「悪かった」
扉の向こうから、海の底に沈んでいくような重さを伴った謝罪の声があった。
「誠意が足りませえん」
冗談半分で吐き出した声は狭いバスルームの中で反響し、鼓膜をわんわんと揺らした。
狡噛監視官の放ったエリミネーターの二次被害を喰らい「睡眠不足で頭痛ですね?」わたしは文字通り頭から血と肉の雨を浴び、仕方なく現場近くのホテルの湯を借りる羽目となった。
「あんたはその観察力を捜査に活かしてくれ」
「ちゃんと誘導したのに」
どうだか、と鼻を鳴らした監視官が扉に後頭部を預けて座り込んだのが、磨り硝子越しに見えた。真面目ちゃんは可哀想に。萎びた背中のシルエットが一等哀れだ。
真昼のバスルームは何だか少し贅沢な気分になる。ひと昔前に流行った丁寧な暮らしとやらみたいで。排水溝に流れ出ていく鉄色だけは相反して誤魔化せないが、においは石鹸に紛れて随分と幽かなものになっていた。
「……色相、問題ないか」
「そんなのドミネーターで見てくださいよ」
「……」
「え、必要以上に落ち込んでません?」
男の呻き声が零れた。執行官が監視官に傷を付けてどうする。
シャワーコックを左に捻り、扉を開け放つ。ぎょっとした目がこちらを見上げた。即座に背を向けた彼の後頭部に、舌先で作った朗らかな声を落とす。
「監視官、可愛いですね」
白のカッターシャツの後ろ襟に手を伸ばす。危険を察知して身を捩ろうとしたようだが、こちらが首根っこを捕捉する方が早かった。
濡れたタイルの床に引き摺り倒して、頭だけは打ち付けないよう手を差し込んでやる。立派な体躯の監視官が湯気の立ち上る狭い一室で満足に抵抗も出来ず、呆然と裸の女を見上げている図は、何と間抜けなことだろう。
「ほら、ちゃんと捕食者の振りをしないと駄目ですよ」
濡れたままの髪先から雫が垂れて、監視官の頬を伝った。教育者ではないわたしの役目はここまでだ。