作品ID:23
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「ローバス戦記」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(236)・読中(2)・読止(1)・一般PV数(843)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第八話 王家の闇
前の話 | 目次 | 次の話 |
アリシア、ホルス、グリュード、ティアの四名がシャルスの元へ向かっていた頃の事である。
ローバス王国王都セレウキア。
今、栄華を誇る人口百万人に達する大都市は、味方であったローバス軍に占領されていた。
王都守備軍歩兵五万、騎兵二万を指揮していたのはローバス十将軍の一人、最年長であるガドウェン将軍。同じく副司令官としてローバス十将軍であるウォーマン将軍である。
ガドウェン将軍は七十二歳。先代ローバス国王の代からの重鎮。ウォーマン将軍は三十九歳。勇敢な人物として勇名を馳せている将軍である。
確かに二人共、敵を恐れさせ一軍を率いるに足る人物である。さらに、ローバス十将軍として武名を誇る将であったが、まさか王弟であるガーグ宰相を筆頭に、レン大将軍、ノース副将軍が裏切るというのは予想の範疇を遥かに凌駕している。
ハイムから戻ってきたレン率いるローバス軍を迎えた両名は、味方からいきなり攻撃を受けて何もできないまま拘束されてしまった。
両者はひとまずレンの指示で王宮の地下牢に投獄された。
「レン、ノース、ベルドバよ。ご苦労であった。王家に忠誠を誓う貴殿ら三名には、ローバス王家は厚く恩を報いるであろう」
国王だけが着衣できるマントと王冠で着飾り、玉座に座るガーグは満足そうに微笑みながら言った。
「兄、シュラーは凡庸ではあったが、良い王だった。だが、兄はしてはならぬ事をしようとした。しかし、我らに正義があろうと、決して口外してはならぬ。王家の名誉を護る為だ。余は王位簒奪の汚名を受ける覚悟は出来た。十六年の歳月を必要としたが、それでも、覚悟は決めた」
ガーグは玉座から立ち上がると、玉座の周りを歩き始めた。何か考えるとき、歩くのが彼の癖であった。
「神聖ロンダリウス帝国皇帝とは話をつけた。我がローバス王国は従属同盟を結ぶ事になる。貿易を発展させ、そこから貢物を出す。そして宗教の改正を行う事を了承した。まあ、それはいいであろう。ただ、問題なのはあの小娘が生きているかもしれないという事だ」
姪を小娘呼ばわりするなど、普通考えられない事だが、ガーグの言葉には苦々しい憎悪と入り混じっていた。
「……情報では、アリシア皇女は南に逃げたとの事です。南に三千騎をもって、向かわせております」
ベルドバが報告すると、ガーグは満足そうに頷いた。
「殺せ。必ず殺せ。殺すまでの経緯で何をしても構わぬ。結果死ねばそれで良い。ただし、近衛騎士ティアは無傷で捕獲せよ。ティアは功労者レン大将軍の愛娘なのだから」
ガーグは目を異様に光らせて改めて指示を出した。アリシアに限っては凌辱しても良いという命令だ。どれほどの憎悪が混じっているのか、事情を知らぬ者が聞けば吐き気がするほど胸を悪くするだろう。
ただ、レンは別の事に意識を向けていた。ベルドバが言った『南に逃げ去った』という点である。
「ガーグ陛下、ガドウェン、ウォーマンの両名。二人を説得して味方にしたいと思います」
レンがそう言うと、ガーグは少し考えた。
「うむ……。確かに、味方は一人でも多いほうが良い。よし、説得をレン、お前に任せる」
レンが一礼し、ガーグは頷いて声をあげた。
「明後日、戴冠式を行う。ノース、お前に戴冠式の準備を任せる。ただし、簡素に行え。無駄な費用を今使うべきではない」
「承知しました」
レン、ノース、ベルドバの三将軍は一礼して王の間から退出した。
続いて王の間に入室したのはロンダリウス遠征軍の指揮官であるロスタム将軍とケルト将軍の二人である。
「お初にお目にかかる。神聖ロンダリウス帝国皇帝ゴダイロス臣下、東部遠征軍総司令官ロスタム=ファリデューンと申します」
「同じく、副司令官のケルト=ガミシュと申します」
「遠路遥々ご苦労。お二方には多大なるご迷惑をお掛けした。このガーグ、改めてロンダリウス帝国皇帝に忠誠を誓いましょう」
「我々は目的を達成したので、これより本国に帰還いたします。しばらくすれば入れ替わりに神官団が到着する事でしょう」
「了承した。神のご加護がお二人にあらんこと」
二人の将軍は一礼すると、王の間を退出した。
「ロンダリウスの狗め。神官団とは聞こえはいいが、監視の為に送るのであろう。忌々しい」
ガーグは呟くように言うと、頭を振りかぶった。
一方のロンダリウス帝国将軍である二人は小声ではあるが、今後について歩きながら相談していた。
「あの男、欲深いが、欲で動く人物ではないな」
ロスタムが言うと、ケルトも同じ印象を受けたのか、ゆっくりと頷いた。
「何を隠しているのか知りませんが、まあ、今しばらくは問題は無いでしょう。ローバス王国は併呑するには広すぎます。西北部からこの王都までが限度でしょう。それに、北のフィルオーン王国が成り行きを見守っているのも気がかりです」
「少し成長したようだな。まあ、とにかく本国に帰還して皇帝陛下に報告しよう。再度ローバス王国が敵に回るのなら、いずれは皇帝陛下直々に親征なさるであろうな。ローバス王国の貿易の利益は莫大であり、それはわが国にとって大きな利益に繋がる」
「全ては本国に帰還してから……ですな」
戴冠式はガーグの要求通り、質素でかつ簡素なものであった。
ガーグ自身、宰相として国政を司っていたので、今後の国政における国費の出費を気遣っての事だった。無論、万が一の事も予想して、でもある。
もし、万が一アリシアが生きて、そして反ガーグ連合を作り、内乱を起こした場合、軍事費が必要となるからだ。それに、今現在、ローバスには隙がある。周辺諸国が侵攻するかもしれない。
戴冠式を済ませたガーグはすぐに政務に追われた。
ガーグはとりあえず簒奪者なのである。まず、ローバス王国を統一しなければならない。他国に分裂にされる前にだ。
まず、神聖ロンダリウス帝国皇帝に親書を送り、従属同盟を完全に確立する。ローバス全土の諸侯に手紙を送り、味方になるよう薦める。財務を取り仕切り、負傷兵に対する手当て、さらにローバス軍の再編成を行う。
現在ローバス軍はハイムの戦いで大きく数を減らしている。
レン大将軍直属の騎兵一万と歩兵二万五千。それに、ベルドバに預けていた騎兵一万。王都に残した騎兵二万と歩兵五万。さらに王都の四方を守備する四大都市、東のビブロス、西のベリトス、南のシドルス、北のティルスの四都市にはそれぞれ五千の騎兵と、歩兵一万がいる。さらに、周辺諸侯の私兵軍を統合すればかなりの戦力になりえる。
全てを統合すれば正規軍だけで騎兵六万、歩兵十一万五千に達する。もっとも、防備を空にするわけにはいかない。
実際に動かす事ができるのは騎兵五万と、歩兵八万が限度だろう。何かあればロンダリウスの援軍も期待できる。何しろ、こちらが敗れればハイムの勝利と、東部遠征の意義、さらには貿易行路の安定と、莫大な経済利益が失われるのだ。意義においても、経済の観念においても、ロンダリウスはこちらを見捨てることはできないはずだ。
ただ、外交はともかく、これ以上の軍事に関する事柄はレンとノースに任せておけば問題ない。
新国王ガーグは慌しくも精力的に活動を始めた。
大将軍であるレンが拘束したガドウェン将軍を連れてきたのは、ちょうどガーグが膨大な書類にサインをしている最中の事であった。
「ガドウェン、私に忠誠を誓え。ローバス王家に改めて忠誠を誓え。そして、ローバスを再興する助力をせよ。私がお前に望むのはそれだけだ」
ガーグは書類にサインしながら言った。
「…………簒奪者に忠誠を誓うならともかく、私は残念ながら事情を知っています」
ガドウェンは残念そうに呟いた。知らなければどんなに楽だったか……。
「だが、お前は知っている。それは罪ではない。運命だ」
ガドウェンの心情を感じたのか、ガーグは微笑を浮かべてガドウェンを見つめた。
「この老骨、ローバス王家の為にお使い下さい。ウォーマンの説得は私が行いましょう。恐らく彼は聞き入れませんが、それでも、説得してみたいと思います」
ガドウェンが一礼すると、ガーグは頷いた。
彼はすぐさま地下牢へ向かった。
二人きりで話す為、看視兵を下がらせた。地下牢へと続く扉を開き薄暗い闇の中を彼は迷うことなく進んだ。
近づいてくる足音でウォーマンは目を覚ましていた。
鋭い目付きで、敵を睨みつけるつもりだったのであろうが、相手がガドウェンだと分かると、驚きの表情に変わった。
「ガドウェン将軍」
ウォーマンは「どうやってここに?」と言いかけてすぐに理解した。
「なぜ、ガドウェン将軍ともあろう宿老が裏切り者に手を貸す気になったのか、まったく不思議でなりませんな。老将軍もそろそろ引退なさってはいかがか?よほどボケておられるようですからな」
「口だけは一人前だな。まあ、それだけ言えるのなら大丈夫であろうな」
ガドウェンは一つ溜息を吐いて若い将軍を見つめた。
「ウォーマン、これからお主に重要な事を話す。これは決して口外してはならぬ。ガーグ様が行ったのは粛清であって裏切りではないと分かるであろう」
「粛清? 国王陛下を殺しておいて裏切りではないと老将軍はおっしゃるか!?」
「黙って聞け」
ガドウェンは一言はウォーマンを黙らせた。歴戦の勇者のみが許される威厳ある一喝であった。
ガドウェンの話は約一時間に及んだ。全てを話したガドウェンは、「明日、返事を聞く」と、言い残して地下牢を出て行った。
地下牢へ続く扉が閉まり、闇が全てを支配した。
ウォーマンは抜け殻のような表情で、闇の中、虚空を見つめた。
「……俺はどうすればいい!? 俺は一体誰を主君と仰げはいいのだ!? 誰でもいい! 誰か教えてくれ!」
地下牢から響く慟哭は地上には届かず、地下の冷たい空気の一つとなって闇と消えた……。
ウォーマンは翌日ガドウェンによって、地下牢から出る事ができた。ただし、死体になって……である。
壁にはよほど苦悩したのか、拳を打ちつけた形跡があり、最後には指を噛み千切って、壁に血文字で遺書を残し、舌を噛み切って絶命していた。
壁に血文字で書かれた遺書にはただ一言、「シュラー陛下に殉ずる」とだけ書かれていた。
ガドウェンから報告を受けたレンは大きな溜息を吐いた。
「そうか、自害…いや、殉死したか。ウォーマンらしい」
レンは黙祷を捧げると、ウォーマンの遺族に十分な慰霊金を支払うように命じ、さらにガドウェンに王都防衛軍である歩兵のみ五万の指揮権を改めて与えた。
「レン殿、アリシア殿下の事ですが、思うに、殿下は東へ向かわれるのではないですかな?」
ガドウェンが言うと、レンは大きく頷いた。
「……で、あろうな。もし、軍を編成するならば、フィルガリア将軍を頼る。義に実直な男だが、事情を知らぬ。恐らくアリシア様に協力するであろう。すでに東、アフワーズ城へ向かう街道は全て封鎖している。それより、一つ気になる事がある」
「何ですかな?」
「紅蓮騎士団の事です」
レンは鋭い眼差しでガドウェンを見つめた。
「……紅蓮騎士団ですか。確かに、戦力は僅かに三千ですが、それほど脅威にはならないかと……」
ガドウェンは言いかけて気付いたようだった。
現在紅蓮騎士団はエデッサ城にいる。エデッサ城は南方を守る拠点の一つ。そして、エデッサ城はちょうど、ハイムの南東にあり、そこから北東に向かえばアフワーズ城があるのだ。もし、紅蓮騎士団とアリシアが合流すれば、たかが、街道を封鎖している戦力ではたちまち突破されてしまうだろう。
「先ほど知ったのだが、ハイムでアリシア様を護衛していたのは、グリュード卿と、ティア。そして、ホルス千騎長の四名。戦場を離脱する姿を確認した者が居た。紅蓮騎士団団長であるホルスがアリシア様の傍にいるならば、必ず合流する」
「……討ちますか?」
「無論」
レンは立ち上がると、剣を手にした。
「一万二千騎を率いてエデッサ城へ出陣する」
「一万二千も!?」
ガドウェンの驚きは普通である。たかが三千の騎兵。それに、数名が加わるだけである。
「二千騎は別働隊としてノースが率いる。アリシア様一行が逃げ込んだ南の方角に小さな村がある。そこに、元軍務書記官の男がおってな。一年前、王宮の宮仕えとは折りが合わず出奔した。一度だけ会ったが、中々智恵が回る男だった。その男はグリュード卿と、ホルス千騎長とは親友だった。一度そこへ頼ったかもしれん」
「……分かりました」
「王都は頼みましたぞ、老将軍」
レンの動きは迅速だった。ノースの行動も早かった。ノースは半日で一万騎と二千騎の騎兵部隊を編成し、糧食などの準備整え、早々に王都を出立した。
ローバス王国王都セレウキア。
今、栄華を誇る人口百万人に達する大都市は、味方であったローバス軍に占領されていた。
王都守備軍歩兵五万、騎兵二万を指揮していたのはローバス十将軍の一人、最年長であるガドウェン将軍。同じく副司令官としてローバス十将軍であるウォーマン将軍である。
ガドウェン将軍は七十二歳。先代ローバス国王の代からの重鎮。ウォーマン将軍は三十九歳。勇敢な人物として勇名を馳せている将軍である。
確かに二人共、敵を恐れさせ一軍を率いるに足る人物である。さらに、ローバス十将軍として武名を誇る将であったが、まさか王弟であるガーグ宰相を筆頭に、レン大将軍、ノース副将軍が裏切るというのは予想の範疇を遥かに凌駕している。
ハイムから戻ってきたレン率いるローバス軍を迎えた両名は、味方からいきなり攻撃を受けて何もできないまま拘束されてしまった。
両者はひとまずレンの指示で王宮の地下牢に投獄された。
「レン、ノース、ベルドバよ。ご苦労であった。王家に忠誠を誓う貴殿ら三名には、ローバス王家は厚く恩を報いるであろう」
国王だけが着衣できるマントと王冠で着飾り、玉座に座るガーグは満足そうに微笑みながら言った。
「兄、シュラーは凡庸ではあったが、良い王だった。だが、兄はしてはならぬ事をしようとした。しかし、我らに正義があろうと、決して口外してはならぬ。王家の名誉を護る為だ。余は王位簒奪の汚名を受ける覚悟は出来た。十六年の歳月を必要としたが、それでも、覚悟は決めた」
ガーグは玉座から立ち上がると、玉座の周りを歩き始めた。何か考えるとき、歩くのが彼の癖であった。
「神聖ロンダリウス帝国皇帝とは話をつけた。我がローバス王国は従属同盟を結ぶ事になる。貿易を発展させ、そこから貢物を出す。そして宗教の改正を行う事を了承した。まあ、それはいいであろう。ただ、問題なのはあの小娘が生きているかもしれないという事だ」
姪を小娘呼ばわりするなど、普通考えられない事だが、ガーグの言葉には苦々しい憎悪と入り混じっていた。
「……情報では、アリシア皇女は南に逃げたとの事です。南に三千騎をもって、向かわせております」
ベルドバが報告すると、ガーグは満足そうに頷いた。
「殺せ。必ず殺せ。殺すまでの経緯で何をしても構わぬ。結果死ねばそれで良い。ただし、近衛騎士ティアは無傷で捕獲せよ。ティアは功労者レン大将軍の愛娘なのだから」
ガーグは目を異様に光らせて改めて指示を出した。アリシアに限っては凌辱しても良いという命令だ。どれほどの憎悪が混じっているのか、事情を知らぬ者が聞けば吐き気がするほど胸を悪くするだろう。
ただ、レンは別の事に意識を向けていた。ベルドバが言った『南に逃げ去った』という点である。
「ガーグ陛下、ガドウェン、ウォーマンの両名。二人を説得して味方にしたいと思います」
レンがそう言うと、ガーグは少し考えた。
「うむ……。確かに、味方は一人でも多いほうが良い。よし、説得をレン、お前に任せる」
レンが一礼し、ガーグは頷いて声をあげた。
「明後日、戴冠式を行う。ノース、お前に戴冠式の準備を任せる。ただし、簡素に行え。無駄な費用を今使うべきではない」
「承知しました」
レン、ノース、ベルドバの三将軍は一礼して王の間から退出した。
続いて王の間に入室したのはロンダリウス遠征軍の指揮官であるロスタム将軍とケルト将軍の二人である。
「お初にお目にかかる。神聖ロンダリウス帝国皇帝ゴダイロス臣下、東部遠征軍総司令官ロスタム=ファリデューンと申します」
「同じく、副司令官のケルト=ガミシュと申します」
「遠路遥々ご苦労。お二方には多大なるご迷惑をお掛けした。このガーグ、改めてロンダリウス帝国皇帝に忠誠を誓いましょう」
「我々は目的を達成したので、これより本国に帰還いたします。しばらくすれば入れ替わりに神官団が到着する事でしょう」
「了承した。神のご加護がお二人にあらんこと」
二人の将軍は一礼すると、王の間を退出した。
「ロンダリウスの狗め。神官団とは聞こえはいいが、監視の為に送るのであろう。忌々しい」
ガーグは呟くように言うと、頭を振りかぶった。
一方のロンダリウス帝国将軍である二人は小声ではあるが、今後について歩きながら相談していた。
「あの男、欲深いが、欲で動く人物ではないな」
ロスタムが言うと、ケルトも同じ印象を受けたのか、ゆっくりと頷いた。
「何を隠しているのか知りませんが、まあ、今しばらくは問題は無いでしょう。ローバス王国は併呑するには広すぎます。西北部からこの王都までが限度でしょう。それに、北のフィルオーン王国が成り行きを見守っているのも気がかりです」
「少し成長したようだな。まあ、とにかく本国に帰還して皇帝陛下に報告しよう。再度ローバス王国が敵に回るのなら、いずれは皇帝陛下直々に親征なさるであろうな。ローバス王国の貿易の利益は莫大であり、それはわが国にとって大きな利益に繋がる」
「全ては本国に帰還してから……ですな」
戴冠式はガーグの要求通り、質素でかつ簡素なものであった。
ガーグ自身、宰相として国政を司っていたので、今後の国政における国費の出費を気遣っての事だった。無論、万が一の事も予想して、でもある。
もし、万が一アリシアが生きて、そして反ガーグ連合を作り、内乱を起こした場合、軍事費が必要となるからだ。それに、今現在、ローバスには隙がある。周辺諸国が侵攻するかもしれない。
戴冠式を済ませたガーグはすぐに政務に追われた。
ガーグはとりあえず簒奪者なのである。まず、ローバス王国を統一しなければならない。他国に分裂にされる前にだ。
まず、神聖ロンダリウス帝国皇帝に親書を送り、従属同盟を完全に確立する。ローバス全土の諸侯に手紙を送り、味方になるよう薦める。財務を取り仕切り、負傷兵に対する手当て、さらにローバス軍の再編成を行う。
現在ローバス軍はハイムの戦いで大きく数を減らしている。
レン大将軍直属の騎兵一万と歩兵二万五千。それに、ベルドバに預けていた騎兵一万。王都に残した騎兵二万と歩兵五万。さらに王都の四方を守備する四大都市、東のビブロス、西のベリトス、南のシドルス、北のティルスの四都市にはそれぞれ五千の騎兵と、歩兵一万がいる。さらに、周辺諸侯の私兵軍を統合すればかなりの戦力になりえる。
全てを統合すれば正規軍だけで騎兵六万、歩兵十一万五千に達する。もっとも、防備を空にするわけにはいかない。
実際に動かす事ができるのは騎兵五万と、歩兵八万が限度だろう。何かあればロンダリウスの援軍も期待できる。何しろ、こちらが敗れればハイムの勝利と、東部遠征の意義、さらには貿易行路の安定と、莫大な経済利益が失われるのだ。意義においても、経済の観念においても、ロンダリウスはこちらを見捨てることはできないはずだ。
ただ、外交はともかく、これ以上の軍事に関する事柄はレンとノースに任せておけば問題ない。
新国王ガーグは慌しくも精力的に活動を始めた。
大将軍であるレンが拘束したガドウェン将軍を連れてきたのは、ちょうどガーグが膨大な書類にサインをしている最中の事であった。
「ガドウェン、私に忠誠を誓え。ローバス王家に改めて忠誠を誓え。そして、ローバスを再興する助力をせよ。私がお前に望むのはそれだけだ」
ガーグは書類にサインしながら言った。
「…………簒奪者に忠誠を誓うならともかく、私は残念ながら事情を知っています」
ガドウェンは残念そうに呟いた。知らなければどんなに楽だったか……。
「だが、お前は知っている。それは罪ではない。運命だ」
ガドウェンの心情を感じたのか、ガーグは微笑を浮かべてガドウェンを見つめた。
「この老骨、ローバス王家の為にお使い下さい。ウォーマンの説得は私が行いましょう。恐らく彼は聞き入れませんが、それでも、説得してみたいと思います」
ガドウェンが一礼すると、ガーグは頷いた。
彼はすぐさま地下牢へ向かった。
二人きりで話す為、看視兵を下がらせた。地下牢へと続く扉を開き薄暗い闇の中を彼は迷うことなく進んだ。
近づいてくる足音でウォーマンは目を覚ましていた。
鋭い目付きで、敵を睨みつけるつもりだったのであろうが、相手がガドウェンだと分かると、驚きの表情に変わった。
「ガドウェン将軍」
ウォーマンは「どうやってここに?」と言いかけてすぐに理解した。
「なぜ、ガドウェン将軍ともあろう宿老が裏切り者に手を貸す気になったのか、まったく不思議でなりませんな。老将軍もそろそろ引退なさってはいかがか?よほどボケておられるようですからな」
「口だけは一人前だな。まあ、それだけ言えるのなら大丈夫であろうな」
ガドウェンは一つ溜息を吐いて若い将軍を見つめた。
「ウォーマン、これからお主に重要な事を話す。これは決して口外してはならぬ。ガーグ様が行ったのは粛清であって裏切りではないと分かるであろう」
「粛清? 国王陛下を殺しておいて裏切りではないと老将軍はおっしゃるか!?」
「黙って聞け」
ガドウェンは一言はウォーマンを黙らせた。歴戦の勇者のみが許される威厳ある一喝であった。
ガドウェンの話は約一時間に及んだ。全てを話したガドウェンは、「明日、返事を聞く」と、言い残して地下牢を出て行った。
地下牢へ続く扉が閉まり、闇が全てを支配した。
ウォーマンは抜け殻のような表情で、闇の中、虚空を見つめた。
「……俺はどうすればいい!? 俺は一体誰を主君と仰げはいいのだ!? 誰でもいい! 誰か教えてくれ!」
地下牢から響く慟哭は地上には届かず、地下の冷たい空気の一つとなって闇と消えた……。
ウォーマンは翌日ガドウェンによって、地下牢から出る事ができた。ただし、死体になって……である。
壁にはよほど苦悩したのか、拳を打ちつけた形跡があり、最後には指を噛み千切って、壁に血文字で遺書を残し、舌を噛み切って絶命していた。
壁に血文字で書かれた遺書にはただ一言、「シュラー陛下に殉ずる」とだけ書かれていた。
ガドウェンから報告を受けたレンは大きな溜息を吐いた。
「そうか、自害…いや、殉死したか。ウォーマンらしい」
レンは黙祷を捧げると、ウォーマンの遺族に十分な慰霊金を支払うように命じ、さらにガドウェンに王都防衛軍である歩兵のみ五万の指揮権を改めて与えた。
「レン殿、アリシア殿下の事ですが、思うに、殿下は東へ向かわれるのではないですかな?」
ガドウェンが言うと、レンは大きく頷いた。
「……で、あろうな。もし、軍を編成するならば、フィルガリア将軍を頼る。義に実直な男だが、事情を知らぬ。恐らくアリシア様に協力するであろう。すでに東、アフワーズ城へ向かう街道は全て封鎖している。それより、一つ気になる事がある」
「何ですかな?」
「紅蓮騎士団の事です」
レンは鋭い眼差しでガドウェンを見つめた。
「……紅蓮騎士団ですか。確かに、戦力は僅かに三千ですが、それほど脅威にはならないかと……」
ガドウェンは言いかけて気付いたようだった。
現在紅蓮騎士団はエデッサ城にいる。エデッサ城は南方を守る拠点の一つ。そして、エデッサ城はちょうど、ハイムの南東にあり、そこから北東に向かえばアフワーズ城があるのだ。もし、紅蓮騎士団とアリシアが合流すれば、たかが、街道を封鎖している戦力ではたちまち突破されてしまうだろう。
「先ほど知ったのだが、ハイムでアリシア様を護衛していたのは、グリュード卿と、ティア。そして、ホルス千騎長の四名。戦場を離脱する姿を確認した者が居た。紅蓮騎士団団長であるホルスがアリシア様の傍にいるならば、必ず合流する」
「……討ちますか?」
「無論」
レンは立ち上がると、剣を手にした。
「一万二千騎を率いてエデッサ城へ出陣する」
「一万二千も!?」
ガドウェンの驚きは普通である。たかが三千の騎兵。それに、数名が加わるだけである。
「二千騎は別働隊としてノースが率いる。アリシア様一行が逃げ込んだ南の方角に小さな村がある。そこに、元軍務書記官の男がおってな。一年前、王宮の宮仕えとは折りが合わず出奔した。一度だけ会ったが、中々智恵が回る男だった。その男はグリュード卿と、ホルス千騎長とは親友だった。一度そこへ頼ったかもしれん」
「……分かりました」
「王都は頼みましたぞ、老将軍」
レンの動きは迅速だった。ノースの行動も早かった。ノースは半日で一万騎と二千騎の騎兵部隊を編成し、糧食などの準備整え、早々に王都を出立した。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 21:02 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン