「迷宮攻略の英雄たちだ!」
シンドリアへと戻ってきたアリババ、アラジン、モルジアナ、白龍たちは大きな歓声に迎えられた。迷宮攻略と闇の金属器使いたちとの戦いで満身創痍の彼らを、大勢の人々が賞賛する。傷だらけの白龍へと、涙目のが駆け寄った。
「龍兄様!!」
「……ただいま」
「お、おかえりなさい龍兄様、お怪我が、」
の姿にいとおしげに目を細めた白龍の悲惨な状態と、それでも無事に戻ってきてくれた嬉しさに半泣きになりながら、白龍へと飛び付く。の触れた箇所からふわっと暖かい光が広がり、瞬く間に白龍の傷を跡形も無く癒した。
「……!」
それを見てシンドバッドが瞠目する。優秀な魔導士だとは知ってはいたが、一瞬であんな怪我を治すほどなのかと。人間魔力炉としての力、そして魔導士としての能力。これが、敵に回るとしたら。ジュダルの言葉が脳裏を過ぎり、シンドバッドはを凝視する。
その視線に気付いた白龍が、瞳に不穏な輝きを宿しての肩を抱いて自らへと引き寄せる。シンドバッドからを隠すように。
そして、なんでもないような顔をしてへと微笑んだ。
「、ありがとう。見てくれ、俺はザガンに選ばれたんだ。彼らの助けを得て、迷宮攻略を成し遂げた」
「おめでとう、ございます龍兄様……!」
八芒星の刻まれた青龍偃月刀を掲げる白龍に、は涙を浮かべて破顔する。どうしても一人で、と頑なな態度だった兄が誇らしげにアリババたちを振り向くのを見て、は迷宮で何かあったのだろうな、と一抹の寂しさと、それを遥かに上回る喜びに胸をいっぱいにした。
そして、視界に入ったアリババたちの怪我に真っ青になってそちらへと駆け出す。ひらり、兄の傍を舞った黒いルフに一瞬気を取られたものの、アラジンの呻き声にすぐそれを忘れた。
「そうか、俺のいない間にそんなことがあったのか……」
昼間のジュダルの来襲、そして煌からシンドリアへの宣戦布告ともとれる発言を夏黄文から聞かされ、白龍は眉間に皺を寄せる。
本国への帰還を勧める夏黄文と、それに対して私は帰らないわよ、と酔ってクダを巻く紅玉。
が暗い顔をして俯いているのもそのせいだろうか、と白龍は隣のの手を励ますようにぎゅっと握った。顔を上げて白龍に微笑んでみせるだが、明らかに無理をしていると判るほど憔悴した様子で。煌の人間に対してシンドリアの人間がピリピリしていることだけが原因ではなさそうだ、と白龍はの手を引いて立ち上がった。紅玉たちに断りを入れて、その場を離れる。
「何かあったのか、」
もしかしたら、迷宮へと向かう前に白龍がへ「自分とが互いを想う気持ちについてよく考えてほしい」と言ったことで悩んでいるのではないか、と白龍は期待する。自分の望む方へとが転がり落ちるまで、あとひと押しなのではないかと。
「……神官殿が、」
けれど、の口から出てきた人物の名前に白龍はぴくっと眉を上げた。期待していた話とは違っていたことも、その人物が煌にいる間散々や自分に構っていたことも、白龍の悋気と不安を煽った。
「神官殿が、仰ったんです。『妹ちゃんは、利用されることが一番の存在意義だもんな!』って……」
俺の煌帝国はすげぇんだぜ!? と誇らしげに胸を張ったジュダル。煌帝国の擁する複数の金属器使いと、その金属器使いの魔力を補えるをひけらかすように笑ったのだ。
『シンドバッド、お前は確かにすげえよ! お前の部下たちもな! でも、いくら幾つ金属器持ってたって、魔力量が超人的だって、お前に魔力炉はねえだろ? こっちはがいるんだぜ? たとえ紅炎たちが魔力切れになろーが、こいつがそれを一瞬で回復できる! ついでに言うと、妹ちゃんの魔力量はお前より数倍多い! 金属器勝負になったら勝ち目はないぜ』
そうして紅玉へと国へと戻ってこいと言ったジュダルは、驚愕の視線で見つめてくるシンドバッドたちに耐え切れず俯くへとつかつかと歩み寄って顔を上げさせた。
『妹ちゃんも白龍連れてさっさと戻って来いよ! だいじょーぶ、俺は他の奴らと違って、お前のこと役立たずの皇女だなんて思ってないからな! お前がいれば戦がもっと楽しくなる! お前の能力はほんとすげえし、煌にいればその能力が無駄になることはないぜ! 妹ちゃんは全然戦えねえけど心配要らねえよ、利用されることが一番の存在意義だもんな!』
悪意など欠片もないのに、役立たずの皇女と謗られるの存在を肯定してくれているのに、笑顔での肩を掴むジュダルの言葉はどんな刃物より鋭利にの自尊心を刳り貫いた。
『戦争になればお前は絶対に必要になっからさ、早く戻って来いよ』
ぽん、と上機嫌にの肩を叩いて飛び去ったジュダルの姿を愕然と見送って、はぺたんと地面に手を付いた。危険だと、が迷宮へ着いていくことを真っ向から拒んだ白龍の姿が脳裏を過ぎる。彼らが組織に待ち伏せされたことを全てが終わってから聞いて、戦う術を持たない自分の存在価値の脆さを思い知った。紅玉や自分へと向けられる不信の視線。嫌な緊張感を拭える言葉も持たない。武力もなければ、政治手腕もない。そんな自分に、一体どんな価値があるというのだろう。ジュダルの言うことはもっともだ。自分は、この持て余す魔力を他者に利用されること以外、何も意味を持たない存在なのだ。座り込んだへ手を貸すシンドバッドの探るような瞳に、余計その気持ちは強く強くの頭の中へと根付いた。
「そんなことを、神官殿が……気にするな、」
「いえ、神官殿の仰る通りなんです。私は、一人では何もできない、けれど、それでも誰かの助けになるためにこの力を使えたら……そう、思って、いたのですが……」
白龍の手を弱々しく握り返して、は不安に震える声で言う。深い藍色の瞳が、煌々と燃え盛る松明の明かりを反射してきらめいた。
「私の魔力は……誰かを、たとえばシンドリアの、たとえばお世話になったヤムライハさんたちを、傷付けるために振るわれるかもしれないと、そう思ったら怖くなったんです……今まで何も考えずにお義兄様たちに預けてきた魔力は、ここのような笑顔に溢れる国を、壊してきたのだと、思うと……」
「、」
「煌は、世界をひとつにするために戦っているのに……こんなことを考えて迷っていてはいけないと、判っては、いるんです。でも、龍兄様、お願いがあるんです。私は龍兄様に私の魔力を預けることを躊躇いはしません、でも、どうか、叶うのなら、誰かの助けになれたと思いたいんです。私の力は、誰かを助ける役に立てたと思いたいんです……!」
「……ああ、。約束する。お前の力を借りる時は、絶対にお前を後悔させはしない」
白雄と重なる、峻烈な輝き。痛いほど真っ直ぐに自分を見つめるの触れれば斬れるような真剣な眼差しに、白龍はの手をしっかりと握って頷いた。
「それに、、お前は――」
決して役立たずなどではないのだと、知っている。戦に利用されること以外に価値があるのだと知っている。文官たちの間を駆け回って、彼らの仕事を手伝っているのも、自分は教えを請う立場だからと彼らを敬うが文官たちの尊敬を集めていることも知っている。誰にでも分け隔てなく接するが、城中の、文官や武官に限らず使用人に至るまで好かれていることも。在りし日の白雄によく似た面差しが、当時を知る人間の尊崇を密かに呼び起こしていることも。そしてたとえ目に見える価値などなくとも、白龍はを深く愛していると、そう白龍は伝えたかった。しかし、その言葉を第三者の声が遮る。
「白龍くん、少し良いかい?」
「シンドバッド殿!」
にシンドリア兵を伴に付けて、シンドバッドが白龍を宴の喧騒から連れ出す。ザガンを攻略した事を称賛するシンドバッドに照れ笑いを浮かべる白龍だったが、すぐにその顔を引き締めてシンドバッドへと再び助力を願った。今でなくともいい、いつか自分が国を割る日が来たら、その時は後ろ盾になってほしいと。
シンドバッドはちら、とのいる方向へ視線を向ける。昼の出来事の後詳しく聞いてみたところ、はシンドバッドを遥かに超える魔力量と、それを他者に分け与えることができる能力を持つらしい。魔力を与える能力については知っていたものの、まさかマギをして超人的と言わしめるシンドバッドよりを超える魔力を有していたとは思わずシンドバッドは目を瞠った。五人――白龍を含めれば六人になった金属器使いと、その魔力を補えるを抱える煌帝国と事を構えるのは、いかなシンドバッドといえど厳しいものがある。しかし、紅玉のみならず、白龍やもこちらへと引き込めるのなら。白龍がシンドリア側へと付けば、白龍の所有物のような立ち位置にいるも自動的にシンドリア側になる。金属器と魔力操作を扱う皇子と、人間魔力炉の皇女。それがこちら側の札になるのなら。そこまで考えて、シンドバッドは白龍の手を取り微笑んだ。助力を乞う白龍に笑顔で頷く。
「これで、俺と君は運命共同体だ!」
シンドバッドの言葉に喜色を満面に浮かべて礼を言う白龍。喜びに顔を輝かせてザガンの宿る青龍偃月刀を抱え上げた白龍が、不意に表情を歪めた。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
「はい、少し迷宮での傷が……」
気遣わしげなシンドバッドに申し訳なさそうに慌てて腕を上げる白龍。その白龍の左腕が、ぼとり、落ちた。
「うわあああああああ!?」
上がる悲鳴。息を呑むシンドバッド。遠くで彼らを見守っていたが、大きく目を見開いて叫んだ。
「龍兄様!?」
兵士の制止を振り払って、は白龍へと駆け寄る。白龍の左腕を食い破って湧き上がった黒いルフの大群に、それが形を成して現れた人の形に、愕然と肘から先の落ちた腕を見つめる白龍に、の視界が涙で歪む。
昼間、白龍が帰ってきた時に、舞っていた黒いルフ。気の所為などではなかった。何故あの時見逃したのだろう、何故気の所為などと思い過ごしてしまったのだろう。
(腕が、龍兄様の、龍兄様の腕が、左腕が)
嗚呼、やっぱり自分は役立たずだ。殴られたような衝撃と、その後からじわじわと湧き上がる無力感。大切な兄ひとり守れていないことに、の藍色の瞳から、涙が零れ落ちて宙を舞った。
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