月明かりを受けて薄青い光を帯びる黒髪を、繰り返し梳く。さらさらと指通りのいい髪を、長兄がたまに結ってやっていたのを思い出した。その度には嬉しそうに頬を緩めてにこにこと笑って、雄兄様が結ってくださったんですと白龍に見せに来て。その時の白龍は、長兄のように妹の髪を可愛らしく結ってやることなどできなくて、を喜ばせてやれないのが悔しくて。嫉妬して、ムキになって、結った髪を崩してしまったことがあった。泣きながらも自分を責めなかったに、はたして自分は謝ったのだったか――
「……ゆうにいさま、れんにいさま……」
すうすうと眠るの唇からぽろりと零れた声に、白龍はぎしっと硬直してその唇を凝視した。
それきりは何も言わず、再び穏やかな寝息が響く。けれどが口にした名前に、白龍は鳩尾を突かれたような衝撃を受けた。白龍がに睦言の延長線で毎晩のように聞かせているのは、母や義兄たちへの恨み言だ。怨嗟や憎悪を刷り込むように、兄の無惨な死に際を、その元凶と、それを見て見ぬふりをしている者たちのことを語り続けた。もう白龍にはしかいないのだと、繰り返し繰り返し。白龍の抱えた愛憎を少しずつ流し込まれていったは、帰らぬ日々を想って泣くことが増えた。今もきっと、白雄たちの夢を見ていたのだろう。
「…………」
つ、と指の腹で柔らかな唇をなぞる。先ほどまでの行為で散々白龍に吸いつかれたそこは平素よりも少しぽってりと腫れ、唾液でしっとりと湿っていた。
ふにふにと唇をつつけば、妙にその赤色が目について、白龍はそれをじっと見つめる。情事の後だからか血色がいい唇が、なんだかひどく蠱惑的に思えた。幼い瞼、あどけない頬、がんぜない額。それらのパーツの中で、他と変わらず愛らしいはずの唇がやけに熱を煽るように思えて、白龍は自らの口元を手で覆って視線をそこから外す。今更ながらにひどくいけないことをしている気分になって、心臓がばくばくと煩かった。
「…………――、」
けれどの音に満たない声を拾って思わず視線を戻す。小さく開いた唇は、一体誰の名前を呼んだのだろう。もしそれが白雄だったら、と考えた胸の奥で心臓がどくんと大きく鳴った。
額に手を遣って自嘲する。少し前までは紅明に取られる前に手に入れようと躍起になって。ようやく手に入れたと思えば今度は死んだ長兄の影にムキになって。結局ひとつひとつ不安の種を潰していこうとキリがないのだ。の愛情の色が白龍と同じではないことを知っているから、乞うても乞うても満たされなくて際限がない。どうすれば自分は安心できるのだろう、いっその四肢を落としてしまいたくなる。それでもはきっと白龍を責めない。責めるはずがないのだ。という人間は白龍を責めない。詰らない。戸惑ったり身を竦めたりはするけれど、が白龍の根本を否定することなどありえない。
「…………、」
無邪気で穏やかな、愛らしい寝顔。薄く開いた唇に、指をそっと挿し込む。歯列をなぞり、舌や軟口蓋を撫でながら、このまま起きなければいいと矛盾した感情を抱いた。起きてしまえば、きっと酷いことをする自分を止められない。許してほしくて酷いことをしてしまいそうだった。が自分に怒らないことを知っていて髪をぐしゃぐしゃに乱したあの日のように、許されることを確かめるために酷いことをしてしまいたかった。
「……ぅ、ん……?」
けれど起きないようにと願った妹は目を覚まし、ぼんやりとした目で白龍を見上げる。その口から舌を指先で挟んで引きずり出して、グチュグチュと指で嬲った。苦しげに眉を寄せたは戸惑いの色を浮かべて白龍を見上げるが、やはり白龍を拒もうとはしない。それに安堵した白龍はふっと口元を緩めて指先を離す。の薄い腹の上に跨って、顔の横に両肘をついた。
「、嫌がってくれ、拒んでくれ、今からお前に痛くて酷いことをするから」
深い深い青の瞳を覗き込んで囁く。いっそ怯えて怖がって逃げ出してくれればいい。そうしたら躊躇わずに捕まえて折って砕いて犯してめちゃくちゃに壊してやれるから。けれどは間も置かずに首を横に振る。
「いたくしていいです、ひどくしていいです……ですからどうか、泣かないで、龍兄様」
「……?」
寝ていたところを起こされいきなりわけのわからないことを言われたにも関わらず、は寝起きで舌足らずな口調のままに即答して、そして白龍の頬に手を伸ばす。そっと白龍の頬を包み込んだ手と頬の間に湿った感触を感じて、その感触との言葉にはじめて自分は泣いていたのだと知る。
「ひどくしていいです、から」
白龍の涙を拭う小さな手が、ふるふると震えている。怖いくせに、今にも泣きそうなくせに、後先も考えずに酷くしていいなんて言って。
「――お前のそういうところが、愛おしくて憎らしくて、誰にも見られたくなくて閉じ込めたくなるんだ」
「ごめんなさい、龍兄様……」
「……愛してる、」
身を起こして、その細くて頼りない腰を掴む。いっそ本当に壊してしまおうかと、手に込めた力が強くなった。
「あっ、あ、っ、はっ……」
ほとんど過呼吸に近い嬌声を上げながら、はがくがくと揺さぶられるままになっている。大きく脚を開かされて、遠慮も無しにがつがつと抽挿を繰り返され、優しいだけの行為に慣れきった体は悲鳴を上げて軋んでいた。けれど、は嫌も止めても言わずにただ詰まりそうになる息を懸命に吐き続ける。常にない激しさでを求める白龍に、はしかし後悔など微塵も無かった。一心不乱に求め続ける白龍に、体ではなく胸の奥が満たされるような気持ちになる。長い間見たことのなかった白龍の涙はもう止まっていて、だからは壊れそうな腹の奥も、強く掴まれすぎて痛む腰もどうでも良かった。
「あ、……っ、あっ、ぅあ、」
「、、愛してる、、」
パンパンと、激しく肌がぶつかる音が響く。慎ましい胸をぎゅっと痛いほどの力で掴まれ、はびくっと首を竦めた。ぐにぐにと捏ね回され、ただでさえ危うかった呼吸が一層おぼつかなくなる。コツコツと子宮口を抉るように叩かれて眩暈がした。そのまま叩きつけるように奥に出される。けれど白龍は数秒間動きを止めたのみで、またすぐに挿れたまま動き始めた。
「はっ、……ん……」
の呼吸を奪うように深く口付ける。もう白龍の舌に応えるだけの体力も残っていないは、それでも口付けられるのを待ちわびていたかのようにきゅっと膣内を収縮させた。その動きに僅かに残っていたなけなしの理性さえ飛びそうになった白龍は、ずるっと勢いよく胎内から自身を抜く。の小さな手を引っ張ってそれを握らせると、の手の上から自身を握り込んで激しく上下させ始めた。は荒い呼吸を必死に整えながら、自分の手が兄の自慰に使われているのをぼんやりと虚ろな目で見ている。白龍は妹の柔らかい掌に先走りを擦り付けるように自身を扱き、やがて小さな声を漏らして白濁を放った。精液でぐちゃぐちゃになった掌や指を眺めて、おもむろにの口に白濁の伝う指を突っ込む。
「舐めて綺麗にしてくれ」
自分の指ごとの指を口腔内に押し入れ、その舌で拭うように動かした。はいっぺんに突っ込まれた指に噎せそうになりながらも、その指についた液体を一生懸命に舐め取る。そのちろちろと動く舌の拙さにすら興奮して、白龍は些か乱暴に手を引き抜くとの体をひっくり返し、尻を持ち上げると後ろからズチュッと音を立てて挿入した。
「あっ……はぁ、ん……っ!」
尻だけを高く突き出させた状態で、何度も何度も突き刺すように腰をぶつける。激しい抽挿にふるふると震える胸を鷲掴み揉みしだけば、耐えられなくなったのかの腰が重力に従って落ちそうになる。それを追うように腰を沈めながらの小さな背中に覆い被さり、白い背筋に舌を這わせて震えた背中にぢゅうっと吸い付き鬱血痕を残していった。時折加減を忘れそうになりながらも噛み付けば、膣内がひくひくと震えて締まる。はっはっと浅い呼吸を繰り返すの口を手で覆って塞げば、中がぎゅううっと強く白龍のものを締め付けた。のうなじに噛み跡を残したところでようやく満足して口を離すと、視界に映った白い背中に広がる赤い痕に興奮した白龍は腰を前後させる動きを早めていく。限界を感じて膣から陰茎を引き抜くと、その背中に白濁をまき散らした。
「……りゅうにいさま、」
今にも瞼が落ちてしまいそうな藍色の瞳が、白龍を見上げてその輪郭を和らげる。体中赤い痕と白い液体にまみれてもなおあどけない顔貌は穢れを知らず、白龍は詫びるようにその唇に口付けを落とした。
「なあ、」
心の中で引っかかっていた疑問を解決するべく口を開く。
「昔、兄上に結ってもらったお前の髪を俺がぐちゃぐちゃにしてしまったことがあっただろう」
その喉が掠れた声で肯定の音を紡いだのを確認して、おろされた髪をそっと撫でた。
「あの時俺は、お前にそのことを謝ったか?」
「…………、」
きょとりと開いて震えた瞼が、ふっと落ちる。眉を下げて曖昧な笑顔を浮かべたにその答えを得て、白龍はその華奢な体躯をかき抱いた。それでもやはり謝罪の言葉は出てこなくて、自嘲の笑みを零しそうになる。けれどそれをも許すようにが弱々しく腕を持ち上げて白龍の頭を優しく撫でたから、白龍は泣き出したいような笑い出したいようなおかしな気持ちになって、それでも安堵の息を吐くと、小さな妹の体にぎゅっと縋りついた。
150903