※時系列的にはprologueの次の話。

 
に口付けた白龍が、着物の合わせから内側へと手を這わせる。驚いたはそれを止めようと手を伸ばすが、白龍の義手へと触れてしまい思わず抵抗の手を止めた。
「あ……」
「大丈夫だ、。優しくする」
 白龍の柔らかい声と、指先に触れる乾いた木の感触に、募る罪悪感。祝宴の夜失った白龍の左腕を、は魔法で治そうとしたのだ。けれど、白龍はそれを拒んだ。これは自らの弱さが招いた結果なのだと、戒めとするのだと、そう言っての申し出を断った白龍。
義手となった兄の左手を見る度、の胸は重く沈んだ。自分が兄の腕に僅かに宿っていた黒いルフを、気のせいだと思い過ごすことがなければ。きちんとそれを追及していたなら。腕を再生することを拒む白龍を、説き伏せるほどの意志の強さがあれば。
そうしたらここにあるのは、あたたかなぬくもりであったはずなのに。
「龍兄様、」
、お前は俺を愛しているか」
「……はい、私は、龍兄様を愛してます」
 その気持ちはほんとうだった。ほんとうの、はずだった。
愛しい兄が自分の存在を求めてくれたから、自分は兄の傍で、兄のために生きるのだと、そう決意した。その気持ちに、偽りなどなかった。
「ならどうか、俺を拒まないでくれ、
 切なげな表情で、の手を握り懇願する白龍が、再びへ口付ける。何度か啄むだけのそれを繰り返したあと、白龍は薄く開いたの唇へと舌を入れた。びくっと肩を揺らしたを抑えて、の舌に自分の舌を絡めて吸い上げる。
「はっ……」
 うまく息ができずに浅い呼吸を繰り返すは、霞む意識の中混乱する思考をわずかに拾い上げた。
こわい。きっといけないことだ。兄妹なのに。婚前の身であるのに。
白龍を受け入れてはいけないと、警鐘を鳴らす誰かが頭の中にいる。白龍を突き飛ばしてでも拒まなければならないと思う自分がいる。
けれど、の腕を掴む義手の感触に、を求めてぎらつく白龍の瞳に、拒んではいけないとも強く思う。
白龍を愛している。償うと約束した。傍にいて白龍と共に歩んでいくと誓った。
「約束だ、
 だけは傍にいてほしいと、白龍はそう言った。どうやら白瑛と白龍は意を違えてしまったらしい。今自分が白龍を拒んだら、白龍は取り返しのつかないところへと行ってしまうのではないだろうか。独りで、遠いところに。それは嫌だ。でいいのなら、何もできない自分を求めてくれるのなら、は。
なら、自分にできることは、白龍の意思を全て受け容れることではないだろうか、とはまたひとつ間違いへと傾いたことに気付きはしない。白龍を受け容れることと白龍と体を重ねることは似ているようで別であると、判るではなかった。
「ずっと、一緒にいよう、
 白龍が動きを止めてをじっと見据える。
きっといけないことだ。誰にも許されない。それでも。
受け入れなければ、受け入れたい。それが自分に許された償いで、白龍と共に歩んでいくために必要な誓約であるならば。
「はい、龍兄様」
 おそるおそる、は白龍へと口付ける。触れるだけの拙い動きに、けれど白龍はうっそりと目を細めて笑った。
 
***
 
これで良かったんだろうか、とはうとうとしながら思う。
姉に謝らなければ、という考えが浮かんだ。一緒にいけない、と伝えなければ。自分は白龍と一緒に行く、と。心配してくれたのに申し訳ないけれど、白龍と共に行くと決めたのだと。
 ふと繋いだ手越しに白龍へと視線を向ければ、それに気付いた白龍がふっと微笑む。絡めた指とくっついた二の腕が暖かい。
行為の後のどことなく気怠い空気は、仄かな甘さを含んでいて。こうして隣同士仰向けになって手を繋いでいると、眠れなくてよくお互いの寝台に潜り込んだ幼少の頃のようなのに、今はふたりとも何も着ていなくて、肌を重ねた後で。淫靡さすら漂う雰囲気に今更ながら気恥ずかしくなって、繋いでいない方の手で顔を隠したを白龍は手を繋いだままぎゅっと抱き寄せた。
、俺の愛しい、可愛い
「龍、兄様」
「ああ、ようやく結ばれた。、愛している」
「わたしも、お慕いしています、龍兄様」
 耳元で繰り返し囁く白龍の声には隠しきれない嬉しさが如実に表れていて、その声にきゅっと胸の奥が切なく痛みを訴えた。
これで良かったのだと、は安心する。だって白龍は喜んでいる。こんなにも、を求めてくれている。誰でもない、他でもない自分を選んでくれた。だけがいいと言った言葉は本当だった。
なら、きっとこれで良かったのだ。これが、兄の支えになることに繋がるのなら、きっとこれで良いのだ。
そう信じたは静かに目を閉じて、白龍のぬくもりへと身を委ねた。
 
 150614
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