玉艶を殺した白龍は、抜け殻のようにぼうっと考え込む日々が続いた。戦いで破壊された城を直す指揮を取り、傅く人々をどこか遠い目で見つめながら思考の海に沈む白龍の傍らで、もまた一人憔悴していた。あどけない笑顔は消え失せ、その虚ろな目の下には色濃い隈ができている。心労と、毎晩ひたすらにを求める白龍との行為で、は碌に眠れていなかった。
今日もまた、白龍は熱に浮かされたようにを呼ぶ。
「、。俺だけの、可愛い。愛しい」
寝台に押し倒されて、口付けられて。性急に脱がされていく服が寝台から落とされるのを視界の隅にぼんやりと映しながら、は白龍に握られた手を力無く握り返す。それに目を細めた白龍が、の白く細い首筋に吸い付いた。
「ん……、」
昨日もその前も付けた赤い痕を塗り直すように、白龍はの首筋を何度も吸い上げる。れろ、と鬱血痕を確かめるように舐めて顔を上げた白龍は、の顎を掴んで唇を重ねた。
「……、」
「っ、んっ、」
唇を舐めたら、口を開くようにと言った白龍の教えた通りに薄く口を開いたの口内に舌を入れて、の舌を絡め取る。未だたどたどしいままだが、教え込んだ通りに懸命に白龍の舌に応えようと動くの羞恥と息苦しさに歪んだ表情が愛しくて、白龍はの後頭部を押さえて一層深く舌を絡ませた。ぴちゃ、と鳴る水音。口の端から零れる唾液。呼吸を奪うようにの口腔を貪って、白龍はうっそりと笑う。
「……はっ、」
の息が限界になった頃、ようやく白龍は重ねていた唇を離した。はぁはぁと荒い息を繰り返すの頭を撫でて、その手をするりと胸へと滑らせる。白くて柔らかい胸をそっと撫でて、震えたに微笑み、白龍はゆっくりと胸を掴む手に力を込めた。
「…………」
暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がる白い肌と、それを覆い隠すように流れる青みがかった黒い髪。枕に背を預け寝台に座り込んだは、腰に抱き着く白龍の頭を膝の上に抱え、自分と同じ色をした髪を慈しむようにゆっくりと梳いた。
「、」
甘えるように、縋るようにの腰に腕を回してぎゅっと抱き着く白龍。玉艶を殺したことで何かが燃え尽きたのかもしれない。けれど、その瞳の奥には未だに黒い何かが燻っていて。今はまだ熾火のような静けさを保ってはいるが、それがいずれ全てを呑み込む勢いで燃え上がることをは予見していた。
「龍兄様……」
もういいんです、お兄様たちの無念は晴らされました、もう、戦わなくていいんです。そう言えたなら、どんなに良かっただろう。兄が傷付くだろう未来へと、一緒に足を踏み出すことしか、に残された道は無かった。
白龍は、堕転していた。あの戦いの中ではそれを気にかける余裕も無かったが、兄は母と同じようにルフを黒く染めてしまっていたのだ。小さい頃はジュダルや玉艶の黒いルフが当たり前のように傍にあったから何も疑問に思わなかったが、シンドリアで、死にゆくムスタシムの姫君を見て、はその本当の意味を知った。白龍を、あんな暗い最期へと追いやりたくはなかった。
きっと何か手はあるはずだと思う、けれど白龍が望んでいるのは真っ暗な最期から逃れる道ではない。何もかもを壊した先にそんな最期に行き着くとしても、白龍をここまで追い込んだ世界への復讐を望んでいるのだ。
「、」
「はい、龍兄様」
ずっとずっと、白龍に守られてきた。白龍が求めてくれたから、意味を持つことのできた。白龍にどこまでもついていくと決めたに、それを止める資格はない。ただ最期まで寄り添って生きるだけだ。誰にも救われない、永劫に苦しみ続ける最期が来ても。きっとその日こそ、が運命を呪う日なのだろう。
まだは世界の全てを呪うような感情は持たない。けれどそれでいいのだと白龍は言う。自分の死以外にを絶望させるものなど無くていいと白龍は笑った。
「俺は、世界と戦い続ける。紅炎と、白瑛と、アリババと……違う道を行く。きっと、殺し合う」
「……っ、」
「お前は怯えなくていい。ただ俺の傍にいてくれればいいから。何者にも、お前を傷付けさせはしない」
きょうだいを、仲間を殺すと言って笑う白龍に、は身をこわばらせる。恐れていた未来がやって来てしまったことに、はぽろぽろと涙を零した。
「……怖いか、」
の太腿に預けていた頭を起こし、白龍はを腕の中に閉じ込める。
「そうだな、にとっても大切なきょうだいだものな。それでもお前は俺を選んだんだ。悲しくても寂しくても、はあいつらよりも俺を選んでくれたんだな。なぁ、、お前の瞳には誰が映っている? お前は誰のものだ?」
「……りゅう、にいさまの、」
「ああ、お前は俺のものだ。俺だけの、可愛い小さな。愛しい。お前だけは、何があっても守り抜くから」
の頭を抱え込んで、白龍はその耳元で繰り返し繰り返しの名前を呼ぶ。その声を聞きながら、はそっと目を閉じた。流れ落ちる涙を、白龍の舌がべろりと舐め取る。
「ずっと一緒にいよう、」
「はい、龍兄様……ずっと傍に、龍兄様の傍にいます」
の答えに笑った白龍が、片腕でを抱き締めたまま、もう片方の手でベリアルの金属器をたぐり寄せる。顕現させた大鎌を、そっとの右脚にあてがった。
「……嫌か、」
「いいえ、嫌じゃありません」
涙を拭いて笑ったが、白龍の瞳を真っ直ぐに見返す。堕転してもなお痛いほどに真っ直ぐな白龍のルフ。優しくて愛しい、のただ一人の兄。その色の変わってしまった左眼も、義手になってしまった左腕も、の罪の証だ。白龍が望むのなら、自分の脚など差し出したって構わない。
「お前の魔法でも治せない、一生歩けなくなるんだぞ」
「左脚を残してくれているではないですか」
両脚を奪ったって白龍は許されるのだ。それまでの負い目を、は白龍に対して抱えている。
「……両脚を奪ってもいいんだぞ」
「龍兄様の望むままになさってください」
「脚も腕も、全てを奪ってここに閉じ込めたいと言っても、は許せるのか?」
「はい。何も知らずに生きてきた私を、龍兄様は許してくださいました」
脅すように白龍が言葉を連ねても、の笑顔は翳らない。はもう白龍以外の全てを捨てた。紅炎たちと戦う日が来なければいいと願った。アリババに自分達を止めてほしいと願った。けれど自身は、玉艶へと刃を向けた日から、もう白龍を肯定する他に意味など持たなかった。きっと本当は、白龍に許された日から、そしてそれよりもずっと昔、白龍に命を救われた日から、にはそれしかなかった。
「本当に、いいんだな」
「はい」
或いは、玉艶を白龍が殺した時に、の中でも何かが壊れてしまったのかもしれない。結局最後まで消し切れなかった母への思慕と葛藤が、行き場をなくして目の前にいる白龍に縋らせているだけなのかもしれない。それでもよかった。
はもう、生きる意味も何もかも、白龍に差し出して構わなかった。怖いと思う心も、悲しいと思う心も、全てを凌駕する何かが、の胸の内に生まれた。母を殺し、戻らぬきょうだいの日々を思う目の前のかなしい人を、ただそっと抱き締めていたかった。
(ごめんなさい、お姉様、お義兄様、お義姉様)
あんなに間違いたくなかったのに、今自分たちのしていることは間違いだと解っているのに、はその間違いを笑顔で受け入れる。正解にたどり着けなくてもいい、ただ兄の傍にいたい、白龍に笑っていてほしい。それが間違いでも、もはや構わない。
「……ありがとう、」
白龍の手にあるベリアルの鎌が、の右脚、膝のあたりを斬る。痛みはないが一瞬で消えてしまった右脚の膝から下の感覚に本能的に恐怖を感じただったが、の華奢な体を押し潰すように抱き締めた白龍のぬくもりに、すぐにその恐怖は消え去った。
「、愛してる」
「私も愛してます、龍兄様」
抱き締めたの体を、白龍は再び寝台へと沈める。自分と同じ色の髪が白い布に広がる光景にぞくりと背筋が震えた。
ふと視界に映った、自身の右目よりも若干濃い色をしたの目に宿る熱に、白龍は息を呑む。の目には確かに白龍への愛情が浮かんでいた。白龍のような妄執や愛欲には濁っていないが、家族愛や錯覚などではありえない、確かな恋慕の色。白龍が求め続けた色。の思慕が漸く手に入ったことに歓喜して、白龍はの桜色をした艶やかな唇に食らいついた。
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