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ライト・ブリンガー I ?蒼光?

小説の属性:ライトノベル / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / R-15 / 完結

前書き・紹介


第六部 第一章 「激動の中で」

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 第一章 「激動の中で」





 ここ一月の間に、VANと、それに立ち向かう者たちの名前は世界中に知れ渡ることになった。VANでは主に実働部隊の部隊長たちの名が、レジスタンスでは高い実力を持った者たちが、ニュースで報道されている。

 火蒼光(かそうひかる)、セルファ・セルグニス、矢崎修(やざきしゅう)、仲居有希(なかいゆき)、朧聖一(おぼろせいいち)、五人の名は確実に知れ渡った。およそ一月前の、シェイドとの戦いが報道されたのだ。戦っていた場所が日本ではなく、アメリカであったことも大きく影響しているかもしれない。

 能力者たちの存在に、一般人たちも慣れ始めていると言えば変だが、VAN蜂起当初よりは混乱しなくなったのは確かだ。

 あの戦いで、シェイドと戦う光やROVの姿が全世界に中継で流された。

 VANのレジスタンスとして、ROVで知られた者の名は、リーダーの白雷刃(はくらいじん)を始め、金風楓(かなかぜかえで)、焔龍翔(えんりゅうしょう)、氷室瑞希(ひむろみずき)の四名だ。シェイドの部下と戦っていた場面も報道されていたらしい。他にも、各国でROVの支部長という肩書きで名が晒されている者もいた。

 あまり好ましいことではなかったが、ある程度覚悟はしていた。

 VANと戦うということは、そういうことだ。

 世界中に対して宣戦布告したとも取れるVANの蜂起宣言は、人々に大きな衝撃を与えた。同時に、世界各地でVANによるクーデターが発生し、世界は混乱することにもなった。

 その組織を潰そうと言うのだから、光たちの名前が世界中に知られるのは時間の問題だった部分はある。アグニアは全世界の敵と認識されてもおかしくはないのだ。能力者から見ればカリスマ的存在かもしれないが、彼らの動きに反抗の意を表明する者は少なくないだろう。能力者ではない一般人の中には、VANを恐れ、敵と見做し、排除を望む者が多いはずだ。

 だから、この一月の間に世界は少しずつ、結論を出し始めた。世界各地でVANに対する徹底抗戦を宣言する国が現れ始めたのだ。その波紋は国連に広がり、既に世界はVANとの戦争に向かいつつある。

 いや、既に戦争は始まっていた。世界各地でVANの部隊に対する攻撃が行われている。

 もちろん、能力者を相手に戦う軍人たちが優勢とは言い難い。襲撃が成功しているところもあるようだが、大半は国連軍側が敗北している。勝利を得ても、VANの能力者を取り逃してしまう場合も少なくはない。

 ホテルの一室に、光たちは泊まっている。名前や顔が知れ渡ったために、ホテル側はあまり良い顔はしなかった。だが、光たちが力を使って暴れることを恐れてか、宿泊拒否まではしていない。おどおどした態度は正直、不快だったが、それが一般人の反応だろう。簡単に殺される可能性があると思えば、それが自然だとも思う。

「……本当に、大丈夫?」

 ドアの付近で、携帯電話の向こうにいる叔父、孝二(こうじ)へと光は問う。

 光の名前が知れ渡ったことで生じるのは、本人の問題だけではない。家族や親戚の周りでも問題が起きている。

 要は、家族も同類と見られる可能性が高いということだ。

 光の両親が死んでからは、父の弟である孝二と、その幼馴染の澤井香織(さわいかおり)が親代わりだった。光にとって家族と呼べる者は、兄である晃(あきら)を除けば孝二と香織だけだろう。

『大丈夫って、何度言わせる気だ?』

 孝二が呆れたように笑っているのが解った。

「でも、香織さんの身体に障ったら……」

 孝二と香織は結婚している。かなり遅い結婚だったが、二人は幸せそうだった。結婚式は挙げずに、親しい者たちだけでささやかなお祝いをした。その席に晃がいなかったことだけが、寂しかったが。

 香織は自分の住んでいたアパートを引き払い、孝二と暮らしている。即ち、光の家に。

 そして、香織は妊娠していた。まだ二ヶ月目だが、身体に障ってはまずい。

『香織も大丈夫だって言っているし、僕だって彼女のことは一番に考えるさ』

「……俺たちなんか知らないって言ってくれたっていいのに」

 流石に、マスコミなども動き始めている。

 光や修の家族に対して報道陣が来たことも一度や二度ではない。下手をしたらノイローゼになっていてもおかしくはないはずだ。

 だが、孝二も香織も、光を自分たちの家族だと言う。光の前だけでなく、他者の前でさえ。胸を張って、自分たちを守るために戦っているのだと、誇りに思っているとさえ言ってくれた。風当たりは強いだろうに。

『そんなことは、僕も香織も絶対に言わない』

「けど……」

 今、光は孝二たちとは暮らしていない。共に過ごすことで、孝二たちが余計にマスコミなどに狙われるのではないかと思ったからだ。もしもそうなったら、妊娠している香織に対して申し訳ない。

 だから、光はセルファと共に、VANに対するゲリラ戦を続けながら各地で寝泊りをしていた。倒したVANの人間からクレジットカードや資金などを奪い、それを使って生活している。

 光が能力者であるということが知れ渡った結果として、孝二の仕事上の立場が危うくなっている可能性は十分にある。この戦いに直接関わらない孝二たちに負担はかけられない。半ば強盗紛いではあったが、それが最良の選択だと思った。

『兄さんのこともあったし、そんなに心は弱くない』

 孝二は光の両親もまた能力者であったことを知っていた。光が生まれる前から、両親である光一(こういち)と涼子(りょうこ)が戦ってきたのだと、教えてくれた。そして、光と晃の安全のため、旅行と偽ってVANを潰しに海外へ行き、命を落とした。

『それに、無理しているのは光の方だろ?』

 孝二の言葉に、光は何も言い返せなかった。

 いつも、無理をしている。特殊部隊長を倒すために、寿命を削り、仲間を失いながら、ここまで生きてきた。色んなものを失くし、その度に様々な思いを乗り越えてきた。

 先月には、光は一度本気で死にかけた。セルファがいなければ、目は覚めなかっただろう。

『心配はしなくていい。お前はお前の戦いに集中しろ』

 優しい口調ではあったが、孝二は力強くそう告げた。

『香織に無理はさせない。いざとなったらできることはなんでもする。僕らでどうしようもなくなったら、その時は頼るさ』

 一度、光の家の前に押し寄せた報道記者たちを蹴散らしてやろうと思ったこともある。だが、それをすれば光たちの印象もVANと変わらないものになりかねない。結局、修の力で記者たちを別の場所に飛ばして対処した。もちろん、修は姿を見せずに。

 光は戦う力に特化しているが、セルファや修の力は応用が利く。特に、セルファの力は便利だと思える使い方が数多く存在する。もし、孝二たちが本当にどうしようもなくなったなら、セルファの力を使えばいくらでも手は考えられるはずだ。

 だが、その必要がない間は自分たちで解決すると、孝二は言っているのだ。光たちの戦いを邪魔したくはない、と。

「……解った」

『正直、たまには顔を出して欲しいとは思うが、まずは目先のことを優先しなさい』

 VANを倒して、全てが終わったら、家に帰れるだろうか。能力者に関わって混乱が続いていたら、暫くは帰れないかもしれない。ただ、セルファや修の力があれば直ぐに帰ることもできる。一時的に家に戻ることも簡単だ。

 悲観的になる必要はどこにもない。

 まずは、VANを叩くことが先決だ。VANは孝二たちに危害を加える必要性があるのだから、こちらを早く潰した方がいい。

「最後に、一つ聞いてもいい?」

『ん? ああ、何だい?』

「……父さんと母さんは、どんな人だった?」

 光は問う。

 幼い頃に両親が死んでしまったとは言え、光が八歳になる直前だ。記憶に残っている部分はある。だからかもしれないが、今でも思い出すと少し胸の奥が疼く。多少なりとも憶えていることもあって、両親のことを孝二や深輝に聞いたことはなかった。気が引けたというのもある。口に出し辛かったというのも正直なところだ。

 だから、孝二に両親のことを尋ねるのは、これが初めてだった。

『……光一兄さんは、結構自分勝手な人だったかな。自分でやると決めたことは、最後までやり通そうとする人だったよ』

 柔らかい声が返ってきた。

『一人で背負い込むことも多かったかな。今の光と少しダブるところが多いね』

 光は黙って孝二の言葉を聞いていた。

 同じ思いで戦っていたのだろうか。きっと、全てが一致しているわけではないだろう。それでも、似たような感情はあったのかもしれない。

 光一が戦っている姿を、この目で見たかった。

『涼子義姉さんは、優しい人だった。少し臆病なところもあったけど、こうと決めたら絶対に譲らない、芯の強い女性だったよ』

 性格は光一に似ているかもしれない。孝二の話を聞いて、そう思った。

『でも、不思議と光一兄さんとぶつかることは無かった。きっと、それだけお互いのことを理解していたんだろうね』

 確かに、光の記憶の中に残る二人に、夫婦喧嘩をしている姿はない。

 今の光なら、何となく解る。

『やっぱり、電話じゃあ語り尽くせないな』

「今はそれぐらいでいいよ」

 苦笑する孝二の声に、光はそう返した。

 今はそれで十分だ。二人が強い人であったことさえ解ればいい。

「また、全てが終わったらじっくり聞かせてもらおうかな」

『ああ、待ってるよ』

 光の言葉に、孝二はそう言ってくれた。

 全てが終わった時、光が生きているかは解らない。既に、光は一度シェイドに殺されている。アグニアに辿り着くまでに、光が殺されてしまう可能性はある。アグニアと相打ちとなって命を落とすことだって十分にありうる未来だ。

 孝二の知る全てを聞くためには生き残る必要がある。帰ってきて欲しいと、そう言っているのだと思った。

『……セルファは、大切にするんだぞ』

 電話を切ろうとした時、孝二がそっと呟いた。

 孝二はVANからやってきたセルファを快く直ぐに受け入れてくれた。光一と涼子の敵だったアグニアの娘であることを明かしても、光の傍にきた気持ちが本物なら構わないと、そう言った。今まで携帯電話を持っていなかったセルファに、必要になるかもしれないと用意してくれたのも孝二だ。家族同様に扱って貰えたことで、セルファは孝二たちをとても信頼している。家族の温かみを良く知らずに育ったセルファには、嬉しかったに違いない。

 光も嬉しかった。孝二たちのような家族がいたことと、セルファが二人と打ち解けてくれたことが。

「……うん、大丈夫。それだけは、ね」

 光は答えて、電話を切った。

 聖一が情報収集のために外出しているため、部屋の中にいるのは光の他に、セルファ、有希、アルトリア・スコルジーの三人だけだ。

 修はマンションに戻り、以前知り合った、自衛隊の中にある能力者部隊、具現力特科と連絡を取っている。具現力特科は、有希の父親であり陸上自衛隊中部方面総監でもあった良一が設立した能力者の特殊部隊だ。日本の政府内で能力者に対処するために動いていた者たちの中核だったに違いない。

 こちらも情報収集ではあるが、それ以外にも目的はあった。家族との関係だ。

 家族仲の悪い修の家では、もう家族の縁を切られているのかもしれない。修は既に、父親の姓を名乗ってはいない。光と出会った頃、小学校では、まだ父方の姓だった。本来なら、私立の名門中学に行くはずだった修は、光と同じ市立の中学へと入学していた。修は、両親の望む姿を裏切り、離反の道を選んだ。彼の両親が修に望んだものは、跡取りとしての能力だけだった。小学生の修には、両親からの期待が重過ぎたのだろう。同時に、修は両親にもっと別のものを望んでいた。だが、それは適わなかった。

 光は親友と離れ離れにならなくて良かったとも思ったのも本音だが、その決断をすることがどれだけ険しい道を進むことになるのかは幼いながらに察していた。財閥の跡取りとなる道を選べば、将来は約束されたも同然だったのだから。

 そんな決断ができた修だからこそ、光が具現力に覚醒した時も傍にいてくれたのかもしれない。ある意味では、修も光と同じ両親のいない境遇だったのだろうから。

 修の名前が知れ渡ったことで、少なからず財閥にも影響は出ているだろう。恐らく、今日で修は家族との決着をつけるつもりなのだ。

 有希がこの場にいるのも、そのためだ。修の親の財閥がVANに狙われている可能性が無いとは言い切れない。マスコミなどが動けば、それに乗じてVANが動く場合も在り得る。有希を連れて動くことで、彼女の身を危険に晒す可能性があった。もし、有希と一時的にでも分断された場合、状況によっては彼女が無防備になる。

 彼女も能力者であることが周囲に知れ渡っている。学校でも騒動があったらしく、暫く授業は休止になるだろう。交友関係がどうなったのか、光には推測しかできない。今となっては再び登校するのも難しいだろう。陸上自衛隊中部方面総監の娘ではあったが、その父親は既に殺されている。母親も幼い頃に無くした有希には、身を守ってくれる者はいない。

 今までは具現力特科が有希の護衛をしていたが、能力者であることがバレてしまっては、VANから守るだけでは駄目だ。非能力者も、ある意味では敵になる。いじめの対象となったり、社会から阻害される確率は高い。そうなった時、具現力特科の者たちでは本当の意味で彼女を守ることは難しい。

 ただ、有希は今ではセルファを友人と見ている。セルファも有希と友達になれたと言っていた。修の愛人になると言ってついてきたアルトリアとも、まだ若干ぎこちなさはあるが打ち解けているようだった。アルトリアは、本当に修と一緒にいられればいいらしい。

 光は三人の雑談する姿を見て、気付かれないように小さく息を吐いた。

 ほんの一瞬だったが、あの中にはもう一人、仲間がいた。光の思想に共感して着いてきてくれた少女は、もういない。そして、四ヶ月前に光を好きだと言ってくれた少女も、生きていればあの中にいたのだろうか。

(何を今更……)

 自嘲気味に口元を歪めて、光は軽く首を振った。

「電話、終わったの?」

「ああ、うん」

 電話が終わったことに気付いたセルファに、光は頷いた。ゆっくりと部屋の中央の方へと歩いて行く。

「どうだった?」

「大丈夫だから戦いに集中しろって言われたよ」

 セルファの言葉に、光は苦笑して答えた。

 今、この場で戦えるのは光だけだ。修が戻ってくるまでは、光が彼女たちを守らなければならない。

「じゃあ、二人のためにも早く終わらせないといけないね」

 そう言って微笑むセルファに、光ははっとした。

「あ、そっか……そうだよな」

 戦いが長引くことを前提に考えていた。確かに、どれだけこの戦いが続くのかは判らない。だが、光はこの戦いを終わらせるためにも戦っているのだ。孝二たちをどう守るか、二人の周囲は大丈夫なのか、心配し過ぎて失念していた。

 孝二たちを守る最も手っ取り早い方法は、VANを壊滅させることなのだ。アグニアを倒し、VANを崩壊させれば孝二たちが能力者に狙われることはまずないだろう。VANと戦うという決意の中には、その考えも含まれていたはずだ。

 周囲の変化や反応に気を取られすぎて、いつの間にか忘れていた。

 自分の居場所を取り戻すために、戦い始めた。実現するには、光が早く戦いを終わらせればいい。それだけのことだったはずだ。

「今日は、無理かな……」

 光は小さく呟いた。

「たまには休んだ方がいいと思うけど」

 セルファが言った。

 シェイドとの戦いの後、光は度々ROVのリーダーである刃の下を訪れている。ROVと共に戦うためではない。光自身が強くなるためだ。刃や翔と手合わせを行い、身体と共に戦闘技術を鍛えていた。手っ取り早く強くなるために、自分より強い相手に稽古をつけて貰っているのだ。

 セルファは光が試合をしている間、その光景を眺めている。光の戦い方を見ていて客観的な意見を貰うことも重要だと思ったが、何よりセルファ自信が光と一緒にいることを望んだ。

 修が不在の間は、光は三人と行動を共にしていなければならない。

 セルファに任せても良いのだが、あまり彼女と別行動はしたくなかった。自分が守ると決めた相手だ。支え合うのだと約束した大切な人だ。お互いに、離れたくないとも思っている。

「そう?」

 確かに、強さを求めるあまり休憩はしていない。ほぼ毎日、ROVで特訓を受けている。

 身体にもその影響は現れていた。ぱっと見での変化はほとんど無いが、身体中の筋肉が鍛えられている。具現力を解放していない時の運動神経がかなり向上しているのだ。肉体的にも、良く見ると引き締まってきたようにも思える。

 具現力を発動しての運動や、限界を超えたエネルギーを扱うオーバー・ロードによる身体への反動かもしれない。同じ筋繊維でも、光と一般人では違っていそうだ。

 もっとも、ROVでの訓練の際はオーバー・ロードを使っていない。それが寿命を縮める行為であると知っている者は少なく、恐らく光とセルファぐらいだろう。情報収集に長けている聖一なら知っているかもしれないが、修や有希はまだ知らないはずだ。刃たちすらも知らないかもしれない。

 オーバー・ロードは単純にエネルギーの扱う量を増やし、その破壊力を倍加させていくものだ。基本能力を鍛えておけばオーバー・ロードの際にも効果的に増幅効果を利用できる。むしろ、寿命を縮めてしまうオーバー・ロードは乱発できない。ここぞという時のために取っておかなければならない、奥の手だ。

「最近、少し疲れてるでしょう?」

 心配そうに、セルファが告げる。

 否定はできなかった。さすが、いつも一緒にいるだけあって、良く見ている。ROVとの訓練の他に、VANに対するゲリラ戦も続けていた。

 聖一が集めてくる情報で付近のVANの部隊の居場所を突き止め、襲撃をかける。同時に、VANの行動情報から次に敵の部隊がいるであろう場所へと移動していくのだ。次々に場所を変え、VANの部隊を潰していく。少しずつ、VANの戦力を削り、本部の防衛力を減らすことが目的だ。十分に戦力が減ったところで、本部に乗り込んでアグニアを仕留める、というのが現在の作戦だった。

 そのため、光は日によっては訓練の後にVANと戦ったり、逆に戦った後にROVへ赴いている。訓練をしない日は無かったのだから、疲労も溜まる。

「……でも、早く強くならないと」

 一刻も早く、アグニアに並ぶ実力を着けなければならない。孝二や香織のために早くVANを潰すためには、早急に強さを身に着けなければならないのだ。

「疲れは溜めない方が、特訓の効率も上がるわ。それに……」

 セルファの言葉に、光は俯いた。彼女も視線を落としている。

 彼女の言いたいことは、解っていた。疲労を溜めすぎると、光の身体に影響が出る。今まで、オーバー・ロードによって無理な精神力の消費をしてきたため、光の身体にも相当な負荷がかかっている。度を越した疲労により、その反動が大きく現れる可能性があった。

 セルファの見立てでは、激しい動悸や息切れ、頭痛や眩暈、吐き気、寒気、感覚の麻痺など、上げればきりがないが様々な症状が現れる可能性があると言う。複数の症状が合わさって生じるかもしれない。そんな時にVANからの攻撃があれば、苦戦は必至だ。

「解った、今日は休むよ」

 光は顔を上げてそう言った。

 万全の体調を維持して戦うことも大切だ。体調不良で動きが鈍ったりしては光だけでなくセルファも危険に晒すことになる。

 幼少期は病弱だったため、体調には気を付けていたが、覚醒してからは体調不良を感じることもなかった。具現力による体組織の活性化だろうか。力を発動し、防護膜で身体を包んでいる間は、今までの光では不可能な運動もできた。その動きの負荷に耐えられるように、光の身体も急激に鍛えられている。

「少し、焦ってたかな」

 苦笑して、光はベッドの上で仰向けに倒れた。

 久しぶりに昼寝でもしようか、そんなことを考えた頃だった。

「ただいまー」

 間抜けな声が部屋の中に響いた。修だ。

 空間破壊でここまできたようで、ドアが開く音はしない。ただいきなり修がその場に現れたことになるが、部屋の中の光たちは一切動じることはなかった。もう慣れていることだし、修の力を使った移動も何度も行っている。

「おかえり修ちゃん」

 有希が微笑み、修も笑みを返す。

「修くーん!」

「うごわ!」

 次の瞬間にはアルトリアが修に飛び付いて押し倒していた。有希が目を丸くする。

「で、何でお前はキャベツをこんなに持ってきてるんだ?」

 ベッドの縁に腰を下ろしたまま、光は倒れたままの修を見下ろした。手にはビニール袋を提げていたようだが、アルトリアに押し倒されたことで床に落ちた袋から中身が覗いている。

「ああ、間食にと思って」

 首だけ起こして、修が答える。

「シュウって本当にキャベツ好きよねぇ」

 セルファが感心したような呆れているような、曖昧な溜め息をつく。

「キャベツは美味いからな」

 修はゆっくりとアルトリアを引き剥がして起き上がった。

「それで、用事は済んだのか?」

「まぁ、な……」

 光の問いに、修は少しだけ目を細めた。

「……どうなったの?」

 不安げな有希に小さく微笑んで、修は口を開いた。

「財閥にも手が伸びてたよ、親子の縁なんて言ってる場合じゃなくなっちまった」

 懸念していたことではあった。

 結城財閥はアメリカ軍の正式装備を供給している世界的な軍事複合企業「スコール」とも繋がりがあった。アルトリアはスコールの会長ということになっているが、取締役会はほとんどがVANのメンバーで構成されているため、会長とは名ばかりで経営権が一つもない。実質、VANの手足となっている。

 そんなスコールと関係のあった結城財閥がVANに狙われていないはずがない。今まで財閥から何の音沙汰も無かったが、それは修の両親が修を嫌っていたからだろう。いつ頃からVANの手が入り込んでいたのかは判らない。

 ただ、修が両親の下を訪れた際に、VANの構成員が襲ってきたらしい。親の目の前で力を振るい、敵を仕留めたようだ。修はVANを叩き潰すために戦うことを告げ、両親と別れた。修の両親も、修を勘当すると言ったようだ。

 跡取りとして機能しないばかりか、VANに敵対しているとなれば修との関係をそのままにはしておけない。そう判断したのだろう。たとえ、結城財閥がVANに友好的でないとしても、修のようなレジスタンスとの関わりがあれば存続が危うい。スコール経由で財閥にVANが潜り込んでいたことを、修の両親は知らなかった可能性もある。

 ただ、世界的な一般認識として、能力者と関わらない、というものができつつある。情報として興味を持つ者は多いが、実際に接触することは避けていると言うべきか。VANを支援する組織は世界の敵となり、ROVなどのレジスタンスを持ち上げる者はVANの敵となる。VANの手が回った組織はVANと見て差し支えない。きっと、混乱に乗じてVANの所有する組織を逃げ出した一般人もいるに違いない。

「そうか……」

 光は相槌だけ打った。

 家族の間柄は、修が最も複雑だろう。光にどうこう言えるだけの知識はない。愚痴を聞いたり、相談相手として意見を述べるぐらいのことしかできなかった。最後は全て修の判断に委ねられる。元々、どうするかは修自身が決めている節があった。光の言葉は修の気持ちを後押しするぐらいだったに違いない。

「修ちゃんは、それでいいの?」

 有希の言葉に、修は静かに頷いた。

「いいんだ。どうせ高校を卒業したら縁は切られてただろうし、それが早まっただけさ」

 今までは、マンションの家賃と最低限の生活費が仕送りされていた。時折、両親や財閥の関係者が修の下を訪れることもあったが、そう頻繁なことではない。ほとんど放置に近い状態だった。親子の情など、修の両親にはなかった。

「あ、俺の荷物は光ん家に預けさせてもらったわ」

「あいよ」

 思い出したように言う修に、光は生返事で了承した。

 修が家族から勘当されたとなれば、仕送りはストップする。マンションの家賃も止まるだろう。そうなることを見越して、修はあらかじめ光に相談を持ちかけていた。

 光は一時的に自分の家に修の持ち物を置くことを了解していた。戦うことに専念している今、寝泊りはホテルでもできる。困るのは、家においてある私物だ。その私物を、光が家で一時的に預かることになっていた。もちろん、孝二や香織にも事情は話してある。全てが終わるまでは外泊が基本になるだろうから、回収するのは全てが終わってからだろう。戦いが終わらなければ、修も安心して家を探すことはできないだろうから。

 修はさらっと軽く言っているが、実際はどれだけの葛藤があったのか判らない。修にしか解らない苦労はあっただろう。いや、だからこそ何でも無かったかのように振る舞っているのかもしれない。修も色々と溜め込むタイプだ。

 光は小さく息をついて窓から外の景色を眺めた。光たちがいるのは七階辺りだが、ホテル自体はその倍近くの階層がある。周りの建物も決して小さくはなく、ホテルが飛び抜けていたり、逆に埋もれていたりということもない。

 何となく、光は向かいの建物に視線を向ける。やや広めの道路を挟んだ向かいの建物には看板が見えた。

 だが、その文字はぼやけていた。

 英語で書かれているから、疲れているから、というわけではない。視力が落ちているのだ。ゲームのやり過ぎや本の読み過ぎということはない。オーバー・ロードによる寿命の大量消費の影響だろう。

 セルファと出会った頃から、視力の低下は感じられるようになっていた。もちろん、具現力を発動すれば視力が落ちる前と変わることなくものを見ることができる。視力が低下する前に防護膜で強化された視力と、今の視力が低下している状態で防護膜で強化した視力とに差はない。

 ただ、防護膜を消している時の視力だけが低下している。

(身体に現れ始めているのか……?)

 後どれだけの敵を倒したら、アグニアの下まで行けるだろうか。

 その計算をするためにも、聖一は敵戦力や組織力の情報を掻き集めている。参謀は修だ。

 信頼はしているが、それでも不安になる部分はある。

「ん?」

 不意に、ドアをノックする音が聞こえた。

「先輩、じゃあないよな?」

 光は不審げな表情を部屋の仲間たちに向けた。

 聖一ならば携帯電話に連絡を入れてから戻ってくるはずだ。それに、まだ戻って来るには早い時間でもある。

 光は常にセルファと、有希やアルトリアは修と行動を共にしているため、空間やその間に存在する物体に関係なく移動ができる。だが、聖一の力は空間を捻じ曲げるだけだ。間にある物体を透過することはできず、部屋に入るためにはドアを開ける必要があった。

 もし聖一だとしても、光たちにそれを告げるはずだ。

 光は修と視線を交わし、力を解放した。気配を探るが、やはり聖一のものとは違う。

「相手は二人だ。VANではなさそうだけど……」

 外に聞こえぬよう、光は小声で伝えた。

 VANの人間なら回りくどい方法を取るよりも力を行使して奇襲を仕掛けてくるはずだ。VANと言っても、様々な人間がいるだろうから、回りくどい手を取る者もいるかもしれない。

「誰?」

 ドアを締めたまま、セルファが声を投げた。相手が日本人ではない可能性を考慮してか、力を発動している。

「……開けてくれないか。話がしたい」

 男の声が聞こえた。英語だったが、セルファの力が瞬時に翻訳している。

「用事?」

「私はジャーナリストだから、敵ではないわ。味方でもないけれど」

 眉根を寄せる修の言葉に、小さく笑う女性の声が返ってきた。

「どうする?」

「会ってみるか……? 何か情報が得られるかもしれない」

 光の問いに、修は顎に手を当てて答えた。

 VANに対する有益な情報を持っている可能性もある。取材と言っているが、そうやって油断させようと考えている可能性もある。どこまで信用すべきだろうか。

「じゃあ、開けるぞ?」

 光は部屋の中の全員に確認の問いを投げて、ロックを外してドアを開けた。

 入ってきたのは、大柄な中年男性と女性の二人組みだった。男の方は堅物そうな表情で部屋の中にいる者たちを一通り見回していた。男の服装はスーツだったが、女性の方は随分とラフな服装だ。穴の空いたジーパンに、黒いタンクトップを身に着け、その上に青いワイシャツを着込んでいる。

「お前が、カソウ・ヒカルか……」

 男が視線を細めて光を見下ろす。値踏みするかのような視線だったが、明らかに良い印象には映っていないと判った。

「あんたらは?」

 自分たちのことを相手は知っている。だからこそ話をしたいと言ってやってきたのだろうし、それ以前に光たちの名前と顔は世界的に流れている。

 光たちを知っているのなら、相手の自己紹介さえ聞けばいいだろう。まずは、相手が誰なのかを見極めなければならない。

「私はヴィクセン・シークアイ。フリーのジャーナリスト」

 そう言って、女性は光を見つめる。男と同じように値踏みするような視線だったが、彼よりは好意的に映った。彼女の仕草が丸い印象だったからだろうか。

「ヴィクセン……ねぇ」

 修が呟いた。

 ヴィクセンと言えば、英語で雌狐を意味する言葉だ。あまり好意的な使われ方はしない単語でもある。大方、偽名か何かだろう。

「私はハウンド・ディスタンス。アメリカ陸軍中佐だ」

 男の言葉に、光と修は驚いて顔を見合わせた。

「ジャーナリストに陸軍中佐?」

 光は眉根を寄せる。

 少しおかしな組み合わせだ。中佐と言えば階級的にもそう低いものではない。むしろ高い部類に入るはずだ。だが、その中佐が一人で光たちの下へ会いに来たというのも少し奇妙な話に思えた。しかも、同行者はジャーナリストだと言う。

「私は軍に情報提供する代わりに、同行して様子を見させてもらうことになってるの。要は、情報収集、取材を交換条件にしたって訳」

 ヴィクセンが一気に告げた。

 浮かんだであろう疑問に対し、自分の関わっている部分だけは全て明かした形だ。ジャーナリストとしての腕を買われたのか、自ら軍に売り込んだのかは判らない。ただ、光たち能力者に関しての取材をしているというのが彼女の主張と見て間違いない。

「今、世界中に報道されているあなたたちの顔写真を取ったのも私。ジャーナリストだけどカメラマンでもあるの」

 少し自慢げにヴィクセンは言ったが、光たちからすればいい迷惑だ。

「俺たちには迷惑だったけどな」

「私も仕事だから勘弁してね。この仕事も大変なんだから」

 溜め息をつく光に、ヴィクセンは苦笑して返した。

「それで、陸軍中佐は何でここに?」

 修の言葉に、ハウンドはやや不満そうに口を開いた。

「お前たちの力を、借りたい」

「具体的にはどういう意味で?」

 すぐさま修は言葉を返している。

 説明不足なのは明らかだ。もちろん、説明はしてくれるのだろうが、アドバンテージが自分たちにあることを認識させるために修は割り込んだのだろう。

「言葉通りだ。アメリカ軍、いや、国連軍がVANと戦う際に戦力として加わってもらいたい」

「断る」

 誰よりも早く、光はそう告げていた。

後書き


作者:白銀
投稿日:2009/12/12 04:51
更新日:2009/12/12 05:07
『ライト・ブリンガー I ?蒼光?』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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