「、こっちだ」
紅玉と紅覇の着せ替え地獄から連れ出してくれたその人は、頬を赤く染めての手を引く。白龍、と呼ばれていた青みがかった黒髪の、火傷跡の残る青年。ジュダルたちが言っていた自分の実の兄だと、気付いたは握られていない方の手を不安げに胸の前で握り締めた。
「あ、あの……」
「ああ、小さかったから忘れてしまったのか? こっちはお前の部屋だ。昔と同じところにある」
撤去の話も出たが、させなかったのだと言って笑う白龍に、煌の――白龍の記憶が無いことを、言い出せなくて。
煌の服に身を包んだは、紛うことなく皇女に見える。少年と少女は兄妹なのだと、そう言われたら誰もが頷くだろう。にだって判る、この人は、確かに自分の兄だと。
「ずっと、昔のままにしておいたんだ。片付けてしまえば、お前がいなくなったことを認めてしまうようで嫌だった」
には見分けもつかない部屋の扉の一つに手をかけ、白龍は照れ笑いを浮かべる。いたたまれない様子でいるを不審に思うこともなく、白龍はその扉を開けてを中に引き込んだ。
「……、」
「懐かしいだろう? ちゃんと掃除はしてあるから大丈夫だ。毎日、お前がいつ帰ってきてもいいように俺が掃除していたんだ」
秘密基地に連れて行ってくれた時のアリババのように、どこか誇らしげに、声を弾ませて語る白龍。バタンと閉まった扉が、目を細めての手に指を絡める白龍の視線が、何だか怖く思える。
「あの、」
「そうだ、お前にひとつ謝っておかなければな。お前のいない間に、部屋に物を勝手に増やしたんだ。すまないな」
「えっ、と……」
グイグイと白龍はを引っ張って、朱く塗られた椅子の上にを座らせる。部屋の隅から箱を持ってきた白龍はその箱をの横にある卓の上に置き、その蓋を開けた。
「これは……?」
白龍が取り出した布地やきらきら輝く装飾品を見て、何故だか背筋に寒気が走る。おそるおそる問いかけたに、白龍は笑いかけた。
「綺麗だろう? ああ、やっぱり義姉上たちの見立てより、こっちの方が良く似合う」
紅玉たちに結い上げられた髪を崩して手櫛で梳いてやり、何か髪飾りのようなものを当てて笑う白龍。うっそりと目を細めた白龍は、いったんそれを机の上に戻すと箱の中から次から次へと物を取り出して、に当ててみては机の上に並べていく。
「これはこの間の春に買ったものだ。満開の花がとても美しい季節で、にも見せたかったんだが……お前が戻るまで花は待ってくれなかったから、せめてもの代わりにと思ってな。こっちの着物はつい最近求めてきたものだ、きっとお前に良く似合うと思って……さすがに昔買ったものはもう入らないだろうが、最近のものを少し着て見せてくれないか、」
立板に水とばかりに言葉を紡ぐ白龍は、の返事も待たずに帯に手をかける。小さな悲鳴を上げて制止しようとしたに、白龍は不思議そうにきょとんと首を傾げて。
「昔はよく、転んで着崩した時に着物を直してやっただろう?」
「その、えっと、」
着崩れたものを直すのと着替えさせるのは別ではないかとか、昔は良くても今は駄目ではないかとか、言いたいことはいろいろあったがが何から言うべきか悩んでいる間にも白龍はの服を剥いでいく。紅覇の選んだ赤い服を脱がされ、下に着る薄い着物一枚にされたは顔を真っ赤にして身を隠そうとするが、白龍は容易くを押さえ付けると落ち着いた青の着物を着せていく。時折腰や背中を確かめるようにゆっくりと撫でる白龍の手に、は身を竦ませた。
「ああ、ぴったりだな」
思った通りだ、と笑う白龍と、血の気を引かせる。の体格を見て紅玉たちが用意した服ですら微妙に大きさが合わないところがあったりしたのに、白龍が着せた服はおそろしいくらいぴったりで。
「いつもお前は今これくらいかと想像して裾を上げてもらったり細部を調整していたんだが……ちゃんと合っていたようで安心した」
「……あ、りがとうございます」
たまたまなのか、そうだとしても畏怖の対象であるそれには冷や汗を流す。着物の色に合わせた帯を重ねていく白龍の顔は、ただただ純粋に楽しそうで。
「ずっとこの日を待っていたんだ、が帰ってきたら、あれをしようこれをしようと、暇さえあればそればかり考えて……ああ、お前は今、ここにいるんだな、夢ではないんだな……」
幸せで蕩けるような笑顔を浮かべた白龍が、最後にの髪に飾りを差して、自分の手で着飾らせた最愛の妹の姿を上から下までゆっくりと眺める。確かめるようにその頬を撫でて、感極まったようにに抱き着いた。
「……ずっと、待っていた」
驚いて肩を跳ねさせたの耳元で、低い声が囁く。吐息と共にの耳に吹き込んだ低い音は、会えなかった間の寂寥と、再会できた歓喜を滲ませて響いた。身動きの取れないは、実兄だという人の歓びに溢れる様と、記憶が無いせいか戸惑うばかりの自分の温度差に、申し訳なさで胸が締め付けられるのを感じながらも白龍の言葉を待つ。
「ようやく、俺の元へ帰ってきてくれたんだな……愛しい、可愛い……これからはやっと、ずっと一緒にいられる」
全身から歓喜を溢れさせて、抱き込んだ華奢な体を愛おしむように撫でる白龍と視線が合わせられなくて、は俯く。こんなに喜んでいる、兄だという人に対して、これから告げることはどんなにこの人を傷付けることだろう。それでも、の兄は。
『待ってるからな、……ちゃんと、戻ってこいよ!』
瞼の裏をちらついた金色。少しだけ淋しそうに笑って、見送ってくれたアリババ。の帰る場所は、もうここではない。緊張でカラカラになった口を開いて、は白龍を見上げた。
「……あの、白龍、さん」
「どうしたんだ、そんな他人行儀に。昔みたいに龍兄様と呼んでくれ」
「白龍さん、私、……煌での記憶が、あなたの記憶が、無いんです」
「え……?」
「……私は、白龍さんを知らなくて……きっと私は、白龍さんの知っている私では、ないんです」
見上げた白龍の顔が、みるみるうちに歪む。悲しそうにくしゃりと歪んだ表情に胸が痛んで、それでもは言葉を続けた。
「今、私には帰る場所があります……とても大切な、兄さんたちと妹がいるんです。私、煌にはずっといられません……シンドバッドさんと一緒に、兄さんたちのところへ帰ります」
「……それは、冗談だろう……?」
笑顔を作ろうとして失敗したような表情で、縋るように白龍はゆらりとに手を伸ばす。反射的に逃げようとしたの肩を、ゆっくりと、しかし力の限りにぎちぎちと掴んで白龍は引き攣る口角を持ち上げた。
「いっ……、」
「嘘を言うな、。お前の兄は俺だろう。忘れてしまったのが本当だとしても、お前はお前だ。また一緒に思い出を積み重ねていけばいい、お前の帰る場所はここだ、他にどこがあると言うんだ」
肩を掴む手のあまりの力の強さにが表情を歪めるが、白龍はお構い無しに更に力を込めて言い募る。
「また兄と呼んでくれ、、俺と一緒にいよう。他の、誰ともわからないような人間を兄さんだなどと呼ぶな、お前の兄は俺だけだ、今は俺だけになってしまったんだ、、」
「は、白龍、さん、」
白龍の変貌に恐怖しながらも何とか落ち着かせようとは口を開くが、その呼びかけが神経を逆撫でしてしまったらしく、白龍はが肩の手を離そうと伸ばした手を捕らえて握り潰さんばかりにぎゅっと掴んだ。
「誰だ、誰がお前をそんなふうにしてしまったんだ? お前は俺の、可愛い小さな妹だ。いつも俺の後をついて回って、俺の背中に隠れていた、臆病で内気な、愛らしいただ一人の妹だ。忘れてしまったのなら、何度でも教えてやるから」
「、いた、いです、離して、」
「離すものか、離したらお前はまたどこかへ行ってしまうんだろう、そんなこと……、」
血流が止まりそうなほど強く締め付けられている手の痛さには涙目になって哀願するが、白龍は細い手首を折ろうとしているのかと思うほどの力で握り締める手を緩めない。不自然に途中で言葉を切った白龍が、数拍の沈黙の後、ふいにゾッとするような笑みを浮かべた。
「……ああ、どこにも行けなくしてしまえばいいのか」
「白龍、さん……?」
の声にも白龍はますます笑みを深めるばかりで、何か恐ろしいものを感じて身を引こうとしたをその場に引き倒す。小さな悲鳴を上げて倒れ込んだは反射的に目を閉じるが、腹の上に乗った重さとひやりと首筋に触れた手に驚いて目を見開いた。
「脚を折ろうか? それとも腱を切るか? 痛いのが嫌なら、そうだな……孕ませようか。子どもができてしまえば、俺の傍から離れられないだろう?」
「……!?」
ゆっくりと、首筋を撫でる手が動脈を掠めて、ゾワゾワと背筋に悪寒が走る。けれど白龍の言葉に、それを遥かに通り越した恐怖を覚えて、の見開いた目からぼろっと涙が伝い落ちた。
「ああ、それがいいな、そうしよう。お前を傷付けるのは可哀想だからな、痛めつけるような真似はしたくないんだ。俺の子を産んでくれ、。俺と結婚しよう。今度こそ俺が一生お前を守るから」
もう、どんな言葉を返せばいいのかもわからなかった。にこにこと笑って平然とに触れる白龍は、の実兄であるはずで。結婚だとか妊娠だとか、普通の兄妹間ではまず出てこないような言葉に白龍の異常な愛情を感じ取って、は愕然と身を震わせた。
「たすけて、」
兄さん、と動きかけた唇を、白龍の指がなぞる。凄艶な笑みを浮かべてを見下ろす白龍の手が、先程その手で着付けられたばかりの服を剥がそうと襟元に食い込む。瞳にどろりと澱んだ熱を宿した白龍の笑顔が、ただただ怖くて。は涙を溢れさせて、声にならない悲鳴を上げた。
151202
ネタ提供: 愛は愛にのifルートアリババで、生きていた妹ちゃんと実際に再会した時の白龍の様子が知りたいです。煌を訪れた妹ちゃん。掃除して守り続けた妹ちゃんの自室で二人きりになれて幸せな白龍。妹ちゃんのために溜め込んできた衣装や装飾品をかわるがわる身につけさせて喜びが絶頂な白龍。に対しての妹ちゃんの温度差…など