「先輩、タイツ透けてへん……」

 財前が先程からわたしの足元ばかり見ているなと思ったら、タイツの厚さが気になるらしかった。男子には未知の領域であろう、冬場の女子の味方・タイツ。このタイツのお陰でわたしは風邪も引かずに日々テニス部マネージャーとして活動出来ているのである。まあ、部活中は動き回って汗をかくので脱いでいるが。登校、授業、下校時にタイツと生足の差は大きいのだ。
 昼休みにストーブもない部室で必死にカイロを握り締めて、部費の細々した計算をしながら一人で弁当を食べなければならないわたしに同情したのかは分からないが、財前は自分の弁当を持ってきてわたしの隣のパイプ椅子に座って震えている。部室に入ってくるなり「何でこない寒いんすか」と不満を垂れた財前は、それでも温かな教室には戻ろうとしなかった。わたしは卵焼きを飲み込んでから返事をする。

「そりゃゴツイの履いとるからな」
「ゴツイの?」

 興味があるとはお世辞にも言えない表情で、財前は自販機から手に入れてきたのであろうホット緑茶を飲んだ。一口、と強請るとこちらを鬱陶しげに見やり、仕方無さそうにキャップを開けたままのペットボトルを差し出してくれる辺り、財前は優しい。今更間接キスを気にする間柄でもない部員とマネージャーなので、財前は取り立てて文句を言ったりはしない。ツンデレの鑑である。

「デニールてゆー単位やねんけどな、透けるのは五十とか六十くらい」
「先輩のは?」
「百五十」
「うわ」
「うわ、て何や、透けたら寒いねん」

 ぬくぬくのペットボトルを手で包み込んで幸せを実感していると、財前がわたしのお弁当箱からウインナーを攫っていった。お茶一口との等価交換だ。いや、ウインナー二分の一本とお茶一口では吊り合わない、もう二口くらい飲んでから返そう。
 やっぱりテニスコートのネットを買うのは半年後にしようか。それよりもボールの消耗が激しいし、安いボールばかり揃えても練習の質が下がって意味が無い、でも高価すぎるものはなあ……うんうん唸りながら、白い予算書を見やる。
 夏までの部費を何に使うのかの内訳は、来年度四月までに決めておかなければならない。まあその頃にはわたしは卒業しているのだが、後輩マネージャーも何かと忙しいのである、先輩のお節介というものだ。生徒会の確認と承諾無しには部費は落とされず、またその部費で勝手なものを買うことは許されない。一つ下のマネージャーは別件の仕事を任せているので、部費に関してはわたしの仕事なのだ。国語のプリントの裏に作り上げた購入予定リストの下書きを、財前が見詰めている。

「先輩、やっぱボールはもう一ランク上のんがええっすわ」

 もう弁当を食べ終えたらしい財前は頬杖を付いて、スポーツ用品店のカタログの一番上に載っているテニスボールを指さした。試合のことを考えれば頷きたいのは山々だが、しかし部費は限られているのだ。

「せやかて高いやん……」
「練習球と試合球で分けたらええんやないですか」
「メーカー一緒やったら、片付けん時点でいつか混じるやろ、ぱっと見ただけやったら分からんし」

 片付けに時間を食うより一球でも多く打つ方が良いに決まっている。白石に相談せなあかんなあ、と零す。財前はお茶の最後の一口をわたしに譲り、代わりにカイロを奪っていった。ニヤリと笑う財前はパイプ椅子から立ち上がり部室を出て行った。放課後まで帰ってこないであろうカイロが恋しい。やっぱり等価じゃない。




 翌日の昼休みも同様の作業を行っていると、部室に財前がやって来た。膝にジャージを掛けて寒さを凌いでいるのを見た財前はわざとらしく溜め息を吐いた。いきなり失礼な奴だ。本当に先輩を敬う意思が感じられない。まあ一つしか変わらないのだし、別に畏まってほしい訳ではないのだが。
 隣のパイプ椅子に座った財前はまたじっとわたしの足を見ている。細くないのだから凝視するのはやめてほしい。

「今日は昼、ぬくなりますよ」
「ぬくい言うたかて、十度くらいやろ? 生足寒いわ」

 財前は何も言わずにわたしの膝の上のジャージを剥ぎ取った。タイツ越しに肌を撫でる冷風に身を竦ませると、ぷっと財前が吹き出した。無言でジャージの取り合いをするが、ここ最近にょきにょき身長の伸びた財前から奪い返すことは出来ず、諦めてわたしは部室を出て自販機へ向かった。体があったまるものが飲みたい。コーンポタージュにしようか。
 ふと、部室で携帯をいじって待っているであろう財前を思う。あの子は一人で作業をこなすマネージャーを気に掛けてくれる素振りはしないが、本当は心根の優しい良い後輩なのだ。普段のツンツン具合はこういった時のデレでプラマイゼロ。口には出さないが、気を遣ってくれているのだろうから少しプラスだ。頼むから、普段からもうちょっとで良いからデレてくれないだろうか。無理か。
 わたしはコーンポタージュではなく、お汁粉のボタンを押した。ぜんざいは無かった。




「……先輩は、浪漫が分かってはりませんわ」

 部室に帰ってくるなり何だか悲しい言葉をぶつけられてちょっとむっとする。昨日からこいつはわたしの足しか見てないのではないか? ツンとデレの割合比が八対二くらいだから仕方無いのか。しかし悲しい。透けるタイツなんぞ冬には何の意味も無いのだ。
 財前の視線はわたしの足に固定されている。本当に恥ずかしいからやめていただきたい。わたしはその視線を足から逸らす口実として、指先を一気に暖めてくれるお汁粉の缶を財前に差し出した。

「何の浪漫や、ほれお汁粉」
「ぜんざいがええっすわ……」

 予想通りに文句を言う財前のおでこにでこピンを噛まそうとすると、思い切り嫌そうな顔をして避けられた。もうちょい愛想良くならんもんか。いや、常日頃から白石のように笑顔でいろと言うのではないが。露骨に嫌悪感を出されると心が痛むのだ。財前は分かっていてわざとやっているのではなかろうか。
 ニキビもない頬っぺたに缶をぎゅうぎゅう押し付けると軽く足を蹴られた。タイツ汚れる。

「いらんねやったらわたしが飲む」
「いやです」

 わたしの手ごと缶を掴んだ財前はプルタブを引き上げて、一口飲んで目を細めた。猫のようだ。そうしてわたしを見上げる財前は相変わらず無愛想を貼り付けている。しかし、何を思ったのか、わたしのタイツを指先で摘んだ。何がしたいんだろうか。タイツの厚さを実感しているんだろうか。何だそれ変態くさいぞ。
 少し詰まらなさそうに唇を尖らせたあと、財前はあまい匂いの漂う缶に口を付ける。わたしの指に絡む財前のそれは、缶の熱を帯びて珍しく高温だ。そして確信犯の如く、上目遣いにわたしに視線を向けて、さあどうすると挑戦状を叩き付ける。恐ろしい後輩だと常々思う。着実に我が同輩の学ばなくて良いところを身に着けてしまっている。

「一口ええっすよ」

 諸君、これが飴と鞭だ。

花は百年

130404