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作品ID:903
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アラリョウジ!

小説の属性:ライトノベル / 現代ファンタジー / 感想希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第二章 「帰れ!」

前の話 目次 次の話

 月曜日、遼司は香奈と共に高校に向かっていた。電車を降りて改札を潜り、高校へと続く道を真っ直ぐに進む。式守高校が近付くに連れて、制服に身を包んだ生徒たちの姿が増えて行く。

 自転車で追い抜いていく彼らの後姿を眺めながら、遼司は空を見上げて大きく欠伸をした。

 今日も綺麗に晴れている。

 心地良い陽射しとそよ風を感じながら、遼司は大きく背伸びをしていた。

 高校の正門を抜けて生徒昇降口に入る。上履きに履き替えて、二学年棟へと向かう。

 教室のドアを開けた瞬間、一人の男子が飛び掛って来た。

「死ねぇーっ!」

 圭太の渾身の一撃を、遼司は横に身を翻してかわした。同時にドアを閉めるのも忘れない。圭太がドアに突っ込み、盛大に音を立てる。

 静かになったのを確認してから、遼司はドアに手をかけた。

 上手く動かない。

 見れば、スライド式のドアがレールから外れかけていた。冷静に直して、遼司はドアを開ける。

「朝っぱらから何だよ、騒々しい」

 心底嫌そうな表情して、遼司は溜め息をついた。

「お前食い過ぎなんだよ!」

 尻餅をついた圭太が遼司を見上げながら叫ぶように告げた。

「奢るって言ったのは幸太だろ」

 遼司は欠伸をしながら自分の席へと向かった。

 土曜日のことを根に持っているのだ。約束通り幸太たちにカツ丼を奢って貰った遼司だったが、自分の金ではないことをいいことに、おかわりをしたのである。大盛りを三杯も。若干ヤケ食いではあったが。

 二人で一杯分ぐらいの負担率となったため、圭太は怒っているのだった。

「まさかあんなに食うとは思わなかったけどな」

 秀人が苦笑していた。

「安い代価だと思うぞ?」

 しれっと言ってのけて、遼司は窓際の自分の席についた。

 陽射しが当たっていた机の表面は程好く暖まっている。手を置いているだけでも気持ちが良い。

「そういや、幸太は?」

 目の前の座席が空いているのを見て、遼司は秀人に声をかけた。

 幸太の席には、彼の荷物が置かれている。一度登校した後、どこかに行ったのだろう。だが、教室内には姿が見当たらない。遼司が教室に入った時には大抵、幸太は既に席に着いている。

「あぁ、何だか臨時で新しい教師が来るとか何とか言ってた」

「見に行ったのか、あいつ」

 秀人の言葉に、遼司は小さく溜め息をついた。

 幸太はこの高校の中でも情報通を自負している。新着の情報があると確認せずにはいられないのだろう。新任の教師の姿を確認しに行ったに違いない。

「そんなことよりも、今日の体育で勝負だ!」

 復活した圭太が遼司の机に両手を叩き付けて言い放った。

「めんどい」

 頬杖をついて、遼司は圭太を見上げながら答える。いかにもやる気の無い緩んだ表情と声で。

「いっそ遼司に弟子入りでもしたらどうよ?」

 秀人が茶化すように言った。

「そんなのは俺のアイデンティティーが許さん!」

 くわっと目を見開いて圭太が秀人に振り返る。

「ほんじゃ俺が勝ったらコーラな」

 相手にしてやらないと解放してくれなさそうな圭太に、遼司は妥協した。

「覚えてろよ!」

 悪党のような捨て台詞を吐きながら、圭太は自分の席へ戻って行った。

 暖かい机に突っ伏すようにして、遼司が窓から青空を見ながらぼんやりしていると予鈴が鳴った。身を起こすと、幸太が教室に戻って来たところだった。

「すっげぇ若くて美人だったぞ! 臨時の保健医らしい!」

 幸太の言葉に、男子が騒然となる。

 予鈴が鳴っていることに気付いているのかいないのか、幸太は黒板の前で見た情報を話している。

 曰く、年齢は二十代前半もしくは十代後半なのではないか、セミロングの黒髪にぱっちりした目付きで可愛くも美しいとか、どこか妖艶にも見えたとか。

 今までの保健室担当の教師が産休に入るとかで臨時の保健医として赴任してきたようだ。

 幸太がもたらした情報で、男子はざわめている。女子も興味があるらしく、どんな人なのだろう、と小声で話していた。

 唯一人、遼司を除いて。

 遼司にとっては、実際の授業に関わることが極端に少ない保健医など興味の対象外だった。両親に鍛えられたことで、遼司の肉体はかなり頑丈になっている。加えて、応急処置の方法も一通り会得していた。

 そもそも、身体能力と反射神経が抜群に高い遼司は授業程度では怪我をしない。保健室という場所には縁が無かった。

「随分興味なさそうだな?」

 いつの間に自分の席についたのか、遼司が視線を前に向けると幸太がいた。

「まぁ、実際興味ないなぁ」

 やや眠そうに、遼司は答える。

「お前は結婚相手がいるもんなぁ?」

 横目で流し見ながら、幸太がからかうように呟いた。

 許嫁以外の異性に興味がない、とでも言いたげな視線を口調に、遼司は僅かに眉根を寄せる。突っ伏すような姿勢のまま、どう反応するのが一番簡単なのかを考えて、やめた。

「あー、もう、じゃあそれでいいよ」

「何だよ、投げやりだなー」

 気だるそうに手をひらひら振る遼司に対して幸太が口を突き出すようにして文句を言う。

「人が折角苦労して集めてきたピチピチの情報だっつーのに……」

「とりあえず、その表現はどうかと思う」

 幸太の言葉に一言突っ込んでから、遼司は身体の力を抜いた。

 教師が入ってくるドアの音が響く。

 寝ようと思った瞬間、背筋に寒気が走るのを感じて遼司は飛び起きた。

 遼司が目にしたのは、白衣を着た母、恵子だった。フレームの無い、ツーポイントの伊達眼鏡をかけていた。恵子の視力は両目とも三に近いほど良好だ。眼鏡をかける必要なんてない。

 クラスはいきなりのことに静まり返っている。本来現れるはずの教師とは違う人物の登場に戸惑っているのもある。だが、それ以上に、恵子の姿が目を引いていたに違いない。

 二十代前半、いや十代後半とも見られてしまう身長と線の細さと顔立ちをしていながら、その表情はどこか大人びていて神秘的だ。

「交通機関の都合により先生が授業に間に合わないとのことで、私が代役をすることになりました」

 はっきりとした、それでいて優しい声音で恵子が告げた。

「私は臨時で保健室の担当として赴任してきた、御守恵子です」

 黒板に名前を書いて恵子が自己紹介をした瞬間、クラスの全員が一斉に遼司に視線を向けた。

 遼司は頭を抱えた。

 御守という苗字はこの高校には遼司しかいない。そうそう被るような苗字でもない。血縁関係だと思われるのは当然だ。

 いや、問題なのはほぼ全員の認識が遼司とは違うということだ。遼司と香奈を除いて、クラスの全員、いや、恐らくは学校にいる全ての人間が恵子を遼司の母親とは知らない。

「お前の姉ちゃん保健医だったのか!」

 秀人が声をあげた。

「あら、教員資格の方もちゃんと持ってるのよ」

 微笑みながら恵子が呟く。

 遼司は額を押さえたまま俯いていた。

 もう何が何だか判らない。

 もちろん、遼司に姉がいないことはほとんどのクラスメイトが知っている。遼司の家に遊びに来た友人に対し、恵子は従姉妹だと偽っていたのである。匠の妹の娘、ということになっていた。

 因みに、匠はノリノリで恵子の嘘を後押ししている。遼司は一々訂正するのも面倒だと、放り出していた。

「あー、そうか、そうだよ……恵子さんじゃないか!」

 幸太が今更気付いたとでも言わんばかりに両手を合わせた。

 深く溜め息をついた遼司の視界に、苦笑している香奈が映った。事情を知っている身としては、香奈も居心地が悪いのかもしれない。

「はいはーい、授業するわよー」

 両手を大きく叩いて、恵子が言った。

「担当の先生からプリントがあるって教えて貰ったから、それをやってもらうことになってるの」

 恵子が教室に来る際の荷物として持って来たプリントの束を配り始める。

 朝、最初の授業から遼司の気分は一気に急降下していた。

「もう垂直だよ、ほとんど垂直……」

 小さく、溜め息と共に呟いた。

 プリント自体は本来の担当教師が作成したものだったが、恵子がいるというだけでも遼司は落ち着かない。一体何の企みがあって学校に潜り込んだのだろうか。

 匠と恵子によってこれまでに散々な目に遭って来た遼司には気が気ではない。これも遼司をキャリアとして覚醒させるための作戦ではないのかと疑ってしまう。

「もうやだ……」

 考えると泣きそうになってしまい、遼司は突っ伏した。

 このまま寝てしまおう。寝ている間だけは全てを忘れて心地良い場所でのんびりしていることができる。一種の現実逃避だが、もう遼司には夢の中以外に心休まる場所が無かった。

 今、この瞬間に遼司の味方をしているのは陽射しぐらいだろう。

「りょぉ?じぃ??」

 意識が遠退き掛けた瞬間、恵子の声が耳元で聞こえた。じわじわと地の底から咎め立てるような声に、遼司の首筋が粟立つ。

「即効で寝るな!」

 プリントを丸めた即席の武器を恵子が振り下ろす。

 遼司は咄嗟に飛び退いていた。椅子が盛大に倒れて音を立てる。

「じゃあ言うけど何考えてんだよ!」

 頬を引き攣らせながら、遼司は恵子に向かって叫んだ。

「見たまんまでしょ? 臨時の保健医だってば」

「それだけであんたが来るわけないだろ!」

 けろっとした表情をする恵子に、遼司は言い返す。

 恵子が率先して臨時教師をするとは思えない。誰かに縛られたり、命令されたりといったことが大嫌いな恵子が頼まれてここに来るとも思えない。何か裏があるのは確実だ。

「お姉さんに向かってあんたは無いでしょう」

 言葉面は怒っているが、口調や態度、表情に怒りは見えない。

 遼司が恵子を母と呼ぶことを避けていることに気付いているのだ。だから本気で怒ったりはしない。もっとも、遼司が母親だと言ったとしてもクラスの九割以上は恵子に丸め込まれてしまうのだろうが。

「全くもう、反抗期なんだからぁ」

「帰れ!」

 してやったりな笑顔を見せる恵子に、遼司は引き攣った笑顔で言い返した。

「そんな反抗的な遼ちゃんには追加の課題をプレゼント」

「いらんわ!」

 メモ用紙の切れ端にペンを走らせ、書き込んだページを破りとって恵子が遼司に渡す。

 言い返した遼司だったが、メモ書きを見て一瞬だけ目を見開いた。

「昼休み保健室」

 とだけ書かれた紙切れから恵子に視線を戻す。

「ちゃんとやりなさいよ?」

 ウィンクしてみせる恵子に、遼司は溜め息をついた。

 倒れた椅子を直して腰を下ろす。その間にメモは握り潰してさりげなくポケットの中へと突っ込んだ。

「相変わらず大変そうだな」

 幸太がからかい半分に囁く。

「冗談じゃねぇ……」

「いいじゃんか、あんな綺麗な姉ちゃんがいるなんて羨ましい限りだ」

 渋い表情をする遼司に、幸太がやれやれと肩を竦める。大方、幸太は自分の家の姉と比較しているのだろう。

 だが、実際の恵子は人妻である。年齢も三十半ばを過ぎているのだ。それにしては見た目がおかしい気もするが。

「疲れたからちょっと寝る」

 遼司の言葉に幸太は苦笑して背を向けた。

 それから間もなく、遼司は念願の夢の中に旅立った。プリントの問題を真面目に考えているような姿勢のまま。

 気付いた時にはホームルームが終わっていた。

 プリントを片付けながら周囲を見回して、遼司は違和感に気付いた。

 教室に香奈がいなかった。次の授業は移動教室ではない。香奈の姿が見えないのは珍しいことだった。

 とは言え、委員会の仕事が入ったり、トイレや別のクラスの友達に用事があったりもするだろう。そこまで気に留める必要はなさそうだ。

 案の定、次の授業が始まる三分ほど前には戻って来た。

 ただ、この日は授業が終わる度に毎回違う生徒が現れて香奈を連れ出すのが目に付いた。男子が多かったが、上の学年に見えたり一学年に見えたり、同級生のようだったりと、ばらばらだ。少なくはあったが、中には女子も混じっていた。

 態度もどこか高圧的だったりよそよそしかったりと定まらない。

「なぁ、幸太」

「あん?」

 昼休みが始まって直ぐ、遼司は昼食のパンを開けながら幸太に話し掛けた。

「今日、香奈が何度も呼び出されてるっぽいんだけど……」

「調べて欲しいんだな?」

 遼司の口調と言葉から、幸太は直ぐに結論を導き出していた。こういうことに関してだけは鋭い幸太に、少し感心してしまう。

 いや、もしかしたら幸太も気になっていたのかもしれない。

「頼めるか?」

「任せろ。俺を誰だと思ってる」

 幸太なら遼司よりも効率的に情報を集められそうだった。何より、遼司には幸太のような情報のネットワークはない。同じ二学年は当然のことながら、先輩後輩を伝って一年生や三年生にも相当な情報通を確保している。遼司の性格では真似できない。

「代わりに、そのメンチカツサンドくれ」

「また負けたんか」

 涎を垂らしそうな勢いで遼司の手にある菓子パンを凝視して、幸太が言った。遼司は苦笑して、封を開けたばかりのメンチカツサンドを幸太に手渡した。

 情報料と同時に、今日の幸太の活動エネルギー源となるに違いない。

「お前も懲りないな」

 遼司は言いながら、ホイップクリーム入りメロンパンをビニール袋から取り出して齧った。

「それ美味そうだな」

「ん? 美味いよ?」

 甘さ控え目のメロンパンに、生クリームの甘さが良いアクセントになっている。遼司の好きな菓子パンの一つだ。

「俺にもくれ」

「じゃあ、さっきのメンチカツ返せ」

 既に幸太がメンチカツサンドを食べ終わっているのは知っていたが、遼司は気にせずに答えた。

「俺の腹の中だ!」

「現金でも可」

「今日は財布持ってきてなかった」

 幸太は自転車通学だ。遼司と違って電車を使わないため、財布を常備する必要性がないのである。

「足りない分は身体で払ってもらおうか?」

 遼司はシャドーボクシングをするかのように拳を固めて身構えて見せる。

「ちょ、それは勘弁!」

 シャレにならん、と幸太が苦笑しながら慌てて身を引いた。遼司の拳をまともに喰らったら並の人間では立ち上がれない。サンドバッグ代わりにされたら下手すると命に関わるのではないだろうか。

 遼司は笑って、メロンパンを齧った。

「そうそう、俺ちょっと次の授業遅れるわ」

 最後の一欠けらを口の中に放り込んで、遼司は言った。

「ん? 何か用事か?」

「呼び出し喰らってるから、行ってくる」

 誰からの、とはあえて告げ無かった。恵子から呼び出されたことが知られれば、また面倒なことになりそうだ。だから、遼司はあえてぼかして幸太に伝えた。

 昼休み終了の予鈴が鳴ると同時に席を立ち、遼司は母親の待つ保健室へ向かった。



 *



「遅い!」

 保健室に入るなり、いきなり恵子は遼司に向かって文句を言った。

 彼女の手には自動販売機で売っている缶のコーンポタージュが握られていた。もちろん、封は空いている。空だろう。

「授業サボる気なんでしょ?」

 やれやれと肩を竦める恵子に、遼司は小さく溜め息をついた。

「周りに人がいてできる話じゃないんだろ?」

「当たり前じゃない」

 遼司の言葉に、恵子は当然だとばかりに胸を張った。

 誰かに聞かれると厄介だから、遼司だけを保健室に呼び出したのだろう。でなければ、教室であんなメモを渡したりはしない。

「注目されてるの、気付いてるよな?」

 もし、昼休みになって直ぐ保健室へ来たとしたら、二人っきりで会話、とは行かなかっただろう。恐らく、廊下や外の窓から中の様子を窺おうとする者は多かったに違いない。

「私が綺麗だからそれは仕方ないじゃない?」

 色目を使うように横目で流し見て、恵子が言う。

「解ってて言ってんだろ……」

 遼司は額を押さえて溜め息を吐いた。

「鋭いのはお父さん譲りねぇ」

 恵子の言葉に遼司は渋い顔をする。

 全て解っている上で、遼司の反応を楽しんでいるに違いない。こういう恵子の性格は、遼司としては相手をするのが面倒で仕方がないのだが。

「で、話って何だよ?」

 いい加減、鬱陶しくなってきた遼司は半ば強引に本題を切り出した。

「まぁ、簡単な話、この学校にビジターが出てるかもしれないのよ」

 椅子に大きくもたれかかって、恵子は言った。

 高校にビジターが出たとなれば問題としては大きな部類だ。凶暴なビジターであれば、生徒にも被害が出かねない。加えて、周りへの影響も計り知れない。

 アウターやビジター、キャリアの存在はまだ他人に知られることを避けた方がいい。可能な限り迅速かつ隠密に、問題を解消すべきだ。

「それで母さんが?」

「調査と対策のためにね」

 遼司の言葉を、恵子は肯定する。

「また俺にやれとか言い出すんじゃないだろうな?」

 迷惑そうな表情を見せて、遼司は問い質した。

 遼司としては一番気になる部分だ。こういった厄介ごとがあった場合、必ずと言って良い程、遼司はビジターと戦わされる。もちろん、キャリアではない遼司がビジターに勝てた試しはない。直ぐに香奈たちにバトンタッチするのがオチだった。

 一般人としては異常な程に鍛えられた肉体と反射神経は、ビジターの攻撃をかわし、生き残るために培われたものだ。

「相手次第ね」

 恵子はさらっと答えた。

 もし、恵子が直接手を下さなければならないほどの相手でなければ、遼司をぶつけることも考えているということだ。ただ、明らかにやばそうな相手であれば恵子が処理するつもりではあるらしい。

「結局、やらされんのか……」

 遼司は深く溜め息をついた。

 恐らくは遼司が戦うはめになるのだろう。恵子自身の力も相当強大なものだ。彼女でなければ相手をできないビジターというのもそうそういるものではない。結局は遼司が一度殺されるかもしれない目に遭わなければならないようだ。

「まぁ、場所も場所だし、私もまだ判断できないわね」

 恵子が小さく笑いながら呟いた。

 高校の敷地内で戦うことになれば、周囲の被害を抑えることも考えなければならない。痕跡を残さぬようにするのが一番だが、遼司には難しい。肉弾戦で歯が立たないビジターも数多く存在する。生身の物理攻撃で勝ち目が無い相手だとしたら、遼司には逃げ回るぐらいしかないのだ。

 ビジターの攻撃で周りに被害や影響が出るようなら、素早く処理した方がいい。恐らくは建物に被害を出すであろう遼司が戦うよりも、恵子が処理した方がいい場合もある。

「何か解ったら教えてあげるわ」

「いや、別に教えてもらわなくてもいいから」

 へその上辺りに組んだ手を置く恵子に、遼司は言い返した。

 遼司にとっては、ビジターの情報なんて必要のないものだ。キャリアである香奈ならまだしも、まともに戦えるわけではない遼司が相手の情報を知っても対処できるわけがない。

「遠慮しなくてもいいのにぃ」

「遠慮じゃねぇよ!」

 笑いながら首を傾げる恵子に、遼司は困ったような苦笑いを浮かべる。

「遼司もキャリアなんだから大丈夫よ?」

 一点の曇りも無く信じていると言わんばかりの笑顔に、遼司は肩を落とした。

「もう勘弁してよ……」

 いつ覚醒するのかと心待ちにされても困る。

 遼司自身はもう自分がキャリアであるとは思っていない。キャリアになるとも思っていない。両親には悪いが、そろそろ諦めて欲しいと遼司は本気で思っていた。

「で、話がそれだけなら授業に戻るけど?」

 小さく溜め息をついて、遼司は言った。

 ずっとここで延々と続く会話をしていてもしょうがない。授業もあるのだから、学生である遼司は戻るべきだろう。もっとも、遼司としては早く恵子との会話を切り上げてこの場を去りたいだけだったりもするのだが。

「ま、そういうわけだから。一応、気を付けてね、ってこと」

「ああ、そっちは解った」

 恵子の言葉に、遼司はとりあえず頷いた。

 気を付けておくに越したことはない。アウターやビジター、キャリアの存在を知っている人間としては、この状況は知っておいて損はないだろう。

 直接戦うかどうかは別として、いざという時に直ぐ頭を切り替えられるはずだ。咄嗟の対応で後の結果は案外変わってくるものだから。

「香奈ちゃんにも伝えておいてね。鏡子たちには昨日のうちに教えてあるから、帰ったら伝わるとも思うけど」

 実際、遼司よりも香奈が知るべき内容だ。キャリアである香奈なら、遼司と違っていざという時の対応の仕方も変わってくるだろう。

「はいよ」

 返事をしてから、遼司は部屋を出るために振り返った。

 帰る時に一緒になるだろうから、話すのは下校時でいいだろう。下手に校内で話して誰かに聞かれても困る。とは言え、一般人にはビジターやキャリアという単語は理解できないだろうが。

 遼司はドアを開けて外へ出た。

「寝るなよ??」

 意地悪そうな声音に、遼司は渋い表情をするだけで返事はしなかった。

 ドアを閉める際、最後にちらっと遼司は恵子を見る。恵子はにこやかに手を振っていた。遼司が最後に自分を見るだろうと踏んでいたのだ。

「私たち、アプリオリとしては、放っておいてもいいんだけどね……」

 遼司の背中を見送ってから、部屋で一人、恵子は微かな声で呟いていた。



 *



 下校前の掃除の時間、遼司は教室で集められたゴミを捨てるためにゴミ箱を抱えて校舎内を歩いていた。

 コの字の校舎の裏側に位置する体育館の脇にゴミの集積場所がある。そこへ今日の清掃で集められたゴミを持って行けば掃除は終了だ。掃除をするために移動された机などは遼司がゴミ捨てに行く間に元通りに直されているだろう。

 集積場所でゴミ箱を空にして、教室に戻ろうとした時だった。

 視界に、何か不自然なものが入った。

 体育館の裏の角から、黒いものが揺れている。

「うぇ、嘘だろ……」

 遼司はうろたえた。

 不自然なもの、と直結する存在が遼司の頭にはビジターしかない。昼に恵子と話をしていたから、尚更ビジターではないかと思ってしまう。

 今の時間、体育館の裏には誰もいないはずだ。あの場所は運動部で掃除を行っているため、普段の清掃時間には誰もいない。

 恵子に連絡をすべきだろうか。もしビジターであるなら、遼司の手には負えない。掃除場所が違う香奈を探すのも大変だ。恵子を呼びに行っている間に逃げられる可能性もある。

 いっそ見なかったことにして、帰るという手もある。けれど、もし遼司が見逃して被害が出たとしたら寝覚めが悪い。

「やっぱり、呼ぶか」

 恵子の判断を仰いだ方がいい。下手に遼司が手出しをして大事になってしまうのもまずい。

 遼司が体育館に背を向けようとした時だった。

「……えっと?」

 聞き慣れた声が背後から聞こえた。僅かな音ではあったが、遼司が気付くには十分だった。

「この声……」

 驚いて振り返る。

 できるだけ気配を消して、遼司は体育館裏へと向かった。

 壁に背を押し付けて息を殺しながら、遼司は聞き耳を立てる。

「何が言いたいのか良く解らないんだけど……」

 遼司の思った通り、やはり香奈の声だった。

 誰かと会話をしているらしい。何故、香奈がこんな場所にまで呼び出されているのかという疑問はあったが、誰にも聞かれたくないということなのだろう。

 とりあえず、遼司はビジターでなかったことに安堵していた。戦う必要も、恵子を呼ぶ必要もない。焦りはしたが、実際に面倒なことになるよりはずっといい。

「いや、その……」

 相手は口篭っていた。

 何を話していたのかは判らない。ただ、相手の声を聞く限りは男子生徒のようだ。相手が何か香奈に用事があって呼び出したと見るべきだろう。

 口篭っているところを見ると、相手も相当困っているようだ。会話が噛み合っていないのかもしれない。

「……香奈?」

 ただ聞いていても時間の無駄な気がして、遼司は影から姿を出した。

 こんな場所で時間を潰していては帰宅が遅くなるだけだ。普段乗っている電車の時間に間に合わなくなるかもしれない。

「あれ? 遼司?」

 突然現れた遼司を見て、香奈は目を丸くした。

 香奈と話をしていた男子生徒は長身で、それなりに体格が良い。金髪に近い茶色に髪を染めていたり、耳にピアスをしていたりと、少々不良っぽいイメージがある。

 普段は強気で会話してそうな顔付きや雰囲気を見て、遼司は笑いそうになるのを堪えていた。

「どうしたの?」

「いや、ゴミ捨てに来たら声が香奈の聞こえたからさ」

 香奈の問いに、遼司は答えた。

 嘘は言っていない。

「てか、どうしたのって俺のセリフだよ」

「何か話があるって言われたから来たんだけど」

 遼司の推測は大方合っていたようだ。

「何だお前」

 男子生徒は香奈と会話していた時の口調から一転して、遼司を睨んだ。予想通り、強気になった男子生徒を見て遼司は小さく溜め息をついた。

「クラスメイトだけど?」

「いや、人の会話に口を挟むな」

 当然の返事に、男子生徒は少し苛立ったように返した。

「でも、掃除ももう終わる時間だし、私行くね」

 香奈の言葉に、男子生徒は慌てたようだった。

「ま、待って!」

「また話は聞いてあげるから、今度はもっと解り易くお願いね」

 追い縋ろうとする男子生徒から身を引いて、香奈は苦笑する。

 たたらを踏んだ男子生徒に手を振って、香奈は歩き出した。遼司も彼女の後を追って歩き出す。

 足音が近付いてくるのを感じ取り、遼司はタイミングを計ってから横に一歩ずれた。気付いていないフリをして引き付けておいて、直前でかわす。

 人間相手なら遼司には造作もないことだ。脚払いをかけてやることもできたが、さすがに可哀相なのでやめておいた。

 案の定、男子生徒は遼司に掴み掛かろうとしていた。体勢を崩して倒れそうになる男子生徒を横目で見下ろして、遼司は溜め息をついた。

「邪魔したのは謝る」

 敵意に近い視線を向けてくる男子生徒に告げる。

 この生徒に尋ねれば、香奈が何度も連れ出されていることについて聞けるだろうか。そんなことを考えて、遼司は小さく首を横に振った。

 人を脅してまで情報を得たくはない。喧嘩なんて面倒ごとは御免だ。後腐れも何も無いのが一番だ。

「お前に何が解る……」

 小さな呟きを、遼司は聞き逃さなかった。

「俺たちだって大変なんだよ……!」

「たち?」

 遼司が振り返った時には、男子生徒は走り去っていた。階段を登っていく背中を見つめて、三年生だったことを知った。

 相手が年上であったということよりも、遼司には彼の最後の言葉が引っ掛かった。

「あいつ、俺たち、って言ったよな?」

 つまり、他にも何人かの人間が関わっている。香奈を呼び出した連中と繋がりがあったのかもしれない。

 だとしても、何が目的で香奈を呼び出していたのか解らない。何が言いたいのか解らないと香奈も口にしていたから、彼女に聞いたとしても目的を知るのは難しそうだ。

「遼司?」

 気付けば、かなり香奈との距離が開いていた。

「ああ、悪い悪い」

 慌てて駆け出し、追い付く。

「話って何だったんだ?」

「ん?、良く解んない」

 遼司の問いに、香奈は困惑の表情を浮かべて肩を竦めた。

 色々と質問されたようだが、内容に一貫性がなく、男子生徒自身もどう話をするか考えながら喋っているように見えたらしい。

「告白されるのかと思ったんだけど、違うみたい」

 ん?、と唸りながら、香奈は人差し指を顎に押し当てて考えを巡らせていた。

 さすがに何度も呼び出されていれば香奈自身も疑問を感じずにはいられないだろう。どんな話をされるのかは予測していたようだが、話を聞いていると香奈の推測とは違ってくるらしい。

 いかにもな場所だったから、好きだと告白されるのかとも思ったようだ。

「でも、そう聞いたら違うって言うし」

 香奈が溜め息を吐いた。

 回りくどいと香奈自身も何を話しているのか解らなくなってくるのだ。だから途中で、こういう話なのか、と訪ねたらしい。だが、答えはノーだったようだ。

 一日に何度も告白されるというのもさすがにおかしな話だ。

 遼司が聞いた、俺たち、という言葉とも矛盾する。大勢で一斉に告白をしたとしても、全員と付き合える訳も無い。何か繋がりがあるのなら別に目的があるのだろうが、それが解らない。

「さすがに私も疲れたよ」

 一度教室へ戻り、荷物を持って昇降口へ来た時、香奈が小さく呟いた。

「俺も疲れた」

 遼司は溜め息をつく。

 きっと、香奈の疲れと遼司の疲れは意味合いが違う。香奈は何度も呼び出されて、遼司は恵子との遣り取りで、それぞれいつもより疲れていた。

「早く帰ってミアにもふもふしたい……」

「手触りいいもんな」

 腕に抱えたミアの背中に頬を押し付けるようなジェスチャーをする香奈を見て、遼司は小さく笑う。

 靴を履き替えて外へ出る。帰宅する生徒たちに混じって正門を潜りながら、遼司は大きく背伸びをした。

「ん……?」

 不意に、遼司は誰かに見られているような気がしてそれとなく周囲を見回した。

 感じた視線を追って、式守学園の中央棟にある展望スペースへ視線を向ける。多目的教室としても使える、広めの部屋だ。誰かがその展望室からこちらを見ているような気がした。

 遼司は展望スペースの窓を見上げてから、視線を外して数歩先の香奈を追った。

 気になることはある。ただ、今直ぐに事態は動かない。こういう時は事態の方から変わるのを待つ方がいい。匠の受け売りではあるが、今は父親のことを信じてみようと思った。

「……学校には母さんいるし」

 何かあれば恵子がどうにかしてくれるだろう。誰かが見ていたとしても、恵子なら直ぐに気付くかもしれない。

「今日も泊まっていい?」

「遼司ももふもふしたくなった?」

「まぁ、それもあるけど……」

 笑顔で聞いてくる香奈に遼司は苦笑を返す。

 実際は恵子との遣り取りで疲れたから香奈の家でゆっくりしたいだけだ。家で恵子と会ったらまた疲れそうだった。

「私以外で懐いてるの遼司だけだもんね。ミアも遼司のこと心配してるみたい」

 屈託の無い笑顔に、遼司は表情を緩める。

 香奈の持つ召喚能力には、召喚したビジターを使役するという力も含まれている。キャリアとしてのレベルによって使えたり使えなかったりするようだが、香奈は召喚能力で使うことのできる力を完璧にマスターしていた。その中にある使役の力は、ビジターの精神に干渉するものだ。ビジター側の意思を無視して、召喚者の意思に無理矢理従わせる力でもある。ビジターを意のままに操ったり、明確な指示を与える時に重要な力だが、意思の疎通もできる。香奈はもっぱら意思の疎通のために使役の力を使っていた。

 お陰で、香奈を翻訳機代わりにミアと会話に近い遣り取りもできる。

「心配されてんのか、ミアに」

 遼司はまた苦笑を浮かべて頬を掻いた。この世界の存在ではないミアに心配されるとは複雑な心情だ。やっぱり同情の間違いなのかもしれない。

「あ、でも、泊まったらおじさん一人になったりしない?」

「いや、気にしないから」

 真顔で遼司は言い切った。

 もし恵子が調査のために学校に留まったとしても、遼司の知ったことではない。むしろ匠もたまには一人ぽつんといる寂しさを知った方がいい。敵の目の前やど真ん中に放り出されて酷い目に遭う遼司の気持ちを少しは味わって貰いたいぐらいだ。

 いっそ、全部自分の知らないところで片付いて欲しいとも思う。

 恵子が今夜のうちに全て解決してくれることを祈りながら、遼司は帰路についた。

後書き


作者:白銀
投稿日:2011/11/03 19:49
更新日:2011/11/03 19:49
『アラリョウジ!』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:903
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