は第九皇女である。
 白龍の一つ下、まだ幼いとも言える歳ではあるが、政略結婚の慣例でいえばいつ嫁いでもおかしくはなかった。
第一皇女である姉の白瑛とは異なり、将軍という地位があるわけでもない。そんなが何故この国に留まっていられるのかというと、まずは彼女が八型魔法を得意とする優秀な魔導士であることが挙げられる。
 そしてそれ以上に、彼女には特異な能力が生来から備わっていたからであった。規格外の魔力量を持つ、かのシンドバッドをも凌ぐ膨大な魔力。そして、それを他者に分けることができる能力。
他者から魔力を奪う魔法や他者に自らの魔力を与える超律魔法は存在することはしているが、膨大な魔力とそれを他人に与える能力を兼ね備えている、人間魔力炉とも言える存在は煌帝国広しと言えどもだけであった。
 煌帝国の発展は金属器に負うところが大きい。その金属器の弱点である魔力切れを唯一補うことのできるの能力は非常に有用性が高く、また下手に他国に嫁がせれば悪用される恐れもあるために、は政略結婚の道具になることもなく煌帝国にいた。
将軍職に就いていないのは、が攻撃魔法や白兵戦を不得手としており、軍を率いて戦うよりも、紅炎や紅覇達の軍で後方支援を行うことが圧倒的に多いためである。
「時期を見て、紅明辺りに嫁がせた方が良いだろうな」
 義兄である紅炎が白龍にそう告げたのは、白龍とのシンドリアへの留学が決まった頃だった。
「あれは他国へは嫁がせられん。かといって、将軍にはなれない魔導士の皇女のままというのもの立場を考えれば良くないだろう」
「…………」
「父上が前皇帝の実子を疎んでいる以上、臣下に降嫁するのも避けた方がいいだろうな。後ろ盾が弱い」
「……俺では、を守れないと」
が欲しいのか」
 感情の読めない目で淡々と問いかけてくる紅炎に、白龍はぐっと喉に言葉を詰まらせる。
「……従兄妹同士でも義兄弟というだけではっきり言って体裁は悪い。異国には兄妹婚の風習もあるらしいが、煌では受け入れられないだろうな」
「俺達は気にしません」
「お前は、の間違いだ。仮にそうなったとして、や生まれる子がどういう扱いを受けるか考えろ」
「ですが、俺達は」
 言い募る白龍に、紅炎は鋭い睨みを利かせて黙らせる。
「武人にもなれない、政略結婚の道具にもなれない、家族の温情に縋って皇女の立場に無様にしがみついている自分が許せない。そう言ったのはお前の妹自身だ」
が、そんなことを」
「……俺が娶るには問題があるのでな。紅明か紅覇か、どちらかの正室に納まればあれの立場も安定するだろう。昔から紅明と仲が良いようだったから紅明が良いとは思うが、の好きに選ばせろ」
 紅炎の言葉に、それでも納得できないという心情を隠すこともなく顔を歪める白龍に、紅炎もこれまた隠すこともなく溜め息をついた。
「大体お前にをやったところで、将軍でも金属器使いでもないお前では持て余すのが目に見えている」
「金、属器……」
「……いずれにしろまだ先の話だ。シンドリアには連れ立って行くのだろう。そこであれの役割と立場を、何が妹にとっての幸せなのかよく考えておけ」
 自分と一緒にいるのがにとっての幸せに決まっている、とでも言いたげな顔をした白龍は、それでも「……はい」と答えると踵を返して紅炎の部屋を辞した。
 白龍と入れ替わりで部屋に入ってきた紅明に、紅炎は問いかける。
「お前、を正室にとれと言ったら頷くか」
「何です突然。まあの立場を考えれば、いずれはそうするのが妥当でしょうけど」
 仮にも皇女であるが嫁ぐのにまさか側室におくわけにはいかないが、皇太子である紅炎の正室にするには、前皇帝の遺児である義理の妹というのは問題が多い。
第二、第三皇子辺りの正室であれば収まりも良く、が落ち着けば、前皇帝の娘であり玉艶が執着しているを疎んでいる紅徳の敵意も多少はマシなものになるだろう。
 年齢を考えれば紅覇と結婚するのがいいと思われるし、と紅覇は決して仲が悪くもなく寧ろ良好な仲であると言える。
しかしそれ以上に紅明とは幼い頃から書物の貸し借りをしたり、その内容について語り合ったりと少なからず関わりを持ち、戦場でも共に後方支援に務めているため、気心が知れた仲である。基本的に穏やかな性格の者同士でもあるから、一緒になっても上手くやっていくだろうと思われた。
あくまでの立場を安定させるための結婚であるので、子は成せずとも問題ないが、弟妹を自分なりに大切にしている紅炎としては、より幸福な結果になる方が望ましい。
「私は構いませんよ。どこぞの大国のお姫様だとかを正室に据えられるよりも余程心穏やかに過ごせますし、のことは憎からず思っています」
「ならば早めに話を纏めてしまいたいが……」
「白龍ですか。先ほどすれ違いましたが、ひどく剣呑な視線をもらいましたよ」
「それもあるが、義母上にも難色を示された」
 先日世間話に交えてさりげなく打診したところ、凍てつくような笑顔で「あの子にはまだ早いわ」と却下されたことは記憶に新しい。
「白龍があれを得て満足するのなら、それはそれでいい気もするがな」
 を得てそれで満足して、国を割る意思を捨てるのなら。
義理の兄弟であれ自分なりに大切にしている紅炎ではあるが、それでも内乱を防ぐためであれば人身御供に差し出すような真似だってするのだ。
「ええっ、私にくださると言ったばかりですよ兄王様」
 シンドリアから戻ってきた白龍の意思を見て、もう一度考えよう。
紅炎は紅明の不満そうな声を聞き流し、思考回路に蓋をした。
 
150510
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