「……あなた、あの火傷の子に似ているのね」
 自分の治療をするを興味なさげに見ていたドゥニヤが、ふと気付いたように言う。それに目をぱちぱちと瞬いたの頬が、へにゃりと嬉しそうに緩んだ。
「お兄様なんです」
「そう、兄妹なの……どうしてそんなに嬉しそうなの?」
 ニコニコと花が舞うような雰囲気を纏って笑うに、ドゥニヤが首を傾げる。
「私、龍兄様と似ていると言われたことはあまり無いんです。一番上のお兄様とはよく似ていると言われるのですが……龍兄様と似ていると言ってもらえたのはほとんどはじめてで、嬉しくて」
「あなたとあの人もよく似ているけれど……一番上のお兄さんとはそんなに似ているの?」
「はい、周りの人が言うには、とても似ているんだそうです」
「……?」
 の言い方に違和感を覚えたドゥニヤが、怪訝そうに眉を寄せる。それを見たが、静かに苦笑した。
「一番上のお兄様は、私が小さい時に亡くなられているので……」
「…………殺されたの?」
「……はい。敗残国の残党に殺されたと、そう聞きました」
 ぐっと握り締められた小さな拳を見下ろして、ドゥニヤは少しだけ苦い面持ちになる。煌などという強国の皇女で、可愛らしくて優しくてほわほわと笑って、何一つ苦労などしたことのないような顔だと思ったのに。
「……仲が良かったのね」
 兄を亡くしたのはそれなりに昔のことなのだろう。それなのに今でもこんなに泣きそうな顔をして、余程慕っていたのだろうとドゥニヤは思った。
「はい、大好きでした。結婚の約束をお願いするくらい、大好きでした」
「……ふふっ」
 泣きそうな顔で無理矢理笑ってみせたに、ドゥニヤもどこか泣きそうな笑顔を返す。思い出すのは、兄のように慕っていた騎士の姿で。同じように大切な人を亡くしているの気持ちが、少しだけわかるような気がした。
「あなたは、恨まなかったのね」
「……龍兄様とお姉様が、お母様や皆が、いてくれましたから……」
「そう。それはとても素晴らしいことだわ」
 砂の騎士が摂理に還ってしまった時の、空虚な絶望は今でも鮮明に思い出せる。アラジンに奇跡をもらった今は、自分がいかに憎しみに疲れていたのか思い知らされて。ただ悲しみに身を委ねることのできたは自分と同じ道を歩まなくて良かったかもしれないと、少しだけ思った。
「失礼します」
 コンコンと扉を叩いて、彼女と同じ色の少年が現れる。ドゥニヤに会釈をした白龍は、すぐにドゥニヤからすいっと視線を逸らすとに歩み寄ってその手を取った。その目に宿る色に、ドゥニヤは既視感があるような気がして。ヤムライハからの用件を伝える白龍のを見る眼差しは、ひどく甘やかで、溢れ出んばかりの愛しさに濡れていた。
「…………」
 ああ、この人は自分の実妹を愛してしまったのか。の藍色に宿る優しい家族愛の色を見て、ドゥニヤの瞳に憐れみが映る。叶わない想いを復讐と共に抱え続けていた彼女から見ても、白龍のそれにはまるで望みがないように思われた。実の兄妹だということを差し引いても、互いの気持ちに落差があり過ぎる。一番上の兄を慕っていたと笑うの方が、余程まだ恋に近いものを抱いていた。
「――また後で。 ……失礼致します」
 のために寸分の狂いもなく調律されていた声音が、ドゥニヤに向けられた途端笑えるほど無味乾燥で雑なものになる。ドゥニヤが彼の腕を奪ったイスナーンの仲間だったこととは関係無く、白龍は以外の誰に対してもそうなのだろう。
 出て行った白龍を見送って座り直したは、白龍ととても似ていて、あまり似ていない。去り際に口付けを落とされた真っ赤な頬を押さえて、窺うようにドゥニヤを見たに彼女は問いかけた。
「……好きなの?」
 そんなわけないと知っていて聞いた冗談のようなそれに、は元々真っ赤だった顔をさらに赤くする。予想外の反応に驚くドゥニヤの目の前で、はまるで恋する少女のような狼狽を見せた。
「え、と、その、あの、……はい」
「……そう、なの」
 それはきっと気のせいよ。そう言えるほどドゥニヤはに踏み込もうとは思わなかった。けれどどう見てもが白龍に抱く感情は家族愛以上のものには思えなくて。
「…………」
 可哀想に。どこか掛け違えてしまったにそう仕向けたのは白龍だと、根拠は無くとも確信する。憐れんだのがだったのか白龍だったのか、それとも二人共なのか。そのどれでも大差は無い。ただ憐れだと、ドゥニヤはそう思った。
 
160208
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