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作品ID:44
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ライト・ブリンガー I ?蒼光?

小説の属性:ライトノベル / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / R-15 / 完結

前書き・紹介


第三部 第二章 「異変、気付く時」

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 第二章 「異変、気付く時」





 光の家に訪ねて来た女性、原山克美は孝二の高校時代のクラスメイトだった。無論、孝二の幼馴染である香織もクラスメイトであり、克美とも面識があるようだ。孝二が帰宅し、克美を招き入れようとした時丁度良くやって来た香織と、一階リビングで昔話が始まっている。

 それを邪魔しないように一度二階へと上がった光だったが、それから程なく、夕食だと呼ばれた。

 一階のダイニングルームに入った時には、香ばしい匂いが光と晃の嗅覚を刺激した。

「うちにあるものでこれだけ出来るもんなのか」

 孝二が感心する中、克美が夕食を食卓に並べて行く。

「材料は少し持って来てたからね」

 少し得意気に克美が言う。

 食卓の上に並べられているのは、ピッツァとパスタが数種類。それぞれの席の前には取り皿が置かれ、自分で好きなものを食べたい分だけその都度盛って食べるという方式になっている。

「美味しそう」

 香織の言葉に、光も同感だった。

 見た目も香りも、並以上のものだ。素人でここまでは出来ないだろう。

「イタリアで料理の勉強してたのよ。味は保障するわよ」

 微笑み、克美が言う。

 その言葉通り、味も良かった。

 パスタの麺は手製のもので、スーパー等で売っているものよりも明らかに上等なものだった。湯で加減も丁度良く、三種類程あるソースも絶品だ。

「どう? 美味しいでしょ?」

 光と晃へ向けて、克美が言う。

「最高ですね」

 晃が言い、光はそれに頷いた。

 ピッツァは生地が薄く、焼き加減の良さと相まってカリカリの食感が何とも言えない。生地だけでなくトッピングもまた、職人技だった。

「そういえば、いつ帰って来たんだ?」

「一昨日、日本に着いて、昨日こっちに来たのよ」

 孝二の問いに克美が答える。

「今夜はどうするんだ? 荷物とかもあるんじゃないのか?」

「荷物はそのスーツケースだけしか持って来てないの」

「え、じゃあまた直ぐにイタリアに戻るの?」

 問いに対する克美の返答に、香織が口を挟んだ。

 今までイタリアに住んでいたというのなら、スーツケースだけが彼女の荷物全てではないだろう。

「んー、そうね……予定では半月ぐらいだけど、いざとなったら向こうで出来た知り合いに荷物全部送って貰う事にするわ」

 半月、二・三週間の滞在予定らしい。

「休暇ってところか?」

「ええ。日本にも久しく帰ってなかったから」

 孝二の言葉に、克美が答える。

「あ、そうだ。泊まる場所なんだけど……」

「うん?」

 胸の前で手を叩き、思い出したように言う克美に、孝二が首を傾げた。

「今晩泊めてくれない?」

「何で? ホテルとか取ってないのか?」

「今思い出したのよ、どこも取ってないの」

 克美が照れたように笑い、孝二は呆れたようにそれを眺めた。

「……泊まるならうちでもいいわよ?」

 香織が克美に言う。

 女性同士の方が何かと良さそうなものだと光は思ったが、克美は、うーん、と唸って考えた末に視線を孝二に向けた。

「孝二君は?」

「どちらでも構わないけど? 部屋はあるし」

 孝二は困ったような表情を浮かべ、答えた。

 元々、光の両親と光と晃が住んでいた家で、四人で暮らすには多少広い家だった。両親が事故死して、孝二が住むようになったが、三人では流石に広い家である。

「夕飯御馳走になってるし、断れないって」

 言い、孝二はピッツァを一切れ取った。

「じゃあ、香織も今日泊まったらどう?」

「……孝二、それでもいい?」

 克美の言葉に、香織が孝二に視線を向ける。

「ん、いいよ」

 頷き、孝二がピッツァを齧る。

 大人三人がそんな会話をしている中、光と晃は黙々と料理を食べていた。料理も美味かったが、何より光や晃が喋るには気まずい雰囲気だった。もっとも、光は普段の食事中も余り喋らないため、別段変わらないのだが。



 食事を終えた光は一足先に二階へと上がった。恐らく、それ程経たないうちに晃も来るだろう。

 一階では孝二、香織、克美の三人が談話し始めているはずだ。

(……叔父さんの同級生、か……)

 孝二の知り合いは今まで香織ぐらいしか知らなかった。

 尋ねて来る人もいなければ、孝二が尋ねて行く事もない。勿論、仕事の関係で遠出をする事はあるが、孝二がその際に友人の事に関して話した事はない。やはり、光や晃に仕事の事を話しても仕方がないからだろう。保護者として、光や晃は孝二に学校での事は時折話すが、その逆はほとんどない。

 ニュースでやっていた出来事や、新聞記事など、孝二が光や晃に向けて話す事は限られている。

 ただ、香織と話している時には別の事も話しているようだ。むしろ、香織でなければ昔の友人やら何やらの話は理解出来ないだろう。それでも、二人はまだ結婚しているわけではない。

 事実婚と言えるとはいっても、やはり結婚というには何か違うように感じる。香織はしっかりと自分の家があり、孝二は稀に香織にせがまれて家に泊めてはいるが、普段は別々の家で生活しているのだ。

 それに、孝二と香織の間に子供が産まれているという記録はない。

 初めのうちは光や晃に遠慮しているのではないかと考えていたが、成長するにつれて、そうではないと思うようになった。何かしら理由があって結婚に至っていないのだと、今は判断している。

 光も晃もその理由を聞いた事はない。尋ねる事も、出来ていない。

 いずれ、その理由が解るだろうとも思い、光はそれを待つ事にしていた。

 それから暫くして、晃が来た。九時半頃までそれぞれ過ごした後、光は晃よりも一足早く一階に下りた。

 歯を磨くためだ。普段から台所の流しを使っているため、リビングでの会話が光にまで聞こえて来る。

「そういえば、あの二人は孝二君の子供なの?」

「まだ言ってなかったっけ。兄さんの子なんだよ」

 リビングを横切った光を見たのだろう克美の言葉に、孝二が言った。

「七年前に旅行で奥さんと一緒に事故死してね、引き取ったんだ」

「そう……」

「今、そこで歯を磨いてるのが弟の光。兄は晃」

 手短に孝二が紹介する。

「でも血縁者なのね。似ていると言えば似てるわ」

「そうかな?」

 克美の言葉に、孝二が答えた。

「……余りそういう事言われないからね」

 香織の声に苦笑が混じる。

 近所付き合いが悪いという訳ではないが、それ程良いと言う訳でもない。光や晃は運動が好みではないし、孝二は仕事があり、香織には香織の仕事がある。昼間は誰もいないのだから、近所の人達と話す機会はほとんどない。個人として尋ねて来る人はおらず、そのために孝二も光も晃も、似ていると言われた事はないのだ。

「少なくとも光は父親似だよ。そんなに僕には似てないよ」

 その孝二の言葉に、歯を磨いていた光の手が止まった。

 だが、それに気付いた者はいないだろう。リビングからは光が見えないのだ。声が聞こえるだけでしかない。

「まぁ、どっちかって言うと晃は僕に似ていると思うけどね」

 孝二の言葉が聞こえる。

 光の手が、また動き出した。手早く歯を磨き、口を漱ぐ。

(……父さんに、似てる?)

 性格が、だろう。

 十歳に満たないうちに他界してしまった父、光一がどんな性格だったか、良く憶えてはいない。勿論、母、涼子の性格も。

 ただ漠然と、両親が優しかったのは憶えている。良き両親だったという事だけ、はっきりと言える。

「兄弟なんだから逆じゃないの?」

 克美の疑問が、光にも湧き上がった。

 普通なら、兄弟の順に似ているのではないだろうか。晃が光一に、光が孝二に似ているというのが普通だろう。

「一歳違いの晃や光と違って、僕と兄さんは三歳は離れてたからね。その差だと思うよ」

 孝二はそう答えた。

 今年、孝二は三十三歳になる。光一が生きていれば、今年で三十六のはずだ。

「確かに、晃君の方が孝二には似てるわね」

 香織が言う。

 光はコップに水を注ぎ、それを煽ると台所から出た。

「…おやすみ」

「ん、おやすみ」

 光の挨拶に孝二が返事をする。

 それを聞いて、光は階段を上った。そうして、いつものように十一時を超えるまでパソコンを使って過ごしてから、光は自分の部屋に入った。何故か、眠りに着くまで、孝二の言った言葉が頭から離れなかった。





 目を覚ました光は、いつものように手早く着替えを済ませると階段を下りて台所で顔を洗ってから食卓についた。

 その食卓にいたのは、晃と孝二に、昨夜泊まっていた香織と克美の四人だった。

 トーストとサラダ、それにスープという、恐らく克美が作ったのだろう朝食を食べる。サラダにかかっていたイタリアンドレッシングから、克美が作ったのであろう事を認識する。薄味で、あっさりした朝食を食べ終えてから、光は時間を見てまだ数分の余裕がある事を確認する。

 余裕があると言っても、光が目安にしている時間ギリギリに家を出たところで、波北高校に辿り着いてから授業が始まるまでには二・三分の時間が空くようになっているのだ。それ程急ぐ必要はない。

「あ、そうだ、今日のお弁当は私が作ったの」

 食事を終えた光と晃に、克美が声を掛ける。

「そうなんですか。ありがとうございます」

 光よりも先に晃が礼を述べてしまい、光は晃に合わせて小さく頭を下げる事しか出来なかった。

 失礼だと感じつつも、同じ内容の事を後から言うのは苦手だ。人見知りする性格だと言い換える事も出来る。

「あ、そろそろ行かなきゃ」

 言い、立ち上がった晃に、光も時間を確認して続いた。

 バッグの中に弁当があるのを一度確認してから、玄関で靴を履く。

「じゃあ、行って来ます」

「行って来ます」

 晃に続き、光も言い、玄関から外へ出た。

 いつも通り道路に出て、歩き始めた光を、自転車に乗った晃が追い越して行く。

「――さてと……」

 大きく息を吸い、それを吐き出し、気持ちを入れ替えるように光は呟いた。

 学校に着くまでには時間がある。それまでに考えておく事があったのを思い出したのだ。

(VANが動く……)

 どう動くのか、光のVANに対する態度はそれによる。

 もし、VANが大きく動いたとした時、それが光や修に影響を及ぼすのは間違いないだろう。それはダスクの言葉と態度が物語っていた。そうでなければ、ダスクが直接電話をして来る理由がないのだから。

 第一特殊機動部隊長ともなれば、その上に立つ人物はもう限られて来る。それだけの地位にいながら、組織が光を狙おうとするのを抑えられないと言うのだ。ダスクもVANの一員なのだ。VANが大きく動き出すのであれば、ダスクはそれに従わざるを得ないだろう。いや、元々、それがVANの目的である動きなのだとしたら、それはダスクが望む事でもあるはずだ。

 ダスクの協力はもう望めないだろう。

 問題なのは、VANが光や修に対してどんな影響を与えて来るか、だ。いや、光や修の周囲に対して、と言ってもいいかもしれない。

 VANの動きが、周囲に影響を出した時、光と修はどう行動するのが最善だろうか。周囲に及ぼされるであろう影響というものが、果たしてどのようなものになるのかを考えなければ、その答えは出ない。

(……もう、失うのは御免だ……)

 一ヶ月前のように身近な人を失う事態にはしたくなかった。

 ダスクからの連絡を無駄にしないためにも、何としても凌がなければならない。忠告があるのだから、いつも以上に警戒しておく必要がある。

(……そういえば、最近は監視が甘いな)

 周囲の気配を探り、光は内心首を傾げた。

 そういうものに対して鋭い光は、力を使っていない、知覚能力が上昇していない状態でも、ある程度なら周囲の気配を探る事が出来る。恐らく、修も。

(警戒力が上がっているのか?)

 考え、光は周囲の気配を探るために少しだけ力を解放した。

 視界が一瞬ブレるが、それだけで、外見上は何も変化がない。だが、光の感覚は通常の倍近くまで鋭敏になっている。

 本来、具現力を使うと、身体が力場の一種である防護膜に覆われる。それによって身体能力や敵の具現力に対する防御能力を高めてるのだ。光はそれをせず、防護膜で身体を覆わずに力を発動したのだ。その場合、防御力も具現力本来の力である力場も使えないが、普段の身体能力や知覚力を限界まで引き上げる事が出来る。無論、普通に具現力を解放した方が全てにおいて上なのだが、誰かに見られているかもしれない状況では、それはしたくない。だからこそ、光は見た目を変えずに知覚力を引き上げられるようにしたのだ。

(――いない……?)

 知覚を拡大して、光は監視がいない事を再確認した。

 今までは、ほぼ常に監視がついていた。光が家から外出している時には大抵監視されていた。光が独自にVANに攻撃する作戦を立てているかどうかの確認、といったところだろう。何かVANに対して害を及ぼすような事を口走っていれば、光一人になった時に消すために。

 この一ヶ月間、特に目障りな者を一人か二人、夜中にこっそりと排除したが、その翌日には別の監視がいた。

 それがないという事に、今までは安心していた。しかし、ダスクからの連絡を聞いたせいか、今は不安を感じている。

(……嵐の前の静けさ、か……?)

 何か、光や修に対して有効な手を打つために、その手回しのために監視員までも準備に回らせているのかもしれない。

(……どうしたもんかな……)

 少しだけ使っていた力を閉ざし光は唇を舐めた。

 基本的に、光と修は受身しか出来ない。VANの出方を窺って、光や修に接触した際に状況を見て判断を下す以外に方法はない。それ以外の手段を、光は望んでいないのだ。

 VANは敵だが、光は現在の生活を続けるのが目的であって、VANを倒す事は目的ではない。だから、光からVANという組織に対して攻撃を仕掛ける事はしない。

 だが、そのために後手に回らなければならないのは、やはり好ましくない。相手に先手を打たれた時、その先手が光達に及ぼす影響は、敵がその手を打つまで分からないのだ。

「あら、おはよう、ヒカル」

 不意に掛けられた声に、光は驚いて顔をそちらへ向けた。

「……シェルリア?」

 後から追い付くようにして、シェルリアが光の隣に並ぶ。

「……どうしたの?」

 光の驚いた表情を見て、シェルリアが首を傾げる。

「いや、俺に挨拶する人って修ぐらいしかいないから」

 視線を逸らし、光は苦笑した。

 人付き合いが悪いと認識されている光に話し掛ける人間は、ほとんどいない。光自身、親友の修さえいれば話し相手は事足りるため、それは気にしていない。

 挨拶されるのに慣れていないのだ。

「そうなの? 皆冷たいのね…」

「いや、俺が浮いてるだけなんだよ」

 シェルリアの言葉を、光は訂正する。

 光に対するクラスメイトの態度は普通だと思う。光の方が変わっているのだ。

「……それ、大変じゃない?」

「そうでもない。そんな事気にする必要ないって解ってるから」

 横目で光を見て、問うシェルリアに、光はそう答えた。

「他人がどう言おうと、俺が生きるのには関係ないから」

 付け加えるように言い、光はシェルリアに視線を向けた。

「自分勝手だと思われるかもしれないけどね」

 苦笑し、光は続けた。

 基本的に、光は他者との衝突を避けている。それ故に余り親しくもない人と群れるのを避ける光は、身勝手と思われていても仕方がないだろう。

「……あなた、思ってたよりもずっと良い人なのね」

「――え?」

 シェルリアの言葉に、光は驚き、小さく声を上げていた。

 聞き慣れないその言葉に、光は反応に困った。

 うふふ、とシェルリアが笑う。

(……!)

 不意に感じた視線に、光は周囲を見回した。

(――あ、しまった……)

 周囲の視線が光とシェルリアに集中しているのに気付き、光は額を押さえたくなった。

 昨日転入したばかりの外国人の少女と、親密な人物以外とはほとんど口を利かない光の組み合わせは目立つだろう。特に、シェルリアはただでさえ人目を引くような容姿を持っているのだ。シェルリア一人でも相当目立つだろうに、それが誰かと会話しながら登校しているという光景は余計に人目を引くはずだ。

 余り目立ちたくない光としては、それは好ましくない状況と言えた。

 学校はもう目の前という距離にまでなっている。近付けば近付く程に生徒は増えるのだから、シェルリアと共に行動していれば必然的に視線が集中する。それを失念していた。

(……今度から少し時間遅らせようかな……)

 そんな事を考える。

 少し時間を遅くするか、もしくはサイクリングロードで修を待って、一緒に登校するか。そうすれば、少なくともシェルリアと共に登校するという事はなくなるだろう。修の登校時刻は遅いのだ。授業開始ギリギリに教室に入って来る。遅刻にならないのは流石だと言える。

 仮に、修と共に登校して途中にシェルリアと会ったとしても、その時には登校途中の生徒はほとんどいないはずだ。視線もさほど気にならない程度に抑えられるはずである。

「どうかした?」

 そんな事に気付いた様子はなく、シェルリアが光に対して尋ねる。

 その、首を傾げる動作と、視線の向きから、明らかに光と会話しているのが判るはずだ。

「いや……別に……」

 言い、光は溜め息をついた。

 そのまま校舎敷地内に入ると、視線は更に増えた。男子だけでなく、女子の視線も多い。それだけシェルリアの存在感があるという事なのだろうが、光は肩身が狭い思いを感じていた。

 昇降口で靴を履き替え、廊下を歩いている時も、シェルリアは光の隣を歩いていた。

「居心地悪そうだけど、大丈夫?」

 光達の教室がある四棟へ向かう通路を歩いている時、シェルリアが尋ねた。

「……大丈夫。ただ、どうも目立ってる気がして」

 それに苦笑し、光は答えた。

 周囲の視線に気付かれないようにか、声は少し小さくなっていた。

「あんまり、目立つのって好きじゃないんだ」

 小さく溜め息をついて、光は付け加える。

 自分達の教室に辿り着いた光は、先にシェルリアを教室に入るように促した。促したといっても、ただ一歩先をシェルリアに譲っただけで、ごく自然にシェルリアが先に教室内に入った。シェルリアも、光が先に入るように自然に促した事には気付いていないであろう。

「あ、おはよう」

「おはよう」

「おはよう、シェリー」

 教室内にいた生徒が、男子女子を問わずシェルリアに挨拶する。昨日のうちに親しくなったのであろう女子の中には、早速愛称を使って呼んでいる者もいた。

「おはよう」

 微笑み、挨拶を返すシェルリアに女子は歩み寄って会話に誘い、男子は見蕩れていた。

 その後から、一歩遅れて教室に入った光に気付いた者は誰もいないだろう。むしろその事に安心して、光は自分の席に着いた。

(……でも、どうして?)

 よくよく考えてみれば、シェルリアと親しくなる事は決して悪い事ではない。大抵の男子にとっては羨ましい事だろう。だが、今さっきまで、光は彼女の存在が自分に近付くのを避けようと考えていたようにも思えた。

 シェルリアと光が共に登校したという事がクラスメイトに分からなかった事に安心したのが何故か、解らない。誰かに知られたとして、後ろめたい事はないはずだ。前に付き合っていた彼女はもう、いないのだから。そして、その彼女の想いに答える事が光には出来なかったのだ。忘れたと言うつもりはない。だが、過ぎた事に囚われたままでいるつもりもなかった。だから、それを経験として今の光がいるのだ。

 彼女がVANかもしれないから、距離を取ろうとしているのかもしれない。VANではない、抵抗勢力からの使者であるという可能性があるから距離を取ろうとしているのだろうか。確かに、普通に話していても、頭の片隅ではしっかりと警戒している。

 それに、ほぼ全ての男子が見蕩れる程のシェルリアに、光は見蕩れてはいない。

 自分でも少し疑問だった。



 光は一人、サイクリングロードを歩いていた。

 普段一緒にいるはずの修は、彼女である仲居有希が家に泊まるとかで一足先に急いで帰っていった。

 掃除をサボった事で、光はシェルリアとも一緒にはいない。彼女は今朝のホームルームで掃除場所が決められたためだ。

「――!」

 突然、光の前方の空間が歪んだ。その歪みから人が歩み出る。

 長めの前髪に端整な顔立ちの、落ち着いた雰囲気を持つ青年。その人物の名を、光は知っている。

「朧、先輩……!」

 朧聖一、波北高校に通う三年生で、風紀委員に属する光の先輩。光が普通に言葉を交わす事が出来る、数少ない人物の一人だ。

 その虹彩は日本人特有の茶色ではなく、黒に近い濃い紫色に染まっている。

「……光、話がある」

 聖一の告げた言葉に、数秒の間を置いてから光は頷いた。

 そうして、サイクリングロード脇の斜面を降りた。その河原の砂利を踏み締めて少しだけ歩き、聖一が足を止めたのを見て、光もその場で足を止めた。そうして、聖一が振り返るのを待つ。

「――お前は、VANと戦う気があるのか?」

 振り返る前に、聖一は問うた。

 その予想外の言葉に一瞬言葉を失った光に、聖一は向き直り、口を開く。

「状況が変わった時、お前はVANやレジスタンスとどう向き合うつもりだ?」

 光が今、現状の立場を、生活を守るために戦っているのは、能力者の存在が明るみに出ていないからだ。VANや、ROV、政府内部の対能力者組織等、具現力というものが知られていないためだとも言える。潜在的に数多くの者が能力者だとしても、まだまだ能力者として覚醒している者は少ない。

 もし、具現力や能力者の存在が世間に認知されていたら、今の生活は変わっているはずだ。具現力の中には、普段の生活に役立てる事が出来る能力が多数存在しているのだから。

 そして、それがないから、その存在が認知されていないから、今の生活が保たれている。具現力の存在は、知らない者、使えない者、理解出来ない者にとっては恐怖の対象でしかない。

「それは、状況が変わるって事……?」

「その可能性が出て来たというだけだ」

 光の言葉に、聖一は冷静に答える。

「でも、どうして俺に訊くんだ?」

 何故聖一が光に、状況が変わった場合の事を問うのか、疑問だった。

 聖一は光が覚醒する以前から、その能力を活用して中立の立場を保って来ていた。能力そのものを見た事はないが、諜報や隠密活動に優れているのだろう。でなければ、両勢力に情報を提供する事で中立の存在になる事は出来ない。

 そんな聖一が何故、光に問うのか。

「ある意味、俺はお前と同じ立場にいる。状況が変われば、俺も今のまま、という訳にはいかないんでな」

「それは、どういう……?」

「俺が中立でいられるのは、提供する情報が有用である間だけだ。不要になれば、俺の存在は敵に情報を流すだけの邪魔な存在になる」

 訝しむ光に、聖一が言った。

 情報をリークする事で中立を得ているのは、敵対している両勢力が互いの動きを独自に捉える事が出来ないからだ。両勢力が、その存在を世間に知られないようにしている間は、互いの動きを把握するのが困難なのである。故に、情報をリークする聖一の存在が重要になるのだ。

 だが、一度どちらかの勢力が相手の勢力に動きを捉えられてしまえば、どちらの勢力にも情報をリークしている聖一はスパイと認識されてもおかしくはない。一方の組織からは歓迎されるかもしれないが、もう一方の勢力からは敵と認識されるに違いない。

「お前と同じでな、今はどちらにも荷担する気はないんだ」

 言い、聖一は川に視線を向けた。

「……元々、俺の具現力には攻撃能力はない。身を隠し、逃げる事が出来たところで、追っ手を排除出来なければ、いずれ倒される」

「先輩の能力って……?」

「空間歪曲能力という、空間型の一種だ」

 光の問いに、聖一は説明を始めた。

「力場内部の空間を、捻じ曲げ、伸縮させる事が出来る。歪曲させた空間面を身体の周囲に生じさせれば存在を隠す事も可能だ。歪曲させられた空間は、位置として捻じ曲がっているだけで、何も変わらない普通の空間だ。ものがそこに触れれば、捻じ曲げられた空間内にもそれは普通に存在出来るし、視覚、聴覚、嗅覚も完全に変わらない。歪曲しているのが解るのは、空間型の具現力を扱える人間だけだろう。また、実在距離を縮めて長距離を移動する事も可能だ」

 物体が移動した際には、瞬間的に空間が歪んで見えるそうだが、それ以外は何も変わらないという事らしい。また、曲げられた空間を破壊したり切断したりも出来ないため、歪曲させた空間の中に敵を誘い込んでも、瞬間的に移動したようにしか感じられないのだそうだ。つまり、空間歪曲能力は物理的な攻撃能力を持たない能力なのだ。

 力場破壊能力に似ていると、光は思った。それ単体では効力を発揮するのは、敵の攻撃を防ぐのみで、肉弾戦になれば勝ち目はない。

「それで、先輩は……」

「火蒼、一つ頼みがある」

 自らの手の内を曝け出した聖一に言葉をかけようとした時、その聖一が先に切り出した。

「頼み?」

 光は首を傾げた。

 今まで聖一から物事を頼まれた事はない。

「俺と手合わせしてくれないか」

「……何故?」

 その言葉に、光は表情を引き締めた。

「実質的な攻撃力のない能力で、戦闘に特化した能力者にどれだけ対応出来るのか、確認しておきたい。無論、試合であって、殺し合いではない」

「……どうやって?」

「俺がお前に五回触れるか、お前が俺に三回触れるか、それまで続ける」

「…それじゃあ先輩が一方的に不利じゃないですか?」

「いや、実際はそうなる。格闘攻撃でしか攻撃能力のない俺に対して、お前には触れれば致命傷を与えるだけの攻撃が使える。勿論、今回は触れる事で勝ち負けを決めるから、射撃は禁止するが」

「……解りました」

 聖一の言葉に頷き、光は手に持っていたバッグをサイクリングロードと河原の境の斜面に置いた。

 そうしてから聖一に向き直り、光は目を閉じる。

 視界が一瞬蒼白く染まり、身体の感覚が入れ替わるように鋭敏になる。瞼を開けた時、光の虹彩は蒼と白の入り混じった燐光を帯びていた。

 聖一の身体の周囲の空間が一瞬歪んだように見えた。

 ――力場だ。

 そう判断を下す。具現力が、それぞれの持つ能力の効果を生じさせるための、力場。光には、それがはっきりとではないが、見えた。

 刹那、聖一の身体が歪み、その場から消失する。

「――!」

 背後に生じた力場の気配に、光はその場所から跳び退るようにして移動した。

 着地と同時に、その勢いで砂利が音を立てた。力場の気配が生じた場所には、聖一が立っている。その視線を受け止め、光は地を蹴った。

 聖一が、隣に生じさせた力場の内部に飛び込む。消失したその存在を知覚するため、光は特に後方へと知覚を向けた。聖一が消えたその一瞬に、新たな力場が生じている。そこから飛び出した聖一が、直ぐ目の前に力場を造り出し、その中に入り込んで身を隠す。

 力場は察知出来るが、光にも空間の歪みに飛び込んだ聖一を捉える事は出来なかった。聖一が飛び込んだ瞬間、霞むように空間に溶け込んで行く聖一は視認出来るが、その後は何も見えない。聴覚や嗅覚等も、全く反応しない。

 光の周囲に複数の力場が出現し、光は背後を振り返った。聖一が現れるだろう力場を知覚出来ても、肝心の聖一の存在を知覚出来ない。

「っ!」

 瞬間、光は右肩を掴まれた。

 振り返ると、そこには聖一の腕だけが突き出ていた。

「――これで、一回目だ」

 声のした方に目を向けた光は、そこにいる聖一を見た。

 光から数メートル離れた場所に立つ聖一は、片腕を突き出すように腕を上げていたが、その先が途中で溶けるように消失していた。そして、その聖一の真横には力場が知覚出来ている。

 聖一が光の肩を放し、空間の歪みへと姿を消した。

 光が力場を感知出来る事を知っているからだろう、聖一は光の力場を感知する特性によって出現地点を特定されぬように複数の力場を造り出し、光を惑わせたのだ。

(……結構いい訓練になるな、これ……)

 口元に小さく笑みを浮かべ光は大きく息を吐いて集中した。

 意識を静め、周囲の力場の位置を把握する。どの力場からも一定以上の距離を取るように動き、光は身構えた。

 突如横合いに生じた力場に、光は右手を振り払うかのように薙ぐ。手応えは、あった。

「……これで、一回――!」

 呟き、その力場から距離を取るように跳び退った光の背後に、力場が生じた。空中にいたために、それを避ける事が出来ない。

 瞬間的に周囲の景色が移動した。光自身は後方へ移動していたために、数メートルの距離を真横に移動しているのを理解するのに、数瞬の時間を要した。

 次の瞬間には、また背後から肩に手を置かれていた。

「――二回目」

 聖一が告げ、その気配が消失する。

 状況を理解した光は、点在する力場に自ら飛び込んだ。目測で見当をつけていた場所とは全く違う場所に、瞬間的に移動する。正面に生じた力場に、後方に跳び退る光を狙った力場が再度生じた。

 光は小さく息を吐き、足元で蒼白い閃光を破裂させた。その運動エネルギーを使って身体を持ち上げ、背後に生じた力場を避ける。背面跳びをするかのように空中で舞う光は、その間に精神を集中させた。そして、その光を飲み込むように生じる力場に、光は精神を集中させて拳をぶつけた。

 一瞬、白さを増した防護膜が力場に触れた瞬間、力場が崩壊する。そこにあったであろう空間の歪みが消失し、光は着地する。瞬間、光は疲労を感じた。

 力場破壊能力。光が、完全に制御し切れないでいる、光の力をより強力なものにしている要因。

 具現力の効果を発揮させる力場を打ち消すという、具現力に対する最強の防御能力。閃光型の攻撃エネルギーに力場破壊能力を付加する事で、防御不可能な攻撃すら繰り出せる、能力。

 まだはっきりと使い方が掴めていないものの、精神集中によって限定的に、一瞬だけ使う事が可能になっていた。まだ、それを使う事による精神疲労は大きく、乱用は出来ない。

 背後と目の前に生じた力場に、光は屈み込むと同時に、後方の力場に右肘を突き出していた。一瞬だけ付加された力場破壊能力が、背後の空間の歪みを消失させる。目の前から突き出された聖一の腕を、光は左腕で打ち払った。

「こっちも二回目……」

 口に出して言い、光は立ち上がると同時に目の前の力場から距離を取った。

「……牢幻、発動」

 どこからから聖一の言葉が聞こえた瞬間、光の周囲を覆うように力場が生じた。

「――!」

 閉じ込められたと、瞬時に理解した。

 目の前への空間に飛び込んだ光は、着地した場所を認識して、口元に苦笑いを浮かべた。

 予想通り、その空間はループしていた。視覚には、普通に周囲の光景が見えているが、どの方角に移動しても、歪曲した空間によって、飛び込んだ反対側から出て来る。上空に跳躍したところで意味がないのは明白だ。

 聖一が見えないのは、空間の歪ませ方も能力者が自在に設定出来るという事だろう。

 背後から現れた気配に、咄嗟に横へ飛び退いた光は、直後にそのミスに気付いた。

「――三回目」

 空間の歪曲によって元の場所に戻って来た光の肩に、聖一の手が置かれた。

 聖一の手を、光の背後まで歪曲させている空間に飛び込もうとした瞬間、聖一が手を引いた。勢いが止まらずに、目の前の力場に踏み込んでしまい、元の場所に戻る。

 その移動の不可思議さに、光は目が回りそうになった。空間はしっかりと繋がっているというのに、歪曲した場所に踏み込んで、歪曲した場所から出る時に、視界の不自然さは全くない。ただ、しっかりと移動したという認識が、その距離と方角に見合わない知覚情報と噛み合わない。頭で理解していても、使用者ではないがために、脳の処理能力が違和感を訴えている。

 目を閉ざし、光は大きく息を吸い、吐き出した。精神力を集中させ、突き出した拳が力場を破壊する。

「……牢幻、再構築」

「――!」

 聖一の声に、光は息を呑んだ。

 再度、空間の歪曲による牢が作り出されていた。

「……そうくるか……」

 口元に苦笑を浮かべ、光は呟いた。

 まだ光が力場破壊能力を使いこなせていない事に気付いたのだろう。破壊されたらまた作り直せばいい。単純な発想だが、光にはそれが一番堪える。

 現状で力場破壊を連続して使用出来ない光には、何度も使わなければならないという状況はかなり不利だ。一瞬の発動でさえ精神集中が必要で疲労が大きいのに、それを繰り返すのは、正直キツイ。

 オーバー・ロード状態なら力場破壊を連続使用出来るがろうが、恐らくそれは光の寿命を大きく削る要因にもなっているはずだ。

 無論、生死を懸けた戦いではないのだから、オーバー・ロードまでして勝つ必要はない。それに、これは聖一が自らの力を戦闘にどこまで活かす事が出来るか、という試験でもある。

 勿論、光もまだ諦めたわけではない。聖一の力は、これから光の前に立ち塞がるであろう強大な敵と戦う時のための訓練にもなる。聖一と同じ力を使える能力者に対して、というのではなく、対応力の訓練になるという事だ。それに、力場破壊能力を使う練習にも、なる。

「――!」

 生じた力場の位置から、そこから現れるであろう聖一の腕の位置を計算し、光は屈むようにして聖一の腕を避けた。

 その腕を移動させている力場を、下段から振り上げた足で破壊した。瞬間的に破壊された力場と共に、突き出ていた腕が消失する。元の持ち主の場所へと戻ったのだろうと、光は推測した。空間が歪曲していなかったら、そこにあったであろう本来の場所へと、歪曲がリセットされたという事だろう。

 短く、長く息を吐き出し、光は防護膜を薄くさせた。その分、知覚能力を拡大させる。光は周囲に生じた複数の小さな力場に、意識を向けていた。突き出された腕を覆う防護膜を感知し、拡大した知覚が瞬時に身体へと指令を送る。光の腕が、聖一の腕を振り払う瞬間、聖一の腕が進む先に力場が生じ、聖一の腕がまたも途中から消失した。光の腕が空を切り、避けられた、と自覚した瞬間には、光の額に聖一の指が押し当てられていた。

「四回目……」

 聖一の声が聞こえた。

 光は乾いた唇を舐めた。

(……敵に回したら、厄介なタイプだよな……)

 実際に聖一と戦って、光はそう感じた。

 恐らく、聖一は扱える全ての力を使っているはずだ。練習試合という事で、攻撃する意思はないが、その戦い方は紛れも無く聖一が実際に戦う時のものだろう。光が射撃攻撃を禁止されている事は、不公平だと思わない。下手をすれば、容易く聖一を殺してしまいかねないのだから。

「――!」

 短く息を吐き、光は突き出された聖一の腕の動きに対応する。

 聖一の腕が、光の腕に当たるのを避けるように、途中で歪曲した空間の中に入り込んで行く。突き出された腕が光の額に触れるのと、光の腕が聖一の腕を掴んだのは同時だった。

「……引き分け、か」

 歪曲空間の牢を消しさり、聖一が光に言った。

「そうなる、かな」

 答え、光も能力を閉ざした。

 力場破壊能力を使った事による疲労で、ふらつきそうになるのを、光は何とか堪えた。

「実際に戦ってみて、どうだ?」

「厄介だと思いました。複数でも単体でも十分対応出来ると思います」

 聖一に対し、光は正直に答えた。

 本来、力場はそれを使う能力者自身しか認知出来ないものだ。力場に影響を及ぼす力場破壊能力を使える者を除いて、力場を認知出来る能力者はいない。

 そして、空間型にしか認識できないという空間の歪みは、そうではない能力者にとっては、感知出来ないはずだ。恐らく、ほとんどの能力者は空間歪曲の牢に閉じ込められたら、逃れる事は出来ないだろう。

 攻撃の瞬間が、聖一に攻撃を与えられるチャンスとなる代わりに、攻撃さえしなければ聖一も攻撃を受ける事はないはずだ。

 確かに、今まで聖一が誰にも悟られる事なく情報収集が出来た訳だ。完璧に身を隠す事が出来、長距離移動が出来るだけではなく、いざとなれば追っ手の撹乱にも使える事が、今はっきりした。

「上位部隊長にも、対応出来るレベルだと思います」

 VANの上位部隊長クラスの相手でも、十分に撹乱できるであろう。

「……そうか」

 聖一は頷き、一言だけ呟いた。

「……先輩、俺、状況が変わっても、俺は俺の生き方を貫くつもりです」

 光は、聖一の目を見て告げた。

 聖一が始めに光に尋ねた事の、答えだ。

「VANと戦うかもしれないし、レジスタンスと戦うかもしれない。状況によって、俺は自分の思った通りに動くつもりです」

「……俺と、殺し合う事になっても、か?」

「はい」

 聖一の視線を受け止め、光ははっきりと告げた。

「もし、先輩が俺の前に敵として立つのであれば、その時は全力で排除します」

 誰であってもそのつもりだ、光は心の中で付け加えた。

「……そうか」

 頷き、言う聖一の視線は、少し柔らかくなっているように見えた。

「頼みをきいてくれた礼に一つ教えておこうか」

 聖一が、その表情を真剣なものに変え、光を見つめる。

 光は、それに頷き、言葉を待った。

「――既に、お前の周囲にVANの構成員が存在している」

「――!」

 その言葉に、光は言葉を失った。

 監視の目がない事は今朝確認した。つまり、監視する必要のない距離に踏み込まれている、という事になる。今までの監視が、室内まで追ってこなかった分、どこまで接近しているのかは解らないが。

 そんな光から視線を外し、聖一は河原からサイクリングロードへと向かおうとしていた。だが、その足が不意に止まる。

「火蒼……」

「……?」

「――もし、状況がお前を押し潰しそうになったら、俺はお前に力を貸す事にする」

 告げ、光が返事をする間もなく、聖一は瞬時に作り出した空間の歪みに姿を消した。

 光には、それが聖一からの協力の申し出に聞こえた。



 その夜、夕食を食べ終えた光は二階でゲームをしていた。

 今朝、光と晃が家を出た後で孝二と話し合った克美は、暫く光の家に居候する事になった。その間の家事を全て引き受ける事で、寝る場所を提供したという形だ。

 今夜も食事は克美が作ったイタリア料理であった。

 一階では、昨日と同じ三人が雑談している。

 暫くして歯を磨くために一階に下りた光は、歯を磨きながらリビングの会話を聞いていた。

「そう言えば、二人は結婚してるの?」

「…してない」

 克美の言葉に対する返事は、孝二のものだった。少しだけ、答えるのが遅れている。

「克美はしたの?」

「私もまだしてないわ」

 香織の問いに、克美は答えた。

「他のクラスメイトはどうなの? 何か聞いてる? 私、日本にいなかったから知らないのよ」

 克美が言う。

「去年の同窓会では半分以上結婚してたよな、確か」

「ええ」

 孝二の言葉に、香織が応じた。

「――私ね、昔、孝二君の事好きだったのよ」

「――!」

 克美の言葉に、孝二と香織が驚いたのが、判った。

「昔って、学生時代でしょ? 確か、その頃付き合ってた人とはどうなったの?」

「直ぐに別れちゃった。私とは合わなかったから」

 香織の問いに、克美が苦笑したのが口調で判る。

「イタリアではどうだったんだ?」

「良い人はいたけどね」

 孝二に言い、克美は小さく笑った。

「……ねぇ、もし、孝二君に私がプロポーズしたら、どうする?」

「冗談言うなって」

 あはは、と三人が笑う。

 その辺りで口を漱ぎ、光はその場から去った。

 自分の部屋に入り、着替えを済ませてベッドに横になってから、光は大きく息を吐いた。思ったよりも疲れが溜まっている。聖一との試合で使った力場破壊能力が予想よりも負荷が大きいらしい。

(……動き出したら、か)

 ダスクも聖一も、VANが動き出す可能性を示して来た。

 二人とも、十分に信頼出来る人間だ。その情報に誤りはないと考えていいだろう。そうなると、VANが動くという事になる。恐らく、光や修は狙われるはずだ。

(……そうだ)

 ベッドから起き上がり、光は自分の部屋のドアに鍵を掛けた。

 カーテンが閉まっている事と電気が消えている事を確認し、部屋のほぼ中央に立つと、光は目を閉ざして具現力を解放した。感覚が入れ替わるのが判る。部屋の中にある全てのものがはっきりとその位置を把握出来、真っ暗な部屋のはずなのに、カーテンの隙間から僅かに漏れる月光だけで、視界は十分に確保出来ていた。恐らく、暗さに対応して防護膜が視覚能力を上昇させているからだろう。また、気配ならば一階にいる三人や、隣の部屋にいるであろう晃のものさえ感じ取る事が出来た。

 精神を集中させ、拳を突き出した瞬間に力場破壊能力を付加させる。足技を使うと下の階に響いてしまい、気付かれる恐れがあるため、突きだけを繰り返した。

 具現力の使用時間や、負荷の大きさは、何度も使う事によって変化させる事が出来る。負荷は小さくなり、使用時間は長くなる。それをするためには、その力に慣れる必要があるのだ。無理のない程度に少しずつ使い込み、身体に馴染ませて行く事で、最終的にはその力を完全に使いこなす事が出来るようになる。

 これから先、力場破壊能力は使う場面が増えるはずだ。その時のために、今からでも少しずつ馴染ませようと思ったのだ。

 二、三分繰り返したところで、光は具現力を閉ざし、ベッドに横になった。余り使ったという実感はないのに、疲労感は大きい。

 目を閉ざし、身体から力を抜くと、身体が軽くなったように感じた。

 慣れるのにはかなりの時間がかかりそうだった。



 ふと、目を開けた時、光は今まで眠ってしまっていた事に気付いた。

 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認すると、深夜の二時を回っている。

(……皆、もう寝てるよな)

 防護膜を使わない程度に力を解放し、周囲の気配を探った。

(――?)

 四つの気配のうち、一つだけが動いていた。

 晃の気配は二階にあり、眠っているのが判るし、孝二も香織も眠っていると判断出来る。残っているのは、克美だけだ。

(……)

 目を閉ざし、身体能力上昇や視覚能力上昇の分を、聴覚に回し、気配と音を探る。

「……はい……ええ……解りました」

(……電話か? 誰と話してるんだ?)

 背筋に寒気が走る。厭な予感がした。

 光自身の気配が、相手に悟られぬように注意しながら、光は克美に対して意識を集中させた。

「……予定通りです……ええ、少し、押してみます……」

 小声で、応対する克美の口調は今までのものと明らかに雰囲気が違う。

「……はい、大丈夫です……気付かれてはいません……ええ、では――」

 言葉が紡がれていくにつれて、光は自分の心音が大きくなるように感じた。

 額や首筋から汗が滲み出ていた。口の中も乾いている。

「――VAN第二特殊特務部隊長、原山克美、作戦の第二段階に移ります」

(――!)

 予感が的中し、光の思考はその瞬間、停止した。

後書き


作者:白銀
投稿日:2009/12/12 04:21
更新日:2009/12/12 05:07
『ライト・ブリンガー I ?蒼光?』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:44
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