白龍たちと玉艶の戦いの余波を受けてところどころ崩壊が始まった本殿の中、抱えたの防壁魔法に降ってくる瓦礫から守られながら、ジュダルは駆ける。
「なぁ妹ちゃん、おまえ攻撃魔法使えたのかよ?」
「……シンドリアでヤムライハさんに教わって……あれしか使えないですし、龍兄様に使用を禁じられていたので、誰かに向けて撃ったのも初めてなのですが……」
「ふーん……」
 よっ、と絶縁結界の境界線近くでを下ろしてやりながら、ジュダルは何でもないことのように言う。
「ところでさぁ、今ここ俺が結界張ってんだよね。こん中で魔法は使えねーはずなんだよ」
「……え、」
 けれどは平然と魔法を使ってみせた。白龍の傷を癒し、玉艶へ水の槍を向けて。そもそもの魔法行使はおかしいのだ。どんな魔導士だって杖を必要とするのに、彼女はそれを必要としない。
ホラ、とマギであるジュダルですら魔法が使えない現状を見せてやれば、は息を呑み顔を真っ青にした。
「なんで……」
「むしろ俺が聞きてーけど、その様子じゃ妹ちゃんも解ってねーのか」
 まあその辺りは玉艶のルフに訊くしかないか、とジュダルは伸びをするように頭の後ろで腕を組んだ。白龍たちが玉艶を殺すのを待とう、と目を閉じる。その横で、はぎゅっと手を胸の前で握り締めて俯いた。
(私はいったい、何なのだろう)
 世界に愛された子、奇跡の子。愛しげにを見つめて語った玉艶の表情が蘇って、はそれを振り払うようにぶんぶんと首を振る。
「……お?」
 何かに気付いたようなジュダルが、本殿の入口の方へと振り向いた。その視線を追ったは目を見開く。血の流れる首を押さえながら、体を引き摺るように動かしながら玉艶が出てくるところだった。白龍の姿がないことにまさか、と駆け出しそうになったを制止して、ジュダルは笑った。
「妹ちゃんはここにいろよ。ちゃんと防壁魔法張っとけよ?」
 白龍に殺されたらたまんねーからな、と言って、彼らに気付いていない様子の玉艶へと、ジュダルは特に急ぐ様子も見せずに歩み寄っていく。あと一歩で絶縁結界から出るところだった玉艶の脚を蹴って転ばし、ジュダルは笑った。
「どこ行くのォ? オ・バ・サ・ン」
 愕然とした玉艶の腹へと何度も蹴りを繰り出しながら、お前さえいなけりゃ、と瞳を濁らせるジュダルに、は制止に駆け出しそうになる自分を必死に抑えてその場に立ち竦む。母を庇ってはいけない。自分がしていいのは、虐げられている母を守ることではない。むしろ、白龍を倒してここまで逃げてきた玉艶に対し、ジュダルに加勢しなければならない立場なのだ。いっそひと思いにその首か胸を刺し貫いてしまうべきだろうか、とは震える手の先に水の槍を生成するが。
「ホラ、トドメはおまえにくれてやるよ!」
「はっ、白龍……!」
「龍兄様……!」
 無事とは言い難いが生きていた白龍の姿に顔を輝かせたの掌から水は霧散する。何事か言葉を連ねる玉艶に、白龍は死ねと叫んで。
「……!!」
 ジュダルは哂っていた。白龍は血走った眼をギラリと光らせていた。玉艶の――白龍に首を飛ばされた玉艶の表情は、からは見えなかった。
目の前で転がった母親の首に、は頭が真っ白になる。一瞬、脳裏に過ぎった大聖母の最期。けれど、今度はは気絶しなかった。意識を失うことなく、母の最期を見届けた。そして母の躯がカッと光を放ちルフが爆発を起こすのを、生存本能で無意識に張った防壁魔法の中で、溢れる涙に滲む視界の中で、ただ目を見開いて見ていた。
「……お母様」
 呆然と開いたの口が、ただ一言母を呼ぶ声を零す。さようなら、ごめんなさい、大好きでした、許さない、どの言葉も、その後には続かなかった。いったいどんな言葉を重ねたかったのか、自分自身ですら解らなかった。

 光と爆炎が収まり、晴れた視界の中で、ジュダルの防壁魔法に守られた白龍の姿を認めては即座に兄の元へと駆け寄った。
「龍兄様、」
 満身創痍という言葉に尽きる白龍の姿。腹に深い傷を作り、あちこちから血を流す白龍を、ジュダルが支えて地面に腰を落ち着かせてやる。泣いている暇はない、と溢れそうになる涙を乱暴に拭って、は白龍に全力で治癒魔法をかけた。血を流し過ぎて意識が朦朧としているらしい白龍が、に手を差し伸べる。

 ただ一言、愛しさと執着の全てを込めて白龍がの名前を呼んで笑う。熱に浮かされたような、ふわふわと瞳に浮かび上がる喜びと愛しさの色、その奥に潜む昏い狂気の影。ぞっとするような笑顔を浮かべて、白龍はに手を差し出した。
そしては、迷いなくその手を握り返す。瞳から涙をとめどなく流し、影も光も薄れることのない白龍の瞳に畏れと不安を抱きながらも、は躊躇わず白龍の手を握り返した。
白龍を安心させたかったのか、白龍に縋りたかったのか。解らないけれど、ただ兄が生きて笑ってくれたことが尊かった。
「…………、」
 精一杯の力で握り返された手に微笑み、癒えていく体に脱力して白龍は安心したように目を閉じる。おいおい死ぬんじゃねーぞ、と焦ったように言うジュダルの声と、妹のぬくもりを感じながら、白龍は意識を手放した。
 
150727
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