煌帝国の禁城の一室で、玉艶は窓から空を見上げていた。
遠く異国の空の下で、今頃はどうしているだろうかと思いを馳せる。
「可愛い可愛い、小さな。私の愛しい子」
を腕に抱いた日の喜びを、玉艶は今でも鮮明に思い出せる。
ソロモンに敗北し、思念だけの存在となり、それでもこうして新しい世界で人の形を得て国の中枢へと潜り込み。皇帝との間には幾人かの子をもうけたが、が産まれた時の玉艶の喜びといったらなかった。
世界が産んだ奇跡を、この胎に宿した。
腕の中で眠る我が子は、玉艶に与えられた奇跡だ。
まさか特異点が自分のもとに授けられるなど、誰が予想しただろう。
これはきっと、偉大なる父からの許しで、愛で、恩恵なのだ。人の器をとって玉艶へと与えられた奇跡。父からの贈り物。そうであるに違いない。
が産まれた日、玉艶は涙した。
必ずや悲願を成就させんと決意を新たにした。
は健やかにすくすくと育ち、穢れのない無垢な笑顔を浮かべて玉艶をお母様と呼ぶ。愛しい愛しい娘。可愛い小さな。大火の折には危うく失うところだったが、白龍によってその命は救われた。
とてつもなく大きな可能性を秘めているのに、とても小さくて脆い命を、玉艶は心から愛していた。堕転させようと思ったこともあるが、それ以上にただ愛おしくて。父から与えられたに違いない許しそのものであるは、存在そのものが玉艶への愛なのだ。堕転すべき時が来たなら、いつかは堕転するだろう。そして、この世界へと父を降ろす一助となるに違いない。
ただ今は、清らかな魂のままで構わなかった。お母様、とが自分を慕って輝かせる瞳が、白龍のような憎悪を浮かべる日が待ち遠しい。の瞳が美しく眩く輝けば輝くほど、転じた時の闇は深く昏いものへとなるだろう。
もしいつか、が憎しみと怨みを持って玉艶を睨めつける日が来たなら、その日にはきっと、玉艶は笑顔で、深く深く、に口付けよう。
「私の可愛い白龍は、うまくやるかしら」
のひとつ上、と手を繋いで生きてきた、小さな息子。
白雄たちに恨みと憎しみを託されて、年々私怨に瞳を暗くしていく愚かな可愛い息子。掬いあげた小さな命に執着して、悍ましいほどの情愛を実妹に抱いて。きっとと白龍が堕転するとしたら、お互いのために堕転するのだ。そしてきっとの存在は、白龍を絶望の核へと突き落とす。その時こそ、玉艶の悲願は果たされるのだ。
それでも白龍はどうにもに手をだしあぐねているようだったから、背中を押してやったのだ。紅明などにを取られては面白くない。それではの輝きは褪せてしまう。煌を出れば、少しは白龍にとってやりやすくなるだろう。その愛で、を雁字搦めに絡めとってしまえばいい。そうして可愛い小さなを、自分のものにしてしまえばいいのだ。
白龍とが玉艶の望む方へと転がり落ちる契機へとなれば、その思いから玉艶はのシンドリア行きを認めたのだ。
けれどやはり、愛しい愛しい、可愛い小さな娘が手元にいない日々はどうにも味気なくて、玉艶は筆を執る。
自分から文が届いたと知れば、きっと白龍は面白くないだろう。嫉妬にかられてそのままを押し倒しでもしてしまえばいいのだ。どうにも白龍は、その激情の割に肝心なところで弱気になる。それが生来の気質からくるものなのか、愛しい妹への気遣いから来るものなのかは判らないが。
「ああ、待ち遠しい」
愛しい愛しい、奇跡の子。
その輝きが、深い深い闇を生む日が、玉艶にはたまらなく待ち遠しかった。
150605