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作品ID:1814
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白銀 


魔動戦騎 救国のアルザード

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第三章 「雨刃踊る防衛戦」

前の話 目次 次の話

 
 
 《フレイムゴート》との戦いから二日後の昼過ぎに、その報せは舞い込んできた。
「《ブレードウルフ》率いる小隊が防衛網を突破、現在、結界基部へと進攻中」
 格納庫に集まった部下の前で、副隊長のテスが現状確認のための伝令文を読み上げる。
 情報自体は既に多くの者が把握していたが、出撃前に改めて告げられると緊張感が走る。
「交戦したアーク騎士団第十四部隊、セイル騎士団第十七部隊は壊滅。敵の侵攻ルートから、次にぶつかるのはセイル騎士団第十八部隊と推測される。現在、ルクゥス騎士団第十五部隊が救援に向かっている最中だ」
 三ヵ国連合が持つ単体戦力として《ブレードウルフ》は最強と名高い。情報を確認しているだけで、その突破力の高さは驚異的だ。
「我々にも出撃の命が下った」
 テスの視線が仲間たちを一瞥する。
「作戦目標は《ブレードウルフ》の撃破、あるいは撃退。つまるところ、この状況の打破となる」
 交戦するであろう他の部隊の作戦目標は結界基部の防衛だ。だが、レオス率いる部隊の作戦目標は《ブレードウルフ》になっている。
 ベルナリア防衛線でも屈指の戦果を誇るアーク騎士団第十二部隊を《ブレードウルフ》にぶつけようという判断だ。
「獅子対狼か……負けらんねーな」
 グリフレットが小さく呟く。
「現在、ベルナリア各地で戦闘が起きている。そのほとんどは陽動、あるいは他部隊の足止めだろう」
 《ブレードウルフ》の攻勢を援護する形で、三ヵ国の戦力が展開しているようだ。
 応戦可能な部隊の多くはそれらの対応に追われており、控えの戦力も可能な限り投入されてはいる。だが、広範囲に敵が展開しているため、《ブレードウルフ》部隊に対して手薄にならざるをえない。
 本来なら、アルザードたち第十二部隊の出撃順は明日に回ってくる予定だった。だが、《ブレードウルフ》に対抗し得る戦力として適任なのは第十二部隊だと判断された。《フレイムゴート》撃退の戦果もあってのことだろう。
「よし、では各自《アルフ・セル》に搭乗し、隊長に続いて出撃せよ!」
 テスの言葉にアルザードとレオス以外の全員が敬礼を返し、自分の機体の元へと走り出す。
「尚、アルザードは乗機の調整が終わり次第出撃するように」
「了解」
 テスの言葉に、アルザードは胸の前で握り拳を掲げる簡易式の敬礼と共に答えた。
 アルザードの乗る《アルフ・セル》は形こそ組み上がってはいるが、最終調整がまだ終わっていない。このブリーフィングの最中も、背後では整備士たちが大急ぎで作業を進めている。
 急を要する事態なだけに、部隊の出撃を遅らせるわけにはいかない。従って、アルザードの出撃は準備が完了次第、ということになった。
 出撃していく仲間たちを、アルザードは一人格納庫から見送る。
 格納庫から見える外の景色は雨だった。朝から降り続く雨空は暗く、雷こそ落ちないものの、現状も相まってどこか重苦しさを抱かせる。
「《ブレードウルフ》、か……」
 アルザードは小さく呟いた。
 全員で生き残ることはできるだろうか。
 もし、前回の出撃で自分の機体を壊さずに戦えていたら、遅れて出撃する必要はなかった。自業自得とはいえ、もどかしいものだ。
 出撃してから全速力で皆の下に向かうとして、機体にどれだけ負荷がかかるだろうか。全力で機体を走らせたとなれば、間違いなく脚部が破損する。満足に戦えない状態で合流しても意味がない。
「アルザード」
 背後からモーリオンに声をかけられて、アルザードは振り返った。
 視界に入ったアルザードの《アルフ・セル》には、今まで見たこともない装備が取り付けられていた。
「調整はまだ終わっていないが、時間が惜しいからな。先に追加装備ランドグライダーについて説明しておくぞ」
「追加装備……?」
 《アルフ・セル》の両足が一回り大きくなっている。良く見ると、ブーツを履かせたかのように、脚部に新しい何かが取り付けられている。
「まぁ、簡単な話だ。車輪のついた靴を履かせたと思えばいい」
 輸送車両などに使われる頑丈かつ高耐久の魔動車輪を複数用いて作られたものが今回の追加装備ということらしい。
「使い方は簡単だ。魔力を送ると車輪が回る。魔力の強さで速度が上がる。逆回転もできるようにしてある」
 滑走用車輪を回すように魔力を送り、操ることで通常の二足歩行に比べて前後への高速移動ができるはず、というのがモーリオンの見立てだった。
「ただし、重心位置には注意しろよ。下手するとすっ転ぶぞ」
 前方に進むなら重心は車輪より前に、後退するなら逆に車輪より後ろに重心を移動させなければ、加速力によりバランスを崩してしまう構造になっているのだ。推進力を足の裏に持ってきたため、体が引っ張られる形になる。
 結果的に、小回りは利き難くなると考えて良いようだ。
 重心位置、速度、慣性、推進力、と通常歩行とは感覚の違う部分が多く出てくるのは間違いない。
「まぁ、魔力消費量が増えるデメリットもあるにはあるんだが……お前さんなら気にならんだろう」
 本来なら、ランドグライダーを十二分に稼動させるには、魔動機兵を通常稼動させるのに加えてそれなりに魔力が必要になるとのことだった。並の騎手であれば軽視できない消耗量になるらしく、平地での高速移動能力と引き換えに戦闘可能時間の短縮や武装への魔力出力の制限といったデメリットが存在するようだ。
 だが、その程度のデメリットならアルザードには無いも同然だ。
「いつの間にこんな装備を?」
 一通りの説明を受けた後、アルザードは問う。
 このランドグライダーを用いれば、部隊の展開や増援の到着速度は飛躍的に向上するように思える。前線に出て戦う側からすれば、目標地点への移動時間は短く出来るに越したことはない。
「前々から、少しでも足しに出来るような何かは考えていたんだがな……」
 モーリオンはばつが悪そうに頭を掻いた。
 現状に対して少しでもプラスになるようなことが出来ないか、整備士たちもあれこれ考えている。限られた物資の中でやりくりしつつ考え出した追加装備も、現地改修の域を出ないものだ。正式な装備として開発ラインが確保されているわけではなく、ありあわせの材料で作られたものなのだ。
「そろそろ調整も終わるだろうが、何か質問はあるか?」
「そうですね……質問というよりは要望ですが」
 モーリオンの問いに、アルザードは《アルフ・セル》を見上げて、答える。
「武装、もっと積めませんか?」
 今回の任務対象である《ブレードウルフ》との交戦は避けられない。
 《ブレードウルフ》と呼ばれている魔動機兵は、正しくは《グルム・ヘイグ》という名称の機体だ。セギマの主力機《ヘイグ》と、その改良型である《ジ・ヘイグ》をベースに、更に強化を施した機体だと言われている。その推定性能は、アルフレインにおける最高性能機体であり、《アルフ・セル》の上位機でもある近衛部隊専用機《アルフ・カイン》と同等かそれ以上ではないかと噂されている。
 つまるところ、現行の魔動機兵としてはトップクラスの性能だ。
 対策として思いつくことはやっておきたい。
「よし、終わったぞ」
 通信機から聞こえたモーリオンの声に、《アルフ・セル》の操縦席で待機していたアルザードは目を開けた。
 アームレストの先のヒルトを握り締め、魔力を送る。スクリーンに光が灯り、頭部カメラからの映像が投影される。
「アルザード、出撃します」
 格納庫前面の扉が開き、アルザードは両手に魔力を込めた。
 上体を前方に倒してから、足の裏へと意識を向けて魔力を送る。追加装備、ランドグライダーの車輪が回転を始め、機体が一気に加速した。
 前方に倒れ込んでしまうかと思った瞬間、通常走行時のトップスピードを超える初速で、《アルフ・セル》は雨の降るベルナリアへと滑り出した。両足は地面につけたまま、足の裏の車輪が機体を走らせている。
「凄い……!」
 思わず、呟いていた。
 車輪による移動のお陰で、アルザードがただ機体を走らせるよりも脚部の各関節への負荷が抑えられている。その上、ただ走るよりも速い。
 当然、いつもと感覚の違う部分はある。
 方向転換は急には出来ず、曲がるための重心移動や足先を動かすタイミングやその際の程度もいつもと違う。起伏などの地形への対処もそうだ。
 これらは積載重量によってもまた変わってくるらしい。
 雨が降る廃都の中、郊外にある結界基部へと向かって滑走する。高速で回転する車輪は泥を跳ね続けているが、動かすのに支障はない作りになっている。
 ランドグライダーにより移動性能が向上するというのを良いことに、アルザードは武装の追加搭載をモーリオンに提案していた。
 アルザードの《アルフ・セル》が普段標準装備しているのは、突撃銃と中型の盾に、専用の大型アサルトソード、それに予備の弾倉をいくつか、といったところだ。だが、今回は追加で突撃銃と短銃を一丁ずつ、通常サイズのアサルトソードを二本、無理矢理搭載してもらった。
 突撃銃は両手に持ち、盾は小型のものを両腕に固定する形で装着、短銃は腰の裏のガンラックに、アサルトソードを左側の背部ラックに二つ、追加で積んでいる。
 持ち替えというよりは使い捨て前提の積み方だが、ありがたいことにモーリオンは反対せずに応じてくれた。
 既に交戦中であろう仲間へ武装を補充することもできるはずだ。
 雨の中を進んで行くと、やがて交戦の跡が見えてきた。
 撃破された魔動機兵の残骸が結界基部のある方面へ点々と続いている。戦闘不能になっているのはアルフレインの魔動機兵ばかりで、《ブレードウルフ》部隊のものと思われる機体は一つもない。随伴部隊のものだろうか、《ヘイグ》と《ジ・ヘイグ》の残骸もあったが、《アルフ・アル》や《アルフ・ベル》と比べても数えるほどしかない。
「皆、無事だろうな……」
 焦りが募る。
 ざっと見ただけでも、撃破された《アルフ・アル》と《アルフ・ベル》の多くには共通点があった。
 ほとんどが、斬撃によって致命傷を与えられている。それも、通常のアサルトソードの、叩き割るような斬撃痕ではない。切断面が、通常のアサルトソードによるものよりも幾分か滑らかなのだ。叩き割る、叩き潰す、ではなく断ち切るに近い。
 中にはまだ生きている騎手のいる魔動機兵もあるかもしれない。だが、今それを探している暇はない。
 雨と泥に塗れた残骸たちの合間を、アルザードの機体は駆けて行った。
 それから間もなく、前方に戦闘の光が見えてきた。
 展開している味方の部隊は、センサーによれば三つある。だが、動いている魔動機兵の数は二部隊を下回っていた。
 先に交戦していたであろうセイル騎士団第十八部隊はほぼ壊滅し、一機、二機の反応があるのみだ。救援に駆けつけたルクゥス騎士団第十五部隊も半数近く減っている。
 アーク騎士団第十二部隊は、全機健在だった。
 だが、敵の反応も味方と同等以上に残っている。
「こちらアルザード、戦線に合流にします!」
 通信の届く範囲に入るなり、アルザードは言い放ち、両手に構えた突撃銃のトリガーを引いた。
 アルザード機は敵部隊に対して背後を取るになっている。この状況を利用して、敵部隊の中心に特攻し、可能な限り引っ掻き回す。
 ランドグライダーの速度を利用して、アルザードはトップスピードのまま戦線の中に突っ込んだ。
 《ジ・ヘイグ》を中心に構成された敵部隊がアルザードの攻撃に気付いて、回避行動を取る。流石にここまで深く侵攻してきているだけあって、敵部隊の反応も早い。
 敵部隊が左右に分裂するように、アルザードの射線から身を引いていく。そのまま突き抜けて、大きく弧を描くようにして反転しつつ、射撃する。
 ランドグライダーの機動力を見たいくつかの敵に動揺が見えた。
 その隙を見逃さず、グリフレット機が接近し、アサルトソードを振る。それをかわしたところへ、サフィール機の射撃が突き刺さり、一機の《ジ・ヘイグ》が崩れ落ちた。
「いいとこに来てくれるじゃねーか!」
 グリフレットの声が通信機から聞こえた。
 可能な限り急いできたが、相当な激戦だったらしい。その声にはまだ力強さはあったが、疲労の色が濃く感じられた。
「状況は?」
 向けられる射撃をかわしながら、アルザードは問う。
「《ブレードウルフ》に抜けられた! 隊長と副隊長がなんとか止めてる!」
 ギルジアの声に、アルザードは視線を周囲に走らせた。
 確かに、《ブレードウルフ》らしき機体がない。《ブレードウルフ》の部隊だと思われる、狼の横顔のエンブレムが刻まれた灰色の機体は確かに敵の中にいる。だが、そのどれもが《ジ・ヘイグ》だ。《ブレードウルフ》、と呼ばれるに相応しい改造機ではない。
 アルザードの通信にも、隊長からの返答はない。
「とはいえこっちもギリギリだ。もう弾が無ぇ」
 ボルク機を見れば、片腕を失っている。
 カバーし合っているキディルスの機体も、戦闘は可能だが無傷ではない。
 残弾を気にしている余裕さえなかったようだ。あるいは、出し惜しみできる状況ではなかったか。
「けど一番やべぇのは《ブレードウルフ》だ……!」
 グリフレットの一言に、反論する者はいなかった。
「まだ味方もいる。ここは何とかしてみせる」
「……分かった」
 サフィールの言葉に、アルザードは一瞬だけ考えてから、そう答えた。
 上体を前方に倒して急加速をかける。左右へ不規則に重心を移動させて軌道を変え、銃撃をかわしながら一度敵陣に突撃する。左右の突撃銃を乱射して、引っ掻き回す。弧を描くように大きく迂回して反転しながら、弾倉を交換、射撃武器を失っているボルクとグリフレットの機体にすれ違いながら、突撃銃を一つずつ預け、サフィールへ向けて残りの弾倉を放り投げる。
 そして、隊長機の反応のある方向へと足を向ける。
 背後から迫る銃撃を遮るように、近くにいた《アルフ・アル》と《アルフ・ベル》が盾を構えて割って入った。
「お前たちも死ぬなよ……!」
 味方機の援護を背に、アルザードは機体を急がせた。
 機体情報へ目を向ける。ランドグライダーへの負荷は高まっているが、《アルフ・セル》各部への負荷は許容範囲内だ。元々、移動に特化した後付の外部装備として作ってあるためか、魔力の過剰供給にも耐えてくれている。
 《ブレードウルフ》は直ぐに捉えることができた。
 通常の《ヘイグ》や《ジ・ヘイグ》よりも濃い灰色の機体が、雨の中戦っていた。両手に片刃のアサルトソードを持ち、向かい合う《アルフ・セル》と斬り合っている。背部ラックに搭載された予備のアサルトソードと、全体的に鋭角的で、狼の牙を連想させるような機体のシルエットからも、それが《ブレードウルフ》なのだと直ぐに分かった。
 傍には、一機の《アルフ・セル》が転がっている。
 右脚を切断され、左足も脛に弾痕があり、移動能力を断たれている。右腕は肩口から両断されていて、左手は残っているものの、近くに破壊された突撃銃が落ちていて、戦闘能力を失っていた。頭部も半分破壊されていて、通信機能も失くしているようだ。
 幸いなことに、搭乗席は無傷なようで、僅かに機体が動いている。その場から離れようともがいているようにも見えた。
 刻まれたエンブレムから、副隊長テスの機体だった。
 《ブレードウルフ》と刃を交えているのは、レオスのようだ。
「隊長!」
 通信機に向かって呼びかけるも、返答がない。通信機能が破壊されているらしい。
 《ブレードウルフ》の片刃の剣が左右からレオスの《アルフ・セル》に襲い掛かる。右手のアサルトソードと、左手の盾で何とか受け流して捌いているものの、押されているのがレオスの方だと一目で分かった。
 ランドグライダーの車輪が回転数を増し、更に機体が加速する。
 腰裏のガンラックから短銃を取り、対峙する二機に対して側面から発砲した。
 《ブレードウルフ》の反応は早く、後方に飛び退いて銃撃をかわす。その直後に、二機の間に割って入るようにアルザードは飛び出した。
 右脚の車輪を逆回転させながら、重心位置を変えて制動をかける。
 レオスの機体は満身創痍と呼ぶに相応しい状態だった。装甲にはいくつも斬撃の痕が残り、内部機器が剥き出しになっている箇所も多い。致命傷だけは何とかかわし続けたといった様相だ。
 頭部に損傷がある。通信は出来ないようだ。
 無理をし続けたのか脚部の負荷も相当高まっているようで、数歩後ずさる動作がどこかぎこちない。
 守護獅子と呼ばれるほどのレオスが、テスを伴っていたにも関わらずここまで追い詰められるとは予想外だった。少しでも到着が遅れていたら危なかったかもしれない。
 《ブレードウルフ》が動く。
 踏み込み、右手の刃を振るう。
 アルザードは背後のレオスを庇うように突き飛ばしながら、反対側へと機体を動かした。脚部の向きを揃えて、車輪による急加速とレオス機を押した反動で《アルフ・セル》を走らせる。
 刃が空を切る。横合いから《ブレードウルフ》へと短銃を向け、発砲。反撃を予測していたのか、《ブレードウルフ》が姿勢を沈ませて銃撃をかわす。
 突き飛ばされ、よろめいたレオス機が膝を付く。
 距離自体はアルザードの方が遠い。だが、レオスの様子とアルザードの機動力を見て、《ブレードウルフ》は後者を優先して対処すべき脅威と見なしてくれたようだ。半円を描きながら反転して、突撃するアルザードに真正面から斬りかかってくる。
 短銃による射撃を、《ブレードウルフ》は左右にステップを踏むようにかわす。両腕の甲部分に取り付けられた小型のランチャーで、《ブレードウルフ》も応戦する。反撃自体は牽制だが、腕部ランチャーは炸薬弾だった。
 かわした弾が着弾と同時に小さく爆発を起こしている。乱発こそしてこないが、出し惜しみをする気はないようだ。あるいは、炸薬弾による牽制も接近戦へ持ち込むための布石か。
 二機の魔動機兵は急速に距離を縮めていく。
 《ブレードウルフ》は水平に並べた二つの刃でアルザード機の上半身を両断しようとする。腕部ランチャーによる牽制で左右へ軌道修正をするにはもう距離が足りない。このまま前傾姿勢で突撃すれば、腹から上を掬い上げるように斬られてしまう。
 速度は落とさない。前に置いていた重心を、後ろへと移動させる。後ろに倒れ込むように、上半身が反る。車輪による推力が体を引っ張る。倒れきってしまわないように、各関節に魔力を込めた。
 二機がすれ違う。
 《ブレードウルフ》の刃は空を斬った。アルザードは片足を一度浮かせてから角度を変えて接地し、体勢を整えながら反転し向き直る。
 短銃とランチャーが同時に放たれ、どちらもがかわされる。
 弾切れを起こした短銃を放り投げて、右手を大型アサルトソードへ伸ばしながら再度接近していく。
 激しさを増す雨の中、二機の魔動機兵が交錯する。
 両手で構えた大型のアサルトソードを水平に倒して、《アルフ・セル》が急接近する。片足のランドグライダーを逆回転させ、高速のスピンをかけてアサルトソードを振り抜く。すれすれでかわした《ブレードウルフ》が二刀の刃を振るう。
 遠心力で吹き飛びそうになるアサルトソードを強引に引き戻し、ランドグライダーにも制動をかけさせて、二つの刃を肉厚の大剣の腹で受ける。
 金属音が響き渡り、衝撃が雨粒を弾き飛ばした。片刃の剣を受け止めたアサルトソードに、深い傷が刻まれていた。受け止めたのが通常のアサルトソードであったなら、両断されていただろう。
 そして、アルザードは見た。
 剣が接触する瞬間、《ブレードウルフ》は刃を縦に引いている。ただ力任せに叩き付けているわけではない。元々、《ブレードウルフ》の持つ片刃のアサルトソードそれ自体も特注で鋭利に作られてはいるだろう。騎手の技量との相乗効果で、近接攻撃一つ一つが必殺の威力を持っている。
「《ブレードウルフ》……!」
 そう呼ばれるだけのことはある。
 アルザードの大剣も必殺の威力だと周りは言う。だが、それは出力に任せて叩き潰しているに過ぎない。
 接近戦での実力は、悔しいが相手の方が上だ。
 だが、だからと言って負けてやるつもりはない。
 《ブレードウルフ》が振るう二刀を、ランドグライダーを駆使してかわす。急停止をかける度に、機器が警告音を鳴らしている。
 掠める刃が、《アルフ・セル》の装甲を少しずつ削っていく。
 水平にスピンをかけながら大剣を一閃する。
 退くかと思った《ブレードウルフ》が踏み込み、下から刃を振り上げた。
 鋭く、それでいて重い金属音と衝撃が響く。雨粒が弾け、両断された肉厚の刃が宙を舞った。何度か刃を打ち合う中で、最初に刻まれた傷痕に斬撃を集中させていたのだ。
 もう一方の刃が間を置かずに振るわれる。瞬間的に、折れた大剣をぶつけていた。切断面で片刃の剣を押しやるようにしながら、機体は強引に前へと進ませる。
 ランドグライダーが泥水を跳ね上げ、体当たりをするようにぶつかる。再び衝撃と金属音が辺りの空気を震わせた。
 通常のアサルトソードよりも鋭利な分、薄い片刃のアサルトソードはその分脆い。切断はされたが、分厚く重く強靭な大剣で力任せに打ち据えられれば、圧し折るのは容易い。
 頭がぶつかり合うほどの距離で、互いに折れた刃を投げ捨てる。《ブレードウルフ》は予備の片刃剣へ、アルザードも背部ラックのアサルトソードへと手を伸ばす。
 《ブレードウルフ》が片手に持っていた刃を振り上げる。《アルフ・セル》は半身になるようにしてそれをかわしながら、距離を詰めたまま側面へ回り込もうと動く。《アルフ・セル》が左手に掴んだアサルトソードを振り下ろす。《ブレードウルフ》の刃が内側からそれを払うように受け流し、返す刃をもう一つのアサルトソードで受ける。力が乗り切る前に剣を交えて、タイミングをずらさなければ《アルフ・セル》のアサルトソードも切断されてしまうだろう。
 呼吸をするのさえ忘れてしまいそうだ。
 刃同士が接触したほんの一瞬の硬直、その刹那、アルザードはヒルトを強く握り締め魔力を込めた。
 ほぼ直立の状態から、急激な推進力を与えられたランドグライダーにより、《アルフ・セル》の右足が跳ね上がる。
 刹那、《ブレードウルフ》の姿が遠退いた。バックステップで距離を取り、片刃の剣を振るう。
「くっ……!」
 判断を誤った。
 警戒されていた。
 アルザードがそう理解した時には、右脚が斬り落とされていた。
 《ブレードウルフ》が振るった二つ目の剣をアサルトソードで受ける。体勢が崩れ、背中から倒れ込む。背中が地面に着く前に、左足のランドグライダーを走らせた。不恰好に、地面に背中を擦り付けて、泥水を跳ねさせながらも《ブレードウルフ》から離れる。
 振動と衝撃に耐えながら、アサルトソードを杖代わりにして身を起こす。
 《ブレードウルフ》が走ってくるのが見える。
 片足を失い、踏ん張りがきかない状態での鍔迫り合いは自殺行為以外の何ものでもない。
 それでも、このまま負けてしまうのだけは避けねばならなかった。
 左手のアサルトソードをその場に突き刺し、左腕の盾を地面に押し当てるようにして無理矢理機体を持ち上げた。その状態でランドグライダーに推力を与えて、強引に機体を走らせる。ほぼ平面に作られている盾の装甲なら、背中や腰を地面に擦り付けながら動くよりも幾分かマシなはずだ。
 雨でぬかるんでいても、摩擦と起伏が腕に凄まじい負担をかける。一瞬で機器が警告音を発し、関節が火花を散らす。
 操縦席にプリズマドライブの駆動音がけたたましく吹き荒れる。
 ありったけの魔力を込めて関節に言うことを聞かせ、右手に持たせたアサルトソードを水平に構え、《ブレードウルフ》に突撃する。
 《ブレードウルフ》がその刃で、仰向けに倒れたような姿勢の《アルフ・セル》の操縦席を掬い上げるように斬ろうと構えるのが見えた。
「――!」
 瞬間、アルザードはヒルトを握り締め、叫んでいた。
 支えていた左腕で、大地を押すようにして機体を跳ねさせる。強引に加えられた力が、肘と肩の関節を破壊する。それでも、機体は浮いた。
 掬い上げるように振られた刃は、立ち上がる形になった《アルフ・セル》の左足を断った。そして、《アルフ・セル》の右手に握られたアサルトソードが閃く。
 強引に浮かせた滅茶苦茶な姿勢で、左足を断たれながら、それでも振るわれた剣は《ブレードウルフ》を捉えた。
 自機と敵機の破砕音と衝撃が操縦席を激しく揺さぶる。
 《ブレードウルフ》の頭部を七割ほど叩き潰し、右肩を大きく抉る。足が両断された衝撃で姿勢が崩れ、胴体への狙いはズレてしまった。
 《アルフ・セル》は交錯した勢いを殺し切れずに宙を舞い、地面に叩き付けられた。雨と泥に塗れ、それらを撒き散らしながら地面を転がる。
 想像を絶するほどの衝撃と重圧に意識が飛びそうになる。地面に接する度、跳ねる度、操縦席に体を固定するためのベルトが痛いほどに食い込む。視界が回る。
 猛烈な吐き気と苦痛に襲われながら、アルザードは辛うじて生きていた頭部センサーを動かす。白と黒の砂嵐になりかけているスクリーンに映る《ブレードウルフ》は、まだ戦闘を継続できる状態に見えた。
 このままではまずい。
 そう思いはしたものの、アルザードの《アルフ・セル》はもう戦える状態にない。両足と左腕を失い、残っていた右手も地面に叩き付けられ、転がり跳ねている中であらぬ方向に曲がっている。そもそも、アサルトソードが手から離れてしまっていて武器も残っていない。
 ここまで侵攻してきた《ブレードウルフ》が今更撤退するとも思えない。結界基部まで辿り着ければ、設備の破壊手段など魔動機兵以外にもあるだろう。
「く、そっ……!」
 もはや打つ手はなかった。
 とどめを刺しに来るだろうか。レオスやテスの機体を見逃すだろうか。部隊の皆は敵を撃退して増援に来てくれるだろうか。
 アルザードがはっきりしない頭でまとまらない思考を巡らせている間に、《ブレードウルフ》は動き出していた。
 やはり、結界設備の破壊に向かうようだった。
 アルザードたちを無視して進もうとしたところで、《ブレードウルフ》が足を止めた。
 同時に、《ブレードウルフ》の足元が小さく爆ぜた。
 《ブレードウルフ》が一歩、二歩、と退がる。それに合わせるかのように、弾丸が掠めていく。
「あれは……」
 一機の魔動機兵が向かってくるのが見えた。
 死に掛けた《アルフ・セル》のセンサーもその反応を拾っている。
 識別は味方だ。
 降りしきる雨の中、こちらへと走ってくる魔動機兵は、《アルフ・セル》ではなかった。青と白を基調とした装甲に、金の縁取りや紋様で装飾が施されている。
 《アルフ・カイン》、王都を守る近衛騎士団に配備されているはずの機体だ。
 手にした突撃銃で《ブレードウルフ》へと射撃を行いながら、その《アルフ・カイン》は戦場に現れた。
 《ブレードウルフ》が更に後退する。大きく抉れ、中破した右肩から露出した内部機構が、右腕が動く度に火花を散らしている。左手に握っている片刃の剣も、アルザードの機体と交錯した際に浴びせた一撃でひどく刃こぼれしているようだった。
 《アルフ・カイン》の射撃の中の一発が、《ブレードウルフ》の左手の片刃剣を砕いた。
 《ブレードウルフ》は腰から爆弾のようなものを取り出し、足元に叩き付けながら大きく後方へ跳んだ。
 地面に叩き付けられたそれは、炸裂すると同時に激しい閃光を放つ。
 目くらましの閃光弾を更にいくつかばら撒いて、《ブレードウルフ》は後退していく。
 どうやら侵攻は諦めたようだ。
 ベルナリア防衛線の最奥まで食い込んだ《ブレードウルフ》が撤退するには、味方の援護が必要だ。ここで無理に《アルフ・カイン》と交戦し、仮に突破できたとしても、他の部隊が全滅してしまっていては生きて離脱できる可能性が著しく低下するだろう。単体でここまで食い込んできたが故に、味方が全滅あるいは撤退するまでに合流できなければ《ブレードウルフ》自身の脱出も困難なのだ。
 《ブレードウルフ》にしてみれば、《アルフ・カイン》が増援に現れた時点で時間切れになったというところだろう。
 恐らく、目くらましに使った閃光弾は撤退の合図にもなっている。
 まだ油断はできないが、ひとまずはアルフレイン王国側の勝利と言えそうだ。
「……その《アルフ・セル》の騎手は、アーク騎士団第十二部隊所属、アルザード・エン・ラグナ上等騎士か?」
 アルザードが息をついた直後、《アルフ・カイン》から通信で呼び掛けられた。それも、名指しで。
「その声……」
 ただ、ノイズ交じりの通信機から聞こえてきた声には覚えがあった。
「生きているようだな、安心した」
 《アルフ・カイン》の騎手が安堵の声を漏らす。
「奴を追撃は……しないのか?」
「こちら、近衛騎士団第七小隊所属、ラウス・ティル・ロウド正騎士だ。貴君には王都からの指令がある」
 アルザードの問いに答えるかのように、声の主は懐かしい名前と共にそう告げた。
 それを聞いて、アルザードも理解した。
 本来なら王都の守りに就いている近衛騎士団所属の者が単独で増援に現れるなど滅多にあることではない。王都の、それもかなり上層部から重要な任務でも与えられない限り。
 《ブレードウルフ》侵攻の報せも、この戦闘や作戦のことも、王都にはまだ届いていないはずだ。ラウスは《ブレードウルフ》への援軍としてこの場に現れたわけではない。王都からの指令を運んでいる途中で、たまたま戦闘に遭遇しただけなのだ。
「ラウス……」
 正騎士に出世した旧友の名前を、呟く。
「久しぶりだな、アル」
 苦笑交じりの声が聞こえた。

後書き


作者:白銀
投稿日:2016/08/30 18:07
更新日:2016/08/30 18:07
『魔動戦騎 救国のアルザード』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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