「モルさんから聞いたよ。さんごと自分を殺そうとしていたように見えたって」
「……アラジン殿」
どこかぼうっとした様子の白龍が、腕の中のを見下ろしていた視線を上げてアラジンに応えた。
「笑いに来たんですか、愚かだと」
「……そんなつもりじゃないよ。ただ……」
「は生きています」
アリババ殿とは違って。そう吐き捨てた白龍の言葉は、アラジンに責めて欲しがっているようにも聞こえた。おそらくモルジアナにも、同じことを言ったのだろう。そしてモルジアナもきっと、白龍を責めなかった。アラジンがそうするように。
紅炎のフェニクスによって癒された、白龍の腕と脚。の脚も同じようにして治され、体を維持するための魔法を調整していた義足のあったところには大輪の青い花が咲いていた。今はその花が、の魔法を調節しているのだろう。
「さんを預かりたいって、シンドバッドおじさんが言ったんだってね」
「……ええ。自分たちならばきっとを元に戻せると、そう言っていました」
「…………」
「断りましたよ。少し、気になることがあったので」
「気になること?」
を白の柱と呼んだベリアルの言葉。幻覚のが語った言葉。シンドバッドの申し出に素直に頼るには、妹の持つ不確定要素が多過ぎた。
「……なんとなく、シンドバッド殿にを渡してはいけないと感じただけです」
今アラジンに話すことでもないと、何でもないと言うように首を振った白龍だったが、アラジンの視線は揺らがない。それに小さく息を吐いて、それに、と続けた。
「……の胎に、子どもがいたんです」
「!!」
ぽつりと白龍がこぼした言葉に、アラジンは目を見開く。白龍は既にアラジンの方を向いてはおらず、穏やかな寝顔のようにも見えるの顔を見下ろしていた。
「……流れました。の容態を考えれば、そうするしかなかったんです」
「そう、なんだ……」
「俺は、との間に子どもを望んでいなかった。ふたりで良かった。ふたりだけで、さえいてくれれば、それでいいと」
「…………」
「未来なんて要らないと、ただが隣で笑っていてくれればいいと、そう本気で思っていたんです。なのにおかしいですよね、をこの手にかけてから、との証が欲しくなって……」
ぽつり、の白い頬に流れたのは、彼女の涙ではなかった。
「のお腹に子どもがいるとわかった時、本当に嬉しかったんですよ。何とかして、助けたいと思った……ありがとうと、に伝えたかったんです……」
「白龍くん……」
「見つからないんです。確かに俺とは繋がっているのに、は帰ってこない。それなら俺が探しに行かなければ、そう思いました……モルジアナ殿に、止められてしましたが……」
あなたが諦めたら、誰がさんにおかえりを言ってあげるんですか。そう、モルジアナは泣いたらしい。恋した人と友人を白龍に殺された彼女の言葉は、今の白龍にとって何よりも痛かった。
「ねえ、白龍くん」
「……?」
「さんのしたかったことって、何だと思う?」
「の、したかったこと……?」
鸚鵡返しにアラジンの言葉を繰り返した白龍は、ぼんやりと思索をめぐらせて。そしてハッと何かに気付いたように目を見開いた。
「の、したかったこと、」
「僕、さんが本当にしたかったことって、なんだろうなって思ったんだ。さんはきっと僕と同じで、大切なひとの願いのために生きてた。お母さんやお姉さんたち……白龍お兄さんの、願いのために」
アラジンの声に、少しだけ自嘲が混ざる。アリババを喪って、生きる道筋を見失いかけた自分に紅炎が放った言葉が、今も胸に焼き付いていた。
「きっと、さんにも願いはあるんだ。僕も自分の願いをずっと持っていたのに、それに気付けなかった。さんは優しいから、余計にそれに気付かないんだと思う」
控え目で、臆病で。白龍にも白瑛にも紅炎たちにも、いろんな負い目を背負って生きていた。その負い目につけ込んで歩みを変えさせたのは白龍で、でもきっとその奥に押し込められてしまった自身の願いはあるはずだった。
「ねえ、白龍くん。君が見つけてあげてよ、さんの願いを」
「俺が、の願いを……? そんな資格、俺には……」
「君がしなくちゃいけないんだ。白龍くんが、さんに教えてあげなきゃ。白龍くんは、さんの、たったひとりのお兄さんだから」
口ごもった白龍を強い目で真っ直ぐに見つめ、アラジンは縋るように言う。シンドリアで共に魔法を学んだ、最初で最後の妹弟子。優しく笑う彼女はきっと幸せに生きていくと、何の根拠もなく漠然と信じ切っていた。
ようやくアラジンを真っ直ぐに見返した白龍の表情が、くしゃりと歪む。何かを言おうとしてそのまま結局口を閉じた白龍は、の体をぎゅうっと強く抱き締めて踵を返した。
「…………」
去っていく白龍を、アラジンは追いかけなかった。きっともう大丈夫だと、思うことができたから。
の身柄がほぼ強制的にシンドバッドの元へと引き渡されたとアラジンが聞いたのは、その数日後のことだった。
160507