「毒を中和しないと」

 白衣を翻して走り回る。生け捕りにした時間遡行軍だったが、容易く情報を吐いてくれる訳ではない。こちらの意図など筒抜けだが、兎に角自死は避けたいのである。
 庁舎の廊下を歩いていた大倶利伽羅君を見付けたので、有無を言わさず連行する。その眉間に刻まれた深い皺は見なかったことにして、ラボの奥で縛り上げた目標物の観察業務を申し付ける。
 彼は無駄な抵抗をしない。遡行軍とは真逆である。

「おい」

 受注したからには素直に刀身を抜き、遡行軍の首許にひたりと押し当てて見張り番を担う大倶利伽羅君だったが、たった二文字の音の裏には「早くしろ」との副音声が佇んでいる。
 何百回と繰り返した作業だ。皮膚の下まで針を刺せば、部屋の中は無音になる。
 一命は取り留めたが、結局尋問部隊の業務が円滑に進んだことはない。どれだけ薬剤を無駄にすれば良いのだろうかなどと無益なことを考えながら、一先ず内線で所管部署の担当者に現状報告しておく。
 大倶利伽羅君が本体を鞘に収めて、患者用の丸椅子に腰掛けた。消毒液のにおいが充満する空間で、彼はわたしを横目に溜め息を零す。
 壁に凭れて寝不足の瞼の縁を指で擦っていたら「ヒトの器は退屈ですか」余計な声音が躍り出た。彼は嫌そうに視線を逸らし、湿気でくるりと跳ねた襟足を指で絡めている。

「与えておいて随分な物言いをする」
「与えたのはわたしじゃないですから」
「…………」

 沈黙の手ざわりは悪くない。お手伝いありがとうございますと今更にお礼を述べると、大倶利伽羅君は緩やかに立ち上がり、大股でこちらとの距離を詰めてくる。靡く赤の腰布に視線を奪われると同時、静謐な声音が鼓膜に滑り込んだ。

「飼い馴らせると思うのか」

 主語をヒトに選ばせる彼は、モノの範疇から外れて久しい。延々と答えを口の中で転がしているわたしが白旗を上げるのを、ただ彼は待っている。

シュガー・ユニコーン

201226