「ところでアリババ殿」
 チーシャンの飲食店で再会を喜び合っていた白龍とアリババだったが、いやに爽やかな笑顔で白龍は話を切り出す。どうした? と首を傾げたアリババの前で、白龍はごきっと拳を鳴らした。
「一発殴らせてください」
「はぁ!? なんでだよ!?」
「あんた俺の可愛い可愛い妹の脚斬ったことを忘れたんじゃないでしょうね」
「謝っただろ!? 本人ここにいないけど!」
は優しいので謝る以前に許してるでしょうけど俺の気が収まりません。殴らせろ」
 乱闘の気配に、周りの客が面白がって囃し立てる。アラジンとモルジアナは、我関せずといった様子で黙々と料理を食べていた。
「嫁入り前のを傷物にして……紅炎の移植を受けて治ったとはいえ、そのおかげでもアルバに体を乗っ取られることはないとはいえ……正直に紅炎のルフが混ざってることも気に食わないですがそれはさておき……とにかく一発殴らせてください」
 あ、もうこれ大人しく殴られた方が被害が少ないやつだ。そう悟ったアリババは、相も変わらず妹馬鹿な白龍の拳を甘んじて受けたのだった。

「……そういえば、さんにも白龍くんと同じように他の人のルフが混ざっていたのに、アルバさんはそのことに気付かなかったのかな」
 の体を乗っ取ろうとしたことがあれば、白龍の体を乗っ取れないことにも気付いていたはずである。殴られた頬をモルジアナに冷やしてもらっているアリババをつつきながら、アラジンが首を傾げた。
「おそらく、の体を乗っ取ろうとしたことがなかったのでしょう」
「どうしてだい?」
「理由はいくつか考えられますが……まず、シンドバッドが必要としているのはの能力です。の体を乗っ取っても、アルバはその力を使えない。戻ってきたを洗脳して利用するにしても、器となる体は必要です。よほどの事態でなければの体は使わないと決めていたのでしょう」
 白瑛の体も白龍の体も使えなくなって、後がなくなって初めてアルバにはの体を使うという選択肢が生まれたはずだ。もっとも白龍の体を奪えなかった時点で、の体も奪えないと判ってしまったわけだが。
「それには魔導士ですから、体は脆弱です。姉上かかという話になれば、武人である姉上の方が使い勝手がよかったのでしょう。ですが……そういった実利的なことがなくとも、アルバはの体を使わなかったかもしれません。俺や姉上に対するものとは違う感情を、には向けていたようですから」
「…………」
「死なないとはいえ、ユナン殿や俺たちにされたように体を傷付けられ、常人なら死ぬほどに壊れることもあります。きっとアルバはそれに耐えられない。アルバがを守っている部屋には、異常なまでの防壁が施されています。それはシンドバッドの目的の為ではなく、おそらくアルバ自身の心情から来るものでしょう」
 いっそ淡々とした白龍の声に、アリババは難しい顔で腕を組む。シンドバッドさんの目的か、とアリババは口を開いた。
「白の柱……神の権能か。シンドバッドさんのところに行ったら、も返してもらわなきゃな」
「っ、アリババ殿、今、白の柱と?」
 ベリアルの迷宮で聞いた言葉に、白龍が立ち上がる。神の一片だと言った、の幻影。自身も知らないその本質に触れたアリババの言葉に血相を変えた白龍を抑えて、アラジンも問いかけた。
「僕もさんのことを知りたいな、アリババくん。僕はアルマトランのことはわかるけど、この世界のことは自分の知ってることしか知らないから」
「白龍さんの話だと、白い『神』のルフの一部がソロモン王の手によって切り離されたもの、ということでしたが……」
「ああ、俺も『向こう』でそう聞いた。たぶん、ほとんどは白龍が迷宮で聞いたことと同じだと思う。ただ……」
 の持つ力が問題なのだと、アリババは白龍を真っ直ぐに見た。
白の柱、慈悲の柱としての治癒能力。星をも癒す大権能。最大限に発揮されれば傷も欠損も病も、身体だけではなく精神的な傷をも魂すらも治す、神の愛と呼ぶに相応しい治癒の力。けれどシンドバッドの目的は、その治癒能力ではなく神の一片として持っている力だろう。
は、シンドバッドさんと同じように『運命が見える』んだ。シンドバッドさんは運命を見ることによって未来を作っていくけど……は、見た運命を選ぶことができるらしい」
「運命を、選ぶ……?」
 眉間に皺を寄せた白龍に、アリババは頷いた。
「アラジン、お前はいつか言ってただろ? 鏡の中みたいに、触れることもできなければ関わることもない世界があるって。はその、永遠に交わらないはずの世界に触れることができるんだ」
「そんな……それってつまり、」
 平行世界。ありうるはずの、過去や未来。起こり得る可能性ならどんなに低くても全て、選択することによって実現することができる機能。その力を使えば、自分の思い通りの未来を選べるのだ。未来だけではない、自分にとって都合の悪い過去を変えてしまうことすらできる。もはや特異点と呼ぶにも強大すぎる力に、白龍たちは青ざめた。
「その力をシンドバッドが手にしたら、もはや聖宮やソロモンの知恵の問題どころではなくなる……!」
さんのルフを連れてる、ジュダルくんを早く探さなきゃ! アルバさんは僕たちの方に来てたけど、おじさんはきっとさんのルフを探してるはずだよ!」
「……俺はここで離脱します。ジュダルはまだ俺のネツメグサを持っているようですから。 ……の体を、頼みます」
「ああ、任せろ!」
 荷物を纏めて立ち上がった白龍に、アリババは胸を張る。深刻な表情で、アリババは白龍に告げた。
の力、使い過ぎると人としての感情がどんどん無くなっていって、最終的にはただの人形みたいになっちまうって、アルマトランの魔導士たちが言ってた。そんなことには絶対させないから」
「……ありがとうございます」
 アリババに頭を下げた白龍が、ふと思いついたように袖からごそごそと種を取り出す。ザガンの力で成長させたその花を、白龍はアリババに差し出した。
「俺とからの結婚祝いです。正式なものは、また後々贈りますが……おめでとうございます、アリババ殿」
「おう、ありがとう! 綺麗な花だな」
 受け取った花束から一輪抜き取り、モルジアナの髪に差してやったアリババの言葉に、白龍はふっと微笑む。妹と自分の花への賞賛の言葉に、白龍の胸には温かい感情が生まれて。
(今度こそ俺は、お前を守ってみせる)
 今度はふたり、一緒に花の種を蒔き、共に咲いた花を愛で、落ちた種を拾いたい。誰よりも優しい瞳で微笑むは、白龍の咲かせた花に笑顔を見せてくれるだろうか。妹との繋がりを確かに感じ取れる胸の奥、の鼓動が感じられたような気がして。アラジンたちに別れを告げ、白龍はチーシャンを後にしたのだった。
 
170121
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