ほんとうに独りになってしまって。
ジュダルは二度と戻れぬ彼方へと飛ばされ、は自らの手で生きながらにして死んだ状態へと変貌させてしまった。
……」
 抜け殻に等しい体を、白龍はそっと抱き締める。眠り姫のごとく永遠に体だけを保たせておくことも、抜け殻の体を魔法の力で生前のように動かすことも、できると言えばできる。それでもいいと思った自分もいる。どちらにしろ目覚めない体を寝台に横たえてやりたいが、けれどそうもいかないのだ。
 『ずっと一緒です』
 白龍を庇った刹那、が口にして微笑んだ言葉。の魔力が微量ずつながら自分の体に流れ込んでくる感覚に、白龍は一縷の希望を繋いでいた。
 は、自分の体を媒介にしてその魔力を糧にし、白龍との間に繋いだ魔法式により、自身を白龍専用の魔法道具と化していた。それがの望んだ自身の役目だった。ただ、白龍のために。白龍の魔力不足や身体の大きな損傷を自動で即座に補えるように互いをリンクさせていたそれは、の意識が亜空間へと封絶された後も絶たれることはなく。本来白龍を癒すために流れ込んでくるはずだった魔力は全て、ザガンの能力を応用して自身の身体を循環させている。焼き切れた左脚に、白龍のようにザガンの能力で義足をつけて、の生命活動の維持をするようにそこで魔力の調整をしていた。調整し切れない僅かな魔力が白龍に流れ込んでくるが、という個人としてのルフを失い、放っておけばやがて全ての機能を停止するの身体の維持のためにその魔力のほとんどは費やされていた。
本来は白龍のための魔法だった。を庇うのは白龍のはずで。白龍が動けなくなることの無いように。白龍がどんな時だってを守る存在でいるための、魔法だったのに。現実はが白龍を庇い、流れを変えさせた魔法は自身を癒している。
 ジュダルももいないため難航したが、組織の魔導士に調べさせた結果によれば、と白龍のルフは魔力同様繋がった状態にあるため、きっかけさえあればのルフは引き戻せる可能性が高いということだった。アラジンが持ち帰ったアリババの体とは違い望みのある命だということが白龍に安堵をもたらし、その目じりから涙を伝わせる。けれど、それを拭う優しい小さな手は未だ動かないままで。
「……必ず連れ戻すから、
 紅炎との戦にも、動けないを連れていく。置いてなど行くものか。全てを投げ打って白龍だけを選んだを、捨てるものか。妹を斬り捨てて選んだ勝利の先に、その妹の存在を求めることの何が悪いのか。たった一人の、愛しい、可愛い妹なのだ。いつの間にかあんな強さを身に付けて、それでも泣き虫で臆病な妹だ。きっと白龍の手が差し伸べられるのを待って、暗闇の中でひとり泣いている。それでも、も白龍も、きっとほんとうの独りではない。
「ずっと一緒だものな、
 静かに呼吸を繰り返す薄い唇に、白龍は自らの唇を重ねる。温度の無い白い肌に、ぽつりと降った雨があった。
「戻ってきたら、まず自分の左脚を治せ、。俺以外に奪われるなんて許さない。早く帰ってこい、今度は俺が奪ってやるから」

「お前は本当に甘いんだよ、何もかも切り捨てて進むっていう覚悟が無ぇ。そのくせに何だよそのザマは?」
 どこでもないどこかで、ジュダルは散々に貶していた。相手は亜空間へと封殺されたはずのアリババで、その姿は生前のものと変わりない。弱体化していた魔法では謎の生物に対抗できずアリババに助けられたジュダルは、しかし突如現れたアリババたちへの驚きやその恩義などどこへやら、アリババの腕の中の存在を奪い取って男としては貧弱な腕に抱え、俯くアリババをけちょんけちょんにこき下ろす。
「妹ちゃんも白龍も、白龍の勝利のために『』を切り捨てたんだぜ? 負けた上に、結果的に妹ちゃんに庇われた気分はどうだよ、中途半端な王サマよぉ?」
「……最悪だ。きっとの方が俺の前にいて深手を負ったから、だけこんなことに……」
 ジュダルの腕の中には、はたしてもいた。けれどその身体は頭の先から爪先まで、色素が抜けたように真っ白で。白龍の元にある体同様、その目が開くこともない。アリババが目覚めた時には既にその状態でアリババの隣に転がっていたらしいは、ぴくりとも動かなかった。
「わかってんならいーんだよ。とりあえずお前は妹ちゃんに触んなよ、なんか腹立つから」
「いいけどお前、いくらが小さくて軽いからって持って歩けるのか。魔導士って貧弱なんだろ」
「うっせーよ、妹ちゃんも魔導士で貧弱なんだから男の俺のがつえーに決まってんだろ。紅玉や白瑛に勝てなくったってには余裕で勝てるんだからな」
 が落ちそうだと手を伸ばしたアリババを振り払ったジュダルの腕の中で、の首ががくんっと揺れる。あーあーとでも言いたげにアリババはため息をついた。
「何で勝負したのかは知らないけどさ、たぶんそれ自慢にはならないぞ」
「いーから黙ってろ、戻った時俺が白龍に殺される」
 いつの間にか一緒に行くことが決定していたらしいジュダルとアリババが、その足をジャングルの奥地へと向ける。黒いルフしか無いはずの世界で、ただ白いの姿が異様だった。
 
151018
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