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魔動戦騎 救国のアルザード
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
第五章 「動き出す一手」
前の話 | 目次 | 次の話 |
「この国を……救う?」
エクター・ニムエ一級技術騎士の言葉に、アルザードは耳を疑った。
それはアルフレイン王国の騎士として戦う者にとって、願ってやまないものだ。しかし、同時にそれがどれだけ困難な状況にあるのかも、前線で戦っていたアルザードは身をもって知っている。
「さて、じゃあ結論から言おうか」
エクターはそう言って椅子に座り直す。と言っても、身を起こした程度のラフな姿勢のままだ。
アルザードも視線で促されて椅子に腰を下ろした。
「ここで造っている新型の騎手をやってもらうために君を呼ばせてもらった」
やはり、格納庫にあった機械群は新しい魔動機兵を造るための部品のようだ。
騎士養成学校で魔動機兵について一通りのことは学んでいるが、アルザードにそこまで専門的な知識はない。まして、新型の開発に技術面で関われるとは思えない。
前線で乗機を破壊し過ぎたことで費用の面から下げざるを得なかった、という話でもなければ、騎手以外でアルザードに出来ることはせいぜい歩兵か、雑用ぐらいだろう。
だが、果たしてその新型とやらの騎手にアルザードは適しているのだろうか。
「何故、俺を?」
言ってから、アルザードはしまったと思った。エクターの態度が緩過ぎるせいで、素の口調で喋ってしまった。いくらエクター本人が無礼講だと言っても、アルザードとはこれが初対面なのだ。階級だってエクターの方が三つも上だ。
「魔力適正測定不能だそうじゃないか。経歴に目を通させてもらったが、ことごとく数値が出てこない。現代で測定できる限界値を飛び越えている。それが理由だよ」
だが、エクターは全く気にした風もなく、笑みを浮かべて即答した。
本当に階級は気にしないようだ。
「魔力適正、ですか」
アルザードは右の手のひらを上に向けて差し出した。
意識を集中させ始めると、すぐに手のひらの上の空間が揺らぎ出した。空気中に存在する魔素へ干渉し、熱量を生じさせ、陽炎を立ち昇らせているのだ。
最も単純な魔力の発現方法の一つが、この熱量変換だ。
とはいえ、陽炎を生じさせるほどの熱量を発生させることができる者は少ない。普通は、魔力を集中させた手のひらか、その付近が仄かに暖かくなる程度だ。肉眼ではっきりと陽炎が見えるほどの熱量を生み出せる者は極僅かで、それだけでも魔力適正は頭一つ抜けたものになる。
しかし、アルザードの場合はここで終わらない。
全身を流れるエネルギーを、一点に集中させるようなイメージを思い描き、更に魔力を集約させていく。
陽炎の揺らめきは次第に薄れ、それに比例するように手のひらが淡い光を帯びていく。だが、陽炎は消えたのではない。揺らめいていた大気が手のひらの上で収束しているのだ。空気が固まっていくかのように、揺らぎを生み出していた熱量は純粋なエネルギーとなって一点に収束していく。
部屋の脇でお茶を淹れていたヴィヴィアンが、その光景に目を丸くする。
やがて、空気の揺らぎは消え失せ、そこには淡い輝きを発する小さな光の玉が形作られていた。握り拳よりも、一回り小さいぐらいの大きさだった。
「まさか……何もなしに魔術を?」
唖然とするヴィヴィアンの目の前で、光球は溶け出すように細かな粒子となって霧散し始めた。
大気に溶け込むように、輝きが小さくなっていく。
それは、確かに魔術と呼べる領域に踏み込んだ現象だった。発生した光は、魔力によって大気中の魔素が集約された純粋なエネルギー体だ。細かく散らさず、その形と密度を保ったままどこかへぶつければエネルギーは破壊力となって炸裂するだろう。
魔力適正は一般的に、測定用の器具の計測部分に手のひらを触れて魔力を込めた際に生じる熱量の上下の大きさで測定している。見ての通り、アルザードが本気で魔力を込めると、熱量という枠を超えて破壊力を持ったエネルギーの発生にまで至ってしまう。
器具が壊れない範囲で手を抜いて計測することもできなくはなかったが、それでは測定する意味がない。それに、アルザードもその辺りの力の調節が下手だった。
「っ、はぁ……!」
アルザードは大きく息を吐いた。
額に汗が浮かび、呼吸が大きく乱れる。貧血を起こしたような眩暈感と、肉体的にはなんともないのに全力疾走をした直後のような疲労感が襲ってくる。
この消耗感は急激な魔力の消費に伴うものだ。短距離走で全力疾走したようなもので、少し休めば回復する。
「一応これが限界、ですかね……」
袖で額の汗を拭い、呼吸を整えながらアルザードはエクターに目を向けた。
「いいねぇ、実にいい!」
驚きを隠せずにいるヴィヴィアンとは裏腹に、エクターは目を輝かせている。探し求めていたものを見つけた子供のように、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「そういう規格外が必要なんだ、あの機体にはね」
エクターは心底愉快そうに言った。
先ほどまで抱えていた疲労が吹き飛んだかのように、テンションが高くなっている。
「道具も使わずに魔術なんて、初めて見ました……」
「そりゃあそうだろう。大昔から魔法使いなんてものはとても希少な存在だったんだ。それらにしたって、触媒やら何やら諸々使って魔法の発動を補助していたぐらいだからね」
呆けたようなヴィヴィアンと打って変わって、エクターはとてもにこやかな表情をしている。
「魔族帰り、なんて言われたこともありました」
アルザードは肩を竦めて苦笑した。
大昔には、生まれつき強大な魔力を持った人間がいたらしい。中には肉体すら変質してしまうほどの魔力を持っていて、魔族と呼ばれて区別されていた者達もいたとされる。彼らはえてして、人々の敵として伝えられているものだが。
「まぁ、ここは魔王のいた地とされているから、そういう噂が出るのもある種仕方ないとも言えるね」
エクターは小さく頷いた。
世界各地に残る伝承などを調べると、王都アルフレアのある場所にはかつて魔王の城があったという記述が多い。アルフレイン王国の建国神話においても、魔族を束ねる魔王を勇者が打ち倒し、虐げられていた人々を解放し国を興したと伝えられている。この国の名は、建国の勇者アルフレインにちなんで付けられたものだ。
「昔は今よりも魔素が濃かったという説もある。魔族と呼ばれて恐れられるほどの力を持つ人間が多かったのかもしれない。今ではその勇者アルフレインも魔族だったんじゃないかと言われているけどね」
文献や伝承では、魔族が当時の人々を脅かしていたという内容のものが多い。見方によっては、魔族と呼ばれ蔑まれ疎まれていた者たちが魔王という指導者を得て自分たちの居場所を作ろうとしたとも考えられる。それらと戦ったとされる勇者もまた、常人の枠を超えた存在だったとされ、逸話も数多い。もしかしたら、勇者も魔族と呼べるような存在だったのではないか、という説もあるほどだ。
何にせよ、魔力や魔素に関連する事象に、アルフレイン王国は縁がある。良質なプリズマ鉱石の鉱脈が多いのも、関係があるのかもしれない。
「ともかくだ、僕が造っている新型は、並の騎手には扱えない。魔力適正は高ければ高いほどいい」
「高ければ高いほど……って、プリズマドライブが持ちませんよ?」
エクターの言葉に、アルザードは眉根を寄せた。
高性能機である《アルフ・セル》ですら、アルザードが本気で扱うとプリズマ結晶が破裂してしまう。いくら高性能な新型であろうと、魔動機兵である以上プリズマドライブを搭載するはずだ。
魔動機兵のような、大掛かりな機械を駆動させるのに、プリズマドライブというシステムは画期的な発明だった。プリズマドライブでなければ、魔動機兵は成立しないと言って過言ではないほどに。
「そう、確かにプリズマドライブなら、ね」
エクターはにやりと笑った。
「そもそも、現行の魔動機兵に搭載されているプリズマドライブそれ自体には、大した性能差はなくほとんど均一だ。まぁ、核となるプリズマ結晶の純度や良し悪しによって多少の差は実際出てくるものだが、構造それ自体に違いはないと言っていい。前線で戦っている個人からすればそれも重要な差ではあるだろうが、それでも大きな差があるわけではない。なら今ある魔動機兵の性能差はどこから生じるのか。騎手の力量を考えないものとすると、各種部品や運用目的や設計思想だろう」
エクターは語る。
曰く、今世界中で生産され、運用されている魔動機兵のプリズマドライブには差があるわけではない、と。構造はどれも決まっていて、プリズマ結晶の純度や質によって多少の差は出るものだが、大きな視点では誤差の範囲なのだという。
各国それぞれ思想が異なる故に、魔動機兵は様々なバリエーションが生まれている。例えば、南方のアンジアであれば《バルジス》と呼ばれる重装備型を主力としている。機動性を犠牲にしてでも厚い装甲で防御力を高め、敵と撃ち合うことに重きを置いている。そんな《バルジス》の中でも、やや装甲を薄くした機動性重視型がいたり、更に重武装したものがいたり、様々だ。
それに対し、北方のノルキモでは機動性を重視した《ノルス》を主力とする。東方のセギマの主力《ヘイグ》はバランス重視の汎用型で、アルフレイン王国で使われている《アルフ》タイプに近い。
要するに、現行の魔動機兵は性能のバランスを変えただけで、総合的には大差ない、というのがエクターの言い分だ。
「プリズマドライブは完成されたシステムだ。これに手を加えるのは簡単じゃあない」
核にするプリズマ結晶のサイズを変えれば、プリズマドライブの構造全体をそれに合わせて変えなければならない。入力される魔力をエネルギーに変換し、出力するだけのシステムではないが故に、大きさが変われば魔動機兵を操るための術式もそれに合わせて最適化する必要が出てくる。どちらかと言えば、術式の構造を最適化する作業の方が大変なのだ。プリズマ結晶のサイズに合わせた、入力と出力のバランス計算や、機体全体の大きさが変わることで各部の駆動に要求される出力も変わり、計算式も変わってくる。
「今あるプリズマドライブの大きさや構造が統一されている理由はそこにある。高出力、高性能の機体を造ろうとしてちょっとプリズマドライブを大型化するだけで、施す術式の計算式全体が変わってしまう。その計算はドライブの大きさに比例していないから、機体全体の術式全てにおいて再計算が必要で、プリズマドライブに手を加えた新型機の開発はとてもめんどくさいものなんだ」
頭一つ飛び抜けた高性能機の開発が難しい理由はそこにある。プリズマドライブから得られる出力を、騎手の魔力適正以外で向上させるためには、ドライブそのものを強化する必要がある。核となるプリズマ結晶を大きなものにするならば、それに合わせてドライブの構造も大きくする必要がある。現行で最適化されているプリズマドライブの規格から逸脱するのであれば、全ての術式計算がやり直しとなり、機体各部の魔力回路や駆動に必要な魔力量の調整といった細かな部分も全てそれ専用に設計しなければならない。
多用されている規格に合う部品が何一つ使えないとなれば、必然的にコストは跳ね上がる。開発にも、調整にも、修理にも時間がかかるようになる。
「簡単に言えば、現在使われている魔動機兵は骨格と心臓が全部同じものなわけだ。筋肉の付け方や服装で差を付けていると言えるね」
鹵獲した機体の部品を再利用し易い理由もそこにある。
プリズマドライブ自体が同規格であるため、各部品に要求される魔力量や、想定されている出力が同等なのだ。その点においては特に手を加える必要がない。
「けれど、プリズマドライブという構造を用いる以上、突出した性能の機体を造るというのは中々に難しいものなんだよ。仮に、諸々の面倒な計算を乗り越えてプリズマドライブを大型化したとすると、それを支える機体も大きくなる。機体が大きくなれば重量も増えるし、その分稼動に要求される出力も増える。魔力消費も増えるだろう。当然、大型化すれば製造に必要な資源も増えてコストも高くなる」
エクターの言うことはもっともだ。
性能を劇的に向上させようとプリズマドライブを大型化すれば機体そのものも大きくせざるを得ないだろう。向上した出力のいくらかは大型化した機体の駆動に持っていかれるはずだ。機動性を落とさぬように、装甲も厚くして、武装も、と考えていけば出力の向上に対する機体性能の向上比率は見合うものになるだろうか。
「僕からしたらプリズマドライブを大型化しての高性能化はとてもじゃあないが効率が良いとは言えないね」
エクターの目がアルザードに向けられる。
「だから、全く新しい動力システムを考えた」
その時に見せたエクターの笑みは、どこか挑発的なものだった。
「僕が造っているのは、魔動機兵を超えるモノ……。プリズマドライブの数十倍以上の出力と、それを最大限に活かす機体の開発。つまるところ、単機で戦局を覆すことを可能にする全く新しい概念の開発」
「そんなもの、本当に造れるのか……?」
エクターの言葉に、アルザードは唖然とした。
現行の魔動機兵自体、最近になって出てきた新しい概念の兵器だ。魔動機兵という存在は争いの概念を塗り替えた。一対一で勝るような特注機を造るというのならまだしも、複数の敵が組織的に攻めてくる状況そのものをたった一機でひっくり返すとなれば、そこに求められる能力は想像を絶するものになる。
魔動機兵の技術も、まだ発展の余地はある。だが、その先に単機で戦局を覆すような性能に至る道があるだろうか。
エクターの物言いは、非現実的な夢物語のようにさえ聞こえる。
「理論はもうできていてね、その実証機の開発をしているんだよ」
アルザードの疑念を見透かすかのように、エクターはさらりと言ってのけた。
「理屈自体は単純です。プリズマドライブの掛け算をするんです」
ヴィヴィアンはそう言って、机の上に紅茶の入ったカップを置いた。
「可能なのか?」
プリズマドライブの複数接続という案は確かに存在する。
だが、採用されていないのには当然、理由がある。プリズマ結晶で増幅した魔力を別の結晶で更に増幅する、という理屈自体は不可能な話ではない。だが、二個、三個、と複数接続をすればするほど後に繋げられた結晶に対する負荷は大きくなっていく。ただでさえ、結晶一つで五、六メートルはある魔動機兵を動かすだけの出力を発揮しているのだから、それをもう一度プリズマ結晶に入力して増幅しようとすれば、通常のプリズマドライブであれば直ぐに負荷は限界を超えるだろう。
「普通に考えれば割に合わない結果になるさ」
紅茶に手を伸ばしながら、エクターが答えた。
再度増幅するのであれば、それ専用のプリズマドライブを設計する必要がある。更にそれを増幅するのならば、またそれに応じたものを造らねばならない。
そんなプリズマドライブを複数繋げるとなれば、その動力システムだけでどれだけの大きさになるか分からない。
仮に、それで高い出力を得られたとしても今度は騎手がそれを制御できるかどうかという話になってくる。扱う力が大きくなればなるほど、制御するのも難しくなるのは必然だ。
「単純に繋げたところで、望んだ出力に達する頃には機体が山みたいな大きさになってたりするだろうし、そんなんじゃあ運用するのも難しいだろう?」
「確かに……」
アルザードにもその辺りは想像できる。
魔動機兵というモノが爆発的に普及した背景には運用のし易さがあげられる。確かに、兵器としては巨大で、整備や調整も必要ではある。だが、その大きさに対する能力の高さは画期的だったのだ。
プリズマドライブや魔動機兵の各部に施された術式もさることながら、人の形をしていることで操縦のイメージもし易い。
「人の形をしていながら、大き過ぎない。それは重要なことだ」
紅茶に口をつけ、エクターは言った。
機体が大きなものになればなるほど、生産や整備にかかる資源量や人員、時間といったものが増えていく。それを動かす騎手に対する負担も増えることだろう。
「そうなるとプリズマドライブの直列接続なんてのは論外だ。なら、全く新しい動力システムを一から開発するしかない」
プリズマドライブとそう変わらぬ大きさで、その数十倍以上の出力を得られる新しい動力炉が必要だ。
「それを、ここで……?」
アルザードの問いに、エクターは頷いた。
彼は既に、理論は完成していて、実証機の開発をしている、と口にした。それはつまり、実現の目処が立っているということになる。
「概要自体はそう難しいものじゃない」
紅茶のカップを煽って飲み干すと、そう言ってエクターは立ち上がった。
部屋中に散らばっている紙の中から裏が白紙で手頃な大きさのものを適当に摘み上げ、アルザードの前に置く。その上にペンを走らせて、図を描いていく。
「まずは騎手から入力された魔力を一度分散させる。それを周囲に配置したプリズマ結晶でそれぞれ増幅し、中央に配置する大型の高純度プリズマ結晶に集約し更に増幅して出力を得る」
要するにプリズマドライブの並列接続だ。
入力された魔力を一度分散させ、それぞれを個別に増幅する。最後に増幅されたそれら全てを一つに集めて更に増幅し、出力する。
確かに、これなら単純に繋げていくよりも効率的かもしれない。最初に分散されていることで、周囲の結晶それぞれの負荷は通常のプリズマドライブよりも抑えられるはずだ。
「でも、これだと中央の結晶には相当な負荷がかかるのでは?」
「当然そうなる。だから、ここに配置する高純度結晶が要とも言える。幸いなことに、この計画には予算が度外視されていてね、最高純度の結晶を精製してもらっているところだ」
簡単に図示されただけでも、莫大なコストがかかるであろうことが予想できた。
配置されるプリズマ結晶の大きさや純度にもよるだろうが、たった一機の魔動機兵に複数の結晶を用いるという点だけで既に破格だ。仮に、複数のプリズマ結晶それぞれが通常の魔動機兵に搭載されているプリズマドライブと同等のものだとすれば、この動力機関だけで使用した結晶分の機体に相当するコストがかかる。
それだけでなく、これまでにないほど高純度なプリズマ結晶が更に一つ必要だというのだ。複数の結晶で増幅された魔力の受け皿となりながら、更に増幅して出力するとなれば、どれほどの負荷がかかるか想像もつかない。
「炉心内には高濃度エーテルも充填する予定だ」
極限までプリズマ結晶の消耗を抑えるために、炉心内を高濃度エーテルで満たすらしい。本来はプリズマ結晶の負荷である濁りを浄化するために用いられるものを、負荷軽減のために使用する。
高濃度エーテルは自然にはそうそう精製されるものではない。元々魔素濃度の高い液体であるエーテルに、人工的な処理を施して濃度を限界まで高めたものが高濃度エーテルと呼ばれるものだ。濃度が高過ぎるため、そのまま放置すると魔素が空気中に散り出してしまい、濃度が低下するという性質もある。魔素濃度がプリズマ結晶の魔素含有率を下回ると、濁りを浄化する効果が得られなくなるため、結晶の浄化装置や高濃度エーテルを保管する容器は厳重に密閉されている。
この新型動力炉も可能な限り密閉はするのだろうが、浄化装置や保管容器並にはできないだろう。高濃度エーテルが効果を発揮する時間は限られる上、一度稼動させ使用してしまえば再利用もできないだろう。
高濃度エーテルだけでも、製造コストは小さなものではない。
「本当にコスト無視、なのか……」
「ええ、そうです。この計画に、この国の存亡を懸けているんです」
アルザードの呟きに、ヴィヴィアンが静かに告げた。
「問題はコストだけじゃない。この動力炉が完成しても、それを扱える騎手が必要だ」
エクターはそう言って、アルザードの目を見据えた。
それを真正面から受け止めて、アルザードは自分がここに呼ばれた理由をようやく理解した。
「莫大な出力を得られるこの新型動力炉は、それ相応の使い手を必要とする。国中のデータを調べて、最も適任だと判断できたのが君ってわけだ」
動力炉の魔力増幅率の正確な数値はここまでの説明では分からない。
それでも、並の魔力適正では足りない、とエクターは言っている。
構造の概要を説明されただけでは、通常の騎手が乗ったとしても既存の魔動機兵を圧倒するほどの出力が得られるように思える。
「でも、俺でいいのか……?」
むしろアルザードの魔力量では分散させるための最初の結晶の時点で破裂してしまったりするのではないだろうか。
「分散させたそれぞれがサブ結晶一つ一つをまとも以上に稼動させるだけの魔力が必要になるのさ。並の騎手ではその時点で選外というわけだ」
エクターは笑みを見せながらそう答えた。
一体、いくつのプリズマ結晶を用い、どれほどの出力を得ようとしているのだろう。
周りに配置するプリズマ結晶の数が多ければ多いほど、分散させる数も多くなり、一つ一つの魔力は小さなものになる。その一つ一つに、並以上の魔力量を要求するとなれば、確かに常人では心許ない。
「それに、出力される魔力を制御するのにも高い魔力適正が必要だ」
最終的にどれほどの出力の機体が組み上がるのかは分からない。単機で戦局を覆すとなると、想像を絶する性能が必要になるのは言うまでもない。そして、それを操る騎手にも相応の能力が要求される。
既存のプリズマドライブを凌駕する出力となれば、制御するのもまた相応に難易度が高くなる。機体各部に施される術式や魔力回路の伝導率にも多少は左右されるだろうが、騎手への負荷も増大していることだろう。
「君にも、やってもらうことは沢山ある」
そう言うと、エクターは立ち上がった。
「機体特性の熟知、新型動力システムの稼動テスト、各種動作チェック、機体が組み上がれば試運転、そして完成したならば――」
「――実戦での運用」
アルザードはエクターを見上げて、その先を口にした。
「そう、この国を救ってもらわなければならない」
口の端を吊り上げて、エクターは笑った。
「無謀な計画であることは重々承知しています。それでも、私たちはこれに賭けるしかありません」
ヴィヴィアンが静かな声で告げた。
この国に残された時間はそう多くないだろう。攻めてくる三ヵ国連合を圧倒するだけの戦力を揃える時間も、資源も、人材も、アルフレイン王国にはない。
だが、数は揃えられなくとも、コストを度外視すれば新型を一機ぐらいは造る余裕はあるだろう。ならば、その一機で戦局を塗り変える。
エクターたちがやろうとしていることは、つまりそういうことだ。
まるで雲を掴むかのような、馬鹿げた話だ。無謀にも過ぎる。
しかし、現状としてアルフレイン王国には打つ手がない。
友好的だった隣国ユーフシルーネからの援護は期待できず、他の国家は静観を決め込んでいる。事実上、孤立無援となったアルフレイン王国は、このままではいずれ滅ぼされてしまうだろう。
ベルナリア防衛線が辛うじて持ち堪えているうちに、何か手を打たなければならないというのに、その手がないのだ。
他国は頼れず、自国は既に甚大な被害を受けている。戦力も土地も、多くが失われ、後がない。
無謀かもしれないが、この計画には少しでも可能性があると、そう判断されたのだ。
「……俺にも、諦められない理由はある」
アルザードは小さく呟いた。
「ここに配属された以上、やれるだけのことはやりますよ」
どの道、アルザードに拒否権はない。ここで無謀だからと協力を拒んだところで、行き場がなくなるだけだ。仮に、この計画が実現出来ずに終わったなら、アルフレイン王国が滅ぼされてしまうことに変わりはない。前線でひたすら戦い続けていても、事態が好転するかと言われれば難しいだろう。むしろ、何か起死回生の一手が残されていると、消えてしまいそうな火のような望みに賭けてただただ戦い続けていた側にこそアルザードはいたのだ。
開発が間に合うかは分からない。間に合ったとしても、その機体に戦局を覆るだけの力があるのかも未知数だ。
それでも、この計画に希望があると言うのなら、やるしかないだろう。実際に計画は動き出している。もはや、これが成功する可能性に賭けるしかない。
「じゃあ、早速、君の力を見せてもらおうかな」
満足げに頷いて、エクターはそう言ってドアの方へと歩き出した。
ドアの前で立ち止まり、振り返る。
「シミュレータを用意してある。君の全力を見せて欲しい」
期待感を露に、エクターはアルザードを目で促す。
「時間は限られている。君のデータ次第では機体の調整も見直す必要があるからね」
アルザードが立ち上がり、エクターがドアを開ける。
格納庫への扉を開け、三機の《アルフ・ベル》が並んで立つ隅の方へとエクターは向かう。アルザードとヴィヴィアンが彼の先導で格納庫の喧騒の中を歩いていく。
そこには《アルフ・ベル》の他に、魔動機兵の胸部ブロックのみがあった。装甲もほとんど取り外され、フレームだけでなく内部の機械も剥き出しになっている。頭部や肩部が本来接続されている場所にはいくつものケーブルやコードが繋がれていて、背面や台座に乗せられた腰の下面も同様のようだ。元の機種がどれなのかすら分からない。
ケーブルやコードの先には大型の機械が設置されている。そのケーブルのいくつかは、直ぐ傍に立つ一機の《アルフ・ベル》と繋げられている。
大型の機械はシミュレータプログラムを管理運用するための装置だろう。胸部ブロックのみのシミュレータから入力されるデータを解析処理し、測定すると同時に、プログラム上に行動の結果を適宜反映させていくのだ。操縦席内にいる限りは、モニターに表示される映像が再現データになることと、振動や衝撃までは再現できない程度で、様々な状況や条件が設定された戦闘を体験することができる。
データを取るためのスタッフなのか、何人かの作業員が装置の周りで作業をしていた。
「新型機を実戦に投入した際、想定されうる状況をプログラムしてある。機体設定は《アルフ・セル》だが、最初から全力で構わない。好きに暴れてみてくれ」
現行最高水準の魔動機兵で、新型機で直面するであろう戦場を想定したシミュレーションを行うということのようだ。
「……いいんですね?」
アルザードのその問いの意図を理解しているのは、恐らくエクターだけだっただろう。
望むところだと言わんばかりの笑みを浮かべて、エクターは頷いた。
ハッチを開けて、アルザードは操縦席へと乗り込んだ。
内部は《アルフ・セル》と変わりがない。人一人が座れるだけの空間しか用意されていない狭く簡素な操縦席に、アームレストの先のヒルトと、外部映像を投影するための三面スクリーンプレート。
アルザードがヒルトに触れて魔力を込めれば、それを合図に機体のシステムが立ち上がり、狭い操縦席内に明かりが灯る。
「観測と測定状況は良好だ。ではシミュレーションを開始しよう」
エクターの声が通信機から聞こえた。
スクリーンプレートにシミュレーションの開始を告げる文字が表示され、景色が書き換わる。
王都を背にした平原だった。
水平線を覆い尽くすかのような無数の敵が平原の向こうで蠢いている。スクリーンの端に表示されたシミュレーションプログラムの情報ウィンドウに記された敵の数が四桁を超えていた。
シミュレーションの処理負荷軽減のために簡易表示された敵の機体は辛うじて人型に見える程度の立体の繋ぎ合わせだ。実際の魔動機兵とは似ていないため臨場感こそないが、これだけの数がいると不気味な光景だった。
所持している武装はオーソドックスな突撃銃と、通常サイズのアサルトソード、中型の盾の三つだ。シミュレーションであるために、弾倉は無制限、アサルトソードの耐久性も無視されている。
「最初から本気で、か……」
ぽつりと、アルザードは呟いた。
前線にいた頃は、戦闘を続けるために魔動機兵を壊さぬよう加減していた。最初から全力で、思い切り魔力を込めて魔動機兵を動かしたとしたら、アルザードにはどれだけのことができるだろう。
ヒルトを握る手に、力を込めた。
プリズマドライブの駆動音が次第に大きくなっていく。風が唸りを上げているような音が強くなっていく。
そして、データ採取のためのシミュレーションが始まった。
後書き
作者:白銀 |
投稿日:2017/01/16 04:10 更新日:2017/01/16 15:35 『魔動戦騎 救国のアルザード』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。 |
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