先日白龍に意味深なことを言われて以来、はどうにも兄との距離を測りかねていた。あの後白龍は「冗談だ、今のところは」と話を中途半端なまま逸してしまったのだ。
しかし白龍が迷宮攻略に向かうと聞いて、は一も二もなくそれまでの気まずさを放り投げて白龍のもとへと向かった。
「龍兄様! 迷宮へ向かわれるって、」
「ああ、もう聞いたのか。はここで義姉上と待っているんだ、いいな」
「私も一緒に行きます!」
「駄目だ!」
白龍の言葉に首を横に振ったに、白龍は思わず語気を荒げるが、すぐにハッとしたように落ち着きを取り戻す。
「……連れて行ってやりたいが、迷宮は危険すぎる。俺はともかくは母上の許可が下りない。それに、」
金属器を持たないとは言え、魔力操作を扱う白龍にとってはの能力は大きな助けになる。何があるか判らない迷宮だ、回復手段はあるに越したことはない、けれど。
同行者にアラジンとアリババがいる。マギと金属器使いが同行するのに、一度も迷宮攻略に行ったことのない白龍とが二人とも、入る者に合わせて難易度を変える迷宮へと向かうのは危険が大きすぎた。そして何より。
「俺は今まで、碌に実戦に出たこともない。後方支援とはいえ戦場に出てきたお前よりも、おそらく経験では劣るだろう。お前に頼りたい気持ちはあるが、それ以上に、俺一人の力で成し遂げたい。解ってくれるか、」
「……でも、もし、龍兄様に何かあったら私は、」
うなだれるに、白龍は逡巡の後口を開く。
「……為すべきことがある、と言ったのを覚えているか。お前のために、今は話せないと」
「はい……」
「そのひとつが、迷宮攻略だ。俺自身の力で、ジンの金属器を勝ち取りたい」
きっと、は白龍を守ろうとするだろう。そうするだけの力がある。けれど白龍は、を守る人間で在りたいのだ。そのためには、どうしてもに守られることなく迷宮を攻略する必要があると、白龍は強く思っていた。ここに来てまでに守られるようでは、自分は一生を守る人間になどなれないと。
「もうひとつは、やはりまだ話せない。けれど、それとは別にお前に伝えたいことがある」
「伝えたいこと、ですか?」
「ああ……、お前は俺のことを好きだと言っただろう。俺もお前のことが好きだ、お前と同じように」
「……?」
「お前が俺を想うように、俺もを想っている――この言葉の意味を、俺が戻ってくるまでによく考えておいてほしい」
ひどい嘘を吐いたものだと、白龍は自嘲する。白龍の思いは、のそれとは重ならないものだと、他でもない白龍がよく知っている。けれど、これは一種の賭けだった。
何故自分を大切にしてくれるのかと問いかけてきたは、ゆっくりと白龍の慕情に気付きつつある。そして、自分が兄へと向けている感情を再考しつつある。それらは白龍がそうと仕向けたものではなく、紅玉やヤムライハ、ピスティの影響を受けて自身が出した答えだ。まともな普通の恋愛をしたことのない周囲に感化されたせいか、白龍が望んだようには少し本当の答えとはズレたところへと辿り着いた。白龍にとっては願ってもない僥倖である。
だからこそ、が本当の答えにたどり着いてしまう前に、軌道を逸らして固定してしまわなければならない。自分は実兄に情愛を抱いているのだと、その誤った確信を得て白龍を迎えて欲しい。
そんな願望を胸に、白龍はの手を取って口付ける。帰還を誓うように、何も知らない可愛い小さな妹を慈しむように。
玉艶から届いた書簡は他愛もない世間話ばかりで、それが何を意図していたのか白龍には解らない。けれど、ただ無性に腹が立った。今までは玉艶に守られてきたとも言えるだが、これからは白龍が、白龍だけがを守るのだ。必ずや自分の力で金属器を得て、誰に憚ることなく、愛しい妹をこの手で。
「必ず戻る。だから待っていてくれ、愛しい」
戸惑いながらも確かに頷くの、その腕へと願いを込めて、白龍はもう一度そっと口付けた。
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