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作品ID:37
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ライト・ブリンガー I ?蒼光?

小説の属性:ライトノベル / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / R-15 / 完結

前書き・紹介


第二部 第四章 「敗北」

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 第四章 「敗北」





 雨が降る中、傘を差した光は一人生徒昇降口に辿り着いた。

 登校時は光と修はほとんど別行動なのだ。

「……火蒼」

 人気のない生徒昇降口で、霞が待っていた。

「霞?」

 何故霞が話し掛けて来るのか内心首を傾げながら、光は靴を履き替えつつ、霞の言葉を待った。

「美咲はあなたを受け入れたらしいわね」

「ああ、みたいだよ」

 霞の言葉に、光はどうという事もなく答えた。

 恐らく、霞は美咲と登校し、改めて光と付き合う事を聞き出したのだろう。恐らく、美咲は光が能力者である事は霞にも伏せているだろうから、態度だけで判断したのかもしれない。もっとも、霞の洞察力ならばすぐに気付けるだろう。

「……なぁ、霞が能力者なのはVANに知られてるんだろ?」

「……ええ」

 不意の光の質問に、霞は一瞬驚いた表情を浮かべながらも、頷いた。

「霞がROVで戦い始めてから、霞は狙われなかったのか?」

 考えてみれば、霞はVANにとっては中立という曖昧な立場にいる光よりも敵対の意思を見せる能力者だ。光に対して攻撃するよりも、本来は敵対勢力に対して主な攻撃をするはずだ。

 霞がVANに身辺を探られた事は、光にも予測が出来た。何せ、一ヶ月前にクラス内にVANの構成員が潜入して霞に攻撃を仕掛けた事があったからだ。学校内にまで入られていた事を考えると、霞が誰と交友関係にあり、それがどの程度その人物にとって重要なのかも探られていたはずだ。

 そう考えると、光の彼女として狙われるよりも、むしろ霞の親友として狙われる可能性の方が高いのではないだろうか。

「そうね、今のところ、私の親友として狙われた事はないわ。恐らく、私があまり感情を出さないからでしょうね」

「……そうか」

「……私から話し掛ける事は、ないもの」

 光の返答に、霞は付け加えた。

 つまりは、霞が美咲を親友と思っているように判断出来ぬように接していたという事だ。話してはいても、それは美咲が話しかけた時に返事をするだとか、些細な事を言うとか、そういった程度なのだろう。

 それに、霞と美咲が友人関係にあった事を知った後でも、光は霞と美咲が会話している姿を見た事はほとんどなかった。

 光や修、霞と違って美咲には他にも友人がいるだろう。もし、美咲の性格が外交的なのであれば霞に話し掛ける事が自然に見えてもおかしくはない。孤立している者に話し掛ける人というのもいるのだ。

「……」

 光は霞の表情が曇ったように見えた。

 表情自体は変わっていないが、同じように感情を抑えていた事のある光には、内心の変化を感じる事が出来た。

 霞からも話し掛けてやれ、とは光には言えない。それが美咲の身を危険に晒す可能性がある事を考えて霞が選択した接し方なのだ。下手に霞から話し掛ければ、大切にしている友人が狙われかねないからだ。

 だが、光は違う。美咲は光に告白し、光はそれを受け止めてしまったのだ。明らかに友人関係の枠の中に食い込んでいるだろう。

「ん、火蒼か?」

 不意に、横合いから声を掛けられた。

「朧先輩?」

「……朧…」

 光は、微かに霞も声の相手の名を呼んだ事に気付いた。

「紅、か……」

 声の相手は、朧 聖一と言う、光と同じ風紀委員の先輩だった。長めの前髪に、整った目鼻立ちと、全体的に落ち着いた雰囲気の青年だ。

 彼は光が信頼する数少ない人間の一人で、それほど親しくはないが、光がまともに会話出来る人物だ。

 そして、聖一も能力者だった。しかし、その立場は光に近い、中立である。光は聖一の持つ具現力を見た事がないため、実際のところは良く解らないが、情報集に適した能力らしく、それを用いてVANとその反抗勢力の双方に情報を売る事で中立という立場を維持しているのだ。

 霞にとっては、聖一は味方ではない。警戒するのも無理はないだろう。

「丁度良い、伝えておこうか」

 聖一は光と霞を見て、更に周囲を見回して人がいない事を確認してから、告げた。

「この付近で近々、VANの第五・第四機動部隊が動く」

「――!」

 聖一の言葉に、霞が息を呑んだ。

「刃には伝えてあるが、火蒼も知っておいた方が良いだろう」

「……どうして、俺に?」

 聖一の言葉に、光は反応した。

 中立を保つために双方に情報を流す聖一が、何故関係のない光にも情報を教えるのだろうか。

「同じ中立だからな。まぁ、俺の気紛れだ」

 そう言って聖一はさっさと歩いて行ってしまった。

 残された霞が、聖一に対して殺気すら感じられる視線を向けているのを、光は無視する事にした。

「第五・第四機動部隊……」

 聖一が見えなくなってから、霞は呟いた。

「何か大きな作戦でもあるのか?」

 一ヶ月前、一つの部隊と戦った事おある光には、二つもの部隊が動くというのは、相当の戦力が動く事になるはずだ。

 恐らく、その目的は抵抗勢力への攻撃だろう。そうでもなければ、二つもの部隊が動くとは思えなかったし、光にはそれ以外には予想出来なかった。

「……そろそろ人が増えるわ」

「そうだな、行こう」

 霞が呟いたのに、光は頷き、距離を取って歩き始めた。

 見た目は人を寄せ付けない霞だが、その容姿や性格に憧れる男子は多い。下手に霞と会話しているところを見られるのも、色々とまずい。

 上着のポケットに手を入れた光は、そこにあるものを確かめた。持って来ていたのは家の合鍵だけではなかった。



 欠伸をしながら昇降口で光は下履きへと履き替えた。今現在の時間は掃除の終わる時間だ。半分ほどやったところで切り上げたのである。

 因みに、修とは共に行動していなかった。原因は昇降口の外で待っていた。

「掃除切り上げちゃっていいの?」

 昇降口から出た光に、そこで待っていた美咲が声を掛けた。

 気を遣ってか、修は光に先に行くように促したのだ。

「ん? ああ、やる気がない人達と掃除なんてまともに出来ないよ」

 苦笑を浮かべて光は答えた。

 小・中学校では掃除の時間は皆が真面目にやっていたように思うのだが、高校に入った途端に掃除がおざなりになっているように感じていた。そんないい加減な掃除を他の者がやる中で、一人真面目に掃除する気にはならなかった。

 玄関先で傘を広げ、光は美咲を連れて校舎から出た。

「高校に来た途端、掃除がいい加減になった気がする」

「そう言えば、確かに……」

 美咲が呟く。

 その言葉を聞きながら、光は傘の下から空を見上げた。

 雨雲に覆われた空は暗く、今が梅雨である事を主張しているように見えた。雨はそれほど激しくはないが、傘がなければずぶ濡れになってしまうぐらいは降っている。

 雨というものは微妙なものだと光は思う。雨が降らない方が良いと思う一方で、地球環境としては雨が降らなければならないのだ。必要なものであるにも関わらず、普段は望まれないものだからだ。

「小学校とか、結構厳しかったよね、そういうとこ」

「高校が緩いだけかもしれないけどな……」

 美咲の言葉に、光は視線を戻した。

 全校や学年での集会の時も、高校の方がざわついているように思えた。小・中学校が教師に指示されていたためかもしれないが、高校でのそういったマナーの乱れは、光が嫌いな部分の一つだ。

「ところで、一つ訊きたかったんだけど……」

「うん? 何?」

「戦うの、怖くない?」

「……そうだなぁ、怖くないって言うより、怖いってのとは違うかな」

 美咲の質問に、光は返答に困った。

 今まで一度も考えた事はなかった事を尋ねられたのだ。

 覚醒する直前、能力者に襲われた時には確かに恐怖を感じた。しかし、それ以降、光が戦う事に対して躊躇いを捨ててからは怖いと感じた事はないように思えた。

 動揺する事はあっても、怖いと思った事があっただろうか。

「何て言うんだろうな、やらなきゃならないと思うんだ。戦っている最中は、その場を凌ぐ事だけを考えてるのかな…」

 光は考え、呟くように言った。

 戦う事に関しての躊躇い、他者の命を奪う事に対する躊躇を、光は捨てている。それは、そうでなければ光が望むものを守る事が出来ないと判断したからだ。光が相手の命を奪う事を躊躇えば、それは大きな隙となり、勝機を逃す事となるのだ。もし、そうなれば光だけでなく、修や、下手をすれば家族にまで影響が及んでしまうだろう。それに気付いた時、光は躊躇う事を止めた。

 少なくともその時から戦っている最中に怖いという感情を抱いた事はない。

(……感情が抑えられてるとか?)

 戦闘中に思考を鈍らせるような感情が能力開放中は抑制されているのかもしれない。

 違うだろうと思いつつも、そんな事を考えて、光は小さく苦笑した。

 もし、そういった作用があるのであれば、焦り等感じないはずだ。それに、戦った相手が恐怖に顔を引き攣らせる事もない。

「……良かった」

「え? 何が?」

 ほっとした表情で言う美咲に、光は尋ねた。

「ええと、光が凶暴じゃなくて」

 苦笑いを浮かべて、美咲が言った。

 ああ、と光は納得した。

 つまりは、光が殺戮に対してどう思っているのか聞きたかったのだろう。もし、光は「怖い」と答えれば、それは光が戦闘を避けたいと思っている証拠となるし、そうでなければ光は他人の命を奪っても平気でいる人間だという事になるのだ。

 結果的に、光は戦闘に関して怖いとは思っていなかったが、戦闘を避けたいとは思っていた。怖いと思うよりも、戦闘を凌ぐ事に精一杯になって、他の事を考えられないという事だ。

「流石に、俺も戦うのは厭だよ」

 光も苦笑を浮かべ、言った。

 たとえ、光やその周囲に攻撃を仕掛けて来る者が相手でも、光は進んで戦いたくはなかった。だが、それでも攻撃して来るのであれば、光は全力で迎え撃つ。

 その時の相手は、まさに光の存在を脅かす敵、なのだ。

「出来れば戦いたくない。だから俺からは攻撃しない。けれど、それでも向こうが攻撃して来るなら、俺は全力で戦う」

 光は視線を進行方向へと向け、告げた。

 それは自分自身に言い聞かせているようにも見えただろう。

「やっぱり…」

 言って、美咲が笑んだ。

「やっぱりって……?」

 それに光は首を傾げながら、問う。

「私の思った通りの人だったって事」

 美咲の優しげな表情に、光は一瞬、見とれた。

「……私、光が戦う事をどう思うか考えた時、今の光に近い事言うんじゃないかって、思ったから」

「……」

 光は何も答えられなかった。反応に困ったと言う方が正しいだろう。

「強いよね、光って」

「……何だって?」

 いきなりの美咲の言葉に、光は驚きの表情を向けた。

「だってさ、いつもクラスの人とほとんど話してないのに、寂しそうじゃないんだもの」

「……まぁ、親友が一人いるから」

 微笑とも苦笑とも取れる表情で、光は答えた。

 大分昔に、その状況を寂しいと感じた事はある。しかし、今の光には修がいる。それに、周囲の視線を気にする必要がない事も知っているのだ。

 光には居場所があるのだ。他でもない光自身が望み、その存在を認めてくれる人のいる、居場所が。それがある事さえ解れば、それが作り出せるという事が解れば、周囲の反応を気にする必要はないという事が解る。

「もし、私が一人ぼっちだったら、そうはなれないな……」

「どうかな。昔は俺も寂しいと思ってた時があるからな」

「え、そうなの?」

「今はこの通りだけどね」

 苦笑を浮かべ、光は言った。

 かつての光は、自らの病弱な体質にコンプレックスを持っていた。持病のせいで運動が出来ず、それが原因で運動神経は低くなったが、その頃は回りの子供達と一緒になって楽しむ事が出来ない事に劣等感を感じていたのだ。

 今も、多少は運動能力の低い事に劣等感を感じる事はあるが、仕方がない事だと割り切れている。

「……そう言えば、美咲から見て、霞はどう映る?」

 急に光は尋ねた。

 話を逸らすような形になっていたが、それは光がらしくもなく照れを感じていたからだ。

「え、そうね……霞も強い人だと思うわよ。ただ、彼女は少し寂しそうに見えるけど」

「……そうか」

 答えながら、鋭いな、と光は思った。

 今のところ、霞が孤独感を感じている事を知っているのは、光だけだ。修が気付いているかどうかは解らないが、光は修にその事を言った事はない。

 それに、クラスにいる他の生徒達は、むしろ霞を避けているようにすら感じられる。霞自身が他者を寄せ付けぬような雰囲気を発しているからだが、その奥に隠された脆い心を見つけられた者は果たしているのだろうか。霞は自らの心を守るためにも、他者を寄せ付けぬようにしているのだ。同じような時期のあった光には、それがはっきりと判った。

「……そう言えば、光って結構霞の事気にしてるわよね?」

「そう?」

「そう見えるけど。もしかして、霞の事、好きなの?」

 疑うような視線を交えて、美咲が尋ねてきた。

 霞に恋心を抱く男子は、少なからずいるだろう。それは彼女の容姿が美しいというだけではなく、他者を寄せ付けない雰囲気が見方を変えれば儚げに見えるために、霞の美しさを逆に際立たせているからだ。普段は存在感が希薄だが、一度意識してしまうと彼女の存在は異様にすら思えてしまう。それが神秘的に思えるのだろう、美しさとも相まって、人気は高いようだ。

「いや、好きとは違うよ。ただ、昔の自分と重なる部分があるから、気になっちゃってさ」

 苦笑を浮かべ、光は答えた。

 もっとも、気になってしまう理由の一つは別にある。それは、霞が能力者であるという事から来るものだ。

 霞は幼い頃に具現力を暴走させてしまい、自分の家族を失っているのだ。そして、それがトラウマとなって、心を閉ざしているのだろう。

 霞は通常型と呼ばれる類の、最も一般的な具現力を持っていた。精神力を力場に変換し、その内部に物理的なエネルギーを流し込む事で攻撃するというものだ。つまりは、高エネルギーを操るという事になる。ある意味では閃光型に近い能力だ。

 閃光型にオーバー・ロードというものがあるが、それは閃光型で言う暴走である。本来の具現力の暴走とは、力場で制御し切れない程のエネルギーを生じさせた時に、その具現力が能力者の意思に反して効果を撒き散らすというものだ。力場の源である精神力で抑え切れないだけのエネルギーを生じさせるのは、容易な事ではない。普通、人間は様々な部分で自身を守るために無意識のうちに力を抑制している。自らの身体が耐えられるだけの能力に、腕力等を抑制しているのだ。しかし、時折、その抑制を取り払ってしまえる事がある。それが、具現力の場合は感情の急激な変化だったりするのだ。

 閃光型がそうであるように、感情の変化は、時として様々な限界を超えさせる。閃光型は生じさせる高エネルギー自体が力場に付帯する形であるために、普段よりも格段に戦闘能力が跳ね上がる、というものになっているが、力場で包んでいるタイプの他の具現力は違う。力場で抑え切れない程の高エネルギーが生じれば、それは能力者の制御を離れて力場を突き破り、暴走する。

 結果として、閃光型は自らの精神力を大幅に消費する事になり、それ以外は周囲に具現力の効果を撒き散らす。光は閃光型であるため、予想する事しか出来ないが、恐らくは感情が安定するまで能力は暴走するのだろう。だが、一度能力が暴走してその力が周囲に撒き散らされれば、感情は逆に更に不安定になってしまう。そうして、精神状態のバランスが崩れれば暴走は止まらず、悪循環がしばらく続く事になるのだ。

 悲惨な事になったのは言うまでもないだろう。

 霞はそうならないよう、そうしないよう、自分の周りに非能力者を近付けさせぬようにしているのだ。

 経緯や理由は多少違うが、光も他者を避けていた事があった。光の場合は、自らの心を保つために、気の許せる相手以外には心を開かなかったというものだ。

 もっとも、今では気の許せる相手以外でも、そう態度を変える事はなくなったが。

「……霞は、好きな人っているのかな?」

 不意に、光はそんな事を美咲に尋ねていた。

「うーん、どうかしら。流石に私でも霞の感情って、詳しくは分からないから」

 光への疑いは消えたようで、美咲は顎に指を当てて言った。

「もしかしたら、光の事好きだったりして」

「まさか!」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて言った美咲の言葉を、光は一笑に付した。

 美咲も冗談のつもりだったのだろう、それ以上は言わなかった。

 光はむしろ霞には嫌われているだろう。この前も頬を張られているし、ROVに属する霞から見れば、光のような中立という立場は曖昧で、敵と思われかねない位置なのだから。

「あ、そろそろかな」

「ん、そうみたいね」

 ふと前方を見て呟いた光の言葉に、美咲が頷いた。

 前方には、横に逸れる道が一つ見えた。いつの間にか、美咲と光の帰路の分かれ道に差し掛かっていたのだ。

「それじゃあ、またね」

「ああ」

 手を小さく振る美咲に答え、光は美咲を見送った。

 その姿がまだ見えているうちに、光は家へと歩き始めた。

(……悪くない、かな)

 光は先程までの会話を思い出し、思った。

 少しではあるかもしれないが、光は美咲に好意を持っているかもしれなかった。一瞬だが、見とれてしまったという事だけではなく、美咲が少なからず光を理解してくれる人物だったと言うだけでも、光は安心感を持つ事が出来た。

 それは、光にとっては自分の居場所が広がった事を意味していた。



 家へと辿り着いた光は、傘を畳んで鍵を取り出そうとして、ポケットの中にあるものに気が付いた。

(いけね、忘れてた…)

 光は鍵で家の玄関を開け、バッグを置くと、再度鍵を掛けて来た道を引き返した。

「確か、美咲の家は……」

 思わず口に出しながら、美咲と別れた場所まで走った。

 元々それ程遠い距離ではないのだ。急げば美咲が帰宅するまでには追い付けるだろう。

 美咲が向かった道へと入り、左右を見回しながら見慣れぬ場所を歩き回った。

 光のポケットに入っていたのは、小さな包みだった。昨日のお礼というわけではないが、光としても何か美咲に贈り物をしたかったのだ。

 美咲が光を怖れた事を恥じ、その気持ちを清算するためにハンカチをくれたように、光は美咲を危険に晒す事に対しての気持ちの整理を付けたかった。無論、美咲の命と贈り物程度では釣り合いが取れる訳ではないが、美咲は危険に晒される事も思慮に入れて返答をくれたのだ。そうでなければ、光を怖れた事を謝ったりはしないだろう。

 もっとも、昨日の今日で帰宅した後でまた買い物に出たのは流石に忙しかったが。

(霞のアパートに近いって言ってたから……)

 方角や位置を頭の中で整理しながら、光は数度曲がり角を往復しながらも、進んでいた。

 雨が鬱陶しく、探し回るのに傘が邪魔に思った。傘がなければ濡れてしまうから持っているが、流石に急いでいると雨に濡れないように傘を差すのも疲れるものだ。

「……ん?」

 一瞬、廻らせた視界に赤い色が見えた気がした。

 だが、コンクリートや塀などで、周りに赤い色等見受けられない。だが、一箇所だけそれはあった。ほんの僅かにだが、水溜りが赤っぽく見えたのだ。

 その方角へ足を進めた光は、角を曲がった所で言葉を失った。

「――…!」

 傘を取り落とし、雨に濡れる事も構わずに光は駆け出した。

「美咲っ!」

 その視線の先には、赤い血溜まりの中にうつ伏せに倒れた美咲がいた。

 駆け寄り、美咲に手を伸ばし、しかし躊躇して光は顔を歪めた。

 美咲の全身に切り傷があった。切り裂かれた腕や足からは夥しく出血しており、それが動脈か何かを切断されているのだと予想するのは容易だった。首筋も切り裂かれ、既に事切れていた。

 光は膝を着き、呆然と美咲を見詰めていた。呼吸が震えていた。

 美咲の死に顔は、苦痛に歪んでいるようにも見えた。美咲の傘やバッグ等の持ち物は付近に散乱し、帰宅途中にそのまま襲われた事が解る。それは、光と別れた後で美咲が襲われたという事だ。

 降りしきる雨が光の全身を濡らし、それは美咲の流した血をも薄めて行く。

(一体、どうして……?)

 光は自問するが、理由は既に知っていた。

 それは、光がVANにとって危険因子と判断されたからに他ならない。光に対する精神的な攻撃の手段としては、それが最も効果が高く、同じような親友でも覚醒してしいる修よりも確実だったからだ。

 だが、光は納得がいかない。

 VANにとって光が危険因子と判断される事自体は、今の光にも理解出来る事だ。しかし、その光に対して精神的に追い込むために家族や友人関係を狙うのは納得出来ない。確かに、精神力と密接に結び付いている具現力能力者には、精神的にダメージを与える事が効果的と考える事も出来るが、光としては、それはただ単に光がVANに敵意を向けるだけでしかないのだ。

 狙うのならば光だけを狙い、それで倒せば良いのだ。もし、そういった状況で光が負けたのであれば、光には文句を言う事は出来ないだろう。無論、殺されてしまうのだから文句は言えないが、正面からぶつかって負けるのであれば、それは光自身の責任なのだ。光が周囲を守ろうと思ったのは、VANが光のみを狙わず、修も狙ったからだ。

(……何で美咲が…!)

 少なくとも、美咲は無関係のはずだった。

 光にとっては良い人質になり得るかもしれなかったが、それでも修と違い、光が能力者である事や襲撃してきたVANの部隊と戦っている事は知らなかったのだ。

 具現力の事は光も美咲に知られない限り、言うつもりはなかった。それが光の望んだ生き方だったのだ。

 沸々と湧き上がる怒りに、光は拳を強く握り締めた。

 それは光にとっては最悪と言える状況だった。光の手の届かない場所で、光にとって最も効果的な人間を殺す。人質を取るよりも、光の心を揺さぶるには、そちらの方が効率が良いのだ。現に、光は酷くショックを受けているのだから。

 やり場の無い怒りだけが、光の中に溜まって行く。

「……遅かったか」

 ぽつりと、聞こえた声に、光は顔を上げた。

「刃……」

 水滴で少し歪んだ視界でも、はっきりとそれが誰であるかは判別がついた。

 刃物のように鋭い視線に、黒髪の端整な顔立ちの青年がいた。その右手には日本刀を携え、背後には四人の男女が立っていた。

「――美咲……!」

 霞の声が聞こえた。

 光は立ち上がり、刃と向き合った。

「VANはどこにいる……」

「……」

 光の言葉に、刃は無言で答えた。

 そして、日本刀の柄に手を掛けると、刃を引き抜き、その切っ先を光に向けて、告げた。

「お前は戦うな」

「……これは俺の戦いだ」

「違うな、VANと戦うのは俺の役目だ」

 光の言葉に、刃は即答する。

 その視線に込められた気迫に、光は正面からぶつかった。

「今のお前は邪魔にしかならない」

 刃が一歩進み出た。

 雨の中、傘も差さずに立っているにも関わらず、刃達は濡れていない。その虹彩が変色している事から、具現力を発動して、防護膜で雨を防いでいるのだ。

「退け」

「断る!」

 光の語気が強まる。

「なら、お前の弱さを教えてやる。ついて来い」

 振り返り、歩き出す刃に他の四人が戸惑いながらも続いた。霞は一度振り返り、美咲の亡骸を見てから、刃に続いた。

「霞、お前はこの場に残れ。俺達がここから離れた三分後に通報しろ。その後で合流だ」

 刃が霞に言い、霞は黙ってそれに頷き、その場に留まった。

 刃を追って辿り着いたのは、サイクリングロード脇の河原だった。そこが戦うのに適している事は、光も知っている。

「全力で掛かって来い」

 刃が告げた。

 その姿は刀を構えもせずに、無防備に立っているようにしか見えない。しかし、その全身から発されている気迫は強く、大抵の者はそれだけで気圧され、動きを止めるだろう。

「……」

 光の視界に蒼白い閃光が広がり、全身の感覚が入れ替わった。

 身体の内側から力が溢れ出し、身体中に浸透して行く。身体の外側が熱を持ったように暖かく、それでいて身体の芯は冷えている。その対比は思った以上に安定していた。

「いきなりオーバー・ロードか……」

 刃の後方にいた男が驚いたように呟いた。

 虹彩は熱を帯びたような灼熱感すら感じさせるほどの真紅だった。ざんばら髪に、引き締まった身体の青年だ。顔立ちは整っていたが、どこか野性味を感じさせた。

 その青年の言葉通り、光は能力の解放と同時にオーバー・ロード状態になっていた。それだけ美咲が殺された事に対するショックが大きかったという事だ。

 光が地を蹴った瞬間、刃の身体を包む防護膜の厚みが増した。

 黄金に変色した刃の瞳がすっと細められ、その鋭さが増す。同時に、凄まじいまでの気迫が放たれ、刃の防護膜から火花が散った。

 刃の持つ具現力は雷を操る自然型の能力だ。それでどれだけの事が出来るのか、光は知らないが、それでも刃が桁外れに強い事は知っていた。

 それでも、光は刃に対して戦いを挑んでいた。刃の気迫に負けなかったのは、恐らく気が立っていたためだろう。普段の状態であれだけの気迫を見せられれば、身震いしていたかもしれない。

 売られた喧嘩ではない。刃が光を誘っただけの、勝負。それは刃が光に対して絶対的な勝利を確信しているからした事だ。

 光はそれが許せないのではない。ただ、美咲を殺したVANの部隊に対して報復がしたかったのだ。

 報復に意味がない事ぐらい光も理解しているつもりだが、自分自身の心の安定、やり場の無い怒りをぶつける相手がいるとすれば、VANぐらいしかないのだ。全てを抑え込めるほど、光は寛大ではない。

 引き伸ばされた時間間隔の中ですら、早いと感じる程の速度で光は刃に対して拳を打ち込んだ。恐らく、常人の目から見ればほんの一瞬でしかない時間に、光は刃との距離を詰めていた。

 だが、刃はその拳をかわした。

 光の視界から、刃の姿が消えていた。雷鳴のような音を残して。

 拡大された光の知覚は、力場を探知する能力が格段に上昇している。その知覚が、光の背後に刃がいる事を示していた。

「――!」

 振り向き様に回し蹴りを放つが、次の瞬間には刃は光の間合いから飛び退いていた。

 移動の瞬間を、光は見た。

 刃の身体が雷光に包まれ、雷そのものとも言える速度で移動していたのだ。自分自身に雷を付帯させ、その雷を動かす事で自分の身体をも同等の速度で移動させたのだ。

「……たとえお前の力が強力でも、お前自身が今の状態ならば、それは十分に発揮出来ないだろう」

 刃が言う。

 光は再度、刃へと突撃した。

 間合いを詰めるのも一瞬だが、かわされるのも一瞬だった。刃の速度は、光を凌駕していた。

 ――俺は……!

 身体の内側から溢れ出る力が、その勢いを増し、光の能力の全てを拡大する。それはオーバー・ロードの特性だ。力場そのものに具現力としての効果を付帯する閃光型は、元から能力を抑える必要がない。そのため、暴走した時、力場に付帯するエネルギーの密度が高まるのだ。それは、能力者の意思に従い、能力が上乗せされていくのと同じ事だった。

 光の反射速度が跳ね上がり、刃を追いかける。

 蒼白い閃光に包まれた拳が刃の身体を捉えるが、刃はそれを身体をずらすという動作だけでかわして見せた。

 刃は一度も光に攻撃をしていない。それは刃の言葉が真実であった事を裏付けていた。

 今の光では、刃は倒せない。

 ――……守ると誓ったんだ!

 昨日、心の中で誓ったばかりの事を、今日、果たす事が出来なかった。

 光の防護膜が厚みを増し、その虹彩が一層輝きを増し、刃の動きに、光が次第に追いついて行く。

「……力任せで勝てると思うな」

 静かに、刃が告げた。

 刹那、右手に提げた日本刀が閃いた。

 反射的に横に跳び、その一撃を避けたものの、光の左肩部分の服が裂けていた。

「――飛雷刃」

 刀身を厚く雷光が包み、それを横に一閃して、刃は光目掛けて雷光を飛ばした。

「っ!」

 掌をかざし、そこに生じさせた防壁で雷光を打ち消し、光は駆け出した。

 光の両手から蒼白い閃光が伸び、剣のような長さで止まる。

 その剣を刃に叩き付けるようにして振るが、それを刃は右手に握り締めた刀で受け止めた。すかさず光は逆方向からもう一方の剣を叩きつけるが、刃は受け止めていた光の剣を刀を滑らせて弾き、逆方向から迫る蒼白い閃光の剣を雷光を纏わせた日本刀で受け止めてみせた。

 直後に放った光の回し蹴りも難なく回避し、刃は距離を置いて光に向き合った。

「……まだ、やるか?」

 告げられた言葉に、光は駆け出した。

 光の掌から蒼白い閃光が放たれる。

「――裂雷突」

 刹那、刃が切っ先を光へ向けたまま後方へと引いて構えた日本刀を、凄まじい速度で突き出した。電流が空気を裂く、雷鳴が轟く。

 蒼白い閃光は雷と同等以上のエネルギーを一点に集中して受け、突き込まれた部分から周囲に分散した。拡散した蒼白い閃光は、全て刃を避け、消滅した。

 光はすぐさま両手に閃光を生じさせ、連続してそれを刃へと投げ付けた。

 刃はその尽くを雷光の纏った日本刀で弾き飛ばし、防いでみせる。

 刃との距離を詰めた光が振り下ろした剣を、刃は日本刀で弾き、繰り出される回し蹴りを片手で受け止め、空いた手から放たれた光弾を、身体を捻って避ける。更に打ち込まれる拳を、横合いから片手で打ち払った。

 光の目線と、刃の視線が間近な距離で交差した。

 刹那、爆発的な速度で跳ね上げられた膝が光の腹に減り込んだ。そのまま力の方向に大きく吹き飛ばされ、光は背中から地面に打ち付けられた。しかし、光は咳き込みもせずに起き上がり、直ぐに駆け出した。

 膝蹴りの入る直前に、本能的に防護膜が厚みを増していた。オーバー・ロードの影響で能力が更に拡大され、痛覚が鈍くなっていた。実際の痛みは咳き込まずにはいられないほどのものでも、痛覚が抑制された状態の光には、ほとんど効果がなかった。

「……前にも言ったな、冷静になれ、と」

 刃が告げた言葉が、光の頭の中に響いた。

 冷静になれ、告げられたのは、一ヶ月前だ。光がVANに拉致された修を取り戻すために戦った時、VANの部隊を殲滅するためにその場に来ていた刃は、光が駆け出す直前にその言葉を投げたのだ。

 冷静さは戦場では大切なものだ。絶え間なく変化する状況に対応するためには、冷静でいなくてはならない。そして、強敵と戦う時に冷静さを欠いてしまえば、敵の攻撃を見切る事もままならないのだ。自身の攻撃は単調なものとなり、見切られ易くなり、対する相手の攻撃への対応は疎かになって行くのだ。

 光は口元を歪めた。

 我を失いかけていた事に、光はようやく気付く事が出来た。頭に血が上った状態では、たとえ閃光型能力者である光でも、多数のVANの能力者に仕留められてしまう可能性が高いのだ。

「……それでいい。だが、まだだ」

 刃の口元に一瞬笑みが浮かび、すぐに消えた。

 光の掌から閃光が放たれ、刃がそれを避ける。光はそこへ光弾を放ち、回避行動を取った先へと、瞬間的に手に生じさせた剣を振るった。刃が剣を刀で受け止め、弾く。光はそれを直ぐに引き戻し、別方向から振るうが、刃はそれを受け止めてみせた。

 激しい鍔迫り合いの末、吹き飛ばされたのは光だった。

 具現力によって強化された足腰のバネで衝撃を受け流し、着地の体勢から強引に駆け出した。

 刃も攻撃を始めていた。だが、それでも手加減しているのだと、光には判った。そして、それは一層光の怒りを増幅させた。

 拡散する閃光を放ち、それを打ち払う刃へと光弾を連続で撃ち出す。

 雷光で身体を包み、刃はその攻撃の中を駆け抜けて光へと接近して来た。

 その場に降りしきる雨が、刃の纏う雷光で蒸発し、火花を散らしていた。対する光も、防護膜で雨を蒸発させている。

「うぉおおおおおっ!」

 光は両手で一つの大きな剣を形成し、それを横合いから刃に叩き付けた。

 雷光に包まれた刀が閃いた直後、光の作り出した剣が切り裂かれていた。

 角度と速度、濃縮された雷撃の圧力によって増幅された攻撃力が、光の攻撃力を上回り、接触した部位を裂いたのだ。

 攻撃を凌いだ刃が、刀を振るう。雷光によって音速を超えた刀身を、拡大された知覚と反射でかわし、光は掌から閃光を放った。刃はそれを避け、雷光を身に纏って光へと接近し、刀を振るった。

 刃が右足を踏み出し、光が右足を引く。光が右へ回り込もうとすれば、それを追いかけるように刃が動いた。雷光と共に閃く刀を蒼白い閃光の剣が受け止め、弾き合う。

 光の二振りの閃光の剣を、刃が刀一つで一瞬で弾き、光の防御を一瞬だが解いた。

「――爆雷斬」

 刃の左手が右手に添えられ、高く剣を振り上げる。雷光がその刀身に厚く生じ、火花を散らす。その剣を、光に真正面から叩き付けた。

「…っ!」

 直前で、光は両手に生じさせた剣を引き戻し、交差させた部分で雷光に包まれた刀を受け止めた。

 瞬間、刀が爆発したように雷撃を周囲に解き放った。

「――!」

 雷撃を身体の前面に浴び、光が地面に弾き倒された。

 防いだ直後の攻撃に、防護膜を厚くする事も出来ずに、雷撃を浴びた。まともにダメージを喰らい、前面に衝撃と雷撃を受けた。

 攻撃の圧力も大きく、押し倒された時の衝撃も、凄まじいものだった。

「う…ぐ……」

 痺れの残る身体を強引に転がし、光は起き上がった。

 直後、脇腹を雷光が直撃した。切り裂かれた左の脇腹から血が溢れだし、遅れて痛みを感じた。痛みは、実際のものよりも、大分和らいでいたため、光はよろけたものの、倒れなかった。

「……これで終わりにさせてもらう」

 刃が呟いた。

 数歩の距離を置いて、刃が立っていた。

 その鋭い視線が、気迫を増し、全身に雷光を帯びる。

「……奥義――」

 刃が右手に握り締めた刀を、逆手に持ち替え、自然な角度で眼の高さまで持ち上げた。その刀身を右腕に添わせるようにして、左手も右手を後方から押さえるように添えた。

「――絶……!」

 刹那、雷光に包まれた刀身が閃いた。雷が空気を裂く凄まじい音と、圧縮された雷撃の放つ閃光が光の視界を焼いた。

「――っ!」

 一瞬の間に刃は光の後方に立っていた。

 光には全くその動きが見えなかった。ただ、右脇腹から左肩に掛けて走った傷が、その瞬間の動きを予測させた。

 一瞬の間を置いて、光の身体に斜めに走った傷から鮮血がしぶいた。

「……じ…ん…っ!」

 振り向こうとして、それが出来ずに、光は右肩から地面にぶつかり、仰向けに倒れた。

 喉の奥から熱い何かが迫り上げ、吐き出された。

「……過酷な道を選んだのはお前自身だ。起きた事に心を動かされるな」

 背を向けたまま、刃は告げた。

 傷跡に沿って激痛が走る。軽減されているにも関わらず、その痛みはかなりのものだった。それでも、光はそれを噛み殺し、刃を視線だけで睨んでいた。

「……お前は俺と違うんだ。力の使い道を間違えるな」

 鋭く言い放ち、刃は足を踏み出した。

 戦闘を眺めていた四人の元へと向かいながら、刃は口を開く。

「――行くぞ、楓、翔、瑞希、霞」

 告げて、刃は四人を連れて立ち去った。

 光は、立ち上がる事が出来なかった。

 雨を全身に浴び、それが傷口に当たる事で痛みが身体を駆け巡る。それでも身体を動かす事が出来ず、光はそのまま雨を浴びていた。具現力による攻撃を受け、力場が働いていない傷口の部分が血と雨で濡れていく。

 具現力を閉ざせば、意識が飛んでしまう程の痛みを感じるだろう。それに気付いていたから、光は具現力を閉ざす事をしなかった。

(……負けた……)

 光は改めてそれを実感した。

 刃は、今の光よりも数段上にいた。閃光型のオーバー・ロード状態にあって、自然型の能力者である刃を倒す事は出来なかったのだ。傷一つ付ける事さえ出来ず、手加減すらされたのだ。

 敗北感と痛み、浴びた雨が、光の頭を冷やしていた。

(……結局、俺は何も出来なかった)

 光は目を閉じた。

 呼吸する度に痛みを感じるが、具現力開放状態による痛覚制御が、それを耐えられる範囲に留めてくれていた。それでも、光には堪えた。

 思い起こされたのは、光と美咲がVANに襲われた時の事だった。

 あの時、光は確かに美咲を守る事が出来たと思った。しかし、それはその時を凌いだだけで、守ったと言えない事に、光はようやく気付いた。守り続けて、初めて守っていると言えるのだ。そして、その状態で真っ当な死を迎えてこそ、光が彼女を守ったと言えるはずだ。

 彼女が出来たからと浮かれていたのだろうか。

 いや、光が自分の力を過信し過ぎていたに過ぎないのだ。

 強力な閃光型であり、力場破壊能力を秘め、VANの部隊を一つ壊滅させたという経験が、光を過信させていたのだ。それだけではない。VANの対応や、自らの力の大きさに、光は過信していたのだ。

 自分は誰にも負けない強さを持っている、と。

 光自身、それを認めたくはなかった。しかし、今、それは認めざるを得ない事実として光に突きつけられている。

 美咲を守る事が出来ず、刃には簡単に負けてしまったのだから。

 力場破壊という、どの能力者をも凌駕する可能性を光は持っている。しかし、その力を刃との戦いで使う事は出来なかった。

 使わなかったのではなく、使う事が出来なかったのだ。力場を見る能力は、オーバー・ロードで確実に拡張されていた。しかし、力場を破壊する力は、感じられなかった。

 恐らく、これも使えなかったのではない。光自身が、その力を使おうとしなかっただけなのだ。

 怒りで冷静さを欠き、光は攻撃能力を追求していった。オーバー・ロード状態だった具現力は、光の精神力を消費して力を上乗せしていったが、それは全て閃光型能力者としての攻撃力を上乗せしただけで、力場破壊の力を引き出していなかったのだ。

 かつてはどうだっただろうか。

 一ヶ月ほど前の、光がVANの一部隊を壊滅させた時。あの時、光は力場破壊能力を行使していた。周囲からの攻撃を、全て打ち消していたのだ。

 それが何故、今出来なかったのか。

 閃光型は精神状態と密接な関係にある。もしかしたら、光の敵意だけが増幅された結果なのかもしれない。

(……俺は誓ったのに……)

 刃の言葉が脳裏を過ぎった。

 光は自らの能力を使いこなす事が出来なかったのだ。

 今回の戦いだけではない。クライクスと戦った時もそうだったのだ。あの時も、光は力場破壊能力を使えず、修を守る事が出来なかった。むしろ、覚醒したばかりの修に助けられたのだ。

 咳き込み、血を吐き出して、光は意識を現実に戻した。

(……俺のせいだ……)

 それははっきりと解っていた。

 光と美咲がVANに襲われた事は、仕方がないと言える事かもしれないが、美咲が殺されたのは明らかに光に責任があるだろう。

 守ると誓ったのにも関わらず、光は美咲の自宅までの安全の確保をしなかったのだ。美咲を家まで送り届けていれば、途中で現れただろうVANのエージェントから美咲を守る事も出来たはずだ。もし、光がいた事でVANのエージェントが攻撃して来ないのであれば、それだけでも効果があると言えた。しかし、光はそれをしなかった。

 狙われているのが光だからと、美咲は狙われないと勝手に決め付けていたのは、明らかに光の落ち度だ。修も狙われていたという事を知っておきながら、美咲にはないと考えていたのだ。

(――くそっ!)

 自分の浅はかさに、光は毒づいた。

(――俺は……!)

 過去を変える事は出来ないと、光は知っている。

 美咲が狙われた経緯も、理由も、光には検討がつく。それだけでなく、美咲が自分の身が危険に晒される可能性がある事を考えて、光と付き合う事を決めたという事も、光には想像がつくのだ。

 光には、VANそのものを責める事は出来ない。そして、美咲を責める事も。

 刃に敗北し、冷静になって、初めて気付いた事があった。

 そして、それは光にとって最も辛い事でもあった。

 ――俺は、泣かなかった……!

 美咲が死んだ事を確認した時、確かに光の視界は濡れていた。

 しかし、それは全て雨に濡れたが故のもので、光は涙を流していなかったのだ。

 つまり、光は――

(――美咲を好いていなかった……!)

 無論、必ずしもそうとは言えない事ぐらい、光には解る。

 いきなり身近な者が亡くなった時、涙が出ないと思う事はよくある事だろう。しかし、それでも心は悲しんでいるはずだ。多少感情が遅れて来たとしても、悲しみという感情があるはずなのだ。

 光には、それがなかった。

 悲しみを感じたのか、光には判らなかったのだ。それが、光が判断を下した理由だった。

(……美咲に応えてやれなかった)

 怒りが薄れつつあるのを、光は感じた。

 刃の、「力の使い道を間違えるな」という言葉が思い出された。

 恐らく、それは刃と光の立場の違いだ。

 刃はROVのリーダーとしてVANと戦っているが、その根底には大切な人を殺されたという過去がある。つまり、刃はVANに対する復讐心で力を振るっている事になる。

 対する光は、中立の立場を取った。自らと、その周囲に降りかかる火の粉を払うために力を使うと、光は決めたはずだ。

 ――復讐のために力を使うな。

 刃はそう光に言ったのだ。

 光は、刃の言う通り過酷な道を選んだ。一方的に狙われる立場で、自己防衛のため以外では攻撃をしないという道を選んだのだ。それを無視して、VANに攻撃してしまえば、光は自らの立場を崩す事になるのだ。

 薄情だと、光は自分でも思った。

 美咲は確かに、光の内側に踏み込んで来た人間で、光が受け入れる事の出来た人間だ。それでも、光は美咲を「恋人」と認識するところまで行かなかったのだ。美咲は光を恋人として見てくれただろうに。

(……どうして、俺はこうも鈍いんだ…!)

 奥歯が鳴った。

 美咲だけではないのだ。修の場合も、そうだった。

 光だけが狙われていると思っていたのだ。修にも、光のように監視が付いていたのだ。修が人質に取られた事があったにも関わらず、光はその後も修のために周囲の安全を確認するという事が頭に無かった。

 無論、光は決して鈍い方ではない。洞察力の観点からすると、普通に過ごしている同級生達よりは数段上の部類に入るだろう。

 それでも光がその部分に気付かなかったのは、頭のどこかで「狙われるのは自分だけ」と考えていたせいなのだろう。

 光は、それが許せなかった。

 不意に、気配がした。力場の気配だった。

「――!」

 敵か、と思う。今ならば光を殺すのには絶好とも言える状態なのだ。

 光は身体をまともに動かす事が出来ない。戦えないのだ。

「――光っ!」

 その声に、光は驚きの視線をその方向へ向けた。

 そこには、修がいた。傘を片手に持った修は、上半身を斜めに傾けた状態で、腰から上だけがそこに存在していた。その眼は深い闇色だった。

 腰の部分に感じられた力場の気配に、光はそれが修の能力で出来る事の一つなのだと理解した。

「…修……?」

「ちょっと待ってろ!」

 刹那、修が手を光に伸ばした後で光は浮遊感を感じた。背中に感じていた地面の感覚が失せたのだ。

 その直後、視界が室内に転換し、硬い床に背中がぶつかる感触があった。

 恐らく、修の持つ空間破壊能力で光の背中と地面の間の空間を壊し、修の家へと繋げたのだ。そんな事を漠然と考え、光は傍にるのが修だけでない事に気付く。

「わ! 酷い怪我!」

 有希の声がしたかと思うと、その小さな手が光の身体に斜めに走る深い傷へと乗せられた。

 その有希の虹彩は白銀の燐光を帯び、それと同色の輝きを放つ力を光の傷口へと流して行った。

 痛みはなく、暖かな感触が身体の中に流れて来ていた。それが彼女の具現力なのだと、力場に敏感な光の知覚が教えていた。白銀の輝きを放つ彼女の「力」は破壊された様々な細胞の活動を補い、治癒効果を強制的に、無理なく高め、対象の傷を癒すのだろう。

 やがて、痛みは引き、光は具現力を閉ざした。閉ざしてから、痛みを感じたが、耐えられる程度にまで抑えられていた。

「……何があった?」

 修が、光が落ち着いた事を確認して尋ねた。

 まだ光の傷口には白銀の力が残り、有希に手を乗せられていた。

「それは俺も聞きたい。何で、いきなり俺が倒れている事に気付いたんだ?」

「紅が来た。お前が重症だと告げて、四階から飛び降りて行っちまったけど」

「……霞が…?」

 光には死んで欲しくない、という事なのだろう。もしかしたら刃の命令かもしれない。

 刃が光を殺す事が出来たのは確実だ。それをしなかったという事は、少なくとも光はROVの敵ではないという事だ。だから、助けるためにそうしたのかもしれない。

「お前の傘も置いていったぞ?」

 修の言葉に、光は傘をあの場に残してきた事を思い出した。確かに、あの場に傘が放置されていたら光が疑われてしまう可能性もある。

「で、お前は何をしてたんだ?」

「……美咲が、VANに殺された」

 修の問いに、光は目を閉じ、答えた。

「――!」

 有希の身体が一瞬震えた。

「……そうか」

「それと、刃と戦って、負けた。この傷はその時のもの」

 光は付け加えた。

「何でVANでもない奴と戦ったんだ?」

「……頭に血が上ってたんだ。美咲を殺した奴等の居場所を聞いたら、頭を冷やされた」

 光は修に答えた。

 それだけで修は大体理解したようだった。

「――修、頼みがある」

 少しの沈黙を挟んで、光は口を開いた。

「……力の訓練をしたい。相手をしてくれ」

「ん、俺も丁度力の使い方は覚えたかったからな」

 互い視線を交わして、互いに頷くのを確認した。

「……ありがとう、もう大丈夫」

 光は有希に言い、具現力を解放した。

 傷は有希の力でかなり治療されていた。後は光の防護膜だけでも十分完治させられるはずだ。失った血は、自分自身で取り戻す事にした。貧血を起こす程足りないわけではないようで、動くのには十分なだけ回復していた。

「……悪ぃな、色々と。今日はもう帰るよ」

 苦笑を浮かべ、光は言った。自分でも、その苦笑がぎこちないものだと判った。

 光は修の部屋を出た。四階から飛び降りて、走って帰った。

後書き


作者:白銀
投稿日:2009/12/12 04:16
更新日:2009/12/12 05:07
『ライト・ブリンガー I ?蒼光?』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:37
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