「ウルキオラってとことんジャンクフード似合わないね」

 ポテトを指先で摘んで口の中に放り込もうとしているのを遮るつもりは無かったが、ウルキオラはわたしが感心して言った其の言葉に僅かに首を傾げてみせた。あー気にせず食べてください、と言えばウルキオラはもそもそとポテトを食べ始めた。わたしは百円のポークハンバーガーに齧り付く。
 放課後、わたしはかなり頭の切れるウルキオラに数学を教えてもらっていた。教室で二時間粘った。テストが近いのが最もな理由だが、如何せんこのままでは志望校に行ける程の偏差値に届かないので、バリバリ理系なウルキオラさんに理系科目を叩き直して頂いているのである。
 わたしは文系だ。理系がからっきし駄目だから文系なのだ。つまり似非文系である。でも理系科目が嫌いな訳では無い。どっちかと言えば好きに分類されるが、わたしの脳みそはなかなか理解に時間が掛かる造りをしているらしく、知識の定着は最低だ。一人で勉強なんぞしようものなら、自分の頭の悪さに嘆きながら問題を解く羽目になるので、全然楽しくない。
 そこで、だ。数学、化学、物理なんて何処が難しいのか分からない、と言ってのけたウルキオラさんに色々ご教授願うことにしたのだ。勿論タダで、なんてことではウルキオラは首を縦に振る筈が無いので、夕食を提供することで何とか交渉成立。ファストフード店、ファミレス、自宅。場所も料理も様々だが、ウルキオラは特に文句を言わないのでわたしが食べたいものを食べさせている。勿論太りたくないので栄養バランスには気を付けている。そうすると自然に自宅が多くなる訳だが。
 今日は兎に角お腹が空いてたまらなかったので、わたしが自宅に到着するまで待てなかった。だから学校付近にあるファストフード店に駆け込んだのだ。
 しかし本当にウルキオラはジャンクフードが似合わない。そもそも何か食品を手にしている姿に違和感を覚える。そりゃ食べなきゃ死ぬのが生き物だけど、ウルキオラは其れらとはちょっと、いやかなりかけ離れた存在なのではないかと思うのだ。奴に似合うのはミネラルウォーター位のものだ(わたしの勝手な意見だが)。
 炭酸飲料でひもじいお腹を紛らわしていると、ウルキオラが数学の問題集をテーブルに広げた。勿論、此処でも勉強するのである。同じ場所でずっと勉強するより、場所を変えた方が良いのだそうだ。
 長い指が問題を指す。シャーペンで自ら大きな×を付けた其の問題は、やはり問題文を読むだけで眩暈がする。何言ってるか分からんのだもの。

「教科書を読めば直ぐ分かるだろう」
「教科書に載ってる問題は分かるけど、問題集は無理」
「意味が分からない」

 ホットコーヒーを飲みながらウルキオラがわたしを睨み付けた。いやでもしかし、意味が分からないのはこっちの方だ。そりゃさ、基本問題は大丈夫だよ。理屈もまあ大体分かるよ。でも其れを応用する力がわたしには全く無いのさ。
 わたしは多分、柔軟な思考能力をお母さんのお腹の中に置いて来てしまったのだ。

「言い訳はもう良い、さっさと解け」

 さっきよりも鋭さを増した視線で殴られたので、わたしは渋々シャーペンを握り締める。これ以上ウルキオラの殺気に耐え切れる自信が全く無いのだ。仕方あるまいよ。へへ、悲しい。
 ストローに口を付けて、教科書とノートを行ったり来たり。視線はあっちふらふら、こっちふらふらである。見かねたウルキオラが分厚く青い参考書を開いて「類似問題の模範解答はこれだ」わざわざ教えてくれる。うーん、やっぱり持つべきものは脳みそがしっかり詰まった友達だなあ。其の点グリムジョーは駄目だな。

「無駄口を叩いている暇があるならもう帰って良いんだな?」
「すいませんウルキオラ様、どーぞご教授願いますんで、いやホントお願いだから帰んないで」
「……フン」

 満足そうに鼻を鳴らしたウルキオラに睨まれつつ、わたしは問題と向き合った。畜生微分なんて滅べば良い。陰関数て何。泣きたい。




 其れから再び二時間粘り、へとへとになったところで店を出た。わたしはとりあえず試験範囲の応用問題の一歩手前の難易度の問題までは解けるようになった。全てウルキオラ様のお陰なのである。わたしの財布から多少の足を生やした小銭達が旅立ってしまっても、テストで欠点を取ることに比べれば痛くも痒くも無い。
 ウルキオラは本日、コーヒーとポテトとアップルパイをお召し上がりになり、どうやら腹は僅かに満たされた様だ。育ち盛りの高校生なので勿論家に帰ってまた食べることは確定だが。

「……夕食は何だ」
「え、それってもしかしなくともわたしの家で食べる気ですか」
「応用問題を解けない奴がテストで点を取れると思っているのか」
「いやあ、ははは、そうですよねえ…」

 わたしは携帯を取り出して、母親にメールする。『ウルキオラが夕飯を所望、ハンバーグ食べたい』はい送信。勿論ウルキオラはハンバーグ食べたいなんて一言も呟いていない。わたしの希望だ。でも母はウルキオラが食べたいのだと勝手に想像してくれるので、わたしは美味しいハンバーグが食べられる。ウルキオラはお腹いっぱい。誰も困らない。

「……心配せずとも陰関数はテストのメインでは無い。其れより接線の方が重要だ」
「……早く言ってよ」

 ずっと座っていた所為で、少しよれた制服のスカートのひだを直し、黒の靴下を膝まできっちり伸ばして、重たい合皮鞄を抱え直す。ウルキオラは黒地に緑色のラインが入ったエナメルのスポーツバックを肩に引っ掛けて、キャメル色をしたチェックのマフラーを首に軽く巻き付けている。今日マフラーを忘れたわたしは其れを羨ましそうに見つめるばかりで、少し冷えた指先をカーディガンのポケットに突っ込んだ。
 ウルキオラの歩幅に合わせて足を進める。今は自分のペースで歩き続けているウルキオラが、次第にわたしの歩幅に合わせてくれることを知っている。

ダイヤモンド酸素

101110|音子さん、リクエストありがとうございました