夜通しの任務が終わり、火影様への報告も終えた。腹が減ったナアと独り言を漏らすと、意外にもネジ君が一緒に晩飯食べるか、と提案してくれた。明日はクナイの雨が降るのかもしれない。いつもは任務が終わったらさっさと帰宅してしまうネジ君が、本当に珍しいことである。
 急ぎ財布の中身を確認して、わたしの気に入りの焼き鳥屋はどうかと尋ねると、これまた意外にもネジ君は大人しく首を縦に振った。明日は家から一歩出たら起爆札が地面に敷き詰められているかもしれない。兎に角わたしは驚きながらも素直すぎるネジ君を引き連れ、鮮やかな夕焼けを背に紺の暖簾を潜った。
 店内に漂う香ばしい焼き鳥の匂いに腹の虫が暴れ出す。一番奥の二人用テーブル席に案内され、店員さんが持って来てくれたお絞りで砂埃で汚れた手を拭い、周りに水滴の浮かんだグラスの水を半分程飲み干した。ネジ君はメニューを一通り眺めてからわたしに差し出し、グラスを煽る。喉も白いナアこの男。

「もうメニュー決めた?」
「日替わりセットにしようかと」
「お、盛り合わせ五種類か、とりあえずわたしもそうしようかな」

 すみませーんと店員のお姉さんを呼び、日替わりの盛り合わせ串五種類セットを二つオーダーする。足りなくなったら後から追加すれば良い。適度に空調の効いた店内のおかげで、任務後のべたついた身体の不快感は随分マシだった。
 気に入りの店であるのに、ここ最近全然来れてなくて、と零すと、ネジ君がああ…という顔をした。上忍になって早二週間のネジ君は、早速その仕事の重さを実感しているらしかった。今回の任務はわたしとツーマンセルで、昨日の昼に出発して夜通し、本日の夕餉の頃合いに木ノ葉の里に戻ってきた次第である。

「日替わりセットが出来てることすら知らなかった……」

 お気に入りの店なのに。ツライ。再度水を喉に流し込めばすっかりグラスが空になってしまった。店員のお姉さんがセットに付いていた冷奴を持って来てくれたので、割り箸を割る。お姉さんがグラスの水をたぷたぷにしてくれている間に、ネジ君は冷奴に醤油を投入。

「人手不足はそう易々と解消できないからな」
「上忍少なすぎるよねえ……ネジ君は優秀だから、これからもっと忙しくなるだろうよ頑張れ」
「暫くはアンタとツーマンセルのはずだ」

 きちんと頂きますと手を合わせてから冷奴を器用に分割するネジ君は、少し上目遣いにわたしを見た。お腹空いてるのに話を膨らまそうとしてごめんなさいね、意識の半分が豆腐にあることは分かっているから、どうぞそちらを優先してください青少年よ。

「ははは、いやー白眼ありがたい」

 敵の居場所丸分かりで動きやすくて本当に助かるのだ。ネジ君はふん、と鼻で笑って豆腐を既に三分の二ほど消費していた。彼は優秀な日向一族の人ではあるけれど、極度に驕った態度は取らない。わたしを小馬鹿にすることはないとは言い切れないが。それでも最初はもっと嫌味な輩だと思い込んでいたのが申し訳なく感じるほどだ。最も、下忍時代のネジ君の捻くれ具合は凄まじかったらしいが、その頃は殆ど交流がなかったのでわたしの知るところではない。
 などと考えていたら、わたしの冷奴は醤油の水溜りに浸かってしまった。気を抜くからだ、とネジ君は呆れたように最後の冷奴の欠片を咀嚼している。口許をもごもごさせていてもイケメンである。反論の余地もない。皿のふちで余分な醤油を落として白い立方体を口に含む。ああビールが飲みたい。枝豆追加決定。

「明日一日休めば、今度は砂隠れ付近だな」

 ネジ君が空になってしまった小鉢をテーブルの隅に追いやった次に、丁度香ばしく焼きあがった串が運ばれてきた。見えていたのか予測していたのか分からないが、ネジ君は静かに箸を置いて店員さんから皿を受取っている。
 今日の日替わりは、はさみ、きも、こころ、かわ、ずりのようだ。にこやかな店員さんが去った途端、我先にと串に手を伸ばす我々から会話は消えた。




 無心で焼き鳥を食らう男女二人組は、周囲から少し異様な目で見られているらしかった。ましては片方は日向一族である。味の薄そうなものを好んで食べているような偏見を持たれていることを正しく理解している彼は、焼き鳥すら上品に食べる。意外とラーメンも普通に食べれる男なのだと知ったのはつい最近だ。
 皆さん安心してください、ただの先輩と後輩です。

「ビール頼んで良いかな」
「ここはさんが奢ってくれるんだから、俺のことは気にしなくて良いぞ」
「……まあ、わたし年上だもんな」

 即座に奢ってあげるよと言い切れないからわたしには彼氏ができないのだろうか。いや、それでできるのはヒモか。枝豆とビールと数種の串物を注文し、最後に取っておいたこころを食む。うまい。
 大人びたネジ君は、未成年だ。お酒はダメだ。色んな苦労を重ねてきた彼は成人していると言っても通じるとは思うのだが、法の前では子どもなのだ。例え上忍でも。運ばれてきたビールを煽り、追加の串物の皿をネジ君に差し出してやる。

「ご飯頼んでも良いよ」
「……そうする」

 あと少し串を追加しても良いか、とネジ君は律儀だ。一口ビールを啜ってわたしは酔っ払う振りをする。身を乗り出してさらさらの頭をわしゃわしゃ撫でると、ネジ君はばつの悪そうな顔をして、それでもこちらの手を払い除けはしなかった。
 ……いや、吃驚した。同階級とはいえ年上であるからか? 無抵抗なネジ君には犯罪の匂いしかしない。酔いも醒めるわ。全く酔ってないけど。周囲のお客さんも驚いているのが手に取るように分かる。そりゃそうだ、だって日向一族だぞ。
 とりあえず乱れたネジ君の髪を元に戻すため撫で付ける。やはり抵抗なし。これネジ君か?わたしはどこかで幻術でも食らったんじゃないだろうか。胃には鶏と豆腐とアルコールが入っているはずだが。いやいや。
 大人びてるけど大人しいと形容するまでに受身的な男ではなかったはずだ。わたしの記憶は何処で改竄されたのだろう。わたし以外にも周囲から漂ってくるアルコールや熱気の所為か、ネジ君の白い頬は僅かに温度を上げている。
 よし、特技・考えるのを放棄の術だ。

「すみませーん」

 追加しようと言う割に店員さんを呼ばないネジ君に代わり、近くの席でオーダーを取り終えた店員さんに声をかける。ご飯大盛り、と言うとネジ君の目が僅かに見開かれる。育ち盛りの青少年の胃袋を満たせずして、何が大人だという意地である。
 そのままいくつか串も追加し、満足してわたしはジョッキを傾ける。きゅうりの浅漬けを噛み締めて、店内の時計に目をやる。ネジ君も疲れていることだろうし、食べ終えたらさっさと解散にしよう。
 串を摘んでねぎまを上品に食べるネジ君が何だかおかしくて、笑う前にわたしも串に手を伸ばす。

「大体、研修はどの程度かかった?」

 ねぎまを飲み込んだネジ君が、お手拭で手に付いたたれを拭いながらわたしを見た。指が長い。ネジ君は手のひらも大きい。やっぱり柔拳を使うと手が発達するものなのだろうか。日向一族の人って皆手が大きいんだろうかという疑問は、結局解決していない。
 研修、というのは、新米上忍が先輩とツーマンセルになっていくつか任務をこなす制度のことだ。現在、ネジ君とは二週間で七つの任務を終わらせた。間に休みを挟んでいるので、実質的には十日足らずだ。
「人によって違うらしいよ。わたしの時は三週間だったかな。夜通し三セットは死ぬって三代目に泣きついた覚えがある」
 ドン引くネジ君、何も言わずにチーズとバジルのかかった串に手を伸ばす。
 わたしが上忍になった時は今以上に人が足りておらず、即座に実戦に出れる力をつけなければ、待っているのは死のみだったのである。少しはマシな時代になって喜ばしいよね~と言ってジョッキを空にしたところで、ネジ君が細い息を吐いた。
 同期の中で、一人だけ早く上忍になったからか、彼も人並みに不安に思うところがあるのかもしれない。今まで以上に危険な目に遭うだろうし、仲間を失う確率も上がる。非情になり切れるかどうかも、彼自身まだ分からないだろう。そんなもん、現場で体験しなきゃ分かるものか。

「まあ、暫くよろしく頼むよ。おねーさんに任せなさい」
さんに任せるといつ死んでもおかしくないな」
「やめてくれ縁起でもない、遺品整理は任せたぜ」
「何で俺が」
「ネジ君の容赦しない性格を存分に発揮してくれたまえ」
「何キャラだ」

 くだらない応酬に、二人してテーブルに伏せて震える。腹筋が痛い。疲れてるから少し酔ったかもしれないなあ。ネジ君は雰囲気で酔えるタイプなのかもしれない。成人したら飲み屋さん連れ回してあげないと。
 周りがざわざわしているのを肌で感じる。今度は個室のある店にしよう。腹を抱えて震えている日向一族の人、というかそうやってあどけなく笑うネジ君なんて、確かに珍しいものな。
 失礼しまーす、と運ばれてきた白ご飯に、顔を上げた彼の目が輝いたのが分かった。意外と、彼も単純な男の子なのだなあと、わたしはなくなったビールの代わりにグラスの氷を噛み砕いた。

歯に触る呼称

151004|あちさん、リクエストありがとうございました