「、」
膝の上にを抱きかかえて、白雄はの名前を繰り返し呼ぶ。頬を撫でると、は目元を緩めて白雄の手へと柔らかい頬を寄せた。
「は可愛いな」
猫が飼い主に擦り寄るように、頬の上の手に自らの手を重ねる。その細く白い指が、骨ばった大きな白雄の手をそっと滑る感触に、白雄は目を細めてへと口付けを落とした。
「ゆうにいさま、」
可憐なつくりの顔に、はにかんだ笑みを浮かべて白雄を見上げるの髪を手で梳いてやりながら白雄は思う。
(俺になど、全く似ていない)
周囲はと白雄をよく似ていると言う。特に目がそっくりだと。しかし白雄にしてみれば、それは不可解なことこの上なかった。
は花のように可愛らしくて脆い。幾度体を重ねても、子を産んでもなお純粋無垢を体現しているような性情と、愛らしい表情。白雄の腕にすっぽり収まってしまう、小さく華奢な体躯。弱くて小さくて脆い、可愛くて可愛くて仕方の無い最愛の妹。その瞳はいつも柔らかな色を灯していて、穏やかな深い海の青色に凪いでいる。造形は近くとも、峻烈な性情に鋭い光を宿す白雄の瞳とは似ても似つかない。人はそれを恋慕ゆえの盲目と言うのだが、白雄がそれを認めるはずがなかった。
「雄兄様、くすぐったいです」
髪から後頭部へ、首筋へと動く白雄の手に、は恥ずかしそうに微笑む。白龍が訪れた頃には表情が抜け落ち、ほとんどものを言わなくなってしまっていただが、子供を産んだ頃からは徐々に情緒を取り戻していったことに白雄は安堵と不安を抱えていた。
今のの精神はどうやら幼少の頃のものに近くなっているようだった。やや幼い口調と、一途に白雄を慕い甘える姿はただただ愛おしくて。どうしてそうなったのかは解らないが――限界に近付いていた精神が出産で心身共に追い詰められたことで、長兄を無邪気に慕っていた頃へと逃避したと考えるのが妥当なところではあるが、が白雄を拒絶しているともとれるその理由を、白雄が認めるわけもない――ただぼうっとした表情で白雄の言うことに頷くも可愛らしいが、白雄を慕って笑うの愛らしさには代えがたい。きっとこれはが白雄の愛情を受け入れた結果なのだと、白雄は思った。白雄を受け入れられずにいたから遠くへ行っていたの心が戻ってきた結果だと、そう白雄は強く信じた。
「、、可愛い俺の」
ぎゅっと、強く抱き寄せる。腕の中のやわらかい体は、けれど成長し美しくなった女性のもので。心が再び成長し体に追いついてしまったら、はまた白雄の愛情に戸惑い、拒絶を見せるのではないだろうか。幼い日の慕情が憧憬だったことに気付けば、また白雄の作り上げた現状へと疑問を抱いて外へと行きたがるようになってしまうのではないだろうか。
それくらいならばいっそ、何度でもの思考を止めさせてしまった方がいい。白雄の言うことを素直に聞く、可愛い可愛いのままでいてほしい。は基本的に白雄たちに従順で言うことに逆らうことはないが、それでも兄姉たちや国の役に立ちたいと、役割を求めて外を望むのだ。子供でなくなったは、ただ兄姉に庇護されて甘えていることをよしとしない。
外へと出れば、役割に準じて生きれば、きっとは傷ついてしまうのに。ずっと白雄の腕の中で白雄に甘えていてほしいのに。白雄を一番に頼っていてほしいのに。は自分の足で歩いていこうとしてしまうのだ。
歩き方など知らないままの、可愛い小さなでいてほしい。手なら一生自分が引くから。
「愛している、」
「私も、雄兄様が大好きです」
白雄の言葉に照れながらも愛の言葉を返すがいじらしくて、真っ赤に染まった耳を食む。
ひゃあっと上がった声に背筋がぞくぞくと震えて、唇をの顔のあちこちへと落としていった。
羞恥にうっすら涙の膜が張った瞳が、やはり自分のものとは全く別物にしか思えなくて、白雄はまじまじとの目を観察する。
大好きな兄に触れられる喜びに緩んだ目尻と、行為への気恥ずかしさに赤く染まった目許。あどけない慕情にきらきらと輝く瞳は、薄い水の膜に覆われたことによって蕩けそうにも見える。
瑠璃色にきらめくそれが自分のものではないことを確認するかのように、白雄は舌先でちろ、との目許を擽った。反射的に閉じられた白い瞼の上を、赤い舌が這っていく。何往復かをしたのちに、白雄は舌で瞼をこじ開けると、の眼球へと直接舌を滑らせた。
「んっ、」
身をこわばらせて白雄の服の袖をぎゅっと握ったは、それでも白雄から逃げようとはせず閉じようとする瞼を懸命に押し留める。健気な妹の姿に少しの罪悪感を覚えながらも、柔らかい眼球を傷付けぬように、それでも余すところなく味わおうと白雄は舌を動かした。涙のしょっぱさと、眼球を舐めるという倒錯的な行為に高鳴る胸が覚えた甘さが混じりあって白雄の思考を侵していく。
「ん、」
「いっ……、」
ざらりとした舌が柔らかいそこを伝う感触はどのようなものだろうかと思案しながら、べろりと最後に大きく舐め上げて白雄は舌をの目から離した。
「……雄兄様、私の目、」
「すまない、痛かったか?」
「い、いえ、いたくないです」
ぽろぽろと涙を零しながら、真っ赤に充血してしまった目を押さえて強がる。突然の白雄の奇行を責める様子は欠片もない。
(ああ、やはり似ていない。どこも、全然似ていない)
白雄はそう確信を得た。こんなに愛らしくて純粋無垢な妹が、自分に似ている筈がないのだ。
こんなに打算に塗れて手を血で濡らし、それでも最愛の妹だけはどのような手段を用いてでも手元に留めおこうとする汚い白雄と、何も知らない可愛い小さなが、似ているわけがない。
辿り着いた答えに満足して、白雄はをゆっくりと押し倒し、詫びるように口付けを落とした。
150609