鳴り止まない目覚まし時計の電子音に苛立ちながら目を覚ました。カーテン越しの朝日がひじょーに眩しい。ええと、今日は何限からだっけな、違う、今日は授業の前にバイトあるんだった、着替えないと。しかし本当に攻撃的な朝日だ。
 ごしごし目を擦りながら上半身を起こす。

「おはようございます、早いですね」

 聞こえる筈の無い声が聞こえたので、わたしはどうやら頭が沸いたようである。昨日変なモン食べたっけ。ああ、消費期限の切れたヨーグルト食べたな。でも五日しか過ぎてなかったし、元来わたしのお腹は人より丈夫に出来ているから平気だ。多分。

「無視ですか? クフフ、久し振りに会ったというのに冷たいですね」

 疑問なのは、何故自分の隣から声がするのかということだ。わたしは一人暮らしの大学生である。ペットは飼ってないし、そもそも人の言葉を喋るペットなんているのか。猫型ロボットにしちゃ声が随分と可愛らしくない。
 ああ考えるのが面倒だ。とりあえずお腹すいたからご飯食べよう。

「貴女は昔からそうですね、でも僕はそんなも好きですよ、クフフフ」

 何だか気持ち悪いセリフが聞こえた気がするので、思わず裏拳をお見舞いしてしまった。




 トースターに食パンを一枚投入し、其の間に顔を洗う。鏡で相変わらず寝起きの目付きが最悪な自分とご対面し、ちょっとげんなりする。寝ている間に口の中には雑菌がいっぱい!というコマーシャルを見てからは必ずうがいをするようになった。というか、しないと口の中が粘ついているような気がしてならない。やっぱりげんなりする。
 乳液やら化粧水やらを肌に馴染ませ、トースターがパンを焼き上げたので皿に取り、体に悪いと評判のマーガリンを塗る。バターは高い。
 気に入りのお洒落なマグカップ(友人が誕生日プレゼントとしてくれたもの)にインスタントコーヒーの粉を少量とお湯、牛乳をマグカップの半分くらいの目分量で注ぐ。以前濃いコーヒーを飲み過ぎてトイレと仲良しになり(往復するという意味で)、挙句胃が荒れて痛かったので、薄いコーヒーにするように心掛けている。美味しいので問題無い。あと猫舌なので、牛乳は冷えたものに限る。

「あ、僕の分も用意してくれるんですか? 嬉しいですよ!」
「誰がお前の分を用意するんだって?」
「やっと反応してくれましたね、ああこれが焦らしプレイですか! クフフ!」

 朝から気持ち悪い奴である。知ってたけど。
 六道骸。男。同い年。黒曜中で出会った。以上。
 ……だったら良かったんだけど、このステータスには更に“ストーカー”、“歩く十八禁”、“中二病”、“変な髪型(パイナップル)”などが追加される。要約すれば残念な輩である。いや、本当は心根から腐っている訳では無いと思うのだが、そんなことを言えば調子に乗って口に出せないような行動を取りかねないので(コイツが)、胸の内にそっとしまっておくのだ。黙ってじっとしているだけなら害の無いただのイケメンなのに。本当に残念だ。
 奇妙な笑い方をするブルーパイナップルはコーヒーを心待ちにしているようなので、とっても優しいわたしは仕方無く作成に勤しむとする。濃い目で作ってやろう。コイツが苦いものをあまり好いていないことは承知の上なので。
 湯気の上がったとびきり苦いブラックコーヒーを差し出すと、奴は満面の笑みで受け取って一口含み、ほうと溜め息を吐いた。
 食パンに齧り付きながらテレビのチャンネルに手を伸ばすと、骸の手が其れを遮った。意図は読めない。わたしは冷蔵庫から六ピースチーズを取り出し、テーブルの上に置いた。骸はわたしの許可も無く丁寧にビニールを剥いで、上品にチーズを齧った。

「……久し振り」

 骸は一瞬きょとんとした顔をして、また妙な笑い声を上げた。

「そうですね、お久し振りです。元気そうで何よりですよ」

 二個目のチーズを味わいながら骸は笑んだ。こうしてにこにこして何かを食べているだけなら良いのに。口を開けばセクハラ。好い加減訴えてやろうか。

「……ちょっと疲れました。そろそろと結婚でもしたいところなんですが」
「大学生は忙しいです」
「下手な和訳みたいなことを言うも可愛いですよ、クフ」
「ちょっとは黙れないの?」

 牛乳たっぷりの薄いコーヒーを飲みながら睨みつけると、骸は一応黙った。二個目のチーズはあと一口で無くなるだろう。

「……でもの制服姿が見れないのは残念です。黒曜中のもなかなかでしたが、高校のセーラー服! 思わず襲いたくなりま」
「お前が変態なのはよく分かってるからとりあえず黙れ、な?」

 にっこり笑むと、骸も同じ様に頬を吊り上げた。そうそう、黙っていれば問題無いんだ。黙っていれば。
 そうだ、冷蔵庫に昨日の晩ご飯の残りのサラダが残っていたな。食器棚からフォークを取り出して骸に渡してやると、嬉しそうな顔をするのがいけない。冷蔵庫で眠っていたサラダのラップを剥がし、少し萎れたキャベツにフォークを突き刺す。

「ゴマドレッシングなんかがあったりしますか?」
「おろしドレッシングとマヨネーズしか無い」
「そうですか」

 さり気無く自分の好みを押し付けようとして失敗する骸は、ちょっと可愛い。ずっと項垂れていれば良いのに。無理か。
 テーブルを挟んだ正面でキャベツを上品に食べるコイツは、テーブルの下の足をわたしのに絡めて笑う。嫌な笑い方だ。この変態め。言ったら逆に喜ばれそうで怖いので、黙々と残ったプチトマトを食べる。
 テレビの雑音も無く、未だ攻撃力を失わない朝日で照らされた部屋の中、最後に会ったのが何時か思い出せないこの男と朝食を摂っているこの状況は現実味が無い。わたしの腹はまだ満たされない。ヨーグルトでも食べようかな。

「……はセーラー服の恐ろしさを知らないから僕を馬鹿にするんですよ。良いですか、プリーツスカートとハイソックスの間の生足が、」
「男として再起不能にしてやろうか」
「ごめんなさい」




 食器を洗っていると、骸が寝巻代わりの高校のジャージの上からわたしの足を撫でてくるので、泡の付いた手で目潰しをした。流石に痛かったらしく暫く大人しくなったが、しかしこんなことでめげる奴では無いのだ。何故こうもわたしにセクハラをするのが好きなのだろう。

「其れはを好きだからに決まってるじゃないですか」
「復活早いね。もっかい食らう?」
「遠慮します」

 目潰しは結構有効な手段だったようだ。泡に塗れた手をちらつかせると骸は口許を引き攣らせて辞退した。水で泡をすっかり流し切った食器を布巾で拭っていると、今度は後ろからぎゅうと抱き締められた。何故。
「僕は元気です」
 それこそ下手な和訳みたいな言葉を吐いて、骸はわたしの肩に額を押し付けた。
 基本的に音信不通な男だ。何処で何をしているのか、深く聞くことをしようとしなかったわたしが悪いのかもしれない。ふらっと勝手に部屋に入り込んできて(如何やって進入しているのかは分からない)、気が付いたらいなくなっている、其れが常であったから、わたしも特に何も思わなかったけど。
 ああそうか、最後に会ったのは高校の時だ。

「もっとこう、は露出が増えても良いと思うんです。もう春なんですし」
「貴様の脳内はずっと春だもんな」
「クフフ、これから桜が綺麗ですよ」

 お弁当を持って花見でもしませんか、と骸は耳元で呟いた。腰に悪い。やっぱりセクハラだ。コイツは大人になっても充分変態だった。好い加減手を離して欲しい。食器を戻したいのだが。
 あまりにも眩しい日差しからか、骸は妙な提案をした。

「あ、洗濯物取り込みましょうか?」
「パンツ盗まないなら」
「…………」
「何故黙る」

 背後の男は震えているので、恐らく笑いを堪えているのだろう。そんな分かりやすい罠に引っ掛かるものか。というか、幾つか盗んだだろお前。穿きやすくて気に入っていたパンツが無くなっていた時のショックは大きいのだ。
 食器を戻しに棚まで歩くと、骸も体勢を同じくして付いてきた。重い。溜め息を吐くと骸は相対して笑う。

「此処、居心地が良いですね。僕も一緒に如何です?」

 折角格好良いことを言っていても、其の手が胸を揉んでいては台無しだということに骸はそろそろ気付くべきだ。

ゼロのおとなり

110401|リコさん、リクエストありがとうございました