※ぬるく破廉恥




 腹の上に出された白濁は酷く熱かったのに、ゆるゆるとした其れはすぐにぬるくなって、わたしの横腹を伝っていく。
 お互いに荒くて熱い吐息を零して、力の入らない身体を其の侭投げ出した。猿飛は仰向けになったわたしの身体の上にうつ伏せに倒れてきた。一応ゆっくりと倒れてきたが、男の身体は重たいのであまりそうして欲しくは無い。ただ、抵抗してもこの男に意味があるとは思え無いので、好きにさせておくことにした。
 草屋敷の床は元々湿っぽいが、先程の行為で更に湿度が上がった気がする。床の上には猿飛とわたしの忍装束が脱ぎ散らかった侭だ。自分の物を手繰り寄せ、身に付ける為に身体を起こそうと腕に力を入れたが、さっきの行為と上に乗った侭の猿飛の重さの所為でやっぱり思う様に力が入らなかったので諦めた。
 はあ、と猿飛が大きく息を吐いた。最中の時程濡れた声音では無かったが、充分に熱を帯びた侭だった。恍惚とした声だ、とぼんやり思いながらわたしも身体の中を燻っている熱を逃がす様に小さな息を吐いた。
 まるで恋仲の様な行為をしているが、わたしと猿飛はそんな仲では無い。あくまで行為をするだけなので、其処に愛情といった感情は含まれて居ない。ただ、お互い忍なので技術だけは持ち合わせているから、行為が気持ち良いのは本当。其処に快楽の以外の感情は存在しない。
 したい時にする。其れだけの関係は酷く簡単で、傷付くことも無い。普段は長と其の部下という関係(里で一緒に育てられてきた所謂幼馴染なので、部下という意識は全く無いが)を保っているが、どちらかが我慢が出来なくなればこうなる。其れは猿飛の時もあれば、わたしの時もある。一月に一度の時もあれば、毎日の様にする時もある。
 面白半分に一度だけ愛を囁き合ってやってみたこともあったが、最中だと言うのにお互い爆笑してしまい、其れ所じゃ無くなった為に直ぐにやめた。演技であることを既に知っているので、余りにも滑稽でお互いに萎えた。そしてまた爆笑。
 要するに、気紛れで割り切った清い関係なのだ(いや、やってることは全く清くないが)(幸村様が知ったら「破廉恥でござる!」と大声で叫んで逃亡し、わたし達を直視出来ないに違いない)。想像して喉の奥で笑ったら、猿飛にはわたしの考えが読めたらしく、同じ様に笑ってみせた。破廉恥破廉恥と騒ぎ回る幸村様を見るのも一興かと思うが、まあ其れはまた今度。
 まだ身体の火照りが消える気配は無い。猿飛の頬は赤みが消えていない。頬と鼻先の緑色の塗料と対照的な赤。じっと其の赤を見ていると、不意に猿飛が此方を見た。猿飛はちょっと眉尻を下げて、黒鉄の防具を着けていないただの人間の手を此方に伸ばした。

「……髪の毛食べてるよ」

 言って、わたしの口許に貼り付いていたらしい髪を、猿飛はそっと引いた。確かに、口の中に違和感があった。引かれた髪の先に唾液が付いて糸を引いたのが見えた。
 猿飛が目を細める。何時も思うが、この男は終始いやらしい顔をしている。任務の時と怒ってる時以外は何時もそうだ。何もしてないのに色に濡れた顔をしている。
 何を思ったのか、猿飛がわたしの下唇を食んだ。

「……あ、やべ、もっかい、」
「お前何回したと思ってんの」

 猿飛はわたしの言葉に耳を傾けようとはしないで、わたしの髪先を指先で弄くっている。こういう時、猿飛はもうやる気だ。わたしが何と言おうと、如何抵抗しようと、全ては無駄だ。無理矢理だろうが御構い無しに猿飛は事を進めてしまう。例えわたしが任務で怪我を負って動くのが辛くたって、月のものだから止めろと言ったって、猿飛がしたいと思ったら、するしか無い。
 でもやられっぱなしじゃやっぱり腹が立つから、猿飛が立て続けの任務で何日も徹夜してふらふらの時に、猿飛が悲鳴を上げるまで攻め続けるやるのだ。わたしの気持ちを思い知れ、お前も苦しめ、ふはははは!と言った感じだ(とても部下が上司に言う様な台詞では無いが、わたし達は例外だ。わたし達に常識は通用しない)。
 要するに、お互い様という奴だ。まあ其処までしてする様な行為では無い気もするが、其れは今更だ。
 わたしの腹に掛けられた粘つく白濁を指先で掬い、猿飛はにやりと笑った。嫌な予感しかしない。
 猿飛と一緒に居る時の嫌な予感というのは外れた試しが無い。今回も例外では無く、猿飛の指がわたしの頬を這った。もう熱を失ったなまぬるい粘液はただ鬱陶しい。やめろと猿飛の手首を引っ掴むが、男の力に勝てるとは思っていない。見かけだけの抵抗だ。そして其れが猿飛に効果覿面なことも知っている。

「わざと煽るの止めてくんない?」

 は、と猿飛が小さく息を吐いて嘲笑を零す。
 ただわたしの上にうつ伏せになっていた筈の猿飛の体勢が、何時の間にかわたしの顔の横に手を付いて覆い被さる様にしていたことに気付く。
 非番だからと言って、朝っぱらから何回やるのだ、コイツは。発情期か。

「んー、生きてる内は発情期かな」
「じゃあさっさと死ね」
「酷いなあ、お前もよく似た様なモン、だろ……」

 また悪趣味な白濁を指先で掬って、今度は項に擦り付けてくる。猿飛が舌なめずりをした。赤い舌が耳朶を舐めて、軟骨を柔く噛んだ。背筋に電撃が走る。猿飛の手は既にわたしの太腿に伸ばされて、内側を撫で始めている。足が広げられて持ち上げられてしまうのも時間の問題だ。

「なあ、俺様のややこを産む気は無い?」

 お前ホント馬鹿だろ、と言って、わたしは満足げに笑っている猿飛の髪の毛をぐしゃぐしゃにして強く掴んで、鼻先を噛んでやった。緑色が薄れるかと思ったけど、赤色が増えただけだった。
 猿飛がまた笑う。熱が消えるのは、日が沈む頃か、其れとも明日か。

青年と菊

100222