白龍とアリババの極大魔法がぶつかり合う刹那、の体は考えるよりも早く動いていた。
 願ったのはだ。兄を連れ戻してほしいと、そう願った。選択したのはだ。兄の未来と意思を秤にかけて、は白龍の意思を取った。
兄が心の底から望んでいた戦いを、汚す行為だというのは解っていた。戦うことでしか癒されない白龍の怒りを、昇華する術は他には無いと解っていた。それでも、ただ。
 怖いと思った。
アリババの放つ眩い炎が、兄を呑み込んでしまう。ちらついた今は亡き兄の姿。焔の中に消えて戻らなかったふたり。には大火の記憶は無い、それでも。
 白龍が、いなくなってしまう。
 そう思った刹那、は転移魔法で兄の前に飛び出していた。防壁魔法を張って待っていろという兄の言いつけに背いて。待ち望んだひとつの「役目」を投げ捨てて。
「「!!?」」
 突然の闖入者に、息を呑んだ二人の声が重なって聞こえた。覚悟を決めた白龍とアリババのどちらにも、失礼では済まない行為だとは言われずとも知っている。
アリババに無防備な背を向けたは、そのあまりに華奢な背中で迫る炎熱を負う。防壁魔法の崩れる音を聞きながら、鎌を振り上げて愕然と目を見開いた白龍と視線を合わせた。振り下ろされようとしている大鎌の軌道は、このまま振り下ろせばの頭ごとアリババを貫く。逡巡に身を強ばらせた白龍に、はふっと微笑んだ。
「    」

 極大魔法の衝突の余波も収まり、ジュダルとアラジンの視界にまず映ったのは、地面にぼとりと落ちた白龍の姿だった。焼き切れた片脚を抱え苦痛に呻いた白龍は、けれどハッとして上空に手を伸ばす。けれどもその手が届くことはなく、白龍の手の伸ばした先にあった体はどしゃっと墜落した。
「……さ、」
!?」
 アラジンの声を遮っていっそ悲痛な声を上げたのはジュダルで。普段の茶化したような呼び名を捨てて叫んだジュダルの視線の先で、白龍が地に爪を立てて這った。擦れる傷口になど構うこともなく、呆然とした顔でただ愛しい妹の体を目指す。刹那に自分を庇った妹の体を、自らも地面に座り込んだ状態でそっと抱き込んだ。その左脚は、白龍のものと同様に焼き切れていて。しかし白龍のように苦痛に呻くことすら無く、抜け殻のように光の無い目を開いている。その手から、からんと銀色の杖が転がった。
……」
 呆然と呟く白龍と、その腕の中に収まるひどく小さな体を見下ろして愕然としていたアラジンだったが、アリババの様子もまたおかしいことに気が付いて彼の名を叫ぶ。応えないアリババの沈黙を、漏れ出した白龍の笑い声が割った。
「ふ、あはは……、お前は本当に、いい子だな……本当に、兄想いのいい子だ、……」
 動かないの頬をゆるりと撫で、開いたままの瞼を閉じさせてやりながら白龍は狂ったように笑う。
「あは、あははっ……俺を庇って、……俺の、勝利のために、自分すら投げ打って……」
「白龍くん、君は、何を」
「そうだぜ白龍、だいたいお前の脚は無事で済んじゃいねえだろ!?」
「俺の勝ちだ。アリババの損傷は、俺以上なのだから……見ろ」
 白龍の指した先で、虚ろな目をして動かないアリババ。ベリアルの鎌が頭部に直撃した以上、アリババの精神は白龍にも解らないどこかへと葬り去られてしまったと、そう語る白龍にアラジンの表情は引き攣った。呆然とアリババの名前を呼んだアラジンは、しかしもう一つの事実に気が付いて叫ぶ。
「待っておくれよ、まさか、さんも……」
 脚の焼き切れた痛みで意識を飛ばしたのだと言ってほしい。けれど、白龍が閉じさせた瞼の奥にあった虚ろの底のような鈍い藍色が、それを否定する。
「……は俺を思って笑ったんですよ……構わず斬れと……ハハ……」
「まさか、さんごと斬ったって言うのかい!? 白龍お兄さんはさんが好きなのに、勝利のためにさんを斬り捨てたって、そう言うのかい!?」
「そうですよ……俺の勝機はあそこだった……俺はを斬り捨てて、勝利を取った」
「そんなのって!!」
「……チビ、お前に口出しされる謂れはねーよ」
 乾いた笑いを零す白龍に弾劾の叫びを上げるアラジンを、ジュダルが冷たい声で止める。
「……愚かだとは言わないさ……たとえ俺にとっては今更なことだろうと、にとっては耐えられない喪失だったんだ……可哀想な……俺の、ただひとりの……」
「…………」
「……何故俺を庇った、!!」
 凪いでいた水面を叩きつけるように、突然白龍の悲愴な声が辺りの空気を切り裂いた。
「今更この体のどこが無くなろうと安いものだ!! お前さえ、さえ、いてくれるのなら俺は何を代償に支払ったって構わなかった!! この両脚が無くなろうとも、お前が、お前が我が身可愛さに俺の鎌を止めていれば、俺は、」
 抱き込んだ体を軋むほどに抱き締めても、それでも応えはない。アリババと同じ、どこともつかないどこかへ葬り去られてしまったの精神。が白龍の白い未来よりその怒りを捨てきれない心を選んだように、白龍もまたの存在の存続よりもが願った白龍の勝利を選んだ。互いが互いに願ったものが、今この未来に繋がって。
「だが、それでもいい、俺は、」
「……!!」
「……これでほんとうに、俺だけのだな……もうこれでどこにも行けないだろう、……どこにも行かないでくれるだろう、俺の可愛い可愛い……哀れな小さい……」
 両脚を斬ろうと思ったこともある。紅炎たちとの戦いで勝てば実際そうするつもりだった。けれど、これでようやくはどこにも行かないのだ。白龍を庇うことも、自分ごとアリババを斬れと白龍に悲痛な決断をさせることもなく、白龍の腕の中で、愛らしい顔を苦痛に歪めることもなく。白龍の言葉に一瞬カッとなったアラジンだったが、その表情を見て全ての言葉を呑み込んだ。
 ゆらりと顔を上げた白龍が、ジュダルに叫ぶ。勝利を収めて戻って来いと叫んだ白龍の瞳には、けれど未だ一つの希望が輝いていた。
 
151018
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