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作品ID:2046
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白銀 ■バール ■遠藤 敬之 


魔動戦騎 救国のアルザード

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第八章 「タイムリミット」

前の話 目次 次の話

 
 
 ベクティアの工作員であることが発覚したヴィヴィアンは独房に入れられた。全てを見抜いているかのようなエクターに対し抵抗する様子はなく、彼女はただ無言で拘束された。
 その翌日に行われた新型脚部の稼動試験は、問題なく終了した。
「あの程度で良かったのか?」
 エクターが書いた資料の束を抱えながら、アルザードは問う。結果的に、彼女が担っていた雑用の多くをアルザードが代わりにこなすことになった。とはいえこの書類も、エクターの細工によって技術資料としては無価値なものに成り下がっているらしいのだから、整理する必要があるのかは疑問なのだが。
 曰く、研究が進んでいるというポーズを示すためには必要なことらしい。この分野に詳しくない上層部の連中には細工してあることすら分からないだろう、というのがエクターの言い分だ。
「工作員に対する処置としては甘いとかそういう話かい?」
 そして当のエクターはいつも通りだ。ショックを受けた風でもなく、さして気にしている様子もない。
 もっとも、最初から彼女がベクティアの人間だったと知っていたのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
「そういう組織的なものは僕の管轄外だ。事が済んだら然るべきところに送って然るべき対処をしてもらうつもりだよ」
 エクターはそう言って、温くなった紅茶を口に運んで一息ついた。
「何故身近に置いていたのか、という疑問なら、答えは簡単だ。目の届く場所に置いておいた方が、対応しやすいだろう?」
 工作員だと気付いていたこと、国外への情報流出が難しい情勢であること、そもそも持ち出せる情報が正しいものではないことから、エクターは彼女を自分の目の届く範囲に置いて管理していたのだと言う。目の届かない他の場所で動かれるよりも、御し易い立場において見える範囲にいさせた方が安全だ、と。
 ヴィヴィアンも、自分が掴まされていた情報が全て間違っていたものだったということには酷くショックを受けたようだった。持ち帰ったところで何の得にもならないのでは、これまでの全てが徒労に終わったと言っても過言ではないだろう。
「……モーガンとは親しかったのか?」
 それは純粋な興味から出た質問だった。
 モーガンという名前と実績は聞いたことがあっても、彼自身のことは知らない。どんな人物だったのか、エクターとどのような関係だったのか、少し気になった。
「どうだろうね……僕自身は、奴を嫌ってはいなかったと思うよ」
 昔を懐かしむように、エクターは言った。
「あいつは、端的に言って自分より上に誰かがいるというのが許せないタイプの傲慢な人間だよ」
 嫌っていなかった、と言う割には辛辣な評価だった。
 自己顕示欲と嫉妬心の塊のような人物だった、とエクターは語る。
 自身と同等以上の才知を持つエクターを常に敵視して、共同研究をしているにも関わらず事あるごとに口論をしていたのだと言う。
「口論とは言っても、罵り合いと言うよりは議論に近いものでね。そこから新しい発見や、問題点が見つかることも多かった。まぁ、僕から見たら、ナンセンスだと言わざるをえない発想も多かったけどね」
 エクターにとって、モーガンという男は自分とは異なる視点から研究ができるという点で貴重な存在だったようだ。
 発想や理論、技術といった才能や実力でエクターを負かし、その上に立ちたいという思いが大きかったのだろう。新しい何かを思い付けばエクターにそれをぶつけ、自分の発想が上だと思い知らせたい。エクターの発想や理論を様々な角度から見つめて粗を探し、間違いや穴を見つけた自分の方が頭が良いのだと宣言したい。
 欲求や動機自体は傲慢なものであっても、それによって新しい発見や問題点が見つかるのであれば有益だと言える。エクターには彼によってもたらされる発見はありがたいと思える部類だったのだ。
「今はどう思っているんだ?」
「特に何とも」
 アルザードの問いに、エクターは即答した。
 良い印象は持っていない、とヴィヴィアンに語ったのは嘘ではないようだが、エクターにとってモーガンという存在はもう眼中にないらしい。ヴィヴィアンが工作員だと気付いた時点で、彼女を送り込んで来たであろう存在を推測する際に思い当たったに過ぎず、単なる答え合わせをしただけという感覚のようだ。
「大体、そんなこと考えている余裕なんてないだろう?」
「それはそうだけど……」
「失礼します、伝令が届きました」
 エクターとアルザードの会話に割って入るようなタイミングで、ギルバートが執務室に書簡を持ってやってきた。
 手渡された書簡をその場で直ぐに開き、エクターは目を通す。
「良い報せと悪い報せがあるね」
 エクターの眉根が僅かに寄った。アルザードをちらりと見て、聞きたいかどうかを問うているようだ。伝令を持ってきたギルバートも内容が気になるようで、アルザードの方に目を向ける。
「なら悪い報せからで」
「……ベルナリア防衛線がそろそろ限界だそうだ。次に大規模な攻勢があれば突破される可能性が極めて高い、とさ」
 エクターの言葉に、アルザードもギルバートも、険しい表情になった。
 状況的に、時間の問題だった事態がもう目の前に迫っているとはっきりしたのだ。補給される物資や、人員、配備の関係と、偵察から得られる敵の動向から、限界が見えたという通達が王都に届いた。
 同時に、それは敵からの大規模な攻勢が近日中に行われるであろうことも示唆している。
「状況的に、撤退や前線の後退は許可できないだろうからね……タイムリミットが近付いているということだ」
 ベルナリアから王都アルフレアまでの間に、防衛線を構築できるような時間的余裕はない。
 防衛線にいる者たちは、最後まで抵抗することになるだろう。その結果、どれだけの時間が稼げるのかは分からない。
「王都では国民の避難が始まるようだ」
 西部方面に残っている都市に王都の国民を避難させる指示が出たらしい。
 王都から東側は三ヵ国連合の侵攻によってほぼ壊滅しており、残されている土地は西側しかない。国民は避難できても、王都を落とされたらアルフレイン王国は終わりだ。
 近衛を含む王都にいる騎士団で最後の抵抗をすることになる。
「良い報せの方は……?」
 重い空気に耐え切れず、ギルバートが問う。
「新型の動力部完成の目処が立った。近日中に届くとのことだ」
 エクターが送った設計に沿った新型のプリズマドライブの完成が間近だという報告があったらしい。結晶の精製と、動力装置に施す魔術式の完成目処が立ち、間もなく完成品が運び込まれる。
 新型機の心臓部とも言える動力部が届けば、開発も最終段階に入ることができる。
 仮組みを行っている機体に新型ドライブを組み込み、慎重に稼動試験を行い、調整を繰り返し、仕上げるのだ。
 これまでは既存の魔動機兵のプリズマドライブを用いて無理矢理テストを行っていたが、これからはその必要もなくなる。エクターの計算や設計が正しければ、その試験結果によっては完成までの時間もかなり短縮できるはずだ。
 問題は、新型の動力装置がアルザードの魔力に対応できるかどうかだ。
「そういえば、一つ気になっていることがあるんだが……」
「何だい?」
 アルザードは、ここ数日のうちに生じた疑問について尋ねることにした。
「武装の方はどうなっているんだ?」
「そう言えば、武装のテストはしていませんよね……」
 ギルバートははっとしたように呟いて、エクターを見る。
 開発中の新型がとてつもない性能になりそうだというのはこれまでの過程でアルザードも肌で感じられてきたが、それもあくまで新型機本体についての話だ。新型を運用する上で扱う武装面がどうなるのか、今まで触れられてこなかった。
 既存の魔動機兵の武装を扱っても相当に強力な存在になりそうではあるが、手足の大きさが違うこともあって、規格が合わないものも出てくるだろう。何より、新型の出力に武装の方が耐えられるか分からない。
 これまでの実験を鑑みれば、アサルトソードを叩き付けるより素手で殴った方が大きな破壊力を得られる可能性すら感じ始めている。
「それについては、正直なところ、現状テストする術がない。新型動力炉が無ければ武装を運用するのに必要な出力が得られないんだ。だから、それの試験も動力炉が届いてからということになる」
 新型機用の武装自体は開発されているとエクターは明言した。
 だが、その武装は新型が使用することを前提とした設計がなされており、現状では稼動試験のやりようがないのだと言う。
「武装自体も規格外になってしまってね。現行のプリズマドライブではテストにすらならないんだよ」
 エクターはそう言って肩を竦めた。
 関節が正しく動くかどうか、魔術回路の接続や魔術式に問題がないかを確認するような試験であれば、現行のプリズマドライブに無理矢理接続して実験すること自体はできる。しかし、こと武装の試験となると破壊力や耐久性といった性能そのものや運用時の安全性を測定できなければ意味がない。
 故に、本体の稼動出力試験などと同様に、新型動力炉を繋げてテストする必要があると言うのだ。
「規格外、ですか」
 ギルバートは想像すらできないようだ。
「従来型の装備では、既存の魔動機兵の延長でしかないからね。状況を覆すだけの攻撃性を持たせようとしたら必然的にそうなるだろう?」
「それはまぁ、確かに……」
 エクターの言葉には納得できる。
 これまでの試験や、エクターからの説明を聞く限り、現行の武装を持たせても相当な戦闘能力を発揮できるだろうという予測はある。だが、機体自体に流される出力が通常の魔動機兵に比べて大き過ぎるというのも事実だ。
 先の稼動試験においても、魔力供給が多過ぎて掴んだ武器を握り潰してしまいかねないという危惧感はアルザードにもあった。
 それに、エクターの言う通り、単機で状況を覆すということを考えるのであれば、既存武装を流用するというのはイメージにそぐわないのも確かだ。
「動力炉が届いたら機体も武装も本格的な実験と調整に移れる。それまでに出来ることはやってしまおう。今日は頭部センサー類の実験だ」
 立ち上がり、部屋を出るエクターの後を追って、アルザードとギルバートも第二休憩室を後にした。

 その日行われたのは、新型機の頭部センサー類の稼動試験だった。
 動力炉が届く前ということもあり、今回も《アルフ・ベル》のプリズマドライブを無理矢理接続する形になっている。
 しかし、今回はいつもとは見て分かるほどに様相が違っていた。
 格納庫の中央に置かれているのは新型機の胴体部分で、肩口から両腕がない腰から上といった状態だ。ただし、装甲はまだ取り付けられておらず、操縦席を覆うフレームと、内部機械が剥き出しの頭部が繋がっているに過ぎない。背面側は新型の動力炉がないため、その部分がぽっかりと空いている。その背の内側からいくつものケーブルやコードが延びて、隣にある《アルフ・ベル》の胴体背面、即ちプリズマドライブに繋げられている。
「操縦席自体も、既存の魔動機兵とは設計がやや異なる。今回は実際に機体を動かすわけではないが、センサー類は操縦席とはセットだからね」
 エクターが機材をいじりながら、説明してくれた。
 装甲取り付け前のフレームだけを見ても、新型は既存の魔動機兵より一回りは大きい。同時に、これまで見てきた手足の長さや太さも鑑みれば、人間に限りなく近いスタイルになるようだ。
「本当はこの機体に乗る時には専用の騎手服があるんだが、まだ仕上がっていなくてね。そっちのテストも動力炉が届いてからかな」
「専用の、服?」
 隣で機材の準備を進めるエクターに、アルザードは首を傾げる。
「性能が性能だからね。騎手への負荷を減らしたり、魔力伝導率を高めたり、いくつかの目的や理由があるんだよ。ヘルムに関してはセンサー類とも関係があるから、調整中のものではあるけど操縦席に用意してもらってある」
 促されて、アルザードは新型の胴体の前へと向かう。
 胸部上面、首の付け根の辺りに操縦席への入り口があった。ハッチはまだ取り付けられる前のようだ。
 操縦席は既存の魔動機兵よりも僅かに広く感じられる。機体自体が少し大型化しているからだろうか。スクリーンパネルの面積も広く、足元と真上のハッチ部分以外はほぼスクリーンになっているようだ。
 シートの首元に、エクターの言っていたヘルムがあった。バイザーを下ろすと鼻先までの顔前面を覆うような形になる。開発途中なのもあってか、装甲で覆われておらず内部の魔力回路が剥き出しになっている場所もある。首の裏側辺りにコードやケーブルが繋がっており、操縦席の裏に接続されていた。
「よし、ではまずセンサー類の接続確認だ」
「これを被ればいいのか?」
 エクターの言葉に、アルザードは操縦席に腰を下ろし、ヘルムを被った。バイザーを上げたままだと、ただ兜を被って操縦席に座っているのと何ら変わらない。
 操縦席自体もまだ開発や調整が終わっていないようで、ヒルトは《アルフ・ベル》のものと同じだった。もしかすると《アルフ・ベル》のプリズマドライブを使うのだから、一時的に移植しているだけかもしれない。
 ヒルトを握り、慎重に魔力を込めて《アルフ・ベル》のプリズマドライブを稼動させる。
 スクリーンパネルに光が灯り、頭部の視覚センサーに映る光景が投影され始める。
「凄いな、視界が広い」
 スクリーンパネルの面積自体が従来の魔動機兵よりも大きいため、操縦席から見える範囲も広い。頭部のセンサー自体も性能が良いのだろう、スクリーンに投影されている映像も従来のものより精細だ。
「センサーのレンズにも魔素含有率の高いクリスタル素材を使っているし、レンズを通して景色を捉えるセンサー底部の魔術回路やそれを施すプレートも拘ったからね」
 エクターはアルザードの感想を聞いて嬉しそうに答えた。
 魔動機兵の頭部センサーは、レンズ部を通してセンサー底部に映った景色を魔術回路を用いて操縦席のスクリーンパネルに補正をかけて転写するという構造になっている。
「レンズ部分は多重構造にしてあるから、魔力を送ってやれば拡大縮小もできるはずだ」
 それを聞いて、アルザードは機材の前に立つエクターに意識を向け、そちらを見ようと魔力を込めてみた。その直後、正面スクリーンパネルの映像が拡大され、こちらを見るエクターの姿が大きく表示された。
「本当だ……けど、加減が難しいな」
 思っていたよりも拡大率が高い。元に戻るように力を抜くと、視界は最初の倍率に戻ったが、狙った場所を狙った拡大率で見ようとするには慣れが必要かもしれない。
「ヒルトもドライブも《アルフ・ベル》のものを無理矢理使っているから、その辺りの加減も今は参考にできないだろうね。本来想定する出力ではないから、画質も粗いはずだ」
 苦笑気味にエクターは言った。
 新型のドライブが届いて、機体への組み込みをした後でなければ細かい調整はできないようだ。今回は機能自体が魔力を送ることで動作するかどうかを見る部分が強いのだろう。
 エクターのことだから今回のデータで使えそうなものは調整に反映させていくのだろうが。
「これで粗いのか……?」
 《アルフ・ベル》のプリズマドライブでさえ、これまで搭乗したことのある魔動機兵よりも映像が精細に見える。《アルフ・ベル》や《アルフ・セル》などは、センサーで捉えた景色の細部は多少簡略化、つまり映像の質や反映速度を落としたりすることで魔力の節約や魔術回路への処理負荷軽減を図っているものだが、新型はそうではないらしい。
「では、次はヘルムを試そう。バイザーを下ろしてみてくれ」
 促されてヘルムのバイザーを下ろす。視界が覆われるのかと思いきや、バイザーの内側がスクリーンとなって頭部センサーからの映像が映し出された。
「これは……?」
「頭部連動型のバイザースクリーンだ。頭を動かせばそれに連動して機体の頭部も動くようになっている」
 言われて、頭を横に向けてみれば、当然のように側面の映像がバイザーのスクリーンに映る。目線までは追跡しないようだが、頭の向きや角度がそれなりに反映された視界になっている。
 外からは機体の頭がアルザードの動きに合わせて動いているのが見えるのだろうか。
「確かに凄いが……これはどういう意図のものなんだ?」
 機体と自分の視界を共有しているような不思議な感覚はある。頭の角度なども機体の関節構造が許す限りは反映されるようだし、機体との一体感という意味では凄いと感じられる。
 だが、実用性の面ではどうなのだろう。これでは操縦席外周のスクリーンパネルが見えない。
「操縦席の構造上、スクリーンパネルのない部分が死角になるだろう? それを補うというのが目的の一つ」
 確かに、構造上スクリーンパネルのない部分に景色は映らない。真上や真下、背面方向をある程度カバーするのには有効かもしれない。
「もう一つは、スクリーンパネルとは別に情報表示ができる」
 機体の警告表示や敵味方の識別などは、スクリーンパネルの面積を奪い、視界を狭めることもある。スクリーンパネルか、バイザースクリーンか、どちらかを常に外の映像のみに絞ることができるというのは確かに利点と言えるかもしれない。
「だとしたら、両方見えないと意味がないんじゃないか?」
 バイザー側も、操縦席側も、どちらもスクリーンとして機能していてこそ意味がある話ではないだろうか。バイザースクリーンを使う時は視界がそれだけになってしまうのでは、バイザーを上げ下げする手間がかかる。
「そう、だから調整中なんだ。バイザーを下ろしていても、パネルの方も見れるようにならないか、ヘルムをいじってもらっているところなんだよ」
「それはまた難易度が高そうだな……」
 当然のことのように、エクターはアルザードが思い付くようなことは考慮しているようだ。簡単なことように聞こえるが、実際の技術面では難しいことが多いはずだ。
 このヘルムも、バイザーへの映像投射用以外にも魔術回路が無数に刻まれていて、騎手の頭の動きを機体の頭部に連動させているのだろう。
 技術的には凄いものが多数使用されているのだろうが、専門家ではない騎手のアルザードには実用的かどうかでしか判断ができない。
「後は、機体との一体感を高める、というのも目的ではあるが」
 エクターがぽつりと呟いた。
 確かに、自分の手足や身体と同じように機体を動かせたら、と思うことはある。
 エクターが言うように、魔動機兵というのは完成されたシステムだ。基礎部分を画一的な構造にし、動作もある程度共通のものに絞り込むことでプリズマドライブを動かせるだけの魔力を持つ者ならば一定以上の水準で操ることができるよう造られている。
 動作の一つ一つは人間を遥かに超えた性能や出力を発揮するが、それが自分の思い通りに動いているか、というのはまた別問題だ。
「よし、機能自体には問題なさそうだ。プリズマドライブが悲鳴を上げる前に切り上げよう」
 アルザードは加減しているつもりだったが、センサーやスクリーン、頭部へ送られる魔力量は思いのほか多かったようだ。無理矢理繋げられたプリズマドライブの負荷値を見たエクターが指示を出し、試験は終了となった。
 操縦席から降りて、アルザードは新型を見上げる。
 エクターによる設計や計算がかなりの精度を誇っているのだろう、試験や開発の経過は順調に感じられる。だが、その進行は決して早いとは言えない。
 形は見えてきていても、完成には程遠いのが現実だった。

 伝令の届いた二日後、食堂で夕食を取っていたアルザードの元に手紙が届いた。
「手紙……家族からですか?」
「妹からだ」
 向かいで食事をとっていたギルバートに、アルザードは差出人を確認して答えた。
 定期的に外部から運び込まれる補給物資と共に、ここにいる人たちの家族や知り合いからの手紙も届く。今回はアルザード宛のものがあったようだ。
「避難前に一言、ってところですかね」
 ギルバートの予想を聞きながら、アルザードは手紙の封を開け、中を見る。確かに、避難指示が出たからには王都に残るであろうアルザードとはもう会えなくなるかもしれない。
 だが、手紙に目を通したアルザードは険しい表情で眉根を寄せた。
「避難が出来なかったらしい」
「え……?」
 アルザードの表情と言葉に、ギルバートが驚いて目を丸くする。
「西へ向かう街道が土砂崩れで潰れていたそうだ」
 手紙には避難するはずだった都市へ向かうための街道の途中で土砂崩れが発生していたことが分かり、通行不能になっていると記されていた。幸い、土砂崩れに巻き込まれた者はいないようだが、西方への主要な街道だっただけに、別の避難経路を決めるのにも時間がかかっている。
 アルフレイン王国の南北にはアンジアとノルキモがあり、まだいくつか街は残っているが避難先として安全とは言い難い。必然的に、王国民が避難するのは友好国が存在し侵略を受けていない西方しかない。
「確かにこのところ雨は多かったですが……」
 ほとんど基地の中で過ごしているアルザードたちはあまり意識することはなかったが、ここ数日はあまり天候が良いとは言えなかった。
 偶然の自然災害であるならば間が悪いとしか言いようがない。
「逃がさないための工作という可能性も捨て切れないな……」
 アルザードは渋い表情で呟いた。
 もし、これが自然災害ではなかったら。情勢を考えれば在り得ない話ではない。
 土砂崩れが起きるほどの悪天候が続いたとも思えないし、西へ向かう主要な街道だけあって自然災害への対策もそれなりにされていたはずだ。情勢が情勢だけに王都周辺の警備は厚めにされていただろうが、東のベルナリア防衛線にも優先的に戦力を回さねばならず、人員や物資も厳しくなってきている現状、警備を薄くせざるを得ない場所も出てくる。
 そういった事情を突かれて、王族が民間人に紛れて逃げられぬよう退路を断つ工作をされた可能性も十分にある。最悪、西からの襲撃も警戒すべきだろうが、東の防衛線も限界だ。
「最近ピリピリしてきてるのはそれもあるんですかね……」
 小声でギルバートが言う。
 避難予定だった人たちの中には、ここにいる者たちの身内もいるだろう。ベルナリア防衛線の限界が近いという話もあってか、この基地全体も少しずつ緊張感を増している。誰も口には出さないが、焦りや、逸る気持ちが抑え切れず滲み出しているようだった。
 元から余裕があったわけではないが、それでもここ数日で余裕の無さは増している。
「無関係ではないだろうな」
 手紙をしまい、アルザードは止まっていた昼食を再開する。
「こんな状況でも落ち着いていて、アルザードさんは凄いですね……」
 不安感が増しているのだろう、ギルバートは弱気な声で呟く。
 新型の納期、上層部によって求められている完成の期限はとっくに過ぎている。それでも文句や不満が出ていないのは、ひとえにエクターがそれを黙らせるだけの発言権を持って開発に携わってるからだろう。彼はこの新型の開発において、全権を預けられているらしい。
 エクターが納得するものでなければ、彼の言う、状況を引っくり返す機体にならない、というのがこの基地の者は分かっているのだ。上層部は頭を抱えているかもしれないが。
 それでも、焦りや不安は少しずつ溢れ出し始めている。皆が必死に抑え込んでいる思いが見える形で現れ始めているのも確かだ。
「そうでもないさ……俺はそう教え込まれて育っただけだ」
 名門貴族ラグナ家の嫡男であり跡取りとして、アルザードは厳しく躾けられてきた。だが、それは厳しいだけのものではなく、アルザードという人間のためを思うが故の優しさや思いやりといったものがしっかりと含まれていた。それがはっきりと分かるような、人格者である両親からの教育があったからこそ、アルザードもまた親を尊敬し、誇りに思いながらもそれに慢心せぬような生き方を心がけるようになった。
 冷静でいろ、というのも両親の教えの一つだ。
「逸る気持ちはあるし、焦りだってないわけじゃない」
 アルザードも人間だ。今の状況に何も感じていないはずがない。
 新型が完成すれば、国を救うという大役を任され、戦うことになるのはアルザードだ。機体がエクターの仕様通りに完成しても、次はアルザードがそれを上手く扱うことができるのかという部分が重要になる。
 新型の性能が桁外れで常識破りなのは、これまでの実験などで肌で感じている。最初はただただ驚くばかりで、少しわくわくしているところもあったが、日に日にプレッシャーや責任感といったものは増している。
「でも、俺がここで出来ることは少ないからな」
 騎手として機体の試験稼動を参加することはできても、開発や調整そのものにはあまり貢献できない。それをするためのデータや意見を出すことができる、という点ではエクターは感謝しているようだが、当のアルザード本人には計算や実際の調整作業は手伝えないのがもどかしく感じられるのだ。
 適性や役割というものはあるのだから、仕方ないことではある。
 となれば、求められた時、求められたことが出来るよう、自身を管理しておくぐらいしかないというのがアルザードの考えだ。
「……妹は、来月結婚する予定だったんだ」
 アルザードの呟きに、ギルバートが目を丸くした。
 三つ年下の妹は、順当に行けば来月結婚する予定になっていた。相手は貴族でこそ無かったが、とても真面目で誠実な男だ。両親が首を縦に振るのにも十分な人柄で、妹も籍を入れるのが楽しみだと、今まで送られてきた手紙にも綴られていた。
 何事も無ければ、来月には式を挙げることになっていた。
「来月、ですか……」
 ギルバートが何とも言えない表情で呟く。
 避難指示が出た時点で、予定通りには行かなくなってしまっただろう。この国自体がなくなるかもしれないのだから、見通しを立てるのも難しい。
「最後までここに残ることも考えているそうだ」
 手紙には不安や絶望といった感情は綴られていない。
 ただ、避難できなかったという事実と、それでも最後まで共に生きるという覚悟が記されているのみだ。実際に戦っているかもしれない兄へ、気丈に振る舞っている姿がアルザードには想像できた。
「何も出来ないというのは、悔しいですね……」
 ギルバートの言葉には、アルザードも同意だった。
 ギルバートはこの基地の警備部隊として配属された騎手でしかない。立場としては、アルザードよりも新型機の開発からは遠いのだ。己が新米でしかないということも相まって、今の情勢に貢献できないという悔しさはアルザード以上だろう。
 ましてや、ギルバートの姉であるサフィールは最前線で今も戦っているかもしれないのだ。それが与えられた役目だとしても、無力感は拭えない。
「あれが完成したら、国を守れるんでしょうか……?」
 凄いものになりそうだ、という漠然とした期待感はあっても、まだその全貌は見えてこない。新型動力炉を組み込んだ機体でのテストをしてみなければ、輪郭の一部すらはっきりしないだろう。
「分からない……分からないが、その時は、やるしかないだろうな」
 防衛線で敵を押し返すことができていたら、という思いがないわけではない。こうなる前に状況を好転させる手は無かったのかと、無駄に考えてしまうことも一度や二度ではない。
 今、ここでそのための一手をまさに生み出そうとしている。それに懸けるしか、もう手は残されていない。
「俺が諦められない理由の一つは、それだから」
 妹のこと、家族のこと、守りたいと思うのは当然だ。
 持ち堪えるだけでは駄目だ。状況が好転しなければ、妹も家族も安心して暮らせない。そして、どれだけ打つ手が無かったとしても、諦められるものではない。
 諦めていない者は他にもいる。この基地に、まだ大勢いる。焦り、逸る気持ちはあっても、それがまだアルザードを、皆を支えていた。
 だが、無慈悲にもそれを打ち砕くように、報せが舞い込んだ。
「ベルナリア防衛線が突破された!」
 息を切らせて食堂に飛び込んできた警備部隊の一人が、その報せを基地中に伝えて回っていた。
「ああ、姉さん……!」
 ギルバートは祈るように両手を組んで、そこに額を乗せて目をきつく閉じた。
 防衛部隊は壊滅、いくらかは捕虜となった者がいたようだが、生存は絶望的だろう。精確な被害状況を確認するよりも前に、敵が来る。
「く……時間切れ、か」
 アルザードも苦い表情で呟く。
 今その報せがここに届いたということは、実際に防衛線が突破されたのはいくらか前になる。三ヵ国連合の部隊が態勢を整えて王都に辿り着くのは、早く見積もって明日の朝というところか。
 恐らくはベルナリアの部隊も全力で抵抗したはずだ。少なからず敵軍に損害は与えているだろうが、それでも防衛部隊を壊滅させたというのだから相応の規模の戦力が押し寄せたのだろう。防衛線が限界だという報せは入っていたが、実際に耳にすると真偽を疑いたくなる。
 アルザードの脳裏にも獅子隊の皆の顔が浮かぶ。皆、戦死してしまったというのか。
 新型機はまだ完成していない。そもそも、新型の動力炉がつい先ほど届いたぐらいだから、もう間に合うはずがない。
「エクターはどうしてる?」
「格納庫に籠り切りで……アルザード上等騎士には、出来ることはないから休んでいろ、と命令が」
 報せを伝えにきた警備部隊の青年に問うと、そんな言葉が返って来た。彼自身も疲弊した様子で、消沈しているのが見て取れる。
 この状況でもエクターは作業を続けているらしい。エクターらしいと言えばエクターらしいが、もはや新型の開発続行は不可能だ。時間が足りなさ過ぎる。
 確かにアルザードに出来ることは何もないのは事実だが、かといってその報せを聞いてゆっくり休めるはずもない。
 せめて戦える状態にした《アルフ・ベル》を一機でも用意してくれていればいいが、今更《アルフ・ベル》が一機増えたところで焼け石に水なのも明らかだ。いくらアルザードでも、ベルナリア防衛線を突破するような規模の敵を相手に《アルフ・ベル》では成す術がない。
 結局、打つ手はないのだ。
 ただ、その時、を待つしかなかった。

後書き


作者:白銀
投稿日:2018/10/19 22:43
更新日:2018/10/22 02:31
『魔動戦騎 救国のアルザード』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:2046
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