彼女と俺の出会いの話をしよう。
 そもそも何故、学校も違えば部活にも入っていないさんと接点を持ち、恋をするに至ったか。それはまさに偶然の一言に尽きる。
俺としてはそれを必然と言ってしまいたいところではあるが、まあ、残念ながらただ単に運が良かっただけなのだ。
なにせさんはえらく内向的で、趣味も孤爪の影響か黒尾さんがそう仕向けたのかは判らないが(半々と言ったところか)、インドアなものばかり。彼女と出会ってしばらくして知ったことであるが、さんが学校と予備校以外に外出することはほとんどないらしい。
数えるほどしかいない友達とも、家が離れているとか揃って外出を好まない性格であるとかで休日に遊ぶなどといったこともほぼないみたいだ。
そうなれば、ますます俺はさんとの偶然の出会いを空の上の誰かさんに感謝しなければならない。
 ほんとうに、ただの偶然だった。
部活の帰り道にいた、何かを探すように暗い中目を凝らして地面を見つめながら歩いている、音駒の制服を着た女の子。
それが俺とさんの出会いである。
 前髪の長い子だな、と思ったのが第一印象だった。短く切りそろえている自分やチームメイト、全部上げてしまっている主将を思い浮かべ、まあバレーをするのに長い前髪なんて邪魔なだけだ、そう思い至って女の子の着ている制服からとある人物を二人連想した。後日さんがその二人の幼馴染であると知って、俺が自分の連想力に何とも言えない気分になったのは余談である。
「どうしたんですか」
 明らかに困った様子で探し物をしている女の子に知らん顔をして通り過ぎることができるほど、俺はドライな人間であるつもりは無い。木兎さんに死ぬほどスパイク練に付き合わせられた後なら正直どうだったかは判らないが、その日は比較的体力が残っていたため、その子の探し物を手伝おうとするだけの心の余裕があった。
「っ、」
 息を呑んで顔を上げたその子の、大きな黒々とした瞳と目が合って、俺の心臓はどくんと大きく跳ねた。
日が落ちて段々周囲が暗くなっていく中、見つからない探し物にひどく不安を覚えていたのだろう、長い前髪に半分隠れた大きな丸い目はうっすらと張った涙で潤んでいて。その目が俺を映して浮かべた驚愕の下に確かに存在していた安堵の色に、俺は目を奪われた。
「……お、落とし、物を、してしまって」
 つまるところそれは、一目惚れというものだったのだろう。手伝おうかと訊けばおどおどと申し訳なさそうにしながらも、お願いしますと深々と頭を下げたその子に、落とし物の特徴を聞いて。不細工な黒猫のストラップとやらを一緒に探している間も、俺の心臓は普段よりも煩く鳴り続けた。
その鼓動の音は、黒猫のストラップを見つけて拾い上げても(本当に不細工な黒猫だった)、それを渡した時のその子の心底嬉しそうな表情を目にしても、何度も何度も頭を下げるその子と一緒に駅までの道を歩きながらも、ホームで別れてさよならをしても、ずっとずっとドクドクと喧しく俺の胸の中で響いていた。
 そして次の日、また同じ道で、少し猫背気味の小さい背中を見つけて。またやたらと元気に騒ぎ出した胸の音に弾かれるように、その子に呼びかけようとして、名前も知らないことに気付いて、でも止まれなくて。
「俺、赤葦京治っていいます」
 あなたの名前を教えてください。
掴んだ肩が跳ね上がるのを見て少しだけ反省しながらも、俺の口は勝手に動いていた。
「あ、え、えっと、ですっ」
 よほど驚いたのか涙目で、それでも俺を真っ直ぐに見上げて答えたさん。よろしく、と手を差し出せば、きょとんと一瞬呆気に取られた後にそっと俺の手に視線を落として。
「よ、よろしく、赤葦くん」
 おそるおそる俺の手に小さな手を重ねて、ぎこちない笑顔で応えてくれたさんに、俺はその瞬間完全に恋に叩き落とされたのだった。
 
151010
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