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Reptilia ?虫篭の少女達?
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
第一章 日常に生きる少女 8
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うんざりするような熱気に揺らぐ風景を眺めていると、早河はふと異様な人影に気付いた。厳めしい顔面を惜しみなく窓へ押しつけ、「停めろ!」と佐々木に怒鳴る。
あたふたと佐々木がブレーキを踏み、路肩に停車するなり、早河はドアを勢いよく開けて出た。途端にむっとするような暑さに見舞われて汗が吹き出たが、早河はお構いなしに電柱を見上げた。人影は、電柱の頂上に座り込んでいた。
「探していたんだぞ、サキ!」 早河は声を張り上げる。 「降りてこい!」
少女は仏頂面でこちらを睨み下ろしていたが、珍しく素直に降りてきた。僅かに出っ張った杭に脚を掛け、夏空に聳える電柱の高さなど物ともせずにするするとした足取りである。サーカスの軽業師でもこのような具合にはいかないだろう。
サキはコンクリート舗装の道に降り立つと、額に浮かんでいた汗をさらりと拭って、早河達を見た。
「砂原が帰って来た」 彼女の表情には変わりが無く、いつも冷ややかだ。
「知ってるさ」 早河は頷いた。 「厄介事に関して、うちは詳しい」
「さっさと捕まえてくれると助かる」 サキは傲然とした態度で腕を組む。
警察の脆弱さを皮肉っている言葉以外の何物でもない。早河は苦い思いだった。
背後で佐々木が車を降りて、早河の傍に立つ。ぼんやりと、やや放心気味な目でサキを見つめていた。もちろん、先程の電柱から降り立つ軽業を目の当たりにしての事だろう。
「誰? そいつ」 サキはつまらなそうな視線を佐々木へ送り、訊く。 「岩田刑事は?」
「こいつは新人。まだ来たばかりで、俺が面倒みてんだ」
「あ……、佐々木と申します、よろしくです」 我に返った佐々木がサキへにこやかに握手を差し出す。
サキはその手を一瞥しただけで、鼻をふんと鳴らし、目線をまた早河に戻した。予想通り、にこりともしなかった。目に見えない佐々木の落胆が手に取るようにわかって、早河は不覚にも笑みを漏らしてしまった。
「さっき、商店街のアーケードで傷害事件の通報があった。チンピラ三人が転がされて、被害者の学生が証言したよ」 早河は煙草を銜えて火を付ける。 「お前がやったんだろ?」
「さぁね」 サキは首を横に倒してとぼける。
佐々木が驚愕して早河とサキを交互に見る。何か言おうとしていたが、結局口を噤んだままだった。
「なぁ、サキ。お前、いつまでこんな事繰り返すんだ?」 早河は煙を吐いて、サキを睨む。 「お前、もう十六歳だろう。いつまでもガキ大将のような振る舞いじゃ困る」
「あんたらが困ろうが、わたしには関係ないね」 彼女は電柱に背を預けて言い放つ。
「おい」 佐々木を従えてから積もりに積もった苛々から、早河は凄みを掛けて言った。 「いい加減、ガキの言い分がいつまでも通用すると思うな」
サキは眼を見開き、身じろぎして電柱から背を離す。早河が本気で怒ると怖いという事を、彼女も知っているのだ。喧嘩無敗を誇る彼女まで震えさせるのだから、やはり自分の厳めしい顔は天からの恵みだと早河は思った。
「……わかったよ」 サキは不貞腐れたように頷く。 「少なくとも、あんたらの目に付かない所でやる」
満足のいく回答ではなかったが、早河は「うむ」と頷いた。佐々木は身の置き所に困ったようにたじたじしている。
「それより……、島知事が代わる事になった」 早河はまだ長い煙草を足元に落として踏み潰す。
「またその話かよ……」 サキは舌打ちして、独り言のように呟いた。どこかで既に知ったようだ。
早河はその呟きを聞き流す。
「なんだか、嫌な予感がする」 早河は言う。 「気をつけろ」
珍しく、サキが口角を上げて息を漏らした。 「歳食った奴が言う事って皆同じだな」
早河はその憎まれ口を忌々しく思いながら、ドアを開ける。ぼんやりと突っ立っている佐々木に「行くぞ」と声を掛けた。
「え!?」 佐々木は驚嘆して振り返り、サキを横目で見る。 「逮捕、しないんですか?」
「へぇ」 サキが初めて彼に興味を示して見た。まだ冷たく微笑んでいる。 「面白い事言うね。やってみれば?」
上機嫌だな、と早河は思いながら、佐々木を手招きして運転席に座らせる。渋々とした手つきで佐々木がエンジンを掛け、車が発進した。
道路の真ん中でUターンさせ、署まで戻らせる。走り出す時にバックミラーを覗いてサキを探すと、もう既に木造住宅の屋根へと跳んでいる所だった。すっかりお馴染みの光景だが、早河はやはりその非現実的な身体能力に未だ舌を巻くばかりだ。
「あれが、サキなんですね」 佐々木が憮然として前を睨みながら言った。
早河が初めて見る、彼の不愉快な表情だった。少し、いい気味だと思った。
「そうだ」 早河は頷いた。面白く感じて、調子に乗って彼の言葉を促そうとする。 「感想はあるか?」
「そうですねぇ……」 彼は前方を見据えたまま、片手を細い顎先に添える。
そうして続きを待っている間に、佐々木の凝り固まった表情がだんだん弛緩してきて、不思議な微笑みが浮かんできた。
「なんというか……、少し、可愛かったですね」 彼は照れ隠しで首を少し捻る。 「ツンツンしてる感じで……、クールだけど、良く見たら綺麗な顔立ちしてるし……」
早河は愕然と、信じ難い思いで隣の新人の横顔を見つめた。
柔和な奴だとは思っていたが、まさかここまで寛容な懐を持ち合わせているとは。
とてもじゃないが、救い難い。
こいつはもしかしたら大物になるかもしれないぞ、とささやかに部下の将来を嘱望する早河であった。
後書き
作者:まっしぶ |
投稿日:2011/06/23 17:42 更新日:2011/12/30 00:41 『Reptilia ?虫篭の少女達?』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。 |
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