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作品ID:925
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アラリョウジ!

小説の属性:ライトノベル / 現代ファンタジー / 感想希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第七章 「んなもん知るかぁ!」

前の話 目次 次の話

 遼司の周りで起きていたエノシスとの戦闘は終了していた。後始末のために何人かのタイオスのキャリアが行き交っている。

 タイオスの者たちはあまり良い視線を向けては来ない。言ってみれば、現世至上主義者である彼らは、個人の差はあれどもアウターとの共存を願うアプリオリに対して好意的ではなかった。

 もちろん、エノシスにとってもアプリオリは異端だ。勢力としては、三つ巴なのである。

 遼司はタイオスの視線を無視しながら、香奈に視線を向けていた。

「……あれ? 私……?」

 ゆっくりと、香奈が目を開けた。

 直ぐ傍、ユニコーンの背に乗っていたミアが香奈の頬に顔をすり寄せる。香奈はユニコーンの背から降りて、ミアを肩に乗せた。

 意識がまだはっきりしていないのか、少し眠そうに周囲を見回していた。

 遼司は小さく息を吐く。匠たちはこれからの行動に関して話し合っていたが、遼司は香奈が気になって仕方がなかった。操られていた時の記憶は少々混濁しているようだが、特に後遺症はなさそうだ。疲労は溜まっているだろうから、早く家に帰らせてやりたい。

「目が覚めたみたいだな」

 タイオスの指揮官、コーマ・ハイラントと話をしていた匠が香奈に気付き、呟いた。

「どこまで憶えてる?」

 恵子の問いに、香奈の動きが止まる。

 記憶を辿るように視線をゆっくりと落としたところで、香奈の肩が震えた。

「あ……」

 小さく声を漏らして、香奈はその場に力なく座り込んだ。

 エノシスの手によって操られていたとはいえ、香奈はビジターを使役し、力を振るった。それは、彼女が最も嫌う行為の一つだ。香奈はありのままの世界を受け入れようとしている。争うことを良しとせず、ビジターとも手を取り合って生きてゆきたいと思っている。だから、彼女は使役の力を多用しない。もちろん、人を殺すなどという指示は論外だ。

 心情を察したのか、召喚されていたビジターが香奈の周りに集まってくる。彼らもまた、香奈の意思ではない使役を跳ね除けることができなかったことに責任を感じているようだった。彼らからしてみれば、周りにいた者たちに対して力を振るったことよりも、香奈の本心に従えなかったことの方が大きいのかもしれない。特異な力を持ったビジターは、もともと戦うことに対しての抵抗は少ない。個体差はあるものの、戦うことが生きることに繋がる種族も少なくはないだろう。

 故に、多くの人を傷付け、殺めてしまったことよりも、香奈の心が傷付いた事実の方が彼らには重大なのだ。

 香奈は、ビジターにも心があると知っている。自分とビジターは対等な関係で、力を貸して貰うというのが彼女のスタイルだった。香奈に召喚されるビジターは、種族としての識別名の他に、こちらの世界での名前が与えられている。ミアのように、友達として接しようとする。

 そんな彼女を、多くのビジターが慕っている。他の誰でもない、香奈だからこそ、ビジターは自らの意思で彼女の言葉に耳を傾ける。

 使役の力を使わずとも、心を通わせられるのは香奈だけの特権だ。

「とりあえず、大丈夫そうね」

 香奈の様子を見て、恵子は小さく呟いた。

 鏡子と大智はビジターに囲まれて落ち込んでいる娘を見守っている。今はどんな言葉をかけても無駄だと解っているのだ。

 自分で決めたことに対する責任感の強い香奈が、自分を責めないはずがない。遼司ですら、かける言葉が見つからなかった。

「……くそっ」

 今にも泣き出してしまいそうなほど辛そうに顔を歪める香奈に、遼司は一人毒づいた。

 香奈にあんな顔はさせたくなかった。させないためにここまで来たのではなかったのかと自問して、結局間に合わなかった自分に腹が立つ。ギリギリで香奈を助け出せたとしても、駄目なのだ。もっと、被害が小さいうちに救うことができたなら。

「ま、今はあれが限界だろうな」

 遼司の心を見透かしたかのように、匠が呟いた。

「間違った判断じゃあない。ミアにまで使役の手が伸びていたら、もっと厄介な状況になっていたかもしれない。武人に憑依させたのは正解だ」

 はっとして顔を上げる遼司に、匠は香奈へ視線を向けたままそう告げる。

 ミアの防御能力の高さは、香奈が呼び出せるビジターの中では随一を誇る。もし、香奈の使役能力がミアにまで届いてしまったなら、事態の悪化を招いていた可能性は十分にあった。ミアを武人に憑依させることで香奈を操っていた者から存在を隠したのは、結果的には正しい判断だと言えるのだ。もし気付かれていたとしても、武人の中からミアを引き剥がして使役させるのは難しい。また、香奈を通じて多くのビジターを操っていたエノシスのリーダー格には、キャリアとして覚醒し切った武人を操るまでの余力も無かっただろう。

 珍しく匠は遼司を褒めていた。だが、素直に喜べない。

「後は、これからのお前次第だな」

 僅かに口の端を吊り上げて、匠は遼司を横目で見下ろした。

「親父……?」

「力を望んだのは、お前なんだぞ?」

 父親を見上げる遼司に、匠は囁く。一瞬だけ真顔になった父の表情に、遼司は返事ができなかった。

 胸の奥で、何かが疼いたような気がした。

「さてと、これから帰るわけだが……」

 目を閉じて息を吐き出し、匠が腰に手を当てる。

「コーマ、こいつらの面倒を見てやってくれ。先輩命令な」

 匠はコーマへ向き直ると、何でもないことのように言ってのけた。

「相変わらず、勝手なことばかり言う……」

 当然、コーマは反抗的な言葉を返してきた。

 タイオスとアプリオリの考えは違う。タイオスから見れば、ビジターの存在を認める方向にあるアプリオリと友好的な関係を築くことはほぼ不可能に近い。タイオスは、アウターとの接点を絶つことが目的なのだ。

「お前の息子が腕に着けているのは元々うちの決戦用装備にあったものじゃないか。今更返せと言っても聞かんのだろうがな」

 コーマが匠を忌々しいとでも言わんばかりに睨みつける。

 匠、恵子、大智、鏡子の四人は元々タイオスにいたキャリアだった。アウターとの接点を全て排除するという思想にはあまり共感していなかったようだが、それよりもエノシスの異界を利用しようとする考えが気に食わなかったらしい。

 遼司と香奈が生まれ、第一線から退いたと聞いたことがある。香奈がキャリアに覚醒し、召喚能力を身に着けたことがアプリオリに転向するきっかけになったのだ。

 香奈が、ビジターとの友好的な関係を望んだから。

「良く解ってるじゃないか」

 匠は薄く笑みを浮かべた。

 遼司が身に着けているミスリルの籠手は元々、タイオスの部隊で使われていたものだったらしい。匠がタイオスを抜ける際に持ち出したということなのだろうか。

「お前らの子供だろう。自分で面倒を見ようとは思わんのか?」

 確かに、匠たちなら護衛としては十分だ。そもそも親なのだから、一緒に帰るというのが普通だろう。

 もし、同じタイミングで帰るのであれば。

「ちょっとばかり、報復しようと思ってね」

 匠は薄い笑顔を浮かべていたが、目は笑っていなかった。残虐な光が瞳に過ぎったとすら感じられるほどに。

「報復、だと……?」

 さすがにコーマも匠の目には気付いたらしい。一瞬たじろいでいる。

「そうそう悪い提案でもないと思うわよ?」

 恵子が小さく呟いた。

 香奈を攫ったエノシスに対し、匠たち四人が報復攻撃を仕掛けに行くというのだ。また、エノシスの増援が香奈を狙わないとも言い切れない。

 遼司と武人、香奈の三人でエノシスの攻撃部隊と戦うのも難しい。何より、香奈の疲労はかなりのものであるし、精神状態も芳しくない。ビジターの多くは人目につかぬようにと香奈が帰してしまっている。残っているのはミアぐらいだ。

 恐らく、遼司はもう力を使えるだろう。どこか確信めいた感覚がある。

 だとしても、多数を相手に立ち回るには香奈のように仲間を増やす力か、殲滅力の高いキャリアがいなければならない。匠たちはまさにそれだったのだが、彼らがいないとなると、遼司と武人だけでは厳しい。

「まぁ、腹の虫は納まらんな」

 大智が半眼を虚空に向けて呟いた。

「という訳なので、お願いしますね?」

 鏡子の柔らかな口調には、どこか有無を言わせぬ迫力があった。

「つか、言ってる間に来ちまったみたいだな」

 匠は視線を遠くへ向けて頬を掻いた。

 コーマがはっとなって匠が見ている方向へ目を向ける。つられて遼司も視線を向けた。タイオスの者たちではない何者かが、既に人だと視認できるほどまで近付いてきている。先ほどまで戦っていたエノシスの人数よりも、遥かに多い。

「総員、戦闘準備!」

 視線の先に敵を見つけて、コーマが叫んだ。

 今まで周りで事後処理や負傷者の手当てをしていたタイオスの構成員たちが即座に応戦体勢を取る。

「遼司、助けがあるからって気を抜くなよ」

 耳元で小さく囁かれ、遼司が振り返った時には既に匠たちの姿は無かった。

「ちっ」

 コーマの舌打ちが聞こえた。

 匠たちが消えたことに苛立っているのだ。目的としてはタイオスにも利があるのだが、解っていても苛立ってしまうのだろう。

 遼司にも気持ちは解らないでもない。匠と恵子の身勝手さや無茶苦茶な性格はどうにかして欲しい。だが、今は匠に着いて行きたいとも思っていた。平穏に暮らしていたいだけなのに、自己満足や単なる欲のために香奈を狙う組織など潰してやりたい、と。

 恐らく、匠や恵子は遼司の心情に気付いていたはずだ。だが、遼司を連れて行こうとはしなかった。いつもなら、訓練のためと称して過酷な場所へ放り出すはずなのに。

 つまりは、今の遼司ではそこで生き延びられる可能性が無いに等しいということだ。

 同時に、遼司にはエノシスへの報復よりも優先すべきものがある。

「武人、俺たちは香奈を守るぞ」

 遼司は言った。

 武人も頷いた。

「手出しはさせん。お前たちはそこで見ていろ」

 コーマは言い放ち、右手を前方へとかざした。

 彼の身長を半径とするほどの大きな円陣が浮かび上がり、円の中を複雑な幾何学文様が埋め尽くしていく。

「来い、ベヒモス!」

 コーマが叫んだ直後、浮かび上がった円陣を十字に裂くような亀裂が入った。円陣は四方に開き、中央に漆黒の闇が広がる。かと思った次の瞬間には、闇の中央から何かが飛び出して来ていた。

 コーマは召喚能力を持ったキャリアだったのだ。

 呼び出されたのは、全長十五メートルは越えるであろう巨大な四足歩行のビジターだった。頭には大人の身体ほどもある大きな角が前方へ向くようにねじれて生えている。身体は赤褐色と紫の中間のような色合いで、部分によっては一方の色が強い場所があった。人間で言う肩胛骨の辺りから腕の三分の二ほどの長さの角が生えており、その角も枝分かれするようにいくつかの角を纏っている。顔を縁取るたてがみは濃い紫色をしており、背筋から尻尾の先まで同色の毛が一直線に生えている。

 逆立ったたてがみとマグマのような灼熱の赤さを持った瞳に、人間の太腿以上の太さを持った牙を剥き出しにして、ベヒモスはエノシスを威嚇していた。

 圧倒的な存在感と叩き付けられるような殺気に、エノシスだけでなく遼司たちも言葉を失っていた。

 ベヒモスはアウターの生態系の中でも、頂点に近い場所にいる存在だ。極めて気性の荒い、危険なビジターとしても知られている。

「やれ」

 コーマが命令を下した後は早かった。

 ベヒモスは爆音のような雄叫びを挙げ、その巨体を躍らせた。タイオスの中には、耳を塞いでいる者もいる。遼司たちも無意識のうちに耳を塞いでいた。

 着地と同時に地面が揺れたような気がした。身体を反転させることで薙ぎ払われたベヒモスの尻尾が、エノシスの者たちを簡単に吹き飛ばす。だが、七割近くの敵は攻撃を掻い潜っている。

 それぞれの能力で応戦を始めるが、ベヒモスに効果は無かった。十五メートルを超える巨体を支えている強靭な肉体に、並のキャリアの力では歯が立つはずがない。皮膚に傷を付けられたのはほんの一握りのキャリアだけだ。もちろん、傷と言っても大したダメージにはなっていない。せいぜい薄皮一枚だろう。出血すらしていなかった。

 遼司も武人も言葉を失っていた。

 香奈も目を見開いて、ベヒモスがエノシスの部隊を駆逐していく様子を見ているしかなかった。ミアも、恐怖の感情が勝っているらしく、緊張した面持ちで香奈の肩に乗っている。

 自分たちに手出しのできる相手とは思えなかった。

 匠たちなら、ベヒモスにも立ち向かえるのだろうか。一瞬、そんなことを考えていた。

 コーマの横顔は真剣そのものだ。エノシスの者たちがたとえ自分と同じ人間だとしても、排除しなければならないのだと完全に割り切れている顔だった。敵意はあっても、さほど強い憎悪はない。使命感にも似た、自分が正しいと信じているような面持ちで戦いを見つめている。

 タイオスの者たちは、ベヒモスに気を取られている敵へと攻撃を加えていた。ベヒモスという目の前の脅威に注意が向かっている多くの者はコーマの部下たちの不意打ちをかわしきれずに駆逐されていく。

 ある者はベヒモスの大木のような足に踏み潰され、またある者は角で身体を引き裂かれ、尻尾で叩き潰される。間一髪でかわした者も、待ち構えていたタイオスのキャリアによって仕留められた。

 一方的な戦いだった。

 ベヒモスは圧倒的な力でエノシスの部隊を蹂躙し、タイオスはビジターの力を活かして隙を突く。特別な力など無くとも、ベヒモスの存在はそれだけで十分過ぎるほどの戦力となっていた。まるで、その辺の石ころを蹴飛ばすかのようにベヒモスはエノシスの部隊を殲滅していく。

 遼司は今頃になって、自分が踏み込んだ戦いの世界を見たような気がしていた。何も知らない多くの人々が安穏と暮らしている裏で、この世界には壮絶な戦いも繰り広げられている。紛争だけでなく、異世界との関係に絡んだ戦いが。

 叫ぶ暇すら与えられずに命を失い、エノシスのキャリアが次々と辺りに転がっていく。

 エノシスの部隊が壊滅するまでの間、遼司たちは終始無言だった。

「……さて」

 エノシスの全滅を確認してから、コーマはようやく口を開いた。

「その娘を渡してもらおうか」

 コーマの口から紡がれた言葉に、遼司は大きく目を見開いた。

 あらかじめ指示されていたかのように、タイオスの者たちが周りを取り囲む。目の前にはコーマと、その直ぐ後ろには彼が召喚したベヒモスがこちらを見下ろしている。

「話が、違うんじゃないか……?」

 武人の声は僅かに震えていた。

「いや、そういうことなんだろ……?」

 遼司は、武人の問いにコーマが答えるよりも早く、口を挟んでいた。

 匠が囁いた言葉が遼司の脳裏に蘇る。

 気を抜くな、匠はそう言ってから遼司の知らないタイオスの本拠地へと向かって行った。それは、恐らくこのことだったのだ。

 タイオスの目的はエノシスの壊滅だけではない。アウターとの関わりを絶つことにある。そのために、タイオスは香奈の存在を無視できない。

 召喚能力を持ったキャリアである香奈は、タイオスにとっても欲しい人材であると同時に、野放しにしておいてはならない存在でもあるのだ。召喚の力で異世界に住まう存在を呼び出せる香奈は、彼らから見れば危険な存在でしかない。

「召喚のキャリアは貴重であり、同時に危険だ」

 コーマは肯定する代わりに、告げた。

 異世界との関わりを絶つためには、召喚の力は使われるべきではない。貴重だと言ったのは、この世界に偶然紛れ込んでしまったビジターをアウターへ転送できるという利点もあるからだ。タイオスにしてみれば、自分たちの組織が管理しなければ、アウターとの接点を消し去ることはできないと考えているのだろう。

「大人しく彼女を渡せば、匠たちへの手前、命だけは見逃してやる」

 コーマの言葉は、遼司の予想していたものと同じだった。

「香奈を渡したって、親父たちは奪い返しに行くぞ」

 だから、遼司はそう言い返していた。

 ここで香奈をタイオスへ引き渡したところで、何も変わりはしない。この場を確実に生き延びられるというだけで、遼司たちが納得するような形には決してなり得ない。匠や恵子らは香奈がタイオスに引き渡されたとしても黙ってはいないだろう。かつて属していたこととなど意に介さず、香奈を連れ戻すために動くに違いなかった。

「遼司……?」

 武人は驚いたように遼司を見つめていた。今までベヒモスに対して絶句していた遼司の姿は無かった。

 正直、遼司はベヒモスを前にして恐怖を感じている。

 コーマは、自分の力をエノシスの部隊をベヒモスで全滅させることによって遼司に見せ付けてもいたのだ。間違いなく、威嚇として。

 武人が気圧され、怖気づくのも無理はない。

 できることならば、今直ぐにでもこの場から香奈を連れて逃げ出したい。遼司だってそう思っている。

 背後を振り返れば、香奈がいる。座り込んだまま、青褪めた表情でベヒモスとコーマを見る香奈の姿がある。遼司の視線に気付いて、香奈は首を縦に振ることも横に振ることもしなかった。ただ、血の気の引いた顔で遼司の目を見返すだけだった。単に、どちらも選べなかっただけだ。

 コーマの言葉に従ってタイオスに行くのも嫌、このままベヒモスと戦ったとしても勝ち目は無いに等しい。コーマが約束を守るとも言い切れない。香奈を得た途端に態度を翻し、遼司たちを殺す可能性だってあるのだ。

「逃げ帰ったところで、良いことなんて一つもありゃしない」

 遼司はコーマに向き直り、吐き捨てるように言い放った。

 エノシスに攫われた香奈を助けに来ておいて、タイオスに明け渡したのでは本末転倒だ。香奈を救い出すことができなかった悔しさに加えて、自分たちが生き延びるためだけに彼女を差し出したことへ自己嫌悪を抱くのは目に見えている。

「俺は香奈を連れて帰る」

「……匠も、少し見ない間に衰えたか」

 遼司を見て、コーマは小さく息をつき、目を細めた。

「昔のあいつなら、こうなることも予想できただろうに」

「……気付いてたよ、親父は。多分、最初から」

「なに?」

 遼司の言葉に、コーマは眉根を寄せる。

 恐らく、コーマが香奈を狙うことは最初から考えていたのだろう。エノシスが香奈を攫ったのだから、タイオスも狙わないはずがない。エノシスの手に渡った香奈を奪うという強引な手で、彼女をタイオスのものにしようとしていたに違いない。召喚の力を持ったキャリアは、双方の組織にとって重要なものだから。

「つまりは、俺たちで切り抜けろってことなんだろうさ」

 遼司は苦笑した。

 相変わらず、匠は遼司に無茶なことをさせるものだ。

 コーマが香奈を狙うと解っていて、あえてこの場に残したのだろう。エノシスの増援部隊から遼司たちを守らせて、敵になったら遼司たちの力だけで生き延びろというのだ。

 最も、エノシスの増援との戦闘があったお陰で、遼司はコーマの戦い方を見ることができた。

「だとしたら、奴も酷い親だな」

「全くだ」

 皮肉を込めたのであろうコーマの言葉に、遼司は心底同意していた。

 ただ、匠は決して遼司にできないことをやらせようとはしない。いつも、必ずギリギリでできる範囲のことだった。キャリアとして覚醒させるためにビジターと引き合わされても、遼司が死ぬことはなかった。身体が鍛えられていたこともある。ただ、遼司が戦って負けたとしても、殺されてしまうようなレベルのビジターではなかったというだけの話だ。

 それでも、随分と怖い思いを重ねてきたが。

「まぁ、いい。それなら、力ずくでも奪い取らせてもらう」

 遼司が同意したことに少々面驚きながらも、コーマは顔を引き締めた。

「手伝えよ、武人!」

 身構えるコーマを見て、遼司は後方にいる武人へ呼びかける。

「一応、俺のが年上なんだぞ……」

「今そんなこと言ってる場合かよ……」

 武人の言葉に、遼司は溜め息をついた。

 よくもまぁ、目の前にベヒモスという強大なビジターがいる状態で気の抜けるようなセリフを吐けるものだ。ついさきほどまで絶句していたのが嘘のようだ。もしかしたら、慣れたのだろうか。

「先に聞いとくけど、あいつ取り込めるか?」

 ふと思いついて、遼司は武人に問いを投げた。

「いや、なんか無理な気がするな……。良く解らんが、直感的に」

 駄目か、と遼司は答えを聞いてまた溜め息をついた。

 キャリアの直感は、その力に関わることにおいては正しい場合が極めて多い。ベヒモスの憑依に無理があると武人が直感的にでも思ったのなら、まず不可能と見て間違いはないだろう。ベヒモスほどの力を持ったビジターを、キャリアとして覚醒したばかりの武人が憑依できるとも思えない。

 今、武人が自分に存在を重ねられる限界容量は、ベヒモスが入るほどではないのだろう。いずれはできるようになるかもしれないが、今、この場で戦っている最中には期待できなさそうだ。

 三人で乗り切るしかない。相当な疲労が蓄積されているであろう香奈には戦わせたくなかったが、そうも言っていられない。遼司と武人だけではベヒモスに対処し切れないだろう。香奈の召喚能力は必要だった。操られた後で、香奈には辛いかもしれないが。

「私も、戦うよ。タイオスには行きたくない」

 遼司が声をかけようとした時、香奈はようやく口を開いた。

「ミアと別れるのはイヤ。アウターとだって、仲良くやっていけるはずだから」

 香奈の言葉を聞いて、遼司は内心ほっとしていた。

 もし、香奈がタイオスの側に行ってしまったら、遼司の戦う意味はない。彼女を守るなどと言う前に、香奈が遼司と共に戦うかどうかの方が重要だ。

 そして、香奈は遼司が思った通りの意思を持っていた。

 異世界を強制的に封じたとしても、その存在が消えるわけではない。存在し続ける限り、エノシスはアウターにある資源や生物を狙う。異世界に存在するものが、こちらの世界には無い特殊な力を秘めていると知ってしまっているから。

 なら、アウターの存在を受け入れて、共に生きる道を探した方がいい。タイオスとエノシス、どちらか一方に偏ったところで、争いは消えないだろう。だとすれば、新たな道を探すしか手はないのだ。

「俺が憑依できるビジターを頼む」

 武人の言葉に答えるように、香奈は両手を左右に開いた。

 周りの者たちが一斉に動き始める。

「させるかぁーっ!」

 遼司とコーマが、同時に同じ言葉を叫んでいた。互いの動きを止めるために、一歩を踏み出す。

 握り締めた掌から、熱量が湧き上がる。瞬時に肩口まで駆け上ってくる熱量を感じながら、遼司は右腕を大きく水平に薙いだ。光で描かれた幾何学文様の浮かび上がった遼司の右腕から、閃光が迸る。近付いてきた者たちが発動しようとする力を光で打ち消して、少しでも時間を稼ぐ。

 香奈の背後に浮かび上がった光の円陣から、黄金の角と背に白銀の翼を持った白馬、ユニコーンが踊り出た。

「お願い、ユニ。力を貸してあげて」

 香奈の頼みに、ユニコーンは静かに従った。

「頼む!」

 武人はユニコーンへ右手を伸ばし、その先に光で円陣を描いた。ユニコーンは冷ややかな視線を辺りの者たちへ向け、角から雷撃を解き放ちながら武人の円陣へと突っ込んだ。

 雷撃で牽制されたタイオスが怯み、隙ができる。その一瞬に、武人はユニコーンを自身に憑依させていた。

 背中に光で幾何学文様が描き出され、肩胛骨の辺りからユニコーンの翼が生えた。額にも円陣が浮かび上がり、角が伸びる。光は武人の肌に密着しているわけではなく、数ミリ浮いた場所に生じていた。

 憑依させたユニコーンの力を周りに誇示するかのように、武人は咆えた。

「ガルフも、手伝って……!」

 少しだけ熱っぽい表情で、香奈はケルベロスを召喚した。

 ケルベロスは牙を剥き出しにして辺りのタイオスを睨み付け、香奈への答えとしていた。唸り声を上げて、剥き出しにした牙の隙間から三つの首それぞれの力が漏れ始める。

 香奈の体力も限界だ。操られていた時に使っていた力のせいで、消耗が激しい。召喚できてもあと一体が限度だろう。できたとしても、もしかすると倒れてしまう。ビジターを増やすよりも、気を失って身動きが取れなくなるのは危険だ。

 息の荒くなった香奈の肩では、ミアが鋭く細めた目で周囲に視線を走らせている。

「行け、ベヒモス」

 コーマは険しい表情で自ら召喚した存在へと指示を下した。

 召喚能力を持つキャリアに対するタイオスの方針は簡単だ。極力、保護する。もしもタイオスに属さない場合は排除する。それだけだ。

 ベヒモスがコーマを跳び越えて、遼司たちを押し潰そうとする。遼司は右手を握り締め、思い切り下方から振り上げた。拘束の力でベヒモスの行動の一部分を封じ、押し留める。

「ぐ……がっ!」

 遼司の右腕には、ベヒモスの巨体の重量が圧し掛かったかのような圧迫感が反動として返ってくる。凄まじい重圧だった。もしも生身の腕で受け止めていたら、間違いなく潰されている。人間の腕力で受け止められるものではない。腕の筋肉が悲鳴をあげる。

「っらああああああ!」

 腹の底から叫び、遼司は左手を握り締めた。

 一瞬で光が左腕を駆け巡り、熱を帯びる。その腕を振り被り、遼司はベヒモスに横合いから殴り付けるように振るった。鋼鉄の壁を全力で殴り付ける異常の反動が拳に伝わり、重さと硬さが痺れとなって腕を付け抜ける。筋肉が破裂しそうなほどの衝撃だった。

 それでも、ベヒモスの身体が傾いだ。

 力を打ち消し、拘束する封印の力ならベヒモスに抗うことができる。とはいえ、長期戦になれば負けるのは確実だ。早急に対処しなくてはならない。

 ベヒモスの勢いを押し留めることができた遼司に、周りの者たちが息を呑んだ。コーマも、一瞬だが驚いた表情を見せていた。

「良い根性だな」

「鍛えられたからな、散々」

 コーマの言葉に遼司は荒い息を吐きながらも、口の端を吊り上げて笑みを作って見せた。

 ベヒモスは吹き飛ばされ、遼司たちを避けるように横へ押し倒された。豪快な音を立ててベヒモスが地面に横倒しになり、衝撃波と振動、土煙を撒き散らす。

 だが、ベヒモスはその体勢から尻尾を振るった。

 弾丸を超える速度で叩き付けられた尻尾を避ける余裕など無く、遼司は真正面からベヒモスの尻尾を受け止めた。激痛にも似た凄まじい衝撃が両腕を突き抜ける。キャリアの力が無ければ、軽く吹き飛ばされているところだ。恐らく、即死しているほどの威力で。

 全力疾走を限界まで続けた時のような倦怠感が遼司を襲った。全身から一気に汗が噴き出して、呼吸が乱れる。一瞬で疲労が遼司の中に蓄積されている。それだけ、ベヒモスの攻撃の破壊力が凄まじいのだ。光の腕を通して戻ってくる反動が、遼司に受け入れられる限界を超えた時点で疲労に変換されているに違いない。

 香奈は荒い息のまま、ミアを肩に乗せて戦っている。ミアに防御を任せて、少しでも多くの敵を気絶させ、戦闘不能にさせていた。武人はガルフと協力して周りのタイオスと戦っている。

 ただ、武人は時折こちらの様子を見ている。遼司はその意図を読み取った。

 ベヒモスが起き上がりながら遼司へ爪を振るう。人間の胴ほどもあるような太さの爪を、遼司は光の右腕で受け止めた。身体に圧し掛かる反動の衝撃に歯を食い縛り、詰まりそうな息を強引に吸い込んで、遼司はありったけの力を込めて左腕を振るった。反動が左腕を貫いて全身を痺れさせる。

 だが、ベヒモスはまた身体を宙に浮かされて横転した。衝撃波に服と髪が靡き、遼司は大きく息を吐き出した。

「そこだ!」

 雷光を身に纏い、武人が一瞬で遼司の横を駆け抜ける。ユニコーンの力で身を包み、自身の速度を限界まで高めて、武人はコーマへと突撃していく。

 コーマを倒す前にベヒモスを異世界に送り返しても、また召喚されては意味がない。恐らく、ベヒモスはコーマに使役されている。なら、コーマを倒せばベヒモスは香奈の力でアウターへ送り返すことができるはずだ。

 だが、ベヒモスに太刀打ちできる存在はいなかった。遼司でさえ、防ぐのが精一杯だ。反撃で吹き飛ばしているようにも見えるが、押し倒したり、突き飛ばしたりしているだけで、ダメージはほとんどないだろう。

 長期戦になってしまえば遼司もベヒモスを押さえ切れない。そうなる前に、ユニコーンを憑依させて雷の力を得た武人がコーマを仕留めようとしているのだ。

 召喚系の力を持ったキャリアの弱点は、ビジターを呼び出す以外に使役する力しか持たないことにある。キャリア自身は、どうあっても生身でしかないのだ。

 武人の接近に対して、コーマは動じる様子は無かった。むしろ、鼻で笑ってすらいた。

 遼司は、イヤな予感がしていた。

「喰らえやーっ!」

 武人が叫び、身に纏っていた雷撃を解き放つ。

「甘いな」

 コーマの両腕に幾何学文様が浮かび上がり、一直線に向かってくる雷撃を跳ね返した。

 そして、ベヒモスの尾が真上から武人に叩き付けられていた。

 声を上げる間もなく武人の姿が視界から消えて。地面に減り込んだ尻尾が持ち上げられた後には、倒れ伏した武人の姿があった。

 遼司は絶句していた。いや、遼司だけでなく、香奈も言葉を失っている。

 本来、キャリアとは単一の力しか持たないものだ。しかし、コーマは今、全く別の力を使って見せた。召喚能力では使うことのできない、反射能力をだ。

「私は特殊でね、二つの力を使えるんだよ」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべて、コーマが言った。

 倒れた武人は動かない。僅かに、口の辺りから血が流れ出しているように見えた。ゆっくり、血溜まりが広がっていく。憑依能力が解けて、ユニコーンが武人の身体から弾き出された。

 ユニコーンも何が起きたのか信じられない様子で、今まで存在を重ねていた武人を見つめていた。

 憑依が解けてしまうほどのダメージを受けたのだ。少なくとも、自力で動くだけの力は残されていないだろう。武人の生存を確認する方法は、この場を切り抜けるしかない。

「……武人」

 もし、死んでいたら。いや、死んでしまった可能性の方が高い。

 ベヒモスの力を受け止めた遼司には、武人の生きている可能性が低いことが実感として判ってしまう。

「お前は後回しだ」

 コーマが小さく呟いた。遼司の力は厄介だから後回しにする、と。

 疲弊し、倒し易いと思われる香奈を先に仕留めれば、残りは遼司だけだ。一人だけになってしまえば、今度こそ勝ち目はない。いや、現時点でも勝てる可能性など数パーセントも無いだろう。

 武人を見て、ユニコーンを見て、背後の香奈へ視線を向ける。

 色を失った香奈の表情があった。ミアも目を大きく見開いて、ガルフも僅かに震えている。

 何で。

 遼司はもう一度、武人を見つめた。

 そこまで親しくなったとは思っていない。力の練習相手にさせられたのだから、むしろ憎たらしく思っていた部分も少なくはない。

 それでも、遼司には胸の奥につかえるものがあった。

「ぁ……」

 か細い香奈の声に、遼司は振り返る。

 ベヒモスの爪が、横合いから香奈に叩き付けられようとしている。ミアが張ったベクトルさえも反射するはずの障壁を強引に打ち砕いて、爪が香奈へと迫る。

 何も、考えられなかった。

 ただ、声にならない雄叫びだけを腹の底から吐き出して、手を伸ばす。

 視界が光に包まれたかと思うほどに輝いていた。

 そして、遼司はようやく気付いた。

 一番最初に望んだこと。

 それは、香奈を守りたいという願いだった。どんなに恐ろしいものが相手でも、立ち向かえるだけの強さと勇気が欲しい。

 遼司を鍛えるというのは、遼司自身が望んだことだった。香奈を守れる力が欲しいと、口には出さず、遼司は匠に強くなりたいと頼んだ。ずっと昔の自分の言葉を、忘れていた。

 力を望んだのは、遼司自身だ。

 キャリアとして覚醒した香奈は、いずれ危険に巻き込まれる。幼いながらに直感していたのかもしれない。ずっと一緒にいるためには、彼女と共に戦っていけるだけの力が必要だった。

 香奈はあの時確かに、助けて、と言ったのだから。

 溢れ出した光は、香奈とベヒモスの間に一瞬で流れ込んだ。ベヒモスの力を封じ、受け止め、包み込んで動きすら固めた。

「大義は我らにある!」

「んなもん知るかぁ!」

 コーマの言葉に、遼司は叫び返した。

 タイオスの大義などどうでもいい。

 香奈はビジターとの共存を望んだ。ミアと友達でいることを選んだ。遼司もそれでいいと思った。だから、遼司は抗う。理由などそれで十分だ。

 周りのキャリアが加勢しようとする。

 遼司の右腕から溢れ出した光が周囲に迸り、全てのキャリアを拘束する。光で腕を包み込み、力を掻き消すと同時に身動きを封じた。

 背後の気配に、遼司は左腕を伸ばす。向かってくるコーマを、遼司は光の左腕で掴んだ。

 コーマが発動した反射の力を打ち消して、光は彼の身体を拘束する。ベヒモスの使役を解いて、香奈にアウターへと転送してもらう。全てのキャリアの命を、遼司は握っていた。

 もはや、全てのキャリアに戦う意思はなかった。コーマを除いては。

「俺たちの勝ちだ。帰らせてもらう!」

 握り潰しかねないほどの力を込めて、遼司はコーマに言い放った。

後書き


作者:白銀
投稿日:2011/12/18 02:11
更新日:2011/12/18 02:11
『アラリョウジ!』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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