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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第六話 陽は西に堕ち
前の話 | 目次 | 次の話 |
ローバス歴二四五年十二月十一日。
ローバス軍三十万は動いた。
レン大将軍率いる別働隊は夜明けと共に出撃、残った部隊はゆっくりと敵陣へ前進していた。
ローバス軍、神聖ロンダリウス帝国軍が対峙したのは午前九時頃である。
国王シュラーの右手が振り下ろされた。
「全軍突撃!」
ローバス語で叫ばれた言葉に従い、ローバス随一の驍将と讃えられる漆黒の騎士グリュード率いる三千騎を先頭に、ローバス騎兵六万騎は攻撃を開始した。
疾走する人馬が勝利に向かって進み続ける。ローバス将兵達は圧倒的戦力を確信している。恐れるものは何も無かった。近づいていく敵陣を前にローバス騎士達は存分に自分達の技量を示すつもりだった。
だが、先頭の騎兵隊が忽然と姿を消したとき、絶叫と悲鳴が上がった。
人の二倍高さはある深い堀が、ローバス騎兵達を待ち構えていた。しかも、ロープと長いわらを重ねた簡素な屋根に乗る雪によって綺麗に隠されていたのである。
人馬が次々と折り重なり、先頭の者は上からのしかかる馬と人によって圧死した。絶叫の中一人の騎士が、堀の中に何か液体が流し込まれている事に気付いた。
「この匂いは……! 油だ! みんなっ……!」
騎士の声は燃え上がる炎の中で絶叫と共に消え失せた。馬の嘶きと悲鳴が次々と折り重なる。ロンダリウス軍は火の壁の反対から次々と矢を放った。これが面白いように命中する。堀と燃え盛る炎が完全にローバスが誇る騎兵部隊の突進を阻んだのである。
炎と矢、どちらかに命を次々と奪われ、ローバスが誇る騎兵隊は大混乱に陥った。白い雪は血で染まり、そこにローバス騎士が次々と覆いかぶさる。だが、一部の騎士はどうせ死ぬならと覚悟を決め、卓越した馬術に物をいわせ、火の壁の強行突破を試みた。突破に失敗した者は倒れ、もしくは生きながら炎の塊と化した。成功した者は火傷を負い、マントを燃え上がらせながらロンダリウス陣に向かって襲い掛かった。
ロンダリウスの第一陣を突破した先には、杭に縄を縛りつけた罠が仕掛けられていた。単純な罠だが、雪に隠れて認識できない。次々と落馬し地面に倒れて行く。
狙い済ましたようにロンダリウスの歩兵部隊が迎え撃つ。
だが、ロンダリウス兵はローバス騎士の敵ではなかった。次々とローバス騎士達はその手に持つ剣と槍の刃と雪にロンダリウス兵の血で色を付けていく。
だが、混戦となっていた所に、頭上から予想外の敵襲が来た。
大量の矢が敵陣から打ち込まれたのである。敵も味方も次々と矢の餌食となって地面に倒れていく。
「馬鹿な!? 味方ごと矢を射るだと!?」
一時狂乱したが、それでもローバス騎士達は盾や、倒れている死体を盾の代わりにして、矢を防ぎつつ敵陣へ突進した。罠を絶妙な馬術で飛び越えた騎兵も敵兵を蹴散らしながら続く。
だが、突進した先には、二重の堅固な柵があった。
ローバス騎士は柵を越えることもできず、炎で、矢で、あるいは剣と槍によって次々と倒れていく。。
「ローバスの騎兵。精強と銘打っていたが、真だったか。まともに戦えば、兵力で勝っていても負けていたかもしれん。こんな騎兵を率いて戦ってみたいものだ……」
本陣で指揮を取るケルト=ガミシュ将軍は感心するようにローバス騎士の勇戦を見つめていた。ここまで叩き伏せておきながら戦意を失わず、猛然と敵に立ち向かう。
「足止めに使ったエルティオンの異教徒達も必死で抵抗しているのう。さて、そろそろ総攻撃かな。ケルト殿、用意はいいかの?」
白く、長い顎鬚を撫でながら、ロンダリウス帝国の宿将、ロスタム=ファリデューンは微笑みを浮かべながら若いケルトに声を掛けた。
「分かりました。老将軍」
ローバス騎士の死体が柵の高さに達するかと思われた頃、ロンダリウスの陣より大きなラッパが鳴り響いた。すると、ローバス本陣左右側面より、ロンダリウス軍の騎兵部隊が現れた。万に達する大部隊だった。一際高くラッパが鳴り響くと、ロンダリウス軍の総攻撃が始まった。
ローバス軍はもはや軍としては完全に崩壊しつつあった。左右側面から襲撃したロンダリウスの騎兵部隊はローバス騎兵とローバス本隊を完全に分断した。
ローバス王国は歩兵を軽んじる傾向があった。
一番大きな理由は、歩兵の大半が平民だからである。そして、指揮官は武勲を挙げた者か、貴族出身の者達だ。まず、真っ先に逃げ出したのは貴族出身の指揮官達だった。武勲を挙げ、実力で指揮官になった者達は、逃げる貴族出身の指揮官に率いられた部隊を統率する事から始めなければならなかった。
唯でさえ、主力である騎兵部隊がおらず、混乱する部隊を統率して敵を迎え撃つという困難な状況である。次々と部隊は崩壊し、脱走する者が相次いだ。
勝利や誇り、名誉の為にローバスの戦士達は戦っていない。既に自分自身が生き残る為に戦っていた。
「レンは何をしている!? まだ戻ってこないのか!?」
シュラーは怒りの声をあげて傍で立ち尽くす近衛騎士に怒鳴りつけた。
シュラーがローバス国王に即位したと同時にレンは大将軍に任じられた。それから十五年。ローバス軍は常勝無敗の軍として、周辺諸国を脅かし続けた。だが、無敵を誇った味方が無残に倒れていく姿は、敗北を知らぬシュラーにとっては絶望的な恐怖だった。
「陛下! 陛下!」
自分を呼ぶ声がして、シュラーをそちらに顔を向けた。
馬を飛ばして本陣へ舞い戻ったのは、一万騎の遊撃部隊を率いているはずのベルドバ将軍であった。
馬から飛び降りたベルドバは、大げさに腹を揺らしながら国王に膝を地面に付けた。
そこへ今度はグリュードが姿を現した。前線で三千の騎兵を率いていたグリュードはロンダリウス軍の罠で三千の騎兵全てを失い、単独ではする事が限られるので、ここまで後退したのである。もっとも、最前線からここまでどれほどの敵と戦ったのか。紅く染まり、人肉が付着し、鎧各所は傷だらけであった。
「陛下、ご無事でしたか!」
グリュードは一礼すると、王を見つめた。
ベルドバは驚愕の表情を浮かべたが、すぐに表情を消した。
「おお! ベルドバ、そちの一万の騎兵と、グリュードがいれば、この劣勢を挽回する事ができよう」
ベルドバはシュラーの言葉を聴くと、少し慌てたように反論した。
「しかしながら、陛下。この戦、既に勝敗は決しております。ここは、一時王都へ撤退し、軍を再編成するのが宜しいかと。我が一万騎はすでに、退路を確保するためいち早く戦場より離脱しております。もし、万が一の事態に陥った時、レン大将軍から王都へ退却するように申し付けられておりましたので」
「なに、レンが?」
シュラー王は迷ったように呟いた。
確かに、六万の騎兵を失い、歩兵もかなりの打撃を受けている。だが、まだ王都や、東部方面に戦力は残っている。ここで、壊滅するよりは、一度退却して、軍を再編成すれば再度挑む事ができる。
ただ、グリュードは腑に落ちないのか、首を傾げた。
「諸将には、退却を既に命じております。アリシア皇女殿下は大丈夫でしょう。すでに我が精鋭五百騎にて、迎えに行っております」
ベルドバは強くシュラーに進言した。
「…………分かった。レンが退却せよというのならば、何か策があるのだろう。戦場から離脱する!」
国王シュラーは決断した。
「ベルドバ、お主に先導を任せる。グリュード、お主にはアリシアを頼みたい。五百の騎兵だけでは少々心もとない。お主一人で一千の騎兵に勝ると思えばこそ、お主に任せたい」
「御意!」
グリュードはすぐさま騎乗し、兵士から新しい剣と槍を受け取った。
「では、ベルドバ卿、シュラー陛下を任せた。王都セレウキアで会おう」
遠ざかるグリュードを見たベルドバは、何故か異様な笑みを浮かべてた……。
「ローバス国王が逃げたぞ!」
その叫び声は瞬く間に戦場に広がった。
必死の戦いをしているローバス将兵の士気は目に見えて挫けた。ロンダリウス軍の勢いはさらに増し、ローバス軍は散々に追い散らされていた。
アリシア率いる四千の精鋭騎兵はこの時すでに壊滅しており、アリシアはティア、ホルスの両名に助けられながら、本陣へ向かっていた。
「ちっ! 間に合わなかったか!」
ホルス舌打ちしながら新たな敵兵を血を浴び、殺意を込めた目で遠く本陣がある方向を睨んだ。
「……どうして」
アリシアは絶望的な声を上げた。
見捨てられた。
アリシアはそう思ったのだろう。
「アリシア様、大丈夫です。私が貴方様を護ります」
ティアはアリシアを励ますように言ったが、自信は無い。生き残れるかも怪しい状況だった。
ホルスはアリシア、ティアの前面に立ち、アリシアを見つけた敵を屠り続けた。何しろ、純白の鎧に黄金細工がされているのだ。目立って仕方が無かった。
一撃必殺の刃が次々を振るわれ、ロンダリウスの血がホルスの真紅の鎧をさら紅く染め上げる。
馬上で白刃を乱舞していたホルスだが、一人の騎士が体当たりをして衝撃で落馬した。
ホルスは素早く地面から身体を起こすと、襲い掛かる敵の頚動脈を切り裂き、剣を返し背後に突き出して後ろから迫る敵の心臓を貫く。そして、正面から襲い掛かる騎兵の刃を身を屈めて避け、剣を抜く勢いで馬の足を切断した。素早く移動し、落馬した騎士の喉に剣を突き刺す。
ホルスは再び馬に乗って馬上の人になると、剣を振るって迫る敵の刃を弾き、兜ごと頭を両断する。そこを狙うように反対側から一人のロンダリウス兵が槍を繰り出したが、ホルスに届く前に手首を返したホルスの刃で槍の穂先が切断され、続いて首が先に胴から離れた。
さらに騎兵が四騎。ホルスに襲い掛かった。
剣を振るい、受けようとした剣を弾いて首を切り裂く。そして二人目の心臓に剣を突き刺した。引き抜きざまに三人目肩から袈裟斬りにして、四人目の顔面に剣を突き刺す。剣は頭蓋骨を貫き、後頭部に達した。
アリシアもティアもホルスの武勇には驚かされるばかりだ。こうして、敵の襲撃を受けてから、ずっとホルスは戦い続け、悉く右手に持つ剣で薙ぎ払い続けているのだ。
「アリシア殿下、南へ向かいます」
アリシアに馬を寄せたホルスは、剣を一振りして血を振り払った。
「南……ですか?」
アリシアが聞き返すと、ホルスは頷いた。
「南になにがあるのだ?」
ティアが尋ねると、ホルスはティアを見つめた。
「ローバス随一の陰謀家を頼る」
ホルスの言葉にアリシアとティアは怪訝な顔をした。
「そして、ローバス随一の賢者でもあります。このまま戦場にいても死ぬだけです。国王陛下は近衛騎士団がいるから大丈夫でしょう。ともかく、生き残る事を最優先にしましょう」
「……で、でも、まだ戦ってる者達がいるのです! 彼らを見捨てるのですか!?」
「はっきり申し上げましょう。仕方ありません。運がよければ生き残るでしょう。この戦いはすでに決しました」
「…………分かりました。貴方に任せます」
アリシアは決意したようにホルスに頷いた。
三人はすぐさま南へと向かった。しかし、戦場からの脱出は困難を極めた。
ホルスが先頭に立ち、血路を切り開いているが、次から次へと敵が襲ってくるのである。
「ホルス! 無事か!?」
自分を呼ぶ、懐かしく感じる声にホルスは苦笑を浮かべ、背後へ一瞬だけ視線を向けた。
「馬鹿! それは俺の台詞だ!」
ホルスは叫びながら敵兵の首を刎ねた。
叫んだのは漆黒の騎士グリュードであった。真っ赤の染まったその鎧で、どれほど戦場を駆けずり回って皇女を探したのか想像できないぐらいであった。
「グリュード卿!」
「グリュード! 無事でしたか!」
アリシアとティアは歓喜の声を上げた。前線で指揮していたグリュードが、五体満足で生きていたのである。二人には奇跡に見えたかもしれない。だが、ホルスだけは確信があった。それは、長年に渡って共に死地を駆け抜けた戦友だから分かる。グリュードとまともに戦えるのはホルスか、ホルスに匹敵する武勇を持つ者でしかない。
「陰謀家の家に行く! 手伝え!」
グリュードは驚き表情を浮かべ、そして笑った。
「了承した! 行くぞ!」
ホルスと二列になってグリュードは白刃を振った。
真紅の騎士と漆黒の騎士。ローバス王国で一、二を争う剣士がアリシアとティアの前を進み、敵を薙ぎ払うのである。
二人の二本の剣はロンダリウス将兵にとって死神の鎌に等しかった。
ホルス、グリュードの両雄に護られながらアリシアとティアはハイム平原から脱出した。
国王シュラーは戦場から無事、離脱に成功した。だが、王都へ向かう道で大軍に取り囲まれた。
「止まれ!」
ローバス語で叫ばれた言葉の後に、シュラーの前に姿を現したのは大将軍であるレンと、副将軍ノースであった。さらに、何故か王都で待っているはずの王弟にして宰相たるガーグの姿があった。
「おお、ガーグ。わざわざ王都から出迎えに来てくれたのか」
シュラーは嬉しそうに馬か降りて、愛する弟に近づいた。
「貴様、国王に向かって無礼な口を利くのか?」
ガーグは侮蔑の言葉を吐いた。
シュラーは一瞬の空白の後、戸惑いの表情を浮かべた。
今、弟は何と言ったか? 国王?
「兄上。お前はローバス王家を断絶するつもりか? あのような小娘を王位継承権を与えよって。初代から十六代続いたこのローバス王国を滅ぼすつもりか!?」
「何を言う!? ガーグ! 弟といえど、そのような態度許さんぞ!」
シュラーは激昂の言葉と共に剣を抜いた。
だが、シュラーは信じられない光景を見た。大将軍であるレンが剣を構えたのである。国王である自分に向けて……。
「レ、レン!? 貴様、気でも狂ったのか!?」
「……狂ったのはシュラー。お前だ」
陛下の呼称も付けず、レンは静かに言い放った。
「お、お前、裏切ったのか!」
「汚名を受ける覚悟は出来ている」
レンは呟くように言うと、白刃を振った。
全くの無抵抗のまま、ローバス国王シュラーは首と胴に永遠の別れを告げた。
首だけになったシュラーの顔は驚愕の顔で固まっていた。
「よくやった。レン。これで、ローバスは安泰だ」
ガーグはホッとしたように言うと、王都へ向けて歩き始めた。
「……申し訳ございません。国王陛下」
誰にも聞かれない。口の中で呟いたレンの言葉は、夕闇のなか、冬の寒空の中に消えた。
ローバス歴二四五年十二月十一日。
ローバス王国第十六代シュラー王は信頼する臣下の手で謀殺された。
ハイム平原では朝日が登るまで戦いが繰り広げられ、ローバス王国の威名と誇りは雪と泥にまみれて消えうせた。
ローバス軍三十万は動いた。
レン大将軍率いる別働隊は夜明けと共に出撃、残った部隊はゆっくりと敵陣へ前進していた。
ローバス軍、神聖ロンダリウス帝国軍が対峙したのは午前九時頃である。
国王シュラーの右手が振り下ろされた。
「全軍突撃!」
ローバス語で叫ばれた言葉に従い、ローバス随一の驍将と讃えられる漆黒の騎士グリュード率いる三千騎を先頭に、ローバス騎兵六万騎は攻撃を開始した。
疾走する人馬が勝利に向かって進み続ける。ローバス将兵達は圧倒的戦力を確信している。恐れるものは何も無かった。近づいていく敵陣を前にローバス騎士達は存分に自分達の技量を示すつもりだった。
だが、先頭の騎兵隊が忽然と姿を消したとき、絶叫と悲鳴が上がった。
人の二倍高さはある深い堀が、ローバス騎兵達を待ち構えていた。しかも、ロープと長いわらを重ねた簡素な屋根に乗る雪によって綺麗に隠されていたのである。
人馬が次々と折り重なり、先頭の者は上からのしかかる馬と人によって圧死した。絶叫の中一人の騎士が、堀の中に何か液体が流し込まれている事に気付いた。
「この匂いは……! 油だ! みんなっ……!」
騎士の声は燃え上がる炎の中で絶叫と共に消え失せた。馬の嘶きと悲鳴が次々と折り重なる。ロンダリウス軍は火の壁の反対から次々と矢を放った。これが面白いように命中する。堀と燃え盛る炎が完全にローバスが誇る騎兵部隊の突進を阻んだのである。
炎と矢、どちらかに命を次々と奪われ、ローバスが誇る騎兵隊は大混乱に陥った。白い雪は血で染まり、そこにローバス騎士が次々と覆いかぶさる。だが、一部の騎士はどうせ死ぬならと覚悟を決め、卓越した馬術に物をいわせ、火の壁の強行突破を試みた。突破に失敗した者は倒れ、もしくは生きながら炎の塊と化した。成功した者は火傷を負い、マントを燃え上がらせながらロンダリウス陣に向かって襲い掛かった。
ロンダリウスの第一陣を突破した先には、杭に縄を縛りつけた罠が仕掛けられていた。単純な罠だが、雪に隠れて認識できない。次々と落馬し地面に倒れて行く。
狙い済ましたようにロンダリウスの歩兵部隊が迎え撃つ。
だが、ロンダリウス兵はローバス騎士の敵ではなかった。次々とローバス騎士達はその手に持つ剣と槍の刃と雪にロンダリウス兵の血で色を付けていく。
だが、混戦となっていた所に、頭上から予想外の敵襲が来た。
大量の矢が敵陣から打ち込まれたのである。敵も味方も次々と矢の餌食となって地面に倒れていく。
「馬鹿な!? 味方ごと矢を射るだと!?」
一時狂乱したが、それでもローバス騎士達は盾や、倒れている死体を盾の代わりにして、矢を防ぎつつ敵陣へ突進した。罠を絶妙な馬術で飛び越えた騎兵も敵兵を蹴散らしながら続く。
だが、突進した先には、二重の堅固な柵があった。
ローバス騎士は柵を越えることもできず、炎で、矢で、あるいは剣と槍によって次々と倒れていく。。
「ローバスの騎兵。精強と銘打っていたが、真だったか。まともに戦えば、兵力で勝っていても負けていたかもしれん。こんな騎兵を率いて戦ってみたいものだ……」
本陣で指揮を取るケルト=ガミシュ将軍は感心するようにローバス騎士の勇戦を見つめていた。ここまで叩き伏せておきながら戦意を失わず、猛然と敵に立ち向かう。
「足止めに使ったエルティオンの異教徒達も必死で抵抗しているのう。さて、そろそろ総攻撃かな。ケルト殿、用意はいいかの?」
白く、長い顎鬚を撫でながら、ロンダリウス帝国の宿将、ロスタム=ファリデューンは微笑みを浮かべながら若いケルトに声を掛けた。
「分かりました。老将軍」
ローバス騎士の死体が柵の高さに達するかと思われた頃、ロンダリウスの陣より大きなラッパが鳴り響いた。すると、ローバス本陣左右側面より、ロンダリウス軍の騎兵部隊が現れた。万に達する大部隊だった。一際高くラッパが鳴り響くと、ロンダリウス軍の総攻撃が始まった。
ローバス軍はもはや軍としては完全に崩壊しつつあった。左右側面から襲撃したロンダリウスの騎兵部隊はローバス騎兵とローバス本隊を完全に分断した。
ローバス王国は歩兵を軽んじる傾向があった。
一番大きな理由は、歩兵の大半が平民だからである。そして、指揮官は武勲を挙げた者か、貴族出身の者達だ。まず、真っ先に逃げ出したのは貴族出身の指揮官達だった。武勲を挙げ、実力で指揮官になった者達は、逃げる貴族出身の指揮官に率いられた部隊を統率する事から始めなければならなかった。
唯でさえ、主力である騎兵部隊がおらず、混乱する部隊を統率して敵を迎え撃つという困難な状況である。次々と部隊は崩壊し、脱走する者が相次いだ。
勝利や誇り、名誉の為にローバスの戦士達は戦っていない。既に自分自身が生き残る為に戦っていた。
「レンは何をしている!? まだ戻ってこないのか!?」
シュラーは怒りの声をあげて傍で立ち尽くす近衛騎士に怒鳴りつけた。
シュラーがローバス国王に即位したと同時にレンは大将軍に任じられた。それから十五年。ローバス軍は常勝無敗の軍として、周辺諸国を脅かし続けた。だが、無敵を誇った味方が無残に倒れていく姿は、敗北を知らぬシュラーにとっては絶望的な恐怖だった。
「陛下! 陛下!」
自分を呼ぶ声がして、シュラーをそちらに顔を向けた。
馬を飛ばして本陣へ舞い戻ったのは、一万騎の遊撃部隊を率いているはずのベルドバ将軍であった。
馬から飛び降りたベルドバは、大げさに腹を揺らしながら国王に膝を地面に付けた。
そこへ今度はグリュードが姿を現した。前線で三千の騎兵を率いていたグリュードはロンダリウス軍の罠で三千の騎兵全てを失い、単独ではする事が限られるので、ここまで後退したのである。もっとも、最前線からここまでどれほどの敵と戦ったのか。紅く染まり、人肉が付着し、鎧各所は傷だらけであった。
「陛下、ご無事でしたか!」
グリュードは一礼すると、王を見つめた。
ベルドバは驚愕の表情を浮かべたが、すぐに表情を消した。
「おお! ベルドバ、そちの一万の騎兵と、グリュードがいれば、この劣勢を挽回する事ができよう」
ベルドバはシュラーの言葉を聴くと、少し慌てたように反論した。
「しかしながら、陛下。この戦、既に勝敗は決しております。ここは、一時王都へ撤退し、軍を再編成するのが宜しいかと。我が一万騎はすでに、退路を確保するためいち早く戦場より離脱しております。もし、万が一の事態に陥った時、レン大将軍から王都へ退却するように申し付けられておりましたので」
「なに、レンが?」
シュラー王は迷ったように呟いた。
確かに、六万の騎兵を失い、歩兵もかなりの打撃を受けている。だが、まだ王都や、東部方面に戦力は残っている。ここで、壊滅するよりは、一度退却して、軍を再編成すれば再度挑む事ができる。
ただ、グリュードは腑に落ちないのか、首を傾げた。
「諸将には、退却を既に命じております。アリシア皇女殿下は大丈夫でしょう。すでに我が精鋭五百騎にて、迎えに行っております」
ベルドバは強くシュラーに進言した。
「…………分かった。レンが退却せよというのならば、何か策があるのだろう。戦場から離脱する!」
国王シュラーは決断した。
「ベルドバ、お主に先導を任せる。グリュード、お主にはアリシアを頼みたい。五百の騎兵だけでは少々心もとない。お主一人で一千の騎兵に勝ると思えばこそ、お主に任せたい」
「御意!」
グリュードはすぐさま騎乗し、兵士から新しい剣と槍を受け取った。
「では、ベルドバ卿、シュラー陛下を任せた。王都セレウキアで会おう」
遠ざかるグリュードを見たベルドバは、何故か異様な笑みを浮かべてた……。
「ローバス国王が逃げたぞ!」
その叫び声は瞬く間に戦場に広がった。
必死の戦いをしているローバス将兵の士気は目に見えて挫けた。ロンダリウス軍の勢いはさらに増し、ローバス軍は散々に追い散らされていた。
アリシア率いる四千の精鋭騎兵はこの時すでに壊滅しており、アリシアはティア、ホルスの両名に助けられながら、本陣へ向かっていた。
「ちっ! 間に合わなかったか!」
ホルス舌打ちしながら新たな敵兵を血を浴び、殺意を込めた目で遠く本陣がある方向を睨んだ。
「……どうして」
アリシアは絶望的な声を上げた。
見捨てられた。
アリシアはそう思ったのだろう。
「アリシア様、大丈夫です。私が貴方様を護ります」
ティアはアリシアを励ますように言ったが、自信は無い。生き残れるかも怪しい状況だった。
ホルスはアリシア、ティアの前面に立ち、アリシアを見つけた敵を屠り続けた。何しろ、純白の鎧に黄金細工がされているのだ。目立って仕方が無かった。
一撃必殺の刃が次々を振るわれ、ロンダリウスの血がホルスの真紅の鎧をさら紅く染め上げる。
馬上で白刃を乱舞していたホルスだが、一人の騎士が体当たりをして衝撃で落馬した。
ホルスは素早く地面から身体を起こすと、襲い掛かる敵の頚動脈を切り裂き、剣を返し背後に突き出して後ろから迫る敵の心臓を貫く。そして、正面から襲い掛かる騎兵の刃を身を屈めて避け、剣を抜く勢いで馬の足を切断した。素早く移動し、落馬した騎士の喉に剣を突き刺す。
ホルスは再び馬に乗って馬上の人になると、剣を振るって迫る敵の刃を弾き、兜ごと頭を両断する。そこを狙うように反対側から一人のロンダリウス兵が槍を繰り出したが、ホルスに届く前に手首を返したホルスの刃で槍の穂先が切断され、続いて首が先に胴から離れた。
さらに騎兵が四騎。ホルスに襲い掛かった。
剣を振るい、受けようとした剣を弾いて首を切り裂く。そして二人目の心臓に剣を突き刺した。引き抜きざまに三人目肩から袈裟斬りにして、四人目の顔面に剣を突き刺す。剣は頭蓋骨を貫き、後頭部に達した。
アリシアもティアもホルスの武勇には驚かされるばかりだ。こうして、敵の襲撃を受けてから、ずっとホルスは戦い続け、悉く右手に持つ剣で薙ぎ払い続けているのだ。
「アリシア殿下、南へ向かいます」
アリシアに馬を寄せたホルスは、剣を一振りして血を振り払った。
「南……ですか?」
アリシアが聞き返すと、ホルスは頷いた。
「南になにがあるのだ?」
ティアが尋ねると、ホルスはティアを見つめた。
「ローバス随一の陰謀家を頼る」
ホルスの言葉にアリシアとティアは怪訝な顔をした。
「そして、ローバス随一の賢者でもあります。このまま戦場にいても死ぬだけです。国王陛下は近衛騎士団がいるから大丈夫でしょう。ともかく、生き残る事を最優先にしましょう」
「……で、でも、まだ戦ってる者達がいるのです! 彼らを見捨てるのですか!?」
「はっきり申し上げましょう。仕方ありません。運がよければ生き残るでしょう。この戦いはすでに決しました」
「…………分かりました。貴方に任せます」
アリシアは決意したようにホルスに頷いた。
三人はすぐさま南へと向かった。しかし、戦場からの脱出は困難を極めた。
ホルスが先頭に立ち、血路を切り開いているが、次から次へと敵が襲ってくるのである。
「ホルス! 無事か!?」
自分を呼ぶ、懐かしく感じる声にホルスは苦笑を浮かべ、背後へ一瞬だけ視線を向けた。
「馬鹿! それは俺の台詞だ!」
ホルスは叫びながら敵兵の首を刎ねた。
叫んだのは漆黒の騎士グリュードであった。真っ赤の染まったその鎧で、どれほど戦場を駆けずり回って皇女を探したのか想像できないぐらいであった。
「グリュード卿!」
「グリュード! 無事でしたか!」
アリシアとティアは歓喜の声を上げた。前線で指揮していたグリュードが、五体満足で生きていたのである。二人には奇跡に見えたかもしれない。だが、ホルスだけは確信があった。それは、長年に渡って共に死地を駆け抜けた戦友だから分かる。グリュードとまともに戦えるのはホルスか、ホルスに匹敵する武勇を持つ者でしかない。
「陰謀家の家に行く! 手伝え!」
グリュードは驚き表情を浮かべ、そして笑った。
「了承した! 行くぞ!」
ホルスと二列になってグリュードは白刃を振った。
真紅の騎士と漆黒の騎士。ローバス王国で一、二を争う剣士がアリシアとティアの前を進み、敵を薙ぎ払うのである。
二人の二本の剣はロンダリウス将兵にとって死神の鎌に等しかった。
ホルス、グリュードの両雄に護られながらアリシアとティアはハイム平原から脱出した。
国王シュラーは戦場から無事、離脱に成功した。だが、王都へ向かう道で大軍に取り囲まれた。
「止まれ!」
ローバス語で叫ばれた言葉の後に、シュラーの前に姿を現したのは大将軍であるレンと、副将軍ノースであった。さらに、何故か王都で待っているはずの王弟にして宰相たるガーグの姿があった。
「おお、ガーグ。わざわざ王都から出迎えに来てくれたのか」
シュラーは嬉しそうに馬か降りて、愛する弟に近づいた。
「貴様、国王に向かって無礼な口を利くのか?」
ガーグは侮蔑の言葉を吐いた。
シュラーは一瞬の空白の後、戸惑いの表情を浮かべた。
今、弟は何と言ったか? 国王?
「兄上。お前はローバス王家を断絶するつもりか? あのような小娘を王位継承権を与えよって。初代から十六代続いたこのローバス王国を滅ぼすつもりか!?」
「何を言う!? ガーグ! 弟といえど、そのような態度許さんぞ!」
シュラーは激昂の言葉と共に剣を抜いた。
だが、シュラーは信じられない光景を見た。大将軍であるレンが剣を構えたのである。国王である自分に向けて……。
「レ、レン!? 貴様、気でも狂ったのか!?」
「……狂ったのはシュラー。お前だ」
陛下の呼称も付けず、レンは静かに言い放った。
「お、お前、裏切ったのか!」
「汚名を受ける覚悟は出来ている」
レンは呟くように言うと、白刃を振った。
全くの無抵抗のまま、ローバス国王シュラーは首と胴に永遠の別れを告げた。
首だけになったシュラーの顔は驚愕の顔で固まっていた。
「よくやった。レン。これで、ローバスは安泰だ」
ガーグはホッとしたように言うと、王都へ向けて歩き始めた。
「……申し訳ございません。国王陛下」
誰にも聞かれない。口の中で呟いたレンの言葉は、夕闇のなか、冬の寒空の中に消えた。
ローバス歴二四五年十二月十一日。
ローバス王国第十六代シュラー王は信頼する臣下の手で謀殺された。
ハイム平原では朝日が登るまで戦いが繰り広げられ、ローバス王国の威名と誇りは雪と泥にまみれて消えうせた。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 20:49 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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