元々、死ぬことに抵抗が無かったと言えば語弊があるかもしれないが、特に生きることに意味を見出せずにいたのは事実だ。
わたしは忍の里の生まれで、一族が忍術学園で色々学べと言うから此処にいるのだ。つまり一族が「お前もう里に戻って来い」と言ったのならば、わたしはさっさと荷物を纏めて実家に帰らせて頂くことになるのである。何も難しいことじゃない。珍しいことじゃない。
つまり何が言いたいのかと言うと、忍術学園を皆と一緒に卒業することは重要では無いのだ。序でに言うならば、学園を卒業することが最終目標にはならない。仮に今死んだとしても諦めきれる。未練? うーん、おばちゃんの美味しいご飯が食べられないのは残念だなあ、ぐらいのことしか思い浮かばないな。欲が薄い訳では無いと思うけど。
「ぜんぽーじ、もう、いいよ」
「良くないよ何言ってんの馬鹿じゃないの」
わたしの必死の告白は一息に罵られて終わった。少し伸びた前髪が善法寺の表情をすっかり隠してしまっているが、じわじわと漏れ出ている怒気が声音に乗っかっているので、きっと眉がつり上がって目を三角にしていることだろう。整った顔立ちが台無しになってるんじゃないだろうか。
善法寺がわたしを背負い直す。善法寺の肩の骨にわたしの顎骨がぶつかって鈍い音を立てた。痛い(善法寺も痛がっている)。わたしの両腕はだらりと力無く垂れ下がっている。力を入れるのが辛い。善法寺の男にしては薄い肩に顎を固定して、如何にか体を支える。抱え込まれた足だけでは軸がぶれて心許無いのだ。
嗚呼眠い。欠伸をしたい気分だがそんなことをすれば「寝るな馬鹿」と善法寺に怒鳴られてしまうだろうから、目を閉じるだけに留めておく。わたし偉い。
「寝るな馬鹿」
しかし予想通りに怒声が飛んできた。わたしの顔は見えてない筈なのに何で分かるんだろう。後頭部に目玉でもくっ付いているんだろうか。人体を弄繰り回すのを得意としている善法寺だけど、流石に其れは無いと思いたい。
「死んだら許さない」
善法寺は温度の低い声音を吐き出した。本当に許してくれなさそうだ。乾き切った笑い声で返事をして、善法寺の首元に顔を埋めた。青い匂いがする。草を擂り潰した時に出る匂いだ。忍者のたまごが匂いを付けて如何するよ、と思ったものの、こいつは忍者より医者になる方が賢明だと思うと別に良いか、と妥協してしまうのだ。
ふわふわと揺れる長い髪が頬を掠めてくすぐったい。今はこんなにふわふわと軽い髪も赤色を含めばじっとりと重たくぺっしゃんこになってしまうのだな、と当たり前のことを考えた。
こいつは人を助けていないと生きている心地がしないのだろう。学園でも、街でも、戦場、でも。ある意味狂気の沙汰だ。自覚があるかどうかは別として。
大きく体が揺れた。善法寺がわたしの足を抱え直したからだ。再び善法寺の肩の骨とわたしの顎骨が接触し、二人して小さく間抜けな呻き声を上げた。何時かわたしの顎、二つに割れたりはしないだろうな。割れたら善法寺のを三つに割ってやる。綺麗に等分してやる。
「……ねえ、君くノ一になるんだよね」
何を今更聞くのだろう。六年生になっても学園に残っているのに行儀見習いな訳が無い。……違うか。仮にも本気でくノ一を目指す者としてこの有体は何だ、ふざけているのかとわたしを叱咤したいのか。どーぞご自由に。別に傷付きゃしない。どうせ善法寺がいなきゃ今頃仏様の類だ。
嗚呼、喉が渇いた。頭がぼんやりとする。闇が降りてきたみたいだ。
「……此処で君を死なせたら、保健委員長の名に傷が付くだろ」
青い匂いのする首筋に鼻先を押し付ける。善法寺が強く地面を蹴り出して、わたしは力の入らない指先で如何にか奴の忍装束を掴んだ。
やっぱり善法寺は忍者に向いてない。こいつは人を助けたいだけで、それだけの理由でわたしを縛り付けているだけで、だから下手糞な理由しか繕えないのだ。
分かってるよ。死ぬことは怖いんだ。抵抗が無いなんて嘘だ。諦めきれるなんて嘘だ。だってわたしは今生きている。生きているからこんな余裕めいた言葉が繕えるんだ。
「ぜんぽーじ」
「……何だい」
「…………あんがとー」
ふん、と善法寺が珍しく鼻を鳴らした。
「当たり前だろ、折角助けたんだからちゃんと生きてよ」