作品ID:29
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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第十四話 新たな日の出
前の話 | 目次 | 次の話 |
前日の敗北からカーン・ラー王国は軍の再編成に三日必要とした。
ローバス軍の総攻撃で四方八方に軍が散ってしまったからである。だが、それでもドムは十二万の兵力を再結集する事に成功した。この間、ローバス軍が再度総攻撃すればカーン・ラー軍を完全に殲滅できたかも知れない。しかし、ローバス軍も寡兵で戦い、三万五千の内、一万五千は連戦しており、疲労は極限に達していた。ゆえに、シャルスも二万騎を警戒に廻し、残り一万五千は休息を与えていた。
カーン・ラー王国国王ドムは攻勢に出る事は止め、国境沿いまで軍を後退した後、改めて陣を張り補給線を確保して固く守りを固めた。アリシア率いるローバス軍は、カーン・ラー軍の近くまで出撃して散々挑発を続けたが、カーン・ラー軍はまったく動く様子を見せなかった。
「はて、さて、亀のように手足だけでなく、首まで引っ込めてしまっている」
シャルスはつまらなそうに呟いた。
その横でローバスが誇る黒い騎士が軍師を見つめた。
「どうする? こう、守りを固められては攻めようが無いぞ。一度後退するか? 後退すると敵は追撃に出るだろう。だが、それにこそ機会はあるかも知れないが…」
「ふむ…」
シャルスは頷いただけで何も言わなかった。シャルスも後退に見せかけた退却戦を行う策略は考えている。しかし、シャルスは別の事を考えていた。
未だ敵の兵力はこちらの三倍強である。それが固く守っているのは、理由があるからか…。
シャルスはトーラスの増援を予想していた。さらにシール王国の残存兵がカーン・ラーか、トーラスに雇われて襲撃してくる…などなど、様々な状況を想定していた。もし、トーラスの到来を待っているとすると…最低あと四日は動かないであろう。
「まあ、今日は戦を忘れて新年のお祝いをするとしよう。但し、兵に酒を飲み過ぎないように注意してくれ」
シャルスは苦笑を浮かべて手にしていたワインを高々と持ち上げた。
時刻はローバス歴二四六年一月一日。まさに新年の新しい陽が昇ろうとしていた…。
アリシアにとって、王都の王宮以外で年越しをするのは生まれて始めての事だった。
ティアと共に戦場で見る新しい年の夜明けは、全てがまったく別の景色に見え、まるで幻想にも似た美しい、優雅な景色だった。
「なにか、緊張感を感じる年明けね」
「実は、私も同じです」
二人は顔を見合わせるとクスリと笑った。
「ホルスは、もう、何度も戦場で新年を?」
アリシアが尋ねると、ホルスは欠伸を噛み殺しながら、面倒くさそうに答えた。
「ええ、もう、何度目になるか覚えていません。家より戦場にいる時間の方が長かったので」
ホルスがそう答えると、アリシアは興味深そうに頷いた。
「ホルス千騎長、私に何度注意されれば貴様はその不埒な態度を改めるのだ? 皇女殿下の御前であるぞ!」
ティアが注意すると、ホルスは手を軽く振った。
「ま、今日は無礼講といこうや。仕事はきっちりやる。それに、本来ならば俺達は休息中だ。それを待機にしている。少し大目にみろ」
ホルスは言うだけあって、新年にも関らず一滴も酒を飲んでいない。それは周囲に配置している紅蓮騎士団全員にも厳命していた。何かあれば直に遊撃部隊として動く必要があるからだ。
「貴様…」
ティアがさらに言いかけた時、それをアリシアが止めホルスの隣に座った。
「ホルス、少しティアと仲良くしてあげて。ティアは私の大事な友人ですから…」
「……それはティアに言って下さい。俺は別に何もやましい事はしていませんし、するつもりもありませんから」
「じゃあ、何で二人はこんなに反目しあっているの?」
「そうですね。育ち方と、生活環境と、人生の価値観、王家に対する忠誠心と戦う目的意識でしょう」
「…そ、そう…」
余りにもあっさり即答したホルスにアリシアは答えようが無かった。
「貴様、アリシア殿下に対してのその言動。二度と口が利けぬよう舌を切り取ってやろうか」
「ほう? できるものならやってみろ。その代わり、もし失敗したら一晩中酒の相手をしてもらうぞ」
「っ! 貴様! この私を愚弄するか!?」
「愚弄しているんだよ! この暴力女!」
まあ、いつも通りの一触即発の雰囲気の中、黒騎士であるグリュードと軍師シャルスが顔を見せた。
「殿下、新年明けましておめでとう御座います。今年は殿下にとって良い年となりますよう…」
片膝を地面に付け、礼儀正しくグリュードは挨拶をした。
「殿下、新年明けましておめでとう御座います。今年は殿下にとって飛躍の年となりましょう」
恭しく一礼しながら挨拶をしたのは未来の王立学園の学園長であるシャルスである。二人とも既に新年の杯を交わしたらしく、少し顔に赤みが差していた。
「…で? カーン・ラー軍は何か動きを見せる様子は無いのか?」
ホルスが尋ねるとグリュードは首を振った。
「亀のように引っ込んでいるからな。こちらからは何もできん。援軍を待っている可能性が高い」
「援軍? 本国からの増援ですか? グリュード卿」
尋ねたのはティアである。
「いえ、違いますな。もっと頼りになる援軍です」
「頼りになる援軍とは何ですか? シャルス」
アリシアが尋ねると、シャルスは一礼した。
「恐らくトーラスからの援軍と思われます。トーラスにローバス東部と、カーン・ラーはローバス南東部を分割占拠する・・・。と、まあ、こんな感じの交渉がなされているでしょう。実に間抜けな皮算用で…」
「対抗策はありますか?」
「はい、御座います。元々想定内ですので、問題はまったくありません。逆にようやくか、と言いたいほどです。強いて問題点を挙げるならば、トーラスの指揮官が誰なのか・・・が、問題かと」
「指揮官…ですか?」
アリシアは意外に思った。援軍そのものでは無く、指揮官とは…。
「最近、トーラスで一人、勇名を馳せる勇者がいるとか…。どのような人物か存じ上げませんが、出来れば一手師事して頂きたいですな」
「そのトーラスの勇者も、お前の手に掛かれば手のひらで踊る人形か」
ホルスが呆れながら言うと、シャルスは壮快に笑った。
「まさか、全て手のひらというわけにも行かぬ。例を出せばお前だ。お前は手のひらで踊るどころか、手のひらから勝手に降りて一人で踊りだす。しかも予想もできぬ。お主のような存在こそ、知恵者にとって最も傍迷惑な存在だろうよ。もし、俺が敵国の軍師ならば、極力早めにお前の首級を上げるよ。折角苦労して用意した罠をお主は知らぬ顔で噛み破るからな」
ホルスは苦笑するしか無かった。
「ホルス、一つ頼まれてくれるか?」
シャルスが言うと、ホルスはゆっくり立ち上がった。
「聞こう」
「紅蓮騎士団を率いて直ちに東部国境方面の警戒に当たってくれ。くれぐれも戦闘は避け、敵軍の偵察を最優先に行なってくれ。敵が進撃するならば国境警備の者達と共に速やかに撤退してくれ」
「了解」
「グリュード、三日間全軍に休息を命じてくれ。三日後、この場から総退却する」
「引き上げるのか」
「ああ、このままここに居ても意味がない。どうせなら敵軍を合流させよう。どうせバラバラに動く。そちらの方が策も練りやすい」
シャルスはそこまで言うとアリシアを見つめた。
「…いいでしょう。シャルスの献策を採用します」
「はっ。直ちに実行に移します。殿下も正月を皆と楽しんでください」
シャルスは恭しく一礼した。
三日後、ローバス軍は鮮やかな撤退をカーン・ラー軍に見せ付けた。
カーン・ラーの将兵は追撃を望んだが、ドムは動かなかった。余りにも撤退が綺麗で、罠があるように見えたからである。
ドムの判断はこの場合、正しい。
シャルスは撤退戦を内々に望んでいた。いつでも反転、攻撃に移る準備は周到に用意し、撤退の編成を行なっていたのだ。無論、敵が罠に引っ掛らないならば、それはそれで結構。撤退を継続するだけの話だ。
ローバス軍は追撃も受けず、悠々とアフワーズ城へ総退却を行なった。
紅蓮騎士団がアフワーズ城に撤収したのは、アリシア達がアフワーズに撤退してから三日後だった。
直ちにホルスは召集され、作戦会議が行なわれた。
「さて、聞こうか」
そう言ったのはシャルスである。
会議にはアリシア、シャルス、ティア、グリュード、フィルガリアが参加していた。
「何も、無い」
ホルスはつまらなそうに答えた。
「……無い?」
グリュードは首を傾げて聞き返した。
アリシアも身を乗り出してホルスを見つめた。
「文字通り。何も、無い。敵は現れなかった。小隊を組み、四方八方に偵察を送ったが、敵の姿どころか、馬の蹄の跡も、陣の跡も何も無かった。近くに旅商人が居たので脅しながら話を聞いたが、トーラス軍を見たことは無いだと」
「そんなはずはないと思うのだが…。軍師、トーラスは援軍に来るのでしょうか?」
フィルガリアも口を開き、胸の前で腕を組んだ。
「いや、それで良い。敵の動きが分かった」
シャルスは満足そうに答えると、アリシアに一礼した。
「殿下、この度のトーラスとの一戦。カーン・ラー軍の数倍は困難な戦いとなるでしょう」
シャルスは愉快なのか、微笑んで言った。
シャルスの反応に一番過敏に反応したのはホルスだった。
「おい、シャルス。コレは俺の勘だが、トーラスは東からは来ないな?」
ホルスの言葉に全員が反応した。ただ、シャルスだけが嬉しそうに笑った。
「まったく、君はどうしてそんなに勘が鋭いのかい? 時々俺は、君の野生の勘とも言うべき直感力に恐怖さえ感じるよ。その通り、東からは来ないようだ。北東、トーラス国境沿いを通ってこちらに向かっているだろう」
「挟撃ですか? いや、それでは両軍の距離に差がありすぎて連携は取れないはずだが…」
フィルガリアが尋ねたが、自分で自分の質問に異議を唱えた。
「連携は必要ない。…ということでしょう。トーラス軍は最初から連携など必要としていない」
「…では、独力で我らにぶつかると?」
シャルスの言葉にグリュードが尋ねると、シャルスは頷いた。
「自信があるから…という訳ではないだろう。おそらく、カーン・ラーと共同で軍を展開しても、カーン・ラーが邪魔、もしくは足手まといになる。又は、元々信頼などしていない…。自分達が背後から襲われて我らとカーン・ラーとの交渉材料になる事を警戒した…。といったところかな? カーン・ラーを目の前にしながらアフワーズまで退却したのも、トーラス軍がアフワーズ城に強襲をかける恐れがあったからだ」
「用心深いだけではなく、豪胆だな」
「ああ、なかなかの智恵者じゃないか。慎重で、用心深く、そして冷静に状況を判断している。恐らくトーラスの勇者殿ですな」
シャルスはそう言うと、フィルガリアを見た。
「さて、我らの中でトーラスに最も詳しいフィルガリア殿に尋ねよう。トーラスの勇者について何か知っているか?」
「…私も詳しくは知らぬ。会ったことも無い。ただ、半年前の事だ。カーン・ラーとトーラスが小戦をした時、そのトーラスの勇者殿が活躍したそうだ。ただ、そのトーラスの勇者は女将らしい」
「女…ですか」
いささか気が抜けた顔でグリュードは感想を述べた。グリュードはトーラスの勇者と剣を交えたかったのだが、相手が女となるとなんともやりづらい。
「ま、ともかく、その女を斬れば済む事だ」
ホルスは鋭い目で答えた。
ホルスは元々下級兵士から、その武勇と胆力と運によって千騎長、そして騎士団の団長に上り詰めた男である。紅蓮騎士団の団長になるまでの間、女兵士とも戦ったことがある。戦場で武器を持つ味方では無い奴は、ホルスにとって全て倒すべき敵だ。例え女であろうと、幼い子供であろうと、年老いた老人であろうと、武器を持つならば斬り捨てるのみ!
「まあ、斬るか捕らえるか、それはトーラスの動きを見てから考えよう。まずは、どのように対処するかだ」
フィルガリアはシャルスに顔を向けた。
「敵兵力は十二万。これがカーン・ラー。トーラスの援軍がどれほどか分からぬ。だが、四万の兵力ぐらいはトーラスならば出せる。本格的な侵攻ならばその倍、八万の兵力になるかも知れん。となると、我らはまた二十万の敵軍と戦う事になる。軍師の考えを聞きたい」
「実数が二十万であろうと、関係ない。まずは…偵察を第一とする。例え二十万が四十万になろうと、一枚岩で無い限り、幾らでも策はあるし、恐れる理由は無い」
「一枚岩でもお前は策で崩壊させるだろうが。この陰謀家」
グリュードの手厳しい言にシャルスは軽く笑った。しかし、直に鋭い顔に戻した。
「さて、殿下。このままアフワーズに篭って戦うのも一つの選択肢ではありますが、古来より篭城戦とは、重要なある物を前提としております」
「……分かりません。何ですか?」
「はい、援軍です。城外よりの援軍が来る事を前提にしなければなりません。無論、このまま篭城しても勝ち目はありますが、時間が掛かりすぎます。そして、我らは時間がありません」
「時間が掛かると偽王軍に有利となる…か」
そう言ったのはグリュードである。
「そうだ。諸将にも認識して頂きたい。我らの目標は、偽王軍を討伐し、ローバス王国を再統一する事だ。トーラスや、カーン・ラー相手に時間をかけてはならない。よって、城外へ討って出る」
「真正面から挑むのですか?」
フィルガリアは呆れた顔でシャルスに言った。
「まさか、真正面からとは敵も予想しないだろう。私がカーン・ラーに小細工を弄して挑んだのは警戒心を煽り、その行動を制限する事にあった」
「じゃあ、倒すべきはトーラスだけか?」
ホルスが言うと、シャルスは頷いた。
「その通り。カーン・ラーは優勢にならない限り動こうとはしないだろう。トーラスを撃ち破れば、カーン・ラー本国へ逃げ出すだろうよ」
シャルスはそこで言葉を区切り、アリシアを見つめた。
他の者達も同様にアリシアを見つめた。
「…シャルスの進言に従い、城外へ討って出ます。皆、出撃準備を整えなさい」
アリシアの決断に一同、一礼を持って従った。
その日の夜、アリシアはフィルガリアに歩兵三万を与えてアフワーズ城の死守を命じ、アリシア自身は騎兵三万五千、歩兵四万を率い、ひっそりとアフワーズ城より出撃した。
ローバス軍の総攻撃で四方八方に軍が散ってしまったからである。だが、それでもドムは十二万の兵力を再結集する事に成功した。この間、ローバス軍が再度総攻撃すればカーン・ラー軍を完全に殲滅できたかも知れない。しかし、ローバス軍も寡兵で戦い、三万五千の内、一万五千は連戦しており、疲労は極限に達していた。ゆえに、シャルスも二万騎を警戒に廻し、残り一万五千は休息を与えていた。
カーン・ラー王国国王ドムは攻勢に出る事は止め、国境沿いまで軍を後退した後、改めて陣を張り補給線を確保して固く守りを固めた。アリシア率いるローバス軍は、カーン・ラー軍の近くまで出撃して散々挑発を続けたが、カーン・ラー軍はまったく動く様子を見せなかった。
「はて、さて、亀のように手足だけでなく、首まで引っ込めてしまっている」
シャルスはつまらなそうに呟いた。
その横でローバスが誇る黒い騎士が軍師を見つめた。
「どうする? こう、守りを固められては攻めようが無いぞ。一度後退するか? 後退すると敵は追撃に出るだろう。だが、それにこそ機会はあるかも知れないが…」
「ふむ…」
シャルスは頷いただけで何も言わなかった。シャルスも後退に見せかけた退却戦を行う策略は考えている。しかし、シャルスは別の事を考えていた。
未だ敵の兵力はこちらの三倍強である。それが固く守っているのは、理由があるからか…。
シャルスはトーラスの増援を予想していた。さらにシール王国の残存兵がカーン・ラーか、トーラスに雇われて襲撃してくる…などなど、様々な状況を想定していた。もし、トーラスの到来を待っているとすると…最低あと四日は動かないであろう。
「まあ、今日は戦を忘れて新年のお祝いをするとしよう。但し、兵に酒を飲み過ぎないように注意してくれ」
シャルスは苦笑を浮かべて手にしていたワインを高々と持ち上げた。
時刻はローバス歴二四六年一月一日。まさに新年の新しい陽が昇ろうとしていた…。
アリシアにとって、王都の王宮以外で年越しをするのは生まれて始めての事だった。
ティアと共に戦場で見る新しい年の夜明けは、全てがまったく別の景色に見え、まるで幻想にも似た美しい、優雅な景色だった。
「なにか、緊張感を感じる年明けね」
「実は、私も同じです」
二人は顔を見合わせるとクスリと笑った。
「ホルスは、もう、何度も戦場で新年を?」
アリシアが尋ねると、ホルスは欠伸を噛み殺しながら、面倒くさそうに答えた。
「ええ、もう、何度目になるか覚えていません。家より戦場にいる時間の方が長かったので」
ホルスがそう答えると、アリシアは興味深そうに頷いた。
「ホルス千騎長、私に何度注意されれば貴様はその不埒な態度を改めるのだ? 皇女殿下の御前であるぞ!」
ティアが注意すると、ホルスは手を軽く振った。
「ま、今日は無礼講といこうや。仕事はきっちりやる。それに、本来ならば俺達は休息中だ。それを待機にしている。少し大目にみろ」
ホルスは言うだけあって、新年にも関らず一滴も酒を飲んでいない。それは周囲に配置している紅蓮騎士団全員にも厳命していた。何かあれば直に遊撃部隊として動く必要があるからだ。
「貴様…」
ティアがさらに言いかけた時、それをアリシアが止めホルスの隣に座った。
「ホルス、少しティアと仲良くしてあげて。ティアは私の大事な友人ですから…」
「……それはティアに言って下さい。俺は別に何もやましい事はしていませんし、するつもりもありませんから」
「じゃあ、何で二人はこんなに反目しあっているの?」
「そうですね。育ち方と、生活環境と、人生の価値観、王家に対する忠誠心と戦う目的意識でしょう」
「…そ、そう…」
余りにもあっさり即答したホルスにアリシアは答えようが無かった。
「貴様、アリシア殿下に対してのその言動。二度と口が利けぬよう舌を切り取ってやろうか」
「ほう? できるものならやってみろ。その代わり、もし失敗したら一晩中酒の相手をしてもらうぞ」
「っ! 貴様! この私を愚弄するか!?」
「愚弄しているんだよ! この暴力女!」
まあ、いつも通りの一触即発の雰囲気の中、黒騎士であるグリュードと軍師シャルスが顔を見せた。
「殿下、新年明けましておめでとう御座います。今年は殿下にとって良い年となりますよう…」
片膝を地面に付け、礼儀正しくグリュードは挨拶をした。
「殿下、新年明けましておめでとう御座います。今年は殿下にとって飛躍の年となりましょう」
恭しく一礼しながら挨拶をしたのは未来の王立学園の学園長であるシャルスである。二人とも既に新年の杯を交わしたらしく、少し顔に赤みが差していた。
「…で? カーン・ラー軍は何か動きを見せる様子は無いのか?」
ホルスが尋ねるとグリュードは首を振った。
「亀のように引っ込んでいるからな。こちらからは何もできん。援軍を待っている可能性が高い」
「援軍? 本国からの増援ですか? グリュード卿」
尋ねたのはティアである。
「いえ、違いますな。もっと頼りになる援軍です」
「頼りになる援軍とは何ですか? シャルス」
アリシアが尋ねると、シャルスは一礼した。
「恐らくトーラスからの援軍と思われます。トーラスにローバス東部と、カーン・ラーはローバス南東部を分割占拠する・・・。と、まあ、こんな感じの交渉がなされているでしょう。実に間抜けな皮算用で…」
「対抗策はありますか?」
「はい、御座います。元々想定内ですので、問題はまったくありません。逆にようやくか、と言いたいほどです。強いて問題点を挙げるならば、トーラスの指揮官が誰なのか・・・が、問題かと」
「指揮官…ですか?」
アリシアは意外に思った。援軍そのものでは無く、指揮官とは…。
「最近、トーラスで一人、勇名を馳せる勇者がいるとか…。どのような人物か存じ上げませんが、出来れば一手師事して頂きたいですな」
「そのトーラスの勇者も、お前の手に掛かれば手のひらで踊る人形か」
ホルスが呆れながら言うと、シャルスは壮快に笑った。
「まさか、全て手のひらというわけにも行かぬ。例を出せばお前だ。お前は手のひらで踊るどころか、手のひらから勝手に降りて一人で踊りだす。しかも予想もできぬ。お主のような存在こそ、知恵者にとって最も傍迷惑な存在だろうよ。もし、俺が敵国の軍師ならば、極力早めにお前の首級を上げるよ。折角苦労して用意した罠をお主は知らぬ顔で噛み破るからな」
ホルスは苦笑するしか無かった。
「ホルス、一つ頼まれてくれるか?」
シャルスが言うと、ホルスはゆっくり立ち上がった。
「聞こう」
「紅蓮騎士団を率いて直ちに東部国境方面の警戒に当たってくれ。くれぐれも戦闘は避け、敵軍の偵察を最優先に行なってくれ。敵が進撃するならば国境警備の者達と共に速やかに撤退してくれ」
「了解」
「グリュード、三日間全軍に休息を命じてくれ。三日後、この場から総退却する」
「引き上げるのか」
「ああ、このままここに居ても意味がない。どうせなら敵軍を合流させよう。どうせバラバラに動く。そちらの方が策も練りやすい」
シャルスはそこまで言うとアリシアを見つめた。
「…いいでしょう。シャルスの献策を採用します」
「はっ。直ちに実行に移します。殿下も正月を皆と楽しんでください」
シャルスは恭しく一礼した。
三日後、ローバス軍は鮮やかな撤退をカーン・ラー軍に見せ付けた。
カーン・ラーの将兵は追撃を望んだが、ドムは動かなかった。余りにも撤退が綺麗で、罠があるように見えたからである。
ドムの判断はこの場合、正しい。
シャルスは撤退戦を内々に望んでいた。いつでも反転、攻撃に移る準備は周到に用意し、撤退の編成を行なっていたのだ。無論、敵が罠に引っ掛らないならば、それはそれで結構。撤退を継続するだけの話だ。
ローバス軍は追撃も受けず、悠々とアフワーズ城へ総退却を行なった。
紅蓮騎士団がアフワーズ城に撤収したのは、アリシア達がアフワーズに撤退してから三日後だった。
直ちにホルスは召集され、作戦会議が行なわれた。
「さて、聞こうか」
そう言ったのはシャルスである。
会議にはアリシア、シャルス、ティア、グリュード、フィルガリアが参加していた。
「何も、無い」
ホルスはつまらなそうに答えた。
「……無い?」
グリュードは首を傾げて聞き返した。
アリシアも身を乗り出してホルスを見つめた。
「文字通り。何も、無い。敵は現れなかった。小隊を組み、四方八方に偵察を送ったが、敵の姿どころか、馬の蹄の跡も、陣の跡も何も無かった。近くに旅商人が居たので脅しながら話を聞いたが、トーラス軍を見たことは無いだと」
「そんなはずはないと思うのだが…。軍師、トーラスは援軍に来るのでしょうか?」
フィルガリアも口を開き、胸の前で腕を組んだ。
「いや、それで良い。敵の動きが分かった」
シャルスは満足そうに答えると、アリシアに一礼した。
「殿下、この度のトーラスとの一戦。カーン・ラー軍の数倍は困難な戦いとなるでしょう」
シャルスは愉快なのか、微笑んで言った。
シャルスの反応に一番過敏に反応したのはホルスだった。
「おい、シャルス。コレは俺の勘だが、トーラスは東からは来ないな?」
ホルスの言葉に全員が反応した。ただ、シャルスだけが嬉しそうに笑った。
「まったく、君はどうしてそんなに勘が鋭いのかい? 時々俺は、君の野生の勘とも言うべき直感力に恐怖さえ感じるよ。その通り、東からは来ないようだ。北東、トーラス国境沿いを通ってこちらに向かっているだろう」
「挟撃ですか? いや、それでは両軍の距離に差がありすぎて連携は取れないはずだが…」
フィルガリアが尋ねたが、自分で自分の質問に異議を唱えた。
「連携は必要ない。…ということでしょう。トーラス軍は最初から連携など必要としていない」
「…では、独力で我らにぶつかると?」
シャルスの言葉にグリュードが尋ねると、シャルスは頷いた。
「自信があるから…という訳ではないだろう。おそらく、カーン・ラーと共同で軍を展開しても、カーン・ラーが邪魔、もしくは足手まといになる。又は、元々信頼などしていない…。自分達が背後から襲われて我らとカーン・ラーとの交渉材料になる事を警戒した…。といったところかな? カーン・ラーを目の前にしながらアフワーズまで退却したのも、トーラス軍がアフワーズ城に強襲をかける恐れがあったからだ」
「用心深いだけではなく、豪胆だな」
「ああ、なかなかの智恵者じゃないか。慎重で、用心深く、そして冷静に状況を判断している。恐らくトーラスの勇者殿ですな」
シャルスはそう言うと、フィルガリアを見た。
「さて、我らの中でトーラスに最も詳しいフィルガリア殿に尋ねよう。トーラスの勇者について何か知っているか?」
「…私も詳しくは知らぬ。会ったことも無い。ただ、半年前の事だ。カーン・ラーとトーラスが小戦をした時、そのトーラスの勇者殿が活躍したそうだ。ただ、そのトーラスの勇者は女将らしい」
「女…ですか」
いささか気が抜けた顔でグリュードは感想を述べた。グリュードはトーラスの勇者と剣を交えたかったのだが、相手が女となるとなんともやりづらい。
「ま、ともかく、その女を斬れば済む事だ」
ホルスは鋭い目で答えた。
ホルスは元々下級兵士から、その武勇と胆力と運によって千騎長、そして騎士団の団長に上り詰めた男である。紅蓮騎士団の団長になるまでの間、女兵士とも戦ったことがある。戦場で武器を持つ味方では無い奴は、ホルスにとって全て倒すべき敵だ。例え女であろうと、幼い子供であろうと、年老いた老人であろうと、武器を持つならば斬り捨てるのみ!
「まあ、斬るか捕らえるか、それはトーラスの動きを見てから考えよう。まずは、どのように対処するかだ」
フィルガリアはシャルスに顔を向けた。
「敵兵力は十二万。これがカーン・ラー。トーラスの援軍がどれほどか分からぬ。だが、四万の兵力ぐらいはトーラスならば出せる。本格的な侵攻ならばその倍、八万の兵力になるかも知れん。となると、我らはまた二十万の敵軍と戦う事になる。軍師の考えを聞きたい」
「実数が二十万であろうと、関係ない。まずは…偵察を第一とする。例え二十万が四十万になろうと、一枚岩で無い限り、幾らでも策はあるし、恐れる理由は無い」
「一枚岩でもお前は策で崩壊させるだろうが。この陰謀家」
グリュードの手厳しい言にシャルスは軽く笑った。しかし、直に鋭い顔に戻した。
「さて、殿下。このままアフワーズに篭って戦うのも一つの選択肢ではありますが、古来より篭城戦とは、重要なある物を前提としております」
「……分かりません。何ですか?」
「はい、援軍です。城外よりの援軍が来る事を前提にしなければなりません。無論、このまま篭城しても勝ち目はありますが、時間が掛かりすぎます。そして、我らは時間がありません」
「時間が掛かると偽王軍に有利となる…か」
そう言ったのはグリュードである。
「そうだ。諸将にも認識して頂きたい。我らの目標は、偽王軍を討伐し、ローバス王国を再統一する事だ。トーラスや、カーン・ラー相手に時間をかけてはならない。よって、城外へ討って出る」
「真正面から挑むのですか?」
フィルガリアは呆れた顔でシャルスに言った。
「まさか、真正面からとは敵も予想しないだろう。私がカーン・ラーに小細工を弄して挑んだのは警戒心を煽り、その行動を制限する事にあった」
「じゃあ、倒すべきはトーラスだけか?」
ホルスが言うと、シャルスは頷いた。
「その通り。カーン・ラーは優勢にならない限り動こうとはしないだろう。トーラスを撃ち破れば、カーン・ラー本国へ逃げ出すだろうよ」
シャルスはそこで言葉を区切り、アリシアを見つめた。
他の者達も同様にアリシアを見つめた。
「…シャルスの進言に従い、城外へ討って出ます。皆、出撃準備を整えなさい」
アリシアの決断に一同、一礼を持って従った。
その日の夜、アリシアはフィルガリアに歩兵三万を与えてアフワーズ城の死守を命じ、アリシア自身は騎兵三万五千、歩兵四万を率い、ひっそりとアフワーズ城より出撃した。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 21:19 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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