ニットの袖の下に隠れた秒針を隠れ見る。お開きまで四十五分。卓上の電子メニューにつめさきを滑らせる。
デザートのチョコレートアイスが盆いっぱいに並んで姿を見せた。気付いた主演俳優の女の子が嬉々として配膳役を買って出る。この子がいると現場の空気がぐっと華やかになる。次の作品では新米刑事が良いかな。
「『くどき上手』お待たせしましたァ」
グラスと一升瓶を携えて現れた店員さんに頭を下げ、ふちの薄いグラスに純米吟醸がとくとくと注がれるのを緩みきった顔で見届ける。
「あっ良いなあ! すみませんこっちにも!」
予想外の声が飛んできたと思ったら、空っぽになったビールジョッキと引き替えにこちらに身を乗り出す、二階堂君の姿があった。さっきまでテーブルの向こう側に座っていたはずなのに、酒に対しては随分素直な青年である。
ごく自然にグラスを掲げて乾杯の意を示し、彼はご機嫌な様子で口先を湿らせた。
「なァんだ、上手じゃん」
「え?」
うっかり滑らせた言葉に、二階堂君はぐいぐいと肩を寄せてくる。流石に酔いが回っているのだろうか。監督と一緒に煽ったビールは何杯か。ああ、監督ベロベロだ。大道具とカメラの兄さん達がお世話してるから、まあ良いか。
眼鏡の奥の三白眼が、わたしの喉元を眺めている。彼の壁はもう脆くなっていて、カメラ越しの美しい虚像は朧気だ。明白な現実の個体だ。
口腔を満たした米の甘さに思わず唸る。「やっば、永遠に呑める」エイヒレ掻っ払ってきましたと笑う彼は、隣の席でグラスを揺らしている。
役者の成長期は死ぬまで終わらない。彼の温度差は苛烈な程が丁度良い。君に惑溺する視聴者のことを考えるだけで酒が進んでしまう。「次の脚本もう考えてるんですか?」彼の視線はわたしの口許まで上ってきた。
「二階堂君はどんな風に踊りたい?」
「踊らされてばっかりなんですけど……」
困った顔も上手だ。溶けかけたアイスには目もくれない。次の収穫高が楽しみだ。