「指切り拳万、嘘吐いたら針千本呑ます、指切った」
 鉢屋の右手の小指がわたしのそれに絡んでいる。細く長く骨張った鉢屋の指はひやりと冷たく、硬い。低学年の頃はわたしの手のひらの方が大きかったのにな、と思いながら、すっかりこちらを包み込める程になった男の手を眺めた。
「で、鉢屋、一体何の指切り?」
が私とめおとになる決意を翻しませんという約束の指切り」
「へえ、そうなの」
 わたしの反応はあまりお気に召さなかったらしい。鉢屋はわざと分かりやすく頬を膨らませ、眉間に軽い皺を寄せた。
「感動が薄い」
「何に感動しろと」
「私のこの行動に」
「はあ、そうかい」
 絡まった指先に力が込められ、鉢屋はわたしを自らの方へ引っ張った。抵抗する理由も無いので成すがまま、彼の肩に額を押し付ける形で停止する。繋がっていないもう片方の指先が、背骨の形をなぞっている。
 何時も思うことだが、この男は物事を唐突に始め、急速に終える。今に始まったことではない。本日の鉢屋のお遊びはわたしの骨にあるようで、忍装束の上から丁寧に凹凸を確かめるのが楽しいのか、そうでないのか。とりあえず言えることは、この行為が鉢屋にとって暇潰し程度にはなり得るということぐらいだ。
 鉢屋は時々奇妙なことをする。最近の面白い事項を並べるとすれば、只管わたしの髪を指先に巻き付けてみたり、膝枕で本当に安眠出来るのか調べたいと言ってわたしに三日連続膝を提供させたり、わたしの左手の指を一日中舐めてみたり。厠と風呂と食事以外、一日中手を繋ぐというのもあったな。しかしわたしは鉢屋ではないので、そこに隠された意図など知らぬ。
 衣が擦れる音と共に腰紐が解かれていた。何故。流石に抵抗したくなったので床の上で眠っているわたしの腰紐を引き寄せ、鉢屋を睨み付けた。やはり唐突だ。
「嫌いか?」
 主語が足りない。解釈はこちらに委ねられているのか。しかしその選択肢は無数に枝分かれしているので、わたしは正しい一本を見つけ出すのに随分時間が掛かるに違いない。ので、腰紐を元通り結び直し、胡坐を組んだ鉢屋の足の上に腰を下ろして落ち着いた。後頭部を上手い具合に男の肩に押し付け、目を閉じる。
「大事にしてよ」
 自分も負けず劣らず脈絡のない言葉を吐き出す癖があるのを、薄っすら自覚はしている。友人や、他の五年生と会話する時は充分に気を付けてはいる。だが、鉢屋は最低限言えば殆どを理解してくれるのだ。それを知っている故にこんな、彼以外は到底分かりっこない言葉を吐いてしまう。
「なら私のことも同じように大事にしてくれよ」
「はいはい、祝言は何時にする?」
 そうだなあ、と鉢屋は器用に小指を繋げたままわたしの手を包み込み、わたしの腹にしっかりと片腕を回して緩やかに後ろへ倒れた。背骨遊びはもう良いの。うん? ああ、お前の顔が見えないと面白くないからな。
「……今も顔見えないけど?」
「耳が真っ赤なのが見えるが?」
「……ふうん」
 少し力を込めると、呆気なく指は解けた。わたしは起き上がってぐっと背伸びをし、背骨からばきばきと音を出した。鉢屋は苦笑して転がったまま、立ち上がったわたしを見ている。何を言うでもなく、鉢屋はわたしに手を伸ばす。起き上がるのを手伝えと。仕方ない、本日限定だぞ。鉢屋の手首をひとつ掴み、指切りをしていた手を額に近付ける。
 ばちん、爪で爪を弾き、鉢屋の額にささやかな衝撃を与えることに成功。ぱちくりと瞬きをして固まった鉢屋は、不破と一等区別の付かない表情を浮かべている。
「……約束なんていらない」
 そう言いたいんだろ、と鉢屋が眉尻を下げて言った。それを正解にしておこうか。

つまり裏切りとはその指であり

110307