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作品ID:57
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ライト・ブリンガー I ?蒼光?

小説の属性:ライトノベル / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / R-15 / 完結

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第四部 第六章 「譲れない想い」

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 第六章 「譲れない想い」





 昨夜、晃の携帯電話からメールが来た。

 それだけで十分だった。光は修に連絡を取り、晃が来ることを伝えた。同時に、聖一とも連絡を取り合う。光の家で居候をしているシェルリアにも勿論、情報は伝えてある。その際に孝二と香織にも晃のことを話した。

 光と晃の保護者である二人はこの場に着いて来たがっていたが、家にいるように頼み込んだ。戦いに巻き込みたくなかったというのもある。しかし、光の本音としては晃と本気で戦う姿を見せたくはなかった。

 孝二と香織は先日知り合った自衛隊の具現力特科の人たちの中から護衛がついている。隊長クラスが相手でなければまず大丈夫だろう。

 聖一とシェルリアには、光と晃の戦いに手を出さないように言ってある。他の能力者たちがいて、攻撃を仕掛けてくるようなら応戦するが、晃と光が一対一で戦う限りはその状況を保つように頼んだ。晃との戦いは一対一でなければならない。光も、晃も、納得できないだろうから。

 光が呼び出された河原に辿り着いて直ぐ、背後に控えるダスクが目に入った。リゼもいる。この二人が晃を連れてきたのだろう。

 晃は自然体で立っているように見えた。特に気迫はなく、ただ光を待っていただけといった印象しかない。いつもの兄のようにも見えたが、少し違和感があった。身に着けているVANのスーツのせいなのか、それとも能力者になったことが影響しているのかは判らない。ただ、晃との距離が離れたと感じたことだけは確かだった。

「ヒカル――!」

 光が晃から数メートルの距離で立ち止まった頃だろうか、砂利が音を立ていた。ダスクの後ろの方から、一人の少女が走って来るのが見えた。

 長い髪は陽光を反射して黄金色に輝き、大きな瞳が真っ直ぐに光を見つめている。線の細い身体を無地のワンピースで包んだ、美しい少女だった。

「――やっと、逢えた……!」

 突然のことに驚いている光へ、少女が抱き着いた。

「セルファ……?」

 光の顔を見上げる少女の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいる。

「ヒカル……」

 微笑むセルファの頬を、溢れた涙が一筋伝って行く。

 その表情を見た瞬間、光もセルファの背中に手を回していた。

 抱き締めたセルファの身体は見た目よりも、精神世界で出会った時に感じたものよりも、華奢だった。強く抱き締めたら壊れてしまいそうで、光にはそっと触れることしかできなかった。

「私、来たよ……」

 胸に顔を埋めてくるセルファの言葉に、光は頷いた。

 甘く、いい香りがした。

 何も言えない。光はかける言葉を失っていた。話したいことは沢山あったはずなのに、出会ったら何て声をかけるか考えていたというのに、一切の言葉が出てこない。何も喋れず、心苦しいのに、どこか安らぎを感じてもいる。

 不思議な感覚だった。

「ごめんなさい、ダスク……」

 ゆっくりと身体を光から離し、セルファは呟いた。

 光に寄り添うように、セルファは立ち位置を変える。肩が密着するほどの距離で、セルファはダスクたちへと向き直る。

「私は、あなたたちを利用した」

 ダスクたちのことを振り切るように、セルファははっきりと言葉を紡いだ。自分にも言い聞かせているかのようだった。

「ああ、利用されたな」

 セルファの言葉に、ダスクは小さく溜め息をついた。

 何も気付いていなかったようには見えない。冷静にセルファの言葉を受け止めているようにも思える。知っていて、その上で連れて来ていたのかもしれない。

 光には、まるで二人が別れの挨拶をしているかのように写っていた。

「もしかして、君は……」

「私は、最初からヒカルに逢うためにあなたたちに着いて来たの」

 小さくなっていく晃の言葉に、セルファは答えた。

「私にとって、VANは敵」

 晃は彼女の言葉にショックを受けたようだった。

「俺にとっても、VANは敵なんだ」

 セルファに続いて、光は言い放つ。

 今までのことを忘れることなんてできやしない。全てを抱えたまま、VANを許すこともできるわけがない。光がVANの側に着くことなど、もう在り得ないのだ。

「兄貴は、どうするんだ?」

 静かな声で、光は問う。

 晃は光が経験したことを知っているのだろうか。修が殺されかけたことも、人質に取られたこともあった。美咲が殺され、刃とも戦った。VANは光の要望を一切聞いてはくれなかった。ダスクやリゼを除いて。

「俺は、VANも悪くなかった」

 晃の言葉に、光は目を細める。

「VANの人たちの言うことが間違ってるとは思えない」

 能力者のための組織なのだから、当然だ。VANは能力者が安心して暮らせる世界を創るのが目的なのだから。

 だが、VANは能力者のことしか考えていない。能力者でない人間のことは二の次で、自分たちのことを最優先にしているだけだ。

「じゃあ、父さんや母さんが死んだのも間違ってないってのか?」

 光は拳を握り締める。

 VANを肯定することは、今まで光の周りで起きた理不尽なこと全てを許すことになる。それは、両親である光一や涼子、美咲だけでなく、有希の両親の死までを許すということだ。

「昔と今じゃ色々と違うだろ」

「何が違うんだよ?」

 飛び出しそうになる衝動を堪え、光は晃を睨み付ける。

「殺されたっていうのは変えられないけど、だからって敵対してたらそれこそ何も変わらない」

 両親の死と、自分の立場を別に考えろとでも言うのだろうか。確かに、憎悪して背を向けたままでは理解し合うことなどできはしない。だが、だからと言って許してしまえば光の今までが無駄になる。

「俺は戦いたくないから放っておいてくれと言ってたんだ。一方的に攻撃してきたのはVANなんだよ」

 光は言い放つ。

 最初、光は能力者として覚醒しながらもそれまでと同じ生活を過ごして行きたかった。VANにも、ROVにも属さず、戦うこともせず、平穏に暮らしたかっただけだ。しかし、光の願いを打ち砕いたのは他ならぬVANだった。

 光はただ、降り掛かる火の粉を払い続けてきただけだ。

「それはお前がVANに入らなかったからだろ?」

「厭だっつってんだよ!」

 晃の言葉に光は言い返した。

「じゃあ、兄貴は突然俺が家から居なくなっても良かったってのかよ?」

 もし、光がVANに入ることを選んでいたのなら、覚醒したあの日、光が帰宅することはなかっただろう。いや、帰宅していたとしても、翌日には家族の中から光の存在は消えていたはずだ。

 今まで一緒に暮らしていた人間が突然いなくなったとしたら、家族はどう思うだろうか。

「事情を知れば、仕方ないとは思うさ」

「言えるわけねーだろ!」

 能力者であると非能力者に話すことはVANのルールとして禁じられているはずだ。今までは能力者の存在は極力隠し通さなければならなかったはずなのだから。

 VANに背を向けたとしても同じだ。自分が周りの人間たちと違う力を得たことなど話せるはずがない。襲い掛かってくる他者の命を奪って、その上に生活しなければならないなどと、言えるものだろうか。その覚悟を得るためだけにすら、光は時間がかかってしまった。修を危険な目に遭わせてしまったことで、光は気付けたのだ。

 光がやらなければならないということを。光にしかできないことがあるのだと。

「とにかく、俺はVANに妥協するつもりはないからな」

「お前な、もう少し冷静に考えろよ」

「十分冷静に考え詰めて出した答えなんだよ。考える時間は兄貴より多かったんだからな」

 晃の反論に、光は言い返す。

 たとえ、今の光が感情的になっているとしても、答えは最初から決まっている。覚醒してからずっと悩み続けていたのは光の方だ。これからどうすべきか、何をしたら望む生活が得られるのか、考え続けてきた。そのための時間も、VANの反応も、いくらでもある。一ヶ月前、晃が光たちの前から去った時、ようやく決心がついた。

「俺は、VANを潰す」

 これだけは、変わらない。

 今までは自ら戦うことを拒んできた。戦いを拒否し、今までの生活を求め続けていた。だが、それでは駄目なのだとはっきり解った。光が望む生活を得るためには、VANが存在してはならないのだ。VANを潰さない限り、光は平穏な生活に戻ることができない。

「光……」

「兄貴こそ、どうなんだよ?」

 もの言いたげな晃の声を遮って、光は問う。

「家の中には、兄貴が残してったものが山ほどあるんだ」

 晃がVANへ渡ったあの日、晃の高校は既に夏休みに入っていた。だが、今は高校が始まっている。

 孝二が高校側に病気で寝込んでいるなどと事情を話して間を持たせているが、このままにしておくわけにはいかない。

「高校はどうすんだよ? やりかけたゲームは? マンガは?」

 いずれ、晃が光に会いにくるであろうとは予想していた。だから、家族で話し合って決めたのだ。晃が残していったものは、晃が答えを返すまで全てそのままの形にしておくと。

「VANの中にも、教育を受けられる場所はあるし、ゲームやマンガを手に入れる方法だってある。家の荷物だって持っていけないわけじゃない」

 さらっと答える晃に、光は大きく溜め息をついた。

「もう、兄貴はVANなんだな」

 諦めたように呟いて、光は一歩踏み出した。

 セルファが袖を引っ張るのを感じて、足を止める。少しだけ振り返った光の目に、不安そうなセルファの表情がある。ただ、彼女の目はどこか寂しげだった。彼女は今までVANの中にいたのだ。光と晃が和解できないことを予測していたのかもしれない。

「大丈夫、修のとこまで下がってて」

 手は出さないでくれ、と付け加えて、光は晃に向き直る。

「それが、兄貴の答えなら……」

 光の視界が一瞬ブレた。

 まだ、防護膜は発生していない。体内に抑え込まれた具現力の力で一時的に身体能力が上昇した状態だ。

 光はゆっくりと足を進め、徐々に加速していく。十歩に届くか届かないかの距離だというのに、やけに長く感じた。右手をきつく握り締め、左足が前に出た瞬間に大きく後ろへと引く。晃がその行動に目を見開き、身体を逸らそうとするが、もう遅い。

「俺の、敵だ――!」

 渾身の力を込めた右の拳が晃の頬を掠める。

 肌に軽く触れてはいたが、拳自体は避けられていた。

 光と同じ、具現力の半発動状態となってかわしたとか考えられない。

 そう認識した時には光の視界を蒼白い閃光が満たしている。防護膜が身体の周囲に張り巡らされ、能力者としての力が発揮される。身体能力が上昇し、知覚が拡大する。

 見れば、晃も朱色の輝きを帯びた防護膜が身体を包んでいた。

「光――っ!」

 晃の言葉を遮って、光は右腕を薙ぐ。後退する晃を追うように深く踏み込んで、薙いだ右腕を戻す勢いで殴り付ける。

「聞けよ!」

 光の拳を受け止めた晃が叫ぶように言った。

「聞いたって俺の考えは変わらない!」

 拳を掴まれたまま、光は右足を蹴り上げる。

 晃は光の右手を放さず、半身になるように蹴りをかわし、光の背後へと跳ぶ。拳を掴んだままの晃に身体が引き寄せられ、光の身体が回転する。晃はその勢いを加速させるように光の右手を弾くように放した。右足を軸に、失速した独楽のように光が倒れる。

「お前、本気――っ!」

 晃の言葉が途中で途切れる。

 倒れたはずの光は両脚で晃の足を挟み込み、身体全体を捻ることで晃を転倒させていた。光も、晃も、防護膜と受身によりダメージはほとんどない。もっとも、受身を可能にしているのは防護膜によって強化された知覚と反射のお陰だが。

「兄貴は、解ってないんだよ!」

 立ち上がった光が晃に向けて言い放つ。

「この力は、戦うために特化し過ぎてるんだ。どうしたって、戦う奴が出てくる」

 日常生活に有効活用するためには、光の力は戦闘に特化し過ぎている。力場破壊など、日常生活では何の役にも立たないのだ。他の具現力も、普段の生活に利用するよりも何かを破壊したり、生物を仕留めたりする力がある。

 距離を取って身を起こす晃の表情は迷っているようにも見えた。

 戦うことへの迷いか、光の返事に対する戸惑いか、それとも別の理由なのか、はっきりとは判らない。ただ、晃はまだ完全にVANの人間になったというわけでもなさそうだ。しかし、光よりもVANの側に近いことに変わりはない。

(解ってないんだよ、兄貴は……)

 光は心を落ち着ける。

 今の遣り取りで力量は大体推測ができた。全く同じ特性の具現力を持っているためだろうか。自分と兄を照らし合わせることで、どれだけ力のバランスに差があるのかが解る。

 戦う能力におけては晃の方が上だ。具現力も、光より攻撃に比重がおかれているように思う。だが、晃は戦いにおいては全くの素人だ。

(戦うってのが、どんなことか……)

 晃は能力者同士の実戦というものを知らない。

 転倒した光を追撃しなかった。最初の一撃も、防御や反撃、攻撃を放っての相殺といった手段を取らなかった。回避の後に攻撃する素振りも、光の力を観察しているようにも見えない。光との戦いを避けようとしたのが解る。

 だが、能力者の戦いにおいては消極的であってはならない。精神力が関係する力なのだから、常に強く精神を保っている必要がある。

 能力者同士の実戦は、どちらかが死なない限り相手を無力化することはできない。もし、晃が光を殺せないのであれば、その時点で晃に勝ち目はない。

「だからこそ、それを統制する組織が必要なんだろ!」

 言葉を投げる晃に、光は思い切り踏み込んでいた。

 下方から抉り込むように振り上げた拳が空を斬る。後方へと逃れた晃の眼前を、光の拳が起こした風が吹き抜け、前髪を乱した。蒼白い輝きが尾を引く。

 そのまま後方へ引いていた左拳を真っ直ぐに突き出す。晃は突き出された腕を取ると、勢いを殺さずに身体を水平に回転させ、光の背後へと身体を滑らせた。光は左脚を軸に、右足で足払いを仕掛けながら晃へと振り返る。

「俺はVANのやり方が気に食わないんだよ!」

 砂利が跳ねる。晃は小さく跳躍して光の足払いをかわし、横合いからの蹴りで反撃する。光の左腕が跳ね上がり、晃の足を受け止めた。

「それはお前が誘いを断ったからだろう!」

「断ったら排除なんてのは強引なんだよ!」

 光は左腕で受け止めた晃の足を右腕を回して掴み、背後へ袈裟懸けに振るう。晃の手が光の腕を掴み、投げの力をそのまま利用して一緒に地面に転がった。

 転がりながら、光と晃は互いに蹴りを放っていた。お互いの足の裏が接触し、弾き合う。

 低空を吹き飛ばされながら、両手で地面を捕まえて勢いを殺し、着地する。

「全力じゃないんだろ、兄貴?」

 光は静かに息を吐き出しながら、呟くように言った。

 晃は答えない。戦うことを躊躇っているのだろうか。

「本気で、行くぞ」

 言い、光は両手に蒼白く輝く光弾を作り出す。

 駆け出し、右手、左手の順に投げ放った。光弾を大きく跳んでかわした晃が光の真上を通過する。光は振り向きながら、晃が着地する瞬間にその場所へ届くように右手を薙ぎ払った。腕を延長するように蒼白い閃光が伸び、鞭のようにしなりながら晃へと叩き付けられる。

 刹那、晃が伸ばした左手が光の閃光を掻き消していた。白く輝く力場破壊の力が、光の具現力を消滅させる。白い輝きが触れた場所のみだったが、晃が逃れるには十分な隙間だ。

(力場破壊……!)

 光がまだ使いこなせていない力を、晃は平然と発動させていた。

 具現力を発動しての身のこなしといい、戦い方といい、晃は本格的に力の使い方を学んできているらしい。光には不利な相手だ。ただでさえ、血縁者なのだから。

「お前の気持ちが解らないわけじゃないけど、身勝手が過ぎるぞ、光!」

 晃が叫ぶ。

「俺の気持ちが解るならこんなことにはなってねぇよ!」

 光は言い返し、両手から巨大な光弾を放った。

 光弾は放たれた直後に破裂し、いくつもの細長い帯のようになって様々な方向から晃へと向かって行く。晃は後方に跳んで距離を取りながら、光と同じようにいくつもの閃光を放つ。ただし、放たれた閃光は白い輝きを帯びていた。晃は光の放った光線を力場破壊で相殺していた。

(躊躇うな、躊躇うな……!)

 自分自身に言い聞かせながら、光は連続で閃光を放ち続ける。

 光と晃の間にいくつもの閃光が煌めく。蒼白い閃光が白い輝きに掻き消され、朱色の閃光と蒼白い閃光がぶつかりあって周囲に爆発にも似た輝きを振り撒いていた。

「この……分からず屋がっ!」

 晃が駆け出した。光の閃光の合間を縫うように走り、直撃するものだけを両手に纏わせた力場破壊で打ち消している。

「VANのことを知らないで、多くの人間を敵にして!」

 晃が叫ぶ。

「それでいいと思ってるのか!」

 朱色の輝きに包まれた晃の右拳を、光は左手で受け止める。続いて突き出された左拳を、右手で受け止め、光は晃と額を擦り付けるほどまでに顔を近付けて睨みあう。

「俺が理解を示しても聞き入れなかったのはVANだろ!」

「我慢を知らないのかお前はっ!」

 互いに腹の底から叫んでいた。

 晃の言葉が、光の奥底にあった感情に火をつけた。

「この……っ!」

 右手を強引に振り払い、左手は晃の右手首を掴み、引き寄せる。

「くそ兄貴がぁぁぁあああっ!」

 咄嗟のことに目を見開く晃の横っ面に、光の拳が突き刺さった。そのまま力一杯に腕を振り抜き、晃を殴り倒す。

 盛大に砂利を巻き上げて、晃が倒れる。閃光型の防護膜がなければ、歯の一つや二つは折れているところだ。並の能力者なら、頭蓋骨が骨折していてもおかしくはない。互いに感情が昂って防護膜が厚くなっていたのだろう。

「本気で殴り合うのは、小学校の時以来だよな」

 頬を押さえて見上げてくる晃に、光は言った。

 光と晃がまだ小学校の低学年だったころ、一度大喧嘩をしたことがあった。光一と涼子がまだいる頃だ。光が六歳か、七歳の時だろう。

「そういえば、そうだな……」

 晃がゆっくりと立ち上がる。

 喧嘩の原因は忘れてしまった。ただ、光と晃はその時だけは本気で殴り合っていた。両親が止めるまで、幼いながらも全力で力と思いをぶつけ合っていた気がする。当時はまだ喘息を患っていた光も、持病のことや、体力的に敵わないことを忘れて、泣き叫びながら兄に真っ向からぶつかっていた。

 それが、最初で最後の本気の喧嘩だった。

 本人たちすら気付かぬうちに、いつの間にか仲直りをしていた。気付いたら、喧嘩のことなど忘れていたのだ。

「VANを潰すって言うけど、どうやってやる気だ?」

 晃が問う。

「VANの長を……アグニアを、殺す……!」

 組織を崩壊させるために必要なのは、その組織の頂点に立つ中心人物全てを打ち倒すことだ。相手が能力者であるなら、倒す手段は抹殺以外には存在しない。アグニアと、彼に近い立場にある中心人物全てを葬ることができれば、VANは崩壊するはずだ。

 光の他にもVANに抵抗している能力者がいる。VANの主要人物たちはそのうち、ROVなどのレジスタンスが受け持ってくれるだろう。特に、ROVの戦闘能力の高さは光が身をもって知っている。刃たちならば、特殊部隊長クラスとも十分に渡り合えるはずだ。

 なら、光が倒すべき敵は、能力者の頂点に立つアグニアに他ならない。光はアグニアを追い詰めたという光一と涼子の力を受け継いでいる。能力者として最強とされるアグニアに勝てるとしたら、閃光型の力と力場破壊の二つを持つ光が可能性としては最も高い。

「アグニアはセルファの父親なんだぞ!」

 晃の言葉に光は思わずセルファの方へ顔を向けていた。

「お前は彼女の父親を殺すのか!」

 セルファの表情は少しだけ硬い。だが、それでも真っ直ぐな視線を光へと向けてくる。

 今までに交わした気持ちに嘘や偽りはないと、そう告げるかのように。

「多分、そうなると思う。それに、セルファは俺にVANを潰して欲しいと言ったんだ」

 光は晃の方へ向き直った。

 VANを潰すためには、組織の中心となっている人物を全て排除するか、アグニアを除く全ての構成員を殺すしかないだろう。だが、光たちの力では全て能力者を排除することは不可能だ。体力的にも、精神的にも、能力的にも、戦力的にも。

 だから、セルファが光に頼んだことは、自分の父親を殺してくれと言っているのと同じだった。彼女が気付いていないはずはない。セルファの血縁を手にかけることになるとしても、光はVANを潰すと決めた。そして、セルファは光の側に着いた。

 今、光が晃に対して戦っている思いと、根本的には変わらない。たとえ、家族であろうと、相手が敵であるなら避ける術はないのだから。

「アグニアは能力者のことをよく考えてる!」

 晃が叫ぶ。

「だったら何でこんな状況になってんだ!」

 光は叫び返した。

 アグニアは確かに、能力者の多くから信頼を得ているかもしれない。VANという組織の存在が証明になる。

「同じ能力者を殺しにかかってるじゃないか!」

 だが、アグニアの行動が能力者のためだというのなら、VANに敵対する者たちは現れなかったはずだ。VANは、同じ能力者たちを敵に回して戦っている。

 ROVや、光のような人間のことをよく考えていると言えるのだろうか。

「賛同しないから排除だなんて、周りの奴らと同じだろ!」

 光は駆け出した。

 VANの方針に賛同しない能力者は排除する。それは、力を持たない一般人たちが能力者を見て、化け物だと呼ぶことと変わらない。能力者を迫害してきた者たちと何も変わらないのだ。自分たちと違うから排除するなど、VANの能力者たちが嫌っている人間と同じではないか。

「能力者だって同じ人間なんだよ!」

 晃が地を蹴った。

 光が放った回し蹴りを晃は右腕で受け止める。光は直ぐに足を引き離し、距離を取ると同時に両手から閃光を放つ。晃は白い光弾を炸裂させて閃光を途切れさせた。

 光の着地点に目掛けて、晃が無数の光弾をばら撒く。

(この攻撃……っ!)

 閃光型であっても、完全にかわすのは難しい状態だった。無数の光弾が雨のように真正面から向かってくる。純粋なエネルギーである閃光型具現力の直撃が致命傷になることを、晃は知っているのだろうか。

 力場破壊の力を完全に使いこなせていない光では、晃のように攻撃を的確に掻き消すことはできない。

 光は自分の力場で盾を作り出し、晃の光弾を受け止める。だが、光弾の中にはいくつか力場破壊も混じっていた。

 閃光型は他の具現力と違って力場破壊に対抗ができる力でもある。破壊された箇所の力場は掻き消されてしまうが、それ以外の力場の効力は失われない。

 盾に穴が空き、そこから朱色の光弾が流れ込んで来る。後方に飛び、精神を集中させて力場破壊の力を引き出す。放った純白の光弾が晃の放ったそれとぶつかり合い、対消滅する。

(負けたくない……!)

 まだ、実戦の恐ろしさを知らない晃には負けたくない。

 戦う目的や意識もはっきりしない相手と戦って死にたくはなかった。

(折角、逢えたんだ……!)

 精神世界ではなく、この現実の世界でセルファとも出逢えた。まだ、何も話をしていない。こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 少しずつ、意識のセーブを外していく。

 いくつもの閃光の帯を放ち、晃へと集中攻撃をしかける。晃が力場破壊を振り撒いて攻撃を断ち切ったところで、光は地面の砂利を掴んで投げ放った。石に力場を付帯させ、光弾に見せかける。

 晃が力場破壊で光の力場を破壊した。だが、力場に包み込まれていた石が晃に降り注ぐ。

「なっ……!」

 晃が朱色の閃光で石を掻き消したところへ、光は飛び込んだ。

 裏拳を放つ光へ、晃が回し蹴りを返す。光の腕と晃の脚が交差し、衝撃が二人を弾き飛ばした。咄嗟に放ったせいか、蹴りには勢いが乗り切っていなかった。体勢を崩す晃に光が跳び蹴りを繰り出す。晃が両腕を交差させて蹴りを受け止めたところへ、もう一方の足で追撃の蹴りを放つ。

 上半身を逸らすように晃がバランスを崩す。倒れそうになる晃を空中で見据え、光は足の裏に発生させた閃光を爆破する。エネルギーを爆発させた衝撃で慣性を強引に捻じ曲げ、晃に突撃する。

 倒れる直前の晃の胸倉を掴み、そのまま光の体重や勢いを加えて地面に叩き付けた。

「ぐっ……!」

 晃の顔が歪む。

「俺はVANとか、能力者なんてどうでもいいんだよ!」

 ただ、今までのように安穏とした生活ができれば良かったのだ。光の要求は最初からそれだけだった。力の使い道など、考えてもいなかった。光には、能力者の存在やVANの目的などどうでも良かった。

 晃が両腕で光を掴み、真横に押し倒す。

「我侭ばかり言うな!」

 その言葉に、光の怒りは頂点に達した。

 自分の言うことはそんなに我侭だろうか。ただ、光はそれを望んだだけだ。放っておいてさえくれればVANやROVと争うつもりは無かった。

 組み伏せられた光の防護膜が輝きを増す。

「まさか、お前――!」

 晃が目を見開いた。光の力の増大を感じ取ったのだろう。

 恐らく、その意味を晃は知っている。

「言うさ! 俺にだって言い分はあるんだ!」

 胸倉を掴んでいた腕を振り払い、晃を強引に弾き飛ばす。

 身体の奥底から力が湧き出している。もう、抑え切れない。

 勝つためにも、これしかなかった。

「不平も不満もある! 我慢なんてできやしねぇよ!」

 光が駆け出す。砂利が跳ねる。時間間隔が引き伸ばされ、着地して起き上がる途中の晃へと蒼白い閃光に包まれた右腕を突き出した。

 寸前で晃は上体を逸らして拳をかわす。反撃の肘打ちが繰り出された瞬間には、光の左手が晃の肘を捕まえていた。突き出していた右手でも晃を掴み、光は自分の真後ろの方へと投げ飛ばした。

 投げ飛ばされながらも、晃は光弾をばら撒いた。

 光の目の前の空間が歪むように、白い輝きを帯びて行く。渦を巻くように純白の閃光が円を描き、光の盾となる。晃の朱色の攻撃も、力場破壊の光弾も、全てを飲み込んで消滅させる。

 着地した晃が光へと突撃してくる。白き盾を晃へと飛ばし、光も駆け出した。

「自分勝手なことばかり押し付けるから反発されるんだろ!」

 晃が力場破壊の盾を跳び越え、光へと拳を突き出す。

「能力者のためだって言うんなら、能力者全員の意思を尊重しろよ!」

 首だけを逸らして晃の攻撃を避け、光が突きを放つ。

「協調性の無い奴に譲歩しろっていうのか!?」

 晃の頬を光の拳が掠める。皮膚が裂け、僅かながら血が舞った。

「個人の意思を尊重しないで協調性だなんて言えんのかよ!」

 晃が繰り出した蹴りが受け止めた光の腕を軋ませた。

「他の人間に合わせられない奴が受け入れられるものか!」

 朱色の閃光が晃の背後から雨のように降り注ぐ。

「合わせる合わせないの問題じゃねぇんだよ!」

 光の周囲に発生した蒼白い閃光が朱色の雨を全て迎撃する。

 蒼白と朱色の閃光が無数にぶつかり合う中で、光と晃は近距離で戦い続ける。拳を繰り出し、蹴りを放ち、防ぎ、弾き、受け流す。光の足払いが砂利を巻き上げ、晃と光が放ち続ける閃光が片っ端から吹き飛ばしていく。

 力場をいくつも生じさせ、ぶつけ合い続けながら相手を見据えて拳を交える。

 晃も相当力を使い込んできたのだろう、オーバー・ロード状態の光にもどうにか着いてきている。だが、その額には汗が噴き出し、流れ落ちていた。

 オーバー・ロードをしないのは、その力のリスクを知っているからか。それとも、オーバー・ロードをするまでの覚悟はないということなのか。

 徐々に光が圧倒していく。

 晃が降らせる朱色の雨は数が減り、自分に命中する可能性のある光の閃光のみを迎撃するだけになっていた。

「もういい! これ以上は――!」

 晃が叫び、渾身の一撃を放つ。

 光の繰り出した拳が、晃の頬に吸い込まれるように命中する。同時に、晃の拳が光の下腹部に減り込んでいた。

 歯を食い縛り、光は突き抜ける衝撃と激痛に耐える。晃は砂利の中に倒れ、上体を起こしつつあった。

「こんなもんじゃない……!」

 振り抜いた拳の纏う蒼白い輝きが更に力を増す。

「俺の、思いはもう、変わらないんだよ!」

 光の覚悟はこんなものではない。

 振り上げた拳が蒼い閃光に飲み込まれ、晃へと振り下ろされる。

 誰もが、息を呑んだ。

 拳が空を切り、蒼い閃光が爆発したように弾けた。

 晃は、ダスクの足元まで移動している。

 修の力だ。光の拳が晃に触れる寸前、修の力場が生じるのを確かに感じた。晃を遠ざけ、光の攻撃から逃がす。

「傲慢だっていい……!」

 荒い息を吐きながら、光は呟いた。

「譲れないものがあるんだ……! 欲しいものは全て掴んでやる!」

 腹の底から叫び、光はその場で両膝を着いた。具現力は既に封じていた。

 全身から汗が噴き出し、体中が痛んだ。筋肉が強張り、じわじわと痛みを訴えてくる。冷や汗が全身を濡らし、呼吸さえも難しい。オーバー・ロードの反動だ。強制的に高められた力に、肉体がついていかない。胸が苦しい。頭痛も酷かった。

「ヒカル!」

 セルファが傍に駆け寄ってくる。

 晃は絶句している。

 肉体的なダメージは、オーバー・ロードまで発動した光の方が上かもしれない。だが、戦闘は明らかに光の勝ちだった。修が助けねば、晃は死んでいたはずだ。

 いや、修に頼んでいたからこそ、光は下手に手加減をせずに本気で戦うことができた。

「……次は、ないかんね」

 修の言葉が響いた。

「大丈夫?」

 心配そうに覗き込んでくるセルファに、光は力なく微笑んだ。

「行くぞ、アキラ」

 ダスクの言葉に、晃は座り込んだまま驚いたように背後を振り返った。

「……お前は、負けたんだ」

 ダスクに動じた様子はない。この結果も予測の範囲内だったのだろうか。

「シュウがいなければ、死んでいるところだ」

 ダスクの放ったその言葉に、晃はショックを受けたようだった。

 言葉を失い、晃が項垂れる。

「見逃してくれるか?」

 そのダスクの言葉は光に向けられたものだった。

 晃を連れて撤退することの同意を光に求めているのだ。今の状態でも、具現力を解放すれば光はまだ戦える。それに、修や聖一、シェルリアもいる。ダスクたちを追撃しようと思えばできないわけではない。

「……借りは返したいからね」

 息を切らしながらも、光は口元に笑みを浮かべて答える。

 ダスクには恩がある。今まで、VANの中で唯一、光に対して寛容だった。ダスクがいなければ、光の状況は今よりもずっと悪い方向へ向かっていたかもしれない。

 今回は晃と話し、戦うことだけが目的だった。それで十分だ。ここで追撃をするなら、晃を殺すことに繋がる。

 後をどうするかは晃が考えて決めなければならない。光が口を出すことではないだろう。きっと、光の本気は伝わっただろうから。

「ダスクとは、味方として会いたかったな……」

 薄く苦笑いを浮かべた光に、ダスクも苦笑を返した。

「俺もだ」

 ダスクは項垂れたままの晃の肩を掴み、立ち上がらせる。

 本当に、ダスクが仲間だったと思う。彼が仲間だったなら、どれほど心強かっただろうか。人一倍優しく、芯も強い。VANの人間が、ダスクのような者ばかりだったなら、今のような状況にはならなかったかもしれない。

 敵同士の立場ではあるが、互いに信頼を寄せているのだと実感する。いずれ、決着はつけなければならないことを知りながらも。

 背を向けたダスクが一歩目を踏み出したところで立ち止まった。振り返り、光の傍らにいるセルファに視線を向ける。

「セルファ、今のお前を、手放すなよ」

 それだけ告げて、ダスクは歩き出した。

「大丈夫、私には、ヒカルがいるから」

 リゼと晃を連れて、遠ざかって行くダスクを見て、セルファは力強く頷いていた。

 そこまでで、光の意識は途切れた。遠くでセルファが名を呼ぶ声だけが耳に届いていた。

後書き


作者:白銀
投稿日:2009/12/12 04:35
更新日:2009/12/12 05:07
『ライト・ブリンガー I ?蒼光?』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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