俺は正直、とクロのことをどうしたらいいのか悩んでいる。どんなにクロがのことを好きでも、あのやり方には違和感を覚えるからだ。でも、今更がクロから離れても、きっとは生きていけない。そういうふうに、クロがした。そしてそれを、俺は責めることができない。
 俺はをそういう意味で好きだったわけじゃないけど、それでも静かで大人しいが近くにいることには安心していた。がいなくなったら嫌だな、そんな幼い独占欲に駆られてクロがを何にもできない女の子にすることを黙認していたところもあった。は俺と違って、昔は知らない人に対しても話しかけられるだけの積極性は持っていた。それを奪ったのはクロだったけど、内気になったを見て安堵していた俺もきっと同罪だった。『よろしくね、けんまくん』、そう言って笑った小さいは今でも思い返すと眩しくて、その眩しさが無くなったは自分と同じに思えて、我ながら矮小な安心だと思う。
「け、けんま、」
 とたとたと、が校内で近寄ってくる。きょろきょろと周りを見回すはきっとクロの姿を探しているのだろう。クロがいないことに少しだけ安堵と落胆を見せたは、俺の隣にいた夜久さんにぺこりと頭を下げると俺に向かって口を開いた。
「あ、のね、けんま、お、お母さんが、明日晩ご飯食べにおいでって、クロにも、」
「……わかった。クロにも伝えとく」
「ありがと、……じゃ、じゃあね」
 たぶんバレー部の話を邪魔したことを詫びているのだろう。もう一度夜久さんに頭を下げて、は早足で去って行った。その背中を見送って、夜久さんがぽつりと呟く。
ちゃん、何かあったのか?」
「え、」
「お前とか黒尾に対しては、あんまり吃らなかっただろ」
 今日すげー吃ってたぞ、と俺に視線を寄越す夜久さんは、俺とはまた違った意味で人をよく見ている。練習試合のプリントを折り畳んで、俺は溜め息を吐いた。
「クロと……ケンカ? したって……」
「喧嘩ぁ? あいつらが?」
 意外そうに眉を上げた夜久さんの気持ちはよくわかる。とクロの仲が良いから、じゃなくてがクロに強くものを言える性格では無いと知っているからだ。
「……梟谷の、赤葦、」
「ああ、二年セッターの」
「あの人とが、クロの知らない内に仲良くなってたらしくて……」
「……で、黒尾がキレたのか?」
「怒ったかは知らないけど、もう会うなって言われてが泣いて、クロはずっと機嫌悪い……」
「ふーん……あいつの不機嫌の原因それかよ」
 ここ数日主将の不機嫌のフォローに回らされている夜久さんは、ハァと重い溜息を吐いた。
「俺は、ちゃんが黒尾から自立して赤葦と付き合うんなら、それがいいと思うけどな」
「…………」
「黒尾もいい加減過保護から卒業した方がいいだろ。付き合うんだったらまだしも、彼女にするわけでもなく他の男とも会うなって、実の兄でもどうかと思うだろ」
 夜久さんの言うことは、きっと正しい。とクロの関係は、おかしい。クロはに面と向かって恋愛感情を告げたことは無いし、それなのにクロに自分の行動を制限されて文句一つ言わなかったも健全じゃない。きっと、は赤葦と会って良い方に変わってきているのだ。クロはそろそろ、を手放してやった方がいい。俺は、クロにそう言うべきなんだと思う。
「まあとりあえず、俺はあの馬鹿蹴ってくるわ」
「!」
「部活中にまで不機嫌引き摺るのはこれ以上大目に見れねーしな。来週には梟谷との練習試合も控えてんのに」
 じゃあ二年の連中にプリント渡すの頼んだぞ、と夜久さんは手を振って去って行く。きっと夜久さんに怒られたクロは練習試合の日までに表面上の冷静さを取り戻すだろう。赤葦にだって、とりあえずは対戦校の主将としていつも通りに接するはずだ。
「…………」
 を誘ってみようか、そんな考えが浮かぶ。クロはきっと怒るだろうけれど。
俺は、に変わってほしいのかわからない。正しいことが俺の望むことなのか、わからない。今まで通り、クロとクロに手を引かれて歩くの後ろを、ついていければそれでいい気もする。ただ、の泣くところはあんまり見たくないな、そう思った。
 
 160117
ネタ提供:「永遠だね、少しだけ」の狐爪君や夜久さんなど他のキャラクターから見た話
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