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Laboratory

小説の属性:一般小説 / S・F / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中

前書き・紹介


ダリア

目次

 わたしは施設の管理人をしている。
 住み込みの仕事は体を使うことが多くて大変だけれど、一緒に働いている人たちはみんなやさしくて、お休みもちゃんともらえるから辛くはない。

 わたしの休日は、毎週二日。施設になんの予定もない日が割り当てられる。施設の外に出ることは許されていないから、休みだからといってどこかに出かけることはできないけど、元々わたしは行動範囲が狭くて、自分の部屋か庭、それに図書室くらいにしか行かないのだけれど。
 最近仕事がたてこんでいて、事務の方から久しぶりに数日の休みをもらったわたしは、自分の部屋で窓の外を眺める。
 外はけぶって見えないほどの雨。
 いつもこの時間にいる外の庭は、どんなに窓に近づいても白いもやに覆われていてなにも見えない。静かな部屋には時間を数える控えめな音が通奏低音のように響いていて、それを時おり強く降る雨粒がかき乱していく。
 休みの日は広大な敷地の中にある原っぱや林で過ごすことが多いのだけれど、こういう日は部屋で過ごすほかない。
 ところがわたしはミスをおかしていた。わたしの部屋にある本は図書室から持ってきたものだけれど、小さな本棚に収まったそれらをすべて、わたしは読みきってしまっているのだ。
 さらにところが、なのだが、図書室は週に三日しか開かない。
 今日は残念ながら開館日ではない。
 しぜんとため息が漏れる。
 わたしは部屋のカレンダーを見た。
 今日の日付のところには黒い数字が印刷されていて、わたしがその上から赤い丸を書いてある。週に一回ていどの特別な日。
 わたしは時計が十時をまわっているのを見てから、ベッド横のチェストの前に立った。
 ベッド横には時計と電話が置いてある。つくりつけの電話はこの部屋の昔からの名残で、「1」「2」「3」の三つのボタンしかない。わたしは受話器をとって「3」のボタンを押す。前もって登録されている番号に従って、相手に電話がつながる。
 「1」と「2」は同じ建物の中に通じる内線。「3」だけは外にいる人の電話番号を登録している。
 つるるるる、と呼び出し音が鳴る。相手が出るまでの間、わたしはベッドに寄りかかるように座りこんだ。窓の外、白いもやの中にかろうじて庭の芝を見る。いつも耳を澄ませれば聞こえてくる鳥のさえずりも全く聞こえない。
 呼び出し音が五回鳴ったころ、電話の向こうで別の音がした。ぼんやりとした声で『はい。』と声がする。
「先生。今いいですか。」
『……はい。』
 二週間ぶりのその声に、わたしはふふっと笑った。
 先生は、わたしより四つ歳上の男の人だ。わたしたちは昔同じ施設にいたから、毎日のように顔を合わせていた。今先生は遠くへ行ってしまっているけれど、休みの日、暇をもてあましている時だけ、わたしの電話にでてくれる。わたしは事前に先生から休みの日を聞いてはカレンダーに赤い丸を書いて、電話ができる日を楽しみにしている。
 わたしは挨拶っきり黙って、耳元で響く遠い場所の音に耳を澄ませた。
 かすかに、電車の音。モーター音は扇風機かな。なにより大きく、先生の歩く音。
 電話の向こうで、がらがらと窓を開ける音が響く。雨音が強くなる。
「先生?」
『ベランダに出たんです。』
「雨、だいじょうぶですか。」
『ええ。』
 口数少なに、静かな間が生まれる。
 なにか用事があって電話を繋いだわけではないのは、お互いわかりきっていた。わたしからしてみれば、電話を繋ぐこと自体が先生への用事みたいなものだ。
 必死に言葉を繋ぐでもなしに、同じ音を共有する。今は遠くにいるけれど、一時だけ耳でつながっていられる。
 雨音が弱くなって、別の音が聞こえた。ぱら、ぱらと紙を手繰る音。お仕事の資料かな。それともなにか、趣味の本かな。
「先生。何か読んでますか?」
『……詩集、です。』
「どんな詩ですか。」
 興味本位に聞いたわたしの耳に、先生の声が届く。

  乱立する御影石の
  こもった熱を取るように
  薄暗がりが広がって

  ひい
  ふう
  みい と
  数えきれなくなり

  木陰にいたわたしの
  立つところなどなくなった

  青い空のちぎれ雲
  のように白い
  木蓮の花弁を

  ひとひら
  ふたひら
  みひら
  ひきちぎり

 穏やかな朗読に突然、けたたましい音が重なる。電話からではなくて、窓の外から。
 はっと見上げると、白いもやの中でもわかるくらい近いところをヘリコプターが飛んでいった。物資運搬にたまにやって来る、ふもとの会社のものだ。
 なんだ、と胸をなでおろすわたしの耳に、再び先生の声が聞こえてくる。

  針に通した
  まっさらな糸で

  ひとさし
  ふたさし
  みさし
  数珠につなげて

  安らかに逝った君の
  手向けにしよう

『――「花影」という本の、いたみ、という詩ですよ。』
 先生の声に、「読んだことありません。」と返す。
「今度、図書室で探してみますね。」
「そうしてみてください。」
 また、雨音。
 豪雨になってきたのか、先生はまた窓を開閉する音を伝えてきた。ベッドのきしむ音。本を開く音――。
 わたしはふと、さっきの詩はあれで全部だったのだろうか、と不安になった。ヘリコプターの音で聞こえなかったところがあったんじゃないだろうか。先生がせっかく読んでくれたのに。とてもとても、もったいない。
 でも今からそれを聞くのは、相手の読書を妨げてしまう。
 心の中で詩を繰り返し思い浮かべ、先生の気配に耳を澄ませる。
 昔から、そうだった。
 先生はいつも、隣でなにをしていようと知ったことではないとでも言いたげに本を読んでいた。わたしは自由にしていい部屋で思い思いのことをする同年代の子供たちに馴染めず、いつも先生の隣にいた。
 先生は輪の中心にいたとは言えなかったけれど、ひとりぼっちでもなかった。よく他の人が話に来ていたし、先生も声をかけられれば誰彼拒まず接していた。その隣にいたわたしもそれに倣っていた。
 先生の隣しか、居場所を作れなかったから。
「先生。」
「なんですか。」
「……呼んでみた、だけです。」
 電話の向こうからため息が聞こえる。仕方ないな、と言いたそうないつものため息。今日はちょっと息多めの。
 わたしは何度も先生を呼んだ。せんせい、せんせい、と、言葉が音に変わるまで。
 わたしはベッドに寝ころび、受話器の音量を少し上げて耳元に置いた。ページのめくれる紙ずれとベッドのシーツの衣擦れ、かすかな先生の気配と雨音が、わたしの眠気をさそった。

後書き


作者:水沢妃
投稿日:2019/03/25 11:05
更新日:2019/03/25 11:13
『Laboratory』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。

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