったのだろう。四度に重なる襲来で大軍が攻撃してきたと勘違いしたのである。右往左往するシール軍にローバス軍はさらに攻勢をかけた。陣の各所で火の手が上がり、シール軍二万は統率を完全に失った。シール軍は騎馬民族だけあって、馬上では大陸最強と呼ばれているが、地上戦では少し勝手が違った。しかも、このローバス軍はホルスに徹底的に鍛え上げられた精鋭軍である。次々のローバス騎士の刃がシール人の血を付着していった。
「馬鹿どもが! 敵は少数だ! 王都からこんなに早く本隊が来るはずが無い!」
混乱する味方に烈火の如き怒りの声を上げたのはデルドである。
シール王国最強の戦士にして、周辺各国に猛将として恐れられる男である。デルドの一喝は確かにシール軍の統率を取り戻すのに効果があった。立ち直ったシール軍は、甲冑も身に付けずに武器だけを手にして反撃を開始した。
デルドも自ら剣を振るい、猛将として呼ばれるに相応しい実力を発揮した。自ら剣を振るい、十人以上のローバス騎士を一撃で屠った。だが、それに陰りが見えたのはローバス騎兵で唯一真紅の鎧を着た一人の騎士が迫った時だった。
真紅の騎士の一撃はデルドの人生の中でもっとも脅威の一撃だった。防ぐ事はできたが、激烈な一撃にデルドは危うく剣を落とす所だった。
「シール軍王国随一の戦士、デルド=ハーン殿とお見受けする!」
「……貴様がこの襲撃部隊の指揮官か? 」
デルドの声に真紅の騎士はあの猛獣の笑みを浮かべた。
「このデルド=ハーンを討ち取れるか! 小僧!」
デルドは今年三十二歳。剣も技術も円熟した歳である。デルド自身、自分の実力に自信があった。だが、十合、二十合と打ち合い、敵の恐ろしさが理解できた。
「小僧! やるな!」
デルドも驚嘆する一撃必殺の剛剣が、信じられない速さで打ち込まれる。ただ強く、ただ速いだけではない。類稀なる技量を備えた実力だ。馬術も騎馬民族である自分にひけをとっていなかった。
変化が起きたのは五十合目に達する時だった。デルドの剣が折れたのだ。真紅の騎士は一瞬の隙を見逃さなかった。真紅の騎士の剣は深々とデルドの肩口に食い込み、そのまま胸まで到達した。
「……小僧、名を……教えろ……」
口から血を吐き出しながらデルドは尋ねた。
「イッソス砦守備隊長、ホルス=レグナール百騎長」
シールが誇る戦士が聞いた最後の言葉がそれだった。デルドは笑って絶命した。それは自分より強い者と戦えた戦士としての喜びを表したものであろうか……。
「デルドを討ち取ったぞ!」
ホルスが叫び、すぐさまそれはシール軍、ローバス軍両軍に伝わった。
「デルド様が討たれた! 退却だ! 逃げろ!」
総司令官が討ち取られたのである、シール軍が完全に統率を失い、瓦解した。
「敵残党軍に追撃する! 一人も逃がすな!」
ローバス軍は追撃を開始し、シール軍は散々に追い散らされた。戦いが終わった頃、既に戦場は夕闇に覆われつつあった。イッソス平原にはシール軍の兵士達の死体が積み重なるように一面に広がっていた……。
ローバス軍大勝利とデルドの討伐、シール軍の全面撤退を伝えられたイッソス周辺の民は歓喜してそれぞれの家路についた。一部はイッソス砦に向かい、勝利者を讃えようとしたが、イッソス砦は暗く沈んでいた。
シール軍本隊二万をほぼ壊滅させ、総大将たるデルドを討ち取った。稀に見る大戦果である。しかし、大勝利に終わったにも関わらず、勝った兵士達に歓喜の声は無かった。声を上げる事もできないほど、消耗しきっていた。
五千の勇士は千五百弱にまで減っており、ほぼ全員が負傷していた。どれほどの激戦だったか、民にもすぐに理解できた。
ホルスは無傷だったが、戻るなり城門の柱に背を預け、剣を握り締めたまま極度の疲労で眠ってしまった。
セルゲイは左肩と背中に矢を受けて負傷し、血に塗れた包帯を身体に巻きつけた姿で負傷者の手当てを指示を与えていた。
クリスもホルス同様眠っていたが、すぐに起き上がって負傷者の手当てを手伝っていた。
セトは黙々と死者を埋葬する穴を掘り続けていた。
ウェインは生き残った兵士達を編成し、シール軍の再襲来に備えていた。
民の力はこういう時、思わぬ力を発揮する。すぐにイッソス砦の現状は民から民に伝えられ、水、食料、包帯、薬などが民からかき集められ、それをイッソス砦に届けた。特に、女性達は熱心に負傷者の看護をしてくれた。
今や、イッソス砦には兵の数より、民の数の方が多くなっていた。
イッソス平原の戦いから四日後、イッソス砦の状況はすでに目前まで行軍していた王都よりの救援軍にも伝えられた。
「ホルスの奴。なかなかやるではないか」
大笑いして大きな肩を揺らしたのはローバス王国大将軍たるレン=リューカスである。巨漢の持ち主で、今年四十五になるが、いまなお、顔は精悍さを増していた。三十歳で大将軍に就任して以来十五年、数々の国難を打ち払ったローバスが誇る守護神である。
「閣下、これは命令違反。抜け駆けですぞ!」
厳しく言ったのはレンの横に控える副将軍のノース=ファームである。気難しい中年に見えるこの男は、裁判長の異名を持つ。それは彼がローバス全軍の運用権限を持ち合わせおり、ノースの目に止まった者は即座に辺境に左遷か、栄転のどちらかであるからだ。
「これは抜け駆けではありません。ホルスの任務はイッソス平原の守備。彼は任を果たしただけです」
ホルスを弁護するように言ったのは、グリュード=カルベラスである。馬から兜の房から鉄靴、マントに至るまで全身黒で統一されていた。王都で貴族の子女の心を無意識に射止める美形を持った若き将軍である。
「既に命令は伝わっているはすだ。王都より援軍が来るまで動くなと。命令が伝わっている以上、これは抜け駆けだ」
ノースは鋭く叱責するようにグリュードに言った。正論にグリュードは黙って頷く事しかできなかった。
「だが、正しい判断とも言える」
レンは重く、威厳に満ちた声で言った。
「ホルス百騎長の判断は正しい。あの時点ならば確かにシール軍を打ち破る事ができよう。我らの任務はシール軍を撃退する事。その任をホルスが五千の騎兵でやってのけただけだ。最小限の被害で掠奪も食い止めた」
レンの言葉にノースはなにやら言いたげだったが、一つ大きな溜息を吐いて口を開いた。
「……そこまで仰るのでしたらもはや何も言いません。しかし、抜け駆けの罪は消えませんぞ」
「分かっている。またどこか辺境に飛ばせばよかろう。昇進と何かを付け加えてな」
「その件、私に一任して頂けますかな? 無論、納得する形にしてみせます」
「よかろう。ノース、お前に任せる。我らは引き上げる。グリュード、お前は二千騎を率いて医療品と食料を持ってイッソス砦へ向かえ。この戦いに参加した全ての将兵全員を王都へ引きずってでも連れて来い。イッソス砦の守備はまた別の者へ委ねる」
レンは鋭い視線でグリュードに命令すると、全軍に撤退命令を出した。
レンの命令通り、グリュードは二千騎を率いてイッソス砦に到着した。
先頭のグリュードを見つけたホルスは、砦正門前で手を振った。
「おい、グリュードじゃないか。本隊は到着したのか?」
「久しいな、ホルス。本隊は引き上げた。我らだけだ、ここに来たのは」
三ヶ月振りの親友との再会にホルスは笑みを浮かべた。
事情を知らぬ人間ならば、ホルスの態度を叱責しただろう。ホルスは百騎長であり、グリュードは将軍である。しかし、ホルスとグリュードは共に初陣を果たして以来、八年間共に戦場を駆け巡った戦友であり、親友でもあった。もっとも、かなり珍しいケースでもある。ホルスは平民出身で、グリュードは貴族出身。平民に対してかなり差別が酷いローバスにおいて、親友であるというだけで目を引く。
グリュードは部下達に指示を与えると、馬を下りてホルスと共に砦の作戦室で談話する事にした。
「とりあえずレン大将軍からの伝達だ。お前達全員を引きずってでも王都に連れて来いだそうだ」
ホルスに渡された水を一口飲み、鋭い目付きでグリュードは言った。
「相変わらず人使い荒いな」
ホルスは苦笑を浮かべたが、すぐに移動となると大きな問題がある。
「馬が足りん。負傷者で重傷の者は馬車で、軽い者は馬で移動させないと。徒歩で王都への移動は無理だ」
「医療品と食料を運んだ馬車で足りる、ノース副将軍が激怒していたぞ」
「げ、ノース副将軍が!? 俺、あの人苦手なんだよな?」
絶望的な声を上げてホルスは髪を掻き毟った。
「まあ、王都へ帰れると思えばいい。リレイ殿に何か土産が必要だな」
グリュードの言葉にホルスはしばし黙考した。
「……リレイに土産か」
ホルスは本当に困ったように思案に暮れていた。
リレイとはホルスの八歳離れたまだ十六歳の年頃の妹であり、ホルスにとって唯一の肉親だ。ホルスが戦場で剣を振るうのも、全ては妹を養う為だ。現在、妹であるリレイは王都でホルスの帰宅を心待ちにしている。
「なあ、土産といっても……シール軍の軍装しかないぞ」
「……お前、本気で言っているのか? 」
ホルスの言葉にグリュードは静かに叱責した。
「もう、十六だろう?何かそれなりの物でないと……」
「まあ、昔のように花では気まずいだろうな」
グリュードは苦笑を零した。遠征や辺境から帰ってきた時、ホルスはグリュードにも持たせるほどの大量の花をリレイに土産として与えていた。流石にそれも数年続くと嫌味のように思えるが、ホルスは他に手段が思い浮かばず、結局花を贈っていた。
「……まあ、王都に向かいながら考えるとしよう」
ホルスは結論を先延ばしにしてじっくり考える事を決めて、席を立った。
グリュード率いる二千騎と負傷兵だらけのホルス率いる千五百騎はゆっくりとした足取りで王都セレウキアへ向かった。
後世、ローバス十二名将の一人として数えられるホルス、グリュードは共にこの時二四歳。
ローバス歴二四五年、十月の事である。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 20:45 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン