お姉さんの得意な魔法は何なんだい?」
 無垢な青い瞳が、を見上げていた。シンドリアの空のようなよく晴れた夏の色は、どこか海を想起させるの瞳と似ているようでだいぶ異なっている。白龍の右目と左目の色を混ぜたらこの色に近い気がする、とは思った。
お姉さん?」
 初対面でもないのについアラジンの瞳の色に見入ってしまっていたに、アラジンは首を傾げる。それにはハッとして頭を下げた。
「も、申し訳ありませんアラジン殿。ついアラジン殿の目に見とれてしまって……」
 どんな口説き文句だ、と彼らのやり取りを近くで聞いていたアリババは内心で突っ込んだ。隣の白龍の手の中から何やらミシッという不穏な音が聞こえてきた気がするが気のせいだと自分に言い聞かせる。ちらりと見えた槍の柄に亀裂が走っていた気がしたが、それも断じて気のせいだとアリババは自己暗示のように脳内で唱えた。アラジンはといえばの言葉に目をぱちくりと瞬かせたものの、すぐに相好を崩して破顔する。
「ふふっ、そうかい? ありがとう。お姉さんの目も綺麗な色だね!」
「ありがとう、ございます」
 シンドリアの王宮の、色とりどりに花が咲き乱れる中庭での無邪気なやり取りはたいへん微笑ましい。微笑ましいが、アリババの胃はキリキリと痛んで仕方が無かった。隣にいる白龍から漏れでる不穏な気配にアリババは早く元の話に戻ってくれ、と二人に念を送る。アラジンに次いでもヤムライハに師事することになったらしく、共に学ぶ者として改めてアラジンに挨拶に来たと、その付き添いである白龍。アリババはアラジンとお互いの修行の経過について報告し合っていたところだ。モルジアナはマスルールとの稽古中だし、紅玉も今回は付き添ってきていない。もしもアラジンに白龍が手を挙げるようなことがあれば自分が間に入って止めなければとアリババは密やかに決意した。
まだ白龍たちが来て数日しか経っていないが、それでも白龍のへの尋常でない過保護さと独占欲のようなものは既にここにいる大抵の人間が知るところとなっている。何しろ白龍はシンドリアにやってきてシンドバッドと挨拶を交わした後、に差し出されたシンドバッドの手をその手で跳ね除けたのだ。「俺の可愛い妹にまで淫行を働かれても困りますので」としれっとした顔で留学先の国王に言ってのけた白龍の無表情は、今でも鮮明にアリババの瞼の裏に焼き付いている。その後白龍の言葉に首を傾げたシンドバッドが紅玉の存在に気付き声をかけたところでシンドバッドの淫行疑惑の騒動へと発展したわけだが、シンドバッドの無実が判った後も無礼を謝罪したものの結局指一本すらにシンドバッドの手を触れさせなかった白龍の眼は、極北の海の方がマシなのではと思えるほど冷え切っていた。
そんなこんなで基本的には礼儀正しく良い人である白龍が、妹であるが関わると途端に無慈悲な処刑人のごとき酷薄さを見せることを数日で理解していたアリババは、アラジンとのやり取りをハラハラしながら見守る。話はアリババの念が通じたのか最初の話に戻っていたが、白龍の雰囲気は変わらずに氷点下だ。紅玉の苛烈さもよく見知っていたアリババは練家怖い、と内心溜め息を吐いた。
「アラジン殿は炎の魔法が得意なのですね……!」
「まだこれしか使えないけれどね」
「私は治療魔法を主にした八型魔法と、防壁魔法が得意です! ……それ以外は使えないのですが」
「お、落ち込まないでおくれよお姉さん、ヤムさんはすごい人だし、一緒に頑張ろうよ!」
「ありがとうございます……一緒に頑張りましょう、アラジン殿」
 使える魔法が限られている者同士の親近感が湧いたのだろうか、とアラジンが微笑んで握手を交わす。思わず白龍の顔色を窺ったアリババだったが、どうやら子供であるアラジンはギリギリのところで許容範囲らしい。もしかしたらアラジンが彼らの姉の恩人であることも大きいかもしれないが、これならヤムライハにしたようにその胸元に飛び付きでもしない限り白龍に友人がどうにかされる心配はしなくても良さそうだ、とアリババはきっちりとした煌の服装との控えめな胸に感謝した。
「では、アラジン殿は私の兄弟子ということになるのですね。ご指導よろしくお願い致します」
「わあ、僕がお兄さんかい? お姉さんみたいな綺麗な人が妹弟子だなんて、ドキドキするね」
 しかしアリババが得たひと時の安穏はすぐに壊された。メキャッと隣から聞こえた音に、今度こそアリババはしっかりとその眼に今にも槍をへし折りそうな握力を発揮している白龍の、薄ら寒い笑顔の下に怒りを押し殺している表情を映してしまった。もはや気のせいにすることもできない。いったい今の会話のどこが白龍の琴線に触れたのだろう、とアリババは考えるが、正直よく解らない。
「でもお姉さんはお姉さんだから妹って少し不思議な感じがするね、呼び方はお姉さんのままでもいいかい?」
「アラジン殿のお好きなようにお呼びください」
 可憐な笑顔を浮かべて礼を取るは、白龍同様年下であるアラジンに対しても敬語で接する。それはやはりアラジンが白瑛の命の恩人であることやマギであること、兄弟子であることが大きな要因だろう。加えて自身が兄と同じ礼儀正しい人物であることの証左である。
そんなにこんなことを思うのも大変心苦しいのだが、できるだけ早く話を終えてこの場から去ってほしい、とアリババは思った。自身は悪くない、何も悪くないのだが、いかんせん彼女が起爆剤となっている爆弾が大き過ぎる。どうかアラジンがそれに着火しませんように、と願う。しかしどうやら火付けは彼の得意分野であったらしい。
お姉さんはいい匂いがするね!」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
!!」
「アラジン!!! おま、バカ!!」
 にぽふっと抱き着いたアラジンに思わずアリババは白目を剥いて叫んだ。そして隣の鬼神よりも死にものぐるいで速く駆けた。お前守備範囲変わったのか、大きくなくても最早胸なら何でもいいのか、と内心叫びながらアラジンがその胸元に顔をうずめる前にからアラジンをべりっと引き剥がし背後に庇う。何をするんだいアリババくん、痛いじゃないか、というアラジンの抗議の声は黙殺した。
「…………」
「…………」
 の肩を抱いて引き寄せた白龍と目が合って、アリババと白龍の間に沈黙が漂う。テメェわかってんだろ背後のガキちょっと寄越せや、とでも言いたげな白龍の表情にアリババはごくりと息を呑んだ。
「りゅ、龍兄様?」
「……どうした、
「お顔が怖いです……」
 しかしおそるおそるながら訴えかけたの言葉に、白龍はハッとしたように鋭利な眼光を隠した。怖いと言われたことがよほどショックだったのか、振り向いたに視線を合わせてすまない、と慌てて謝る白龍と、霧散した不穏な空気に、どうやら窮地は脱したようだ、とアリババはほっと胸をなで下ろす。どうやら鎮火剤でもあるらしいに謝りながら、アラジンを連れてその場を辞する。
兄妹から幾分か離れたところで、アリババは重苦しい溜め息をついてアラジンに忠告した。
「いいかアラジン。死にたくなかったら絶対、絶対にあのお姫様に抱き着いたりおっぱい触ったりしたらいけないぞ」
「アリババくん、男には傷付いても進まなければならない時があるんだよ」
「かっこよく決めてるけどたぶんそれ使いどころ間違ってるぞ」
 
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