「墓参りみたいな顔じゃないですか」
親を失った雛鳥でもあるまいにと思わず笑いそうになった瞬間、激痛で腹を丸める羽目になった。麻酔が切れたらしい。「お薬追加お願いしまあす」元気よく宣言しながらパネルを押して「まあまあどうぞ」若い男に椅子を勧める。和久監視官が置いてったチョコレートがありますよと声掛けしたのに、彼の視線はわたしの目許に注がれたままだ。
「……あーそっか、報告書」
「俺が書く」
狡噛監視官は奥歯をギリギリ鳴らしながら、まばたきもせずにわたしの右目を覆う眼帯を睨み付けてくる。普通に怖い。
「熟々自虐的ですねえ監視官。長生きできませんよ」
「……」
「目病み女ですよ、ほらほら」
「……文脈が全く読み取れないんだが」
カルシウムの足りない監視官は首を傾げ、眉間の皺は深まるばかりである。風邪で喉の掠れた監視官は───そもそも健康な若い男、風邪引かないな。画餅。
真白の病室の中、彼の黒髪は欠けた視界の中でもやたらとはっきり見える。パイプ椅子で小さくなってる身形の良い大の男は憐憫を誘った。緩められることのないネクタイの結び目を見上げて、彼の用事を考える。報告書でないなら、次の現場のお悩み相談か。
大袈裟なくらいの二酸化炭素を落として、彼は自分の膝に肘を付いて顔を伏せた。色相濁らせちゃったかなあ、ごめんね監視官。明るい声音を出してやると、骨張った大きな手が彼の目許を覆って動かなくなった。
「お見舞いの練習、気が済みました? 次は花でも持ってきてくださいね」
次なんか、と彼が言う。
ところで、痛みで血の気が引いて視界が霞む。申し出れば彼は大慌てで劇薬注入担当のドローンを引っ張ってくるのだろうが、こうしてわたしの前で落ち込む監視官は年相応で可愛いので、もう少し様子を見ていたい。
いまは雨間だ。このクソみたいな人生の。
着の身着のまま病室に飛び込んできた彼は、実はそれだけで満点なのだけれど、種明かしは最後が良いから。