最早怒鳴り声を出す気力もなく、細やかな報復に留めてやろうと思い、頭上にある傷だらけの頬を抓ってやる。
「いひゃいいひゃい」
間抜けな声を上げて降参の意を示す善法寺だったが、驚くことにいつも通り、反省の色が見られない。
落とし穴の道連れに、しかもこいつは受け身を取るのにも失敗した。腐葉土と折られた枝葉と尖った小石に埋もれ、挙句に善法寺の体重が降ってきた。有り得ん。女の身体を緩衝剤にしやがって。
「普通は突き飛ばすでしょう、腕引っ張るとか何様」
ごめんよう、なんて情けない声が耳の奥の膜を叩く。わざとだ。間違いなく。
実習で赴いた戦場の跡地はひび割れた烏の鳴き声がするばかりで、日常の喧噪とは程遠い。
狭い穴の中で満足に四股を伸ばすこともできず、地上を染める夕焼けの色をただ見上げるしかない。折り曲げたままの膝は痺れ、背中は強打したせいで継続的に痛むし、腕にはあちこち擦り傷が生まれていた。わたしは必死に舌打ちを我慢している。
「夕餉の時間になっても戻らなかったら、留三郎が探しに来てくれるさ。きっと」
端から他力本願のこの男は、肉体を預けてへらへらと笑う。どうせ足を挫いているのだろう。全く口にはしないけれど。そういうところも腹立たしい。
苛立ちに顔を背ける。彼の胸元が耳に押し当てられる。火薬と血のにおいに紛れることのない一定間隔の心音が憎い。
「あ、そうだ、隠せるとは思わないように」
後輩を窘める時と同じ声音だ。こちらの背中に手を差し入れたかと思うと、そのまま頭を抱き込んでくる。容易く抵抗の手段を失った。
成り損ないの不良の繭の中、善法寺の指が耳殻をなぞっている。高い体温に引き摺られて意識がほどけそうになる。
やっぱり許すものか。食満に救助されたら、己の足首が腫れ上がっているのも無視してわたしを優先するだろうこの男を一番に傷付けてやると決意して、土塊に爪を立てた。