小説を「読む」「書く」「学ぶ」なら

創作は力なり(ロンバルディア大公国)


小説投稿室

小説鍛錬室へ

小説情報へ
作品ID:585
「俺のちっぽけなこの手の中に」へ

あなたの読了ステータス

(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「俺のちっぽけなこの手の中に」を読み始めました。

読了ステータス(人数)

読了(375)・読中(4)・読止(0)・一般PV数(1089)

読了した住民(一般ユーザは含まれません)

遠藤 敬之 ■ある住民 


俺のちっぽけなこの手の中に

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中

前書き・紹介


1

目次

 深夜、一時過ぎ。小学校の校庭に二人の子供と一匹の妖怪がいた。

 一人は容姿に比べ背の高い短髪の少女。顔や手にいくつかの擦り傷がある。砂まみれで暗い色の巫女の衣装を着、両手では二メートル近くある槍を握っていた。

「これで!」

 少女、叶野舞〈かのうまい〉は腰を曲げ前かがみになった状態で槍を構え妖怪に向かって走り出す。

「おい! やめろ! またさっきと」

 次の瞬間にはそんな言葉が響いていた。少女の肩ぐらいまでの背の少年だ。妖怪を挟むようにして少女の正面にいる少年はジーパンにジャンパーを着て腰には日本刀をぶら下げている。

 それを無視し少女は一切止まる気配を見せず、それどころか走るスピードを上げる。

 その少女の先、そこにいる妖怪は普通の人間となんら変わらない。昼間ならどこにでもいそうなサラリーマン風の格好をしていた。見た目は二十歳くらいの男で身長は約一七〇センチ。そのなり形にまったく似合わない日本刀を右手に握っている。

「くっ!」

 その平然と立つ妖怪を確認すると少年も走り出す。左手を鞘に添え右手を刀の柄に当て、いつでも切り出せるその状態にする。

 それとほぼ同時。唐突に妖怪が喋り出す。

「なんでお前らは俺に牙を向ける? 何にも理由なんてないだろう? 今ならまだ子供のいたずらで済ましてやる。だからさっさとここから消えろ」

 妖怪は基本的に人間。と言うより生物の言語を話すことはあり得ない。はずだった。人と接触できないのだから当たり前。そう教え込まれていた。

 妖怪の先にいる舞の事など関係なく足を止めていた。そして右手を柄から離し妖怪の方を確認する。

 妖怪は少年の方を見て

「おまえが利口……な、わけじゃねーだろ?」

 その言葉と同時に妖怪がそこにいる二人に対して妖力を振りまく。殺気を感じ取りやすい形にしたようなものだ。大した量じゃない。しかし完全なまでの才能を持った小学五年生の少年に対してのそれはナイフを鼻先に当てられているのとなんら変わらなかった。

 下半身には力が入らなくなり腰を下におろしてしまう。立てなかった。足がすくみ、ただ、がたがたと震えるだけで全く言う事を聞かない。

 舞はまだ走っている。少年よりも感度が低いからか、それともただ単にバカなのか。この調子だと後、一秒とおかずに攻撃範囲内に妖怪をとらえる事が出来る。

「仕方無いか……」

 残念そうに妖怪がそうつぶやくのと同時にパキョ。とからっぽで湿っている、そんな嫌な音が響く。

「な……」

 その妖怪が右手を舞に向かって差し出した途端にその体は宙、空中十数メートルの所に浮き片方の足は膝の関節から逆方向に曲がっている。

 それに少年が気付いたのと同時。舞が悲鳴を上げていた。

 いろんな思考が頭の中を駆け巡る。それでも答えが出る頃にはその叫び声はやんでいた。

 震える足に無理やり力を入れ立ちあがる。

「何してんだ」

 舞は空中、さっきと全く同じ所でピクリとも動こうとしない。

 妖怪に話しかける。今まで自分が無造作に葬ってきた『獣』としてではなく言葉の通じる相手として。

「ん? なんだ? こいつ連れて帰ってくれる気になったか?」

 妖怪は少年が立ち上がった事に気づき顔だけをその少年の方に向ける。妖怪が腕を下ろすとそれに合わせるように舞も降りてくる。舞は音を立て地面の上に横たわりそれを見ると妖怪は振り返り体も少年の方へ向ける。

「何してんだ」

 ぼそりと言う。それに合わせるように少年は刀に手を当てながら一歩、また一歩と歩きだす。

「あ? 聞こえねーよ、はっきり言えよ」

 少年は走り出す。そして次の瞬間には刀を鞘から抜いていた。

 澄み切ったきれいな音色が響く。

「なんだ? 刃向かうのか? おめーの方の命の保証はしねーぞ? できるなら殺しはしたくないんだけどなっ」

 妖怪は抑えつけていた少年の刀を振り払うと刀を両手に持ち直し確認をとるように言う。

 一秒とおかず少年はもう一歩踏み込み妖怪に対して刀を振り下ろす。その次の瞬間には同じような少し鈍い金属音が響いていた。

「なんだってんだよ……なんで不審組織の捜査でこんな化け物と殺り合わなきゃねーんだよ」

 妖怪は苦笑いをしながらその目の前の太刀筋をしっかりと押さえ言う。

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな」

 うつむいた状態でぶつぶつとぶつぶつと繰り返す。

「ん?聞いてっか?俺はお前と殺り合いたくなんか」

 無理やりその刀を振り切る。もともとの軌道をそれたその刀は妖怪の右手首と右の太ももを切り裂く。そしてもう一歩踏み込み妖怪の胴体をめがけてその刀を突きだす。

 妖怪は体勢を崩す様にしてその突きをかわし、切り離された右腿から下のそれを見ながら言う。

「妖刀か……やばいな……それにしてもなんでこんなガキが妖刀なんか」

 切り離された右腿から下は形を崩し地面にしみるように消える。そして右腿の切り口からは黒い布のようなものが出てきてそれが足と脛、膝の形をかたどり切り口の方から肌色に変わって行く。その色が全体にわたる前にズボンの生地が内側から引き出されるように伸びて行き、その丈が足首まで来るのとほぼ同時に足の指先までが肌色になる。妖怪は今生えた足を後ろに回し妖怪は何とか体制をたて直す。

 その妖怪に追い打ちをかけるように正面に立ち刀を垂直に振り下ろす。

「だからやめろって、なんでこのご時世に妖怪相手に二人組で通り魔って……そんな事やっても何にもなんねーじゃねーか。ただ戦争、誘発するだけだろ?」

 妖怪は簡単に少年の一太刀をかわすと距離を置こうと数歩下がる。

「俺は仕事があんの。だからささっさと負け認めてくれよ」

 その言葉とは裏腹に日本刀を構えなおしながら言う。

妖怪の正面。と言うより下。ちょうど手の下あたりに当たる場所にしゃがみこみ無表情で居合を構える少年がいた。

「やっば」

 少年が刀を抜いた瞬間。妖怪はかわすどころかその言葉さえもいい切る事を許さず両膝から真っ二つに切り裂く。

「くっ?」

 一瞬でその両膝から先を修復させる。だか間に合わない。

「な?」

 妖怪の脇腹には日本刀が刺さっていた。

「妖怪はそれ自体が物体として存在しいないためにどんな損傷があっても痛みを伴う事は無い」

 その柄を握る少年。まるで見下す様にその妖怪を見ながら言う。

「しかし何らかの理由で損傷をきたした場合、大半に置いて妖力を消費し、自動的に片を戻そうとするため、その分寿命が縮む。それと同時に妖力の量によって再生のスピードも大きな変化が出る事が多い」

 少年が柄を手前に倒すと妖怪の脇腹は大きく切り開かれ中の黒い霧のようなそれが顔を見せる。

「ぐ!」

 そう言うのと同時に妖怪は脇腹を引きちぎり、そのまま転がって二メートルほど離れた場所でその転がった勢いを利用して体を起こし膝をつき腰を下ろした状態に立てなおす。

 正面。今まで月光が照らしていた妖怪を影が覆う。妖怪が見上げるそこにはすでに刀を振り上げた少年がいた。

「お、おい、やめてくれよ。こんなことしたって何にもなんないだろう?」

 妖怪は涙目でもう笑ってしまっているその表情で必死に命乞いをする。

「野蛮な獣ごときが人間に命乞いをするか? ただ暴れただけだったのならそれで許す。しかしお前がやった事を理解しているか? それを俺がそれを許すわけがないだろう?」

 見下す様に無表情で妖怪に言い放つ。

 その妖怪がまだ形しかできていない足で逃げ出そうとした瞬間。まさにその妖怪がおびえ切り背を向けた瞬間だった。少年が刀を振り下ろす。

 その刃は風を裂きながら容易に妖怪の体を中心から二つに切り分ける。少年の持つ刀の力によって自己同化の能力を失った妖怪の素。妖力は妖怪が重ねた記憶と一緒に次々と刀を通して少年に取りこまれる。

「なっ?」

 少年の脳内に初めて他人の記憶が流れ込む。その記憶を見、驚く。その次の瞬間には絶望がどこからともなく押し寄せあっという間に自分を包みこんだのが解った。少年はまた腰を落としてしまう。これが初めて戦った妖怪だった訳じゃない。妖怪の事だっておおかたなら知っているはずだった。そしてその現象が起こる事を知らなかった訳でもない。しかしその記憶の内容は自分が知るはずの妖怪の物ではなかった。

「ふざけんなよ。どう言う事だよ。おかしいだろ? だったら俺は今まで何してたって言うんだよ……」

背中を丸めて頭を抱える。現状と今まで自分がやってきた事の答えを出そうと。

 三十分後。少年はとある大きな寺院にいた。

「ここにいたか」

 もう冬に入る一〇月三〇日。Tシャツにジーパンで体中にびっしりと汗をかき、少年は戸に寄り掛かりながらそう言う。

「ボウズか? 舞はどうした?」

 金色の仏像がいくつも並ぶ手前。そこに正座で座り込む男、舞の父親は振り返りもせずそう言う。

「今頃まだ学校で寝てるだろうさ」

 笑うようにいう。しかしすぐに表情を変え

「聞きたい事がある」

 少しおいた後

「今日来た妖怪にとどめを刺したのはお前か?」

 舞の父は仏像の前でピクリとも動かない。

「あぁ」

 その一言を聞くと舞の父は立ち上がる。振り返り少年の方を確認すると歩き出し

「場所を変えたい」

 舞の父は少年とすれ違う時ポツリと言う。

 少年は何も言わず後ろにつくようにして歩きだす。

「ボウズはここにきてから楽しかったか?」

 さっきまでとは全く違う陽気な口調で舞の父は話し出す。しかし少年はそれに一切答えようとせず、ただ後ろからついて行くだけだ。

「俺はさ、楽しかったんだ」

 階段に差し掛かる。舞の父はそのまま階段を下りはじめ、それを追うように数秒遅れて少年も階段を下りはじめる。

「もう一人子供できたみたいでさ。ホントに楽しかったんだぞ? 昼間は舞も連れていろんなとこ行ったよな。ホントにさ、お前が来るまでは舞の遊び相手さえ碌にしてやれなかった。おれの女房。舞の母親はあいつ生んですぐに死んじまってさ、それで跡取りが舞しかいなかったんだ。その上、舞はこういう事に対して全くってくらいに才能が無くてさ。一一年かけてやっとである程度の攻撃ができるようになったくらいだ。それがさ、お前が来て思いっきり楽になったんだよ。お前がここにきて、だいたい半年。だがもう俺より強いだろう。そんな才能持ってる奴が来てくれたんだ。もう舞を泣かせないんですむんだってな。ホントに嬉しかった」

 そう言った頃に階段を降り切り住宅がぽつぽつとたつ田んぼ道に出る。

「おい」

 後ろから少年が声をかける。しかしそれを簡単に流す様に

「いいから聞けよ」

 舞の父親は足を止めず顔だけ振り返り少年を見ながら言う。

「おい!」

 少年は足を止め、その後ろ姿に向かって大声で言う

「いいから聞け!」

 舞の父親も足を止め、前を向いたまま怒鳴り返す。

「最後なんだ。今日くらいこんな話させてくれたっていいだろ……」

 その言葉を聞き少年は何も言わなくなり舞の父親はまた歩き出すのと一緒に嬉しそうに話しだす。

「おまえもぐんぐん伸びてったよな。ただ妖力が強いだけの子供かと思ったらまるでこっちの世界に来るために生まれてきたような力つけてさ。あとお前といる時は舞も嬉しそうだから俺も嬉しいんだよ。俺もお前の事は結構気に入ってたけどな。そう言えば三人で映画とかも身に行ったよな。ホラー映画。舞、嫌がってるのに俺とお前でふざけ半分で連れてってさ、そしたら舞は帰り道ろくに歩けなくなってたよな」

 その男はほんとに楽しそうに話す。その自分の娘と過ごした時間がどれだけ楽しかったのかそれを聞いている相手まで伝わるくらいに。

「そう言えばキャンプとかも楽しかったよな。お前と舞は二人して山の中で迷子になって帰って来たと思ったらクマに追っかけられて来たとか言ってたもんな」

 数秒間が開く。舞の父は空を見上げると

「もっと舞の笑ってるとこ見てみたかったなぁ。あいつはお前が来るまで俺の前では全然、笑顔なんて見せてくれなかった。だけどお前が来てからは俺の前でもいっつも笑ってくれてるようになってさ。あと、おまえと酒とかも飲んで見たかったし、舞の花嫁姿とかも見てみたかったよな」

 舞の父親は足を止める。田んぼ道の約五〇メートルおきに立つ街灯の明かりの下。そこで少年に背を向けうつむいた状態で足を止める。

「もう、いいのか?」

 ぼそりと少年が言う。さっきまでより少し低い声だ。舞の父は首を縦に振るが少年は動けない。

「ん? どうした? お前が今回の事で抱いた疑問はたぶん全部が悪い方の答えだ。何にもためらう理由なんてないだろ?俺は最後に娘の自慢が出来たみたいですんごい気分いいんだ。だから今の内にしてくんないか?」

 軽い口調。笑うようにして舞の父親は言う。

「あぁ舞の事か?大丈夫だ。あいつは金さえあれば生きていける。お前ほどじゃないにしろあいつも人としては俺よりよっぽど優秀だ。あと俺も保険に入ってるし貯金もある程度ならあるしそれくらいあればあいつは生きていけるって」

(そんな事じゃねーよ)

 少年は舞の父親を殺そうとここまで来た。おそらくそれを舞の父親も解っている。

「あと勝手かもしんないけどさ、俺の事を殺したら自動的に舞の周りのやつからはおめーの事についての記憶が消えるようになってる。あいつが変に復讐心とか持ってお前に迷惑かけるのは嫌だからな」

(なんでだよ)

「早くしてくれよ。今の気持ち。この気分を墓の下まで持ってきたいんだ」

(なんで助けてくれって言ってくれないんだよ!なんで違うって言ってくれないんだよ!)

 口に出す事は出来なかった。その感情とは裏腹に口からは全く違う言葉が出てしまう。

「あぁ」

 暗い雰囲気の言葉だ。しかし涙も鼻水までもだらだらと流れ出ているその状態で必死に口に出した言葉だ。

(殺したくなんかねーよ。なんで殺さなきゃねーんだよ。嫌だよ。あんたが死ぬのも。舞と離れるのも)

 そんな言葉を脳裏に浮かべていても相手の今の気持ちはまるで手に取るようにわかった。

 罪悪感、善意、偽善、安堵。そんな感情が入り混じり複雑に絡み合った状態だ。そしてそれは時間を重ねる事にきつく、硬く結ばれていく。おそらく一生解ける事は無い、一時は忘れる事は出来ても絶対に無くならない感情だ。

 刀を鞘から抜き、両手で柄を力いっぱい握り、大きく振りかぶる。けじめとして。復讐として。今まで受けた恩の形として。

 せめて苦しめる事は無いようにと。一瞬で意識を断ち切れるようにと。

 復讐心と今まで受けてきた恩の重さをつたえるように少年はその刀を振り下ろす。

 一〇分後。明かりもない田んぼ道を返り血を浴びたその格好で歩いていた。うつむき、うっすらと見える地面だけを見て右手にはまだ刃をさらしたままの刀が握られ左手にはその鞘が握られている。

 ただどこに向かうでもなくコンクリートで舗装された道の上を一歩。また一歩と足を進める。

 首に一粒の水滴が落ちる。それを感じ取ってか少年は足を止め、顔を上げて真っ暗な月明かりさえ見当たらない周りを見回す。

 そこからは遠くにある家の明かりと他の道路の街灯の光が見えるだけだ。

 雨が降り出した。その量はあっという間に増えて行き当たる雨粒の一つ一つが痛い。そんな状況で空を見上げる。体中の力が抜け刃先が地面に落ち鞘は音をたてながらコンクリートの上を転がる。そんな中で見上げる。夜空さえも雲に隠れて星の一つも見えない空を。

 また涙が流れ出した。それがどんな意味を持っているか。それは本人にさえ解らない。

 一〇分。雨はそれくらいの時間でやんだ。少年は目をつぶり顔を空に向けている。

 いつの間にかつぶっていた目を開け空を見ながら

「やんだ、か……」

 その空にはまだ雲がかかりしばらくその上は見れそうにない。目線を下におろし自分の服装を見る。水を吸い、色が暗くなっているジーパンに雨を含み少し薄くなった血の付くTシャツ。

 少年はTシャツを脱ぐとそれを二度折り精一杯の力で絞り血の混じった水を絞り出す。それで一度顔を拭くともう一度絞り今度はそのTシャツを着る。

 少年は大きなため息をつきながら落とした刀と鞘を拾い、その刃を鞘におさめる。そして立ち上がり今から向かう方を見ながら腰に刀をぶら下げる。

「いかねーとな」

 そう言いながら留めた足を前に出す。数歩先で足を止め大きなくしゃみをし

「風邪ひいたか? もう十一月だもんな……」

 止めた足をまた一歩前に出す。さらにもう一歩足を踏み出す。そうやって少しずつ道を進んでいく。どこに続いているかなんてわからない。この暗闇では道の向うの方向さえ解らない。それでも少年は歩き出す。

 それから五年。

 高校一年生になった舞は花束を持ちある場所に向かっていた。もともと自分の家だった場所。数年前に売り払った寺院の敷地の中にある墓。五年前、通り魔の被害にあって他界した舞の父の墓だ。

 その時期。小学校高学年のそのあたりの記憶は奇妙なほどにあやふやだ。それまでの父のイメージは怖さしかなかったのにその頃。死ぬまじかの父のイメージは妙に優しいものがある。いろんな場所に連れて行ってくれたり一緒にいて楽しかったイメージがある。

 そんな昔の記憶が掘り起こしながら父の遺骨が眠る墓地に向かう。

 階段を上る。昔、小学校に通っていた頃は毎日走って登っていた階段だ。小学校を出、中学校に入った頃に親戚の家を出、この寺院を売り払い一人暮らしを始めた。

 舞は階段を上りきると一番上の段で一度その景色、自分がいた時と寸分違わない景色を見まわし目をつぶる。

(いつもお父さんは外にいたんだよね。怖かった時も、優しかった時も。神社の前を掃いてたり、家のベンチで昼寝してたり。そしてお父さんが優しかった頃。その頃には……)

 何かがあったような気がする。しかし全く思いだせない。それはただの幻想なのかそれとも自分が何かを忘れているのか。そんな事を考えているうちに不意に声をかけられる。

「あら、舞ちゃん。またお父さんのお墓参り?月命日まで毎回来て偉いわねぇーうちのバカ息子とは大違いだわー」

 神社の前を掃いていた四十過ぎのおばさん。この寺院を買い取った今の住職の奥さんだ。そのおばさんがいつものように舞に話しかけ『そんなことないですよー』といつものように照れながらそのおばさんに返し舞の父の墓に向かう。

 曲がり角。ちょうど竹やぶの陰になっていて曲がった先が見えない場所だ。舞はそこを曲がろうとした時、誰かにぶつかる。

「お?」

 男の声。そんなに歳は取っていない。舞ともそんなに歳の差はなさそうな若い男の声だ。

 舞はその男にぶつかった衝撃で尻もちをついてしまう。

「大丈夫か?」

 いつの間にかつぶってしまっていたまぶたの先。まったくと言っていいほどに記憶にない顔。しかしその顔にはなぜか見覚えがある。

 酔っ払いだ。真っ赤な顔に、もううっすらとしか開いていない目。かなり機嫌はよさそうだがそれと同時に酒臭い。舞より少し上であろうその男は舞に向かって手を差し出している。

「うん」

 そう言いながらその男の手を握り立ち上がる。

「ん? 舞か? 久しぶりだな。だけど今は俺も時間、無いからまた今度な」

 ふらふらとした足取りで舞の横を通り過ぎたと思ったら男は一瞬で顔色を変え、真っ青なその顔を膨らませると竹やぶの方に柵から身を乗り出す。大丈夫じゃないのは舞じゃなくその男の方だ。

 真っ青な顔でその竹やぶの中に吐き続ける男に背を向けできるだけ気にしないようにして歩きだす。

 一分としないうちにその男は舞が来た道。寺院の方へいく道をふらふらとした足取りで歩き始めた。

「誰だったかな?」

 全く思いだせない。それでも記憶のどこかから見つけ出そうと自分の記憶を探りながら父の墓前に進める足を進める。

 父の墓。もうそこには花も、お茶も、水も、添えてあり線香までがあげられていた。さっきの男がやって行ったのだろうか。

 墓石の横。そこには父が酒を全くと言っていいほど飲まなかったのを知ってか知らすが高そうな日本酒の一升瓶が三本並べて置いてある。一本目はからで二本目は半分くらいまで酒が残っている。三本目はまだ手がつけられていない。

 舞は花を酒の逆側に添えるとポケットから線香の束を取り出し、もう一方。逆のポケットからはライターを取り出す。その線香の束に火を付けそれを墓に添える。そうして墓の前で手を合わせそれを数分続けた後目を開ける。その時ある事に気づく。

 お茶と水が添えられる間。お茶菓子などかよく置かれている場所だがそこに山折りにされ、置かれている厚紙があった。それを前後返しながら自分の前に寄せる。そうするとその紙、墓の方を向いていた面にでかでかとこう書いてあった。



帰って来たぜ

後書き


作者:神童
投稿日:2010/12/21 00:23
更新日:2010/12/26 06:00
『俺のちっぽけなこの手の中に』の著作権は、すべて作者 神童様に属します。

目次

作品ID:585
「俺のちっぽけなこの手の中に」へ

読了ボタン


↑読み終えた場合はクリック!
button design:白銀さん Thanks!
※β版(試用版)の機能のため、表示や動作が変更になる場合があります。
ADMIN
MENU
ホームへ
公国案内
掲示板へ
リンクへ

【小説関連メニュー】
小説講座
小説コラム
小説鍛錬室
小説投稿室
(連載可)
住民票一覧

【その他メニュー】
運営方針・規約等
旅立ちの間
お問い合わせ
(※上の掲示板にてご連絡願います。)


リンク共有お願いします!

かんたん相互リンク
ID
PASS
入力情報保存

新規登録


IE7.0 firefox3.5 safari4.0 google chorme3.0 上記ブラウザで動作確認済み 無料レンタル掲示板ブログ無料作成携帯アクセス解析無料CMS